きっと、ふたりなら・・・




グゼナを出発し、五日ほどが過ぎようとしている・・・
ノリコや小さなジーナの体調を気遣いながらの道中ではあるが、それでも花の町への旅行程の半分近くまで到達していた。 ・・・ちなみにガーヤは、

「あたしも女なんだけどね一応。あたしについては、気遣ってはくれないのかぃ?」

ニタ〜っと笑いながら、こんな風に男達に突っ込んでいたが・・・。

そして今日の宿を取り各々が部屋に荷を置くが、腰を落ち着ける間も惜しむかの如く、ガーヤはこの町に入った際に見掛けた市へバラゴを伴い颯爽と出掛けて行く。
にんまり顔のガーヤに【荷物持ち】という栄誉を授けられたバラゴは、

「そんな栄誉なんざ要るかっ!」

と露骨に不満を表明するも、ガーヤにはきれいに無視され、挙句、

「男がしのごの言ってんじゃないよっ!」

・・・睨み一発、強制的に引っ張られ連れていかれてしまった。
誤解してはいけない。彼等のこれは喧嘩ではない。さりとて喜劇を演じている訳でもない。少なくとも一方のバラゴにとっては切実だ。 なのに見ている側からすれば、やはり茶番としか思えない。

残る他の面々はそんなバラゴを気の毒に思ったか、それとも有無をも言わさぬガーヤの迫力に圧されたか・・・  どの顔も、例外なく引き攣っていたのは確かだ・・・。


そしてノリコはジーナと共に、町から少し離れた場所にある花の咲く草原へと訪れた。可憐な野の花々、豊かに葉を 茂らす樹々・・・ そこにいるだけでも心和ませてくれるような場所だ。午前中垂れ込めていた厚い雲も幸いに晴れ、 暖かな午後の陽差しが有難い。
ノリコはそこの花を摘み、ジーナに可愛い花冠をこしらえてやっていた。花を編みながらそれをジーナの頭に 当ててみては嬉しそうにはしゃぐ二人の姿は、まるで仲の良い姉妹のようにも見える。

そんなうら若き乙女達(ちなみにこの時ノリコは二十歳、ジーナは十歳)を、なだらかな丘の上より見守る男達が二人。 アゴルとイザークだ。二人とも、己が慈しむ者に向ける視線はいつも穏やかで温かい・・・
だがずっと窺っていたその視線を、イザークはおもむろに外す。顔を伏せ自嘲めいてため息を洩らすのを、隣にいたアゴルは見逃さなかった。

「・・・ん? ため息なんかついて、どうしたんだ?」
「アゴル・・」

ニッと微笑うアゴルに、イザークは少し困ったような顔をするが、

「・・・いや」

と、また自嘲しながら否定する。すかさずアゴルが微笑う。

「四六時中ノリコを見てても飽きないおまえが、そのノリコから視線を逸らすほどだ。何でもないって訳が
 ないだろ・・・ 何か心配事でもあるのか?」

・・・・目敏い。・・・しかも、冷やかし半分なその口調。
アゴルにそこまで言われては、流石にイザークも苦笑を洩らさざるを得ない。

「参ったな・・ 俺の周りには、余程・・お節介な奴が多いようだ・・」
「仲間の異変には目敏い連中が揃ってるからな、ははっ・・ 良ければ相談に乗るぞ?」

イザークは首を左右に振る。

「気持ちは・・有難いが・・・」


イザークを見ながら、アゴルは心得たかのように幾度か頷いた。更に問う。

「・・・ひょっとして、ノリコとの事か?」

伏せていたイザークの顔が、ぴくりと反応する。そしてやはり苦笑が洩れた。
仕方なくため息を交えつつ、肯定する。

「なるほどな・・・ だったら、直接二人で話し合った方が早いと思うぞ? 悩みがあるんならな。
 結婚ってのは、なかなか一筋縄には行かん・・問題は解消しといた方がいいに決まってる・・」

そうしてアゴルは立ち上がり、くっと一つ伸びをした。

「あ〜・・午後になってからは・・いい日和だ・・」
「・・・・・」

「とりあえず二人で話すには、ジーナがいると邪魔になるな」
「・・? ・・アゴル」

ニヤリと笑みを残し、アゴルは娘ジーナを迎えに坂を下って行った。
イザークもその場に立ち上がる・・・ アゴルが行くのを黙ったまま見送った。

草木を撫でるように風が吹く・・・――――




「いい花冠を作って貰ったなァ、ジーナ。可愛いじゃないか」
「あ、お父さぁん。うふふ、ノリコは花冠が上手なのよ。ステキでしょう?」
「ああ、とてもステキだよ。有難うなノリコ」
「どう致しまして。綺麗な花がたくさんあるから、作り甲斐があるわ。ジーナも、より可愛らしく
 なったわ」

笑顔で話すノリコの言葉に、アゴルも微笑う。

「本当に別嬪さんだ。じゃあジーナ、今度はお父さんと向こうの花を摘もうか? ノリコはイザークと
 話があるようだからな」

「・・・・アゴルさん・・?」

ノリコは不思議そうにアゴルを見つめた。


「お話があるの? うん、解かった。お父さん連れてって?」
「ああ、じゃあ行こうな」

そしてジーナの手を取ると、行き際にアゴルはノリコにぼそっ・・と耳打ちした。

「イザークが、相談したい事があるらしいぞ。俺には話せん事らしい・・」
「え・・・」

虚を突かれた感のノリコにニッと微笑いを残し、アゴルはジーナを連れ、向こうへと行ってしまった。

二人を見送ると、ノリコはすぐに丘の上の方を見上げる。
ややバツの悪そうな表情のイザークが、その場に佇んでいるのが見えた。




「ここからだと、向こう側まで全部見渡せて・・いい眺めね」
「ああ・・」

イザークの隣りに腰を下ろし、ノリコは嬉しそうに呟いた。そして、隣りに視線を移す。
黙ったまま遠くを見ている彼の横顔は・・ 何処か・・思い詰めているようにも感じられ・・・

「どうしたの?・・・何か、心配事?」

思い切って訊ねてみる。相談したい事というのが気になった。セレナグゼナで二人の未来を話し合った
ばかりなのに、何かまだ気になる事でもあるのだろうか・・・と。

そしてイザークも、ノリコの言葉にぴくりと反応する。
しかし、・・・言葉が出て来ない。

巧い言葉が見つからない。おもむろに顔を上げ、ノリコを見つめた。だが、

「・・・ぁ、・・・その・・・」

・・・次の言葉へと続かない。

「?」

優しい笑顔、そして心配げに見つめる瞳・・・
これ以上彼女に余計な心配をさせる訳にはいかないのだが・・・


・・・―――

グゼナを発ち、旅の途中立ち寄った町で見掛けた光景・・・

女性の腕に大切そうに抱かれていた・・小さな、存在・・・ それを見た時にふと心に生じた、ある思い・・・

その存在を得て、幸せな時を過ごしている自分・・・

だがそれを思い描くのと同時に押し寄せる、どうしようもない・・・その・・・・・・


「その・・・ノリコ、・・・おまえは、その・・」
「え・・・?」

きょとんとしているノリコを前に、またも俯いてしまう。何と言って説明したら良いのだろう。
それでも、意を決して彼女を見つめ口から出て来た言葉は、

「・・・・・・・・こ、・・・子どもは・・・す・・・好き・・・か?」
「・・・ぇ」

言ってしまってから、寸分の間も開けずに痛感した。―――・・・しまった・・・と。

ノリコが驚き目を見開いている。明らかに唐突過ぎるではないかっ。
もっとマシな言葉はないのかっ・・・ 相変わらずの口下手な己に心底呆れ果てる。
おまけに顔まで火照る。思わず、己の顔を片手で覆った。

「いや・・その・・・あの、な」
「・・・好きだよ」

返って来た答えに、ノリコの顔を見据えた。一瞬驚いていた彼女は、今はもう笑顔に戻っている。

「ノリコ・・」
「それが心配事なの?」

次の言葉がすぐに出て来なかった。違う。心配なのは、彼女が子ども好きかどうかではなく・・・

頭の中をそれがグルグル回る・・・
だがやはり巧い言葉が見つからず、視線を外してはまた顔を伏せてしまう。
片膝を抱え込み、その手の甲に口元を当て・・・

何処となく置き所なさげなその様子には、少なからぬ動揺が窺えた。

「イザーク・・・?」
「俺の・・・俺との、子でも・・・か?」
「ぇ・・・どうして、そんな事訊くの?」

イザークが何故そんな事を訊くのか、ノリコには解からなかった。結婚すれば子だっていずれは授かるだろう。 そんな事は解かっている筈だろうに。イザークの真意が掴めない。

「イザークは、子どもが嫌いなの?」

「っ!・・違う、そうじゃないっ!」

咄嗟に顔を上げる。慌てて否定した。

「・・・そうじゃないんだ・・・俺が・・気にしているのは・・・」

言いながら、頭を左右に振る。

「・・・俺の・・・・・血だ・・」
「あなたの・・血?」

搾り出すようにして呻いた言葉に、ノリコも反応する。

「一緒になれば、その・・いつかは子も、授かるだろう・・・ おまえとの子を得られたら、・・俺だってそう
 願う・・・だが・・」

そこまで言って顔を伏せた。苦悩に眉根が寄る・・・

「・・・俺の力もまた・・・受け継がれて・・しまうなら・・・ 人とは違う・・俺の血の影響が、子にも・・出て
 しまうの・・なら・・・」
「・・・・・イザーク・・」

イザークの言葉に、ノリコは再び目を見開いた。

「・・もしおまえにまで、それで辛い思いを・・させてしまう事になるなら・・・忍びない・・・ まともに、人の・・・
 形だという・・・そんな、保証など・・・何処にも・・・」

そんなイザークの言葉を遮るかのようにノリコの手が彼の手に触れる。
ハッとする。視線が手元に行く。そして、自分をじっと見つめる彼女へとゆっくり視線を移した。
彼女はやはり穏やかに微笑んでいる。

「有難う・・話してくれて・・・ でもね、イザーク・・」


「きっと・・・大丈夫だと思うよ?」
「ノリコ・・」


「そう・・絶対の保証なんて何処にもないけど・・・でもあたしは、授かれるのなら、産みたいと思うよ?」

照れがあるのか、彼女の顔は赤い。

「それに・・・生まれて来てくれるだけで、きっと奇跡だと思うな・・・」
「・・奇跡・・?」

イザークの問うような視線に、ノリコは頷いて見せた。

「あたしが暮らしてた世界でもね・・・ 例えば身体が弱かったり、身体の何処かに不具合があったり・・
 中には生きては生まれて来れない事も・・・ 可能性は低くても・・決してゼロじゃないわ・・・」

「・・・ノリコの、世界でも・・か・・」

「うん・・ どんなに医術が進んでいたって、それは変わらないよ。だから生まれる事って、それだけで凄い
 奇跡なんだよ・・・ でもね、だからといって・・人と違うのが幸せじゃないかというと、必ずしもそうではない
 と思う・・・ 幸せを見い出して一生懸命に生きていく人もいる訳で、人と違うのを不幸に思うかどうか
 なんて、その人の考え方によっても違うと思うなぁ・・・ 難しい事だから、一概には言えないけどね・・」

「あたしだって、ほら・・・この世界に来たばかりの時は、ホントお先真っ暗だったけど・・・・・
 それでも、まず・・・今の自分に出来る事を、とにかくやっていこう・・・だったから・・」

そう言うと、ノリコは肩を竦め、ペロッと舌を出す。


「もしもイザークと同じ力を受け継いだとしても・・・この世界がずっと平和であるなら、力を使う機会もきっと
 少なくて済むと思う・・・ もしかしたら、自分にそんな力がある事さえ気付かないで一生を過ごせるかも
 しれない・・・」

「・・・ノリコ」

「その可能性もゼロじゃないよね?」

言いながら微笑うノリコ。

「それでも、もし自分に凄い力があるって気付いてしまったら・・・・」

そうして同じく笑顔のままで彼女は小首を傾げ、んー・・と暫し考えてから、んしょっ・・と声を掛けて立ち上がる。 数歩進みくるりと振り返ると、にっこり笑顔でイザークを見つめた。


「あなたは独りじゃないんだよ・・・って教えてあげるの」


「ぇ・・・」

今度はイザークの目が見開かれる。

「・・・独りじゃ・・ない・・・」

「だって、イザークもあたしもその子の味方でしょ?・・・悩む事はないんだよ、それでも、もしその力の為に
 悩んで苦しむ事があったとしても・・・父さまも母さまも、いつでも見守っているし、見捨てる事はない
 よ・・・って、教えてあげられる・・・」


それから、ノリコはイザークの正面にふわりと膝を折り、草むらに両手をついて彼を見つめた。

「力の制御の仕方だって・・・きっと教えてあげられるよね? その子がもし苦しくて泣いたら・・・あたしは
 優しく包んであげるわ。・・・イザークが、いつもあたしにそうしてくれたように・・・」

「・・・俺が・・?」

「うん。いつもイザークは優しかったもの・・・あたしを見捨てる事なんてなかったもの・・・あたし・・・凄く、
 嬉しかったもの・・・」

「ノリコ・・・」

「きっと、大丈夫よ。だって、あなたの血を受け継ぐ子なんだもの。優しくてステキで、辛い事にも負けない
 強い人間に育つと思うわ・・・・・・それでも、もし・・・」

「もし、人とは違って生まれてきたとしても・・・ それでも、あたしはその子を愛したい・・・」
「ノリコ・・・・・・」
「あなたと同じくらい、愛したいよ。だって、あなたの子だもの。だから二人で一緒に、愛していけるよ」
「ぁ・・・」


サァーっと・・・ 流れるように、風が吹き抜ける・・・――― そして上空高く、雲も流れていく・・・
草も花も、二人の髪も・・・ 風にさやさやとそよぐ・・・

くすくす・・と風が微笑っているかのような・・・ 不思議な・・・・・


・・・・・これは、魔法だろうか・・?

ノリコの言葉が、すぅーっと沁み込んで来る・・・ 何故、こんなにも・・・――――
・・・そう・・・ ただ彼女を見つめるだけで・・・何も言葉が出て来なかった。

改めて感じる、ノリコは凄い、と・・
いきなり知らない世界で生きていく事を強いられ、都度乗り越えて来た者の・・・これが強さだろうか・・・
その身は華奢であるのに、彼女の方が余程強い。

確かに己の時と違い、子は愛情を受け育っていけるだろう・・・
背負うものの大きさに、一人苦悩する事もないだろう・・・


保証などはない。だがノリコとならば・・・・・
・・・彼女とならば、どんな事も乗り越えていけるのではないか。

多分それは、男にとっては酷く情けない事かもしれない。
誰かがいるから乗り越えていけるなどと、そんな風に思うのは・・・・
だが、互いの心を、その痛みも喜びも何もかも知っているから、そしてそれを分かち合えるから、
互いにこの人とならば乗り越えていけるのだ・・・と・・・

独りならば、当の昔に潰れてしまっていた・・・

そう思うのは、イザークに限らずノリコもまた同じであろう。
彼女のイザークへの感謝と信頼もまた、とてつもなく深く大きい。
だからこそ今のノリコもあり、それが故に、この二人を引き離す事など不可なのだ。


再びイザークの横に腰を下ろしたノリコが言葉を続ける。

「イザークに似るといいなぁ〜、きっと綺麗な子になるよ、ふふふ」
「ぇ・・・」
「あたしには・・・・あんまり、似て欲しくないのよねぇ・・・実は・・」
「ノリコ?」

照れ隠しのように苦笑を洩らし、彼女は呟いた。
どうして、そんな事を言うのか? 彼女に似れば、きっと可愛いであろうに・・・
いやむしろ、自分よりもノリコに似て欲しい・・・そう切に願うほどなのに・・・

「だってほら、あたしって、おとぼけ者でしょ?」
「?・・・おとぼけ?」
「それに、緊迫感もないし・・・」
「は?」
「それから、ちょっと世間からずれてるし・・・いや、ちょっとどころじゃないかも・・・」
「・・・ノリコ・・」
「おまけに、何処か抜けてるらしいし・・・」

そこまで言うとノリコはカクンと頭を垂れた。はぁ〜っという彼女のため息まで聞こえてきた。
ノリコがこんな風にがっくり項垂れるところなど、殆ど見た事がない。だから逆にそんな彼女に面食らう。

「・・・・何を言ってる・・」

「んー・・今言った言葉ね、全部友達の・・あたしへの評価なの」
「は?」

「結構、言いたい事いろいろ言ってくれてたのよねぇ〜・・我が悪友達は・・・」

天を仰ぐようにしてため息混じりでごちるノリコに、イザークはまた暫し惚けたように見つめていたが、
その後・・・くっ・・と笑いが洩れた。

「あ、イザーク笑ったぁ〜・・・ でも、そう思うでしょ?」

苦笑するノリコを横目に、くっくっくっ・・・と一頻り笑いを噛み殺した後、ようやくイザークは顔を上げる。

「・・・いや、それはないな・・」
「え、ホント?それとも、またひょっとしてからかってる?」
「いや、それはない。・・・まあ、多少そそっかしい面はあるとは思うが・・・」
「・・ぁ・・やっぱり」

またガクリと頭を垂れる。しかし、そんなノリコの頭をイザークはくしゃりと撫でる。

「ぇ・・?」

顔を上げ見つめるノリコに、イザークは穏やかに微笑う。

「ノリコはそれでいい」
「イザーク・・」
「それでこそ、俺も護り甲斐がある」
「ぁ・・・・」

イザークの言葉に思い切り赤面する。

「・・ぅん、そうだね・・ふふ。でも、あたしのドジにこんなに寛大なのはイザークだけよ」
「そうか?」
「うん」

そうしてノリコはイザークの肩にそっと凭れるように頭を寄せた。

「これじゃ、どっちが相談して慰められてるのか、解からんな・・」
「ふふふ・・・お互い様なのよ、きっと・・」
「・・・そうか・・」


「・・・ああ・・そうなんだな・・」
「ん、何?」

「いや・・・ふと思ってな・・・」
「何を?」

「・・いつか・・出来るであろう大切な者を護る為に、その力を使えと・・・そう教えてやれば良いのだなと・・」
「イザーク・・」

「向かってくる敵から己の身を護るだけではない・・・ 俺もおまえと出会ってから、そういう力の使い方を
 知った・・ 大切な者を護るのだと・・」

大切な者・・・その言葉にノリコは頬を染める。

「ん・・そだね・・・ 大丈夫だよ・・きっと・・・」
「ああ・・ そうだな・・ きっと・・・」



遠くから別な子どもの声が聞こえて来る。

町の子等が嬉しそうな声を上げながら、追いかけっこのように草原を走っているのが見えた。


「すまなかったな・・・余計な心配をさせた・・」

ノリコはイザークを見上げた。にっこり微笑いながら首を横に振り、それから少し俯き、彼の腕に両手を添える。

「余計じゃないよ・・・とっても大切な事だよ・・・だから・・・」

「・・・一人で悩まないでね?」
「ノリコ・・」

「どんな小さな事でもいい・・・もしあたしに出来る事があれば・・・ あ、勿論、話したくない事も中には
 あるだろうから、それは・・」
「隠し事は、もうない・・」
「・・・ぇ」

ノリコの言葉を遮るように紡がれた、彼の言葉・・・

「おまえに隠さなければならない事は・・・もう、何もない・・」
「イザーク・・」
「有難う・・・気持ちが・・楽になった・・」


穏やかな笑顔がそこにある。ノリコが好きになった彼の、優しい笑顔だ。

イザークに笑顔が戻った事そしてその言葉に嬉しくなり、ノリコも笑顔を向け、またイザークに凭れる。 そしてイザークも、そんなノリコの肩を抱き寄せ、髪に手を梳き入れる。柔らかなその感触を暫し楽しんだ。




「どうやら、懸念の元は解消出来たみたいだな・・」

二人の様子を遠目に見やり、アゴルはまたニッと笑う。

「お父さん、ジーナ解かるよ。二人の嬉しそうな雰囲気が伝わって来るの。とっても温かいイメージ・・」
「そうか、それは何よりだ」


その後、凭れたまま例の如く安心して眠ってしまったノリコに、イザークは笑みを洩らす。
長いこと馬に揺られ、宿でもゆっくり休む間もなくここへ来た。疲れが出ていて当然だ。
イザークはその身を大切に、そっと抱き上げる。

そしてジーナと共に戻って来たアゴルもまた、安らかに寝息を立てるノリコに笑みを洩らした。
花冠を頭にご満悦のジーナはアゴルに手を引かれ、四人は宿へと引き返して行った。




一方、ガーヤとバラゴはどうしたかというと・・・――――

「旅の途中だってぇのによぉ、こんなに買い込んでどうするんだっ?」
「あ? そりゃ決まってるじゃないか。その買った服はノリコとジーナ用だよ。これから夜は冷えるようになるから
 ね。女は体を冷やしちゃいけないんだよ? あんたもその辺よぉ〜く覚えておきなっ」
「な・・なんで、俺がそんな事まで・・・」
「何解かりきった事訊くんだぃ? あんただっていつかは女房を娶るだろうがっ。女を労わる術を知らないと、
 とんでもなく苦労する事になるよっ」
「はぁ?」

ガーヤの強引とも取れる理屈に、バラゴは暫し開いた口が塞がらない・・・。


「あ〜あ、俺も久々にあいつ等と花を愛でたかったぜ・・・ガーヤのお供じゃなくてよ・・」
「あんだって? 何か言ったかぃ?」
「いや、なんにも・・・」
「しっかり聞こえてたよ。あたしのお供が嫌だってのかぃ?」

ギロリと鋭いその睨みに、バラゴは背に冷たいモノが瞬時に何往復もするのを感じた・・・。

「お次はあっちの店だよっ」
「何っ!? まだ買うつもりなのかぁ? うへぇ〜、もう勘弁してくれよ〜!」
「男がいちいちブツクサ言うんじゃないよっ」

手荷物をいっぱい持たせられながらも、更にぐいぐい引っ張られていく。

「うぉ〜! たっ助けてくれ〜!! イザーク、アゴルゥゥ〜〜・・・うへぇ〜・・・!!…」

哀れ・・・ 界隈には、バラゴの叫びが虚しく、ただ虚しく響き渡っていた・・・。


その後宿に戻ったガーヤは、ホクホク顔で今日の戦利品をノリコとジーナに配ったという。
そう。市の品を値切りながら買うのもまた、旅の醍醐味なのだ。
無論、女達はキャーキャーと大いに盛り上がり、それを横目に見ながら男達が女のパワーの底知れなさを改めて思い知ったか どうかは・・・定かに非ず。

ただ、憔悴しきったバラゴの後姿を見るにつけ、その周囲にどんよりとしたモノが正に渦巻いているのをイザークとアゴルも認めざるを得ず・・・ 気の毒なバラゴを連れてそっと部屋を出た男達のささやかな飲み会が、その後開かれたというのも・・・無理からぬ事かもしれない。


「いいかぃ、ノリコ。元気な子を授かるには、女は身体を冷やしちゃいけないんだからね?」
「・・・ぁ、はぃ・・ でも、おばさん?・・・、かなり・・気が、早過ぎるかも・・・」

やはりガーヤの迫力には、ノリコも、そしてジーナも冷や汗を隠せない・・・。
そしてそんな会話が女達の間で成された事など、当のイザークは無論・・・知る由もない。

それどころか・・・、

「・・っくしゅん!・・・・??」

「お? 珍しいなァ、イザーク・・ 風邪か?・・」
「・・・いや・・風邪には・・縁がないんだが・・・」

恐らく生まれて初めてであろうくしゃみを体験したイザークは、酒の器片手に怪訝な表情を隠せない。
何故くしゃみが出たかなど、多分彼には一生・・・ 理解不能だろう・・・。


「・・・?」

・・・・・・無理もない。



(了)



良かったよと思われましたら…♪ 短いコメントも記入出来ます→ web拍手
長いご感想やメッセージなどはこちらでも→Mailform



++ あとがき ++

「天上より〜」の6話を書いている時にふと思い立ち、その後合間を縫って書いていた話です。
最初、拍手御礼の短編のつもりで書き始めたのが、二つに分けてもまだテキスト超過。。
削るにしても、あっちこっちとちぐはぐにならんように…などと考えながら削り、それでもまだ超過。…ぅぅ。
いくら何でも一つの話を三つ以上には分けられんよなぁ〜…と御礼に載っけるのを断念。orz
断念した途端、削っていた部分を直してまた復活… …終わらんなぁ(^_^;

一つのページで書ける話は久々です。
「ほのぼの」と「コメディタッチ」を少し。

夢霧 拝(06.11.03)
--素材提供『空色地図』様--


Index  Side1 top