Thanks! First Anniversary



・・・それが、当たり前だから




「よっ。トウガ、先に行ってるぞっ!」
「え・・あっ、レイドご免、今日は約束があるんだっ」

僕の名はトウガ。歳は、えぇと十歳。

今、学問所からの帰り。家への道を急いでいたんだ。そして後ろから僕に追い着き、走り抜け様にニヤリと笑いながら話し掛けてきたのは、同じ組で学ぶ友達のアルレイド。でも僕はこいつのことはいつもレイドと呼んでいる。 で、レイドが先に行っていると言ったのは、体術の稽古のこと。僕等は稽古場仲間でもある。

だけど、僕の返事にレイドは途端に変な顔になったんだ。

「約束ぅ? なんだよ、今日から新規の型なんだぜ?」
「えっ、新規の?」
「知らなかったのか? 皆張り切ってるってのに」

走りながらの会話。・・・レイドは呆れ顔だ。うーん、約束の事で頭がいっぱいだった、注意してなかったな・・・
だけど、そんなこと言われても・・・本当に今日は約束が・・・

街の外れにその稽古場はある。早い奴等はもう何人か来てて既に稽古を始めている。外にも掛け声が聞こえてきていた。 レイドはそのまま稽古場に入っていき、僕は・・・ちょっとだけ窓から覗いてみることにした。
皆熱心に稽古している。うわぁ〜・・・
その訓練の様子に僕はすっかり釘付けになってしまった。
すると、中にいた師範の一人バラゴ師範が僕に気付いてニヤッと笑った。・・・ドキッ。
こっちに近付いてくる・・・

「よぉトウガ。そんなところに突っ立ってないで入ってきたらどうだ? 皆もう始めてるぞ?」

窓を威勢良く開けたバラゴ師範は、そう言って僕を促した。

「いや、今日はすみません。約束があって・・・」
「約束? なんだ逢引きか?」
「えっ、あいび・・・いえ、違いますっ」

この師範は、顔はちょっと・・というかかなり怖い。それに体術の腕も凄い。だけど、「おまえの父さんには敵わんがなァ〜」と豪快に笑う。 見てくれとは違ってとても親切な人だ。えと、花が好きだ・・・というのは、実は母さまに聞いた話。それを知った時は、師範と花ってのがどうしても結び付かなくて固まった。 でも、前に師範の家に遊びに行った時、庭の綺麗な花を見て・・・で、気分良くその手入れをしている師範も見て・・・・・・
見て・・・・・・ 見て・・・・・・ うん、納得した。・・・でもやっぱり固まったな。
でも、師範はとてもいい人ではあるんだけど・・・、

「あいつの言うことは話半分に聞いておけ。腕は立つが、毒される」

父さまはそう言って、皮肉めいて微笑うんだ。
・・・うん、確かに。あいびきとかって言われても、全然僕には関係ない。ガーヤおばちゃんがよく言う。「ああ、あれはガラが悪いからねぇ」とか・・・でもそのガーヤおばちゃんも結構豪快に笑う人だ。えと、とても僕に優しいよ。 この話をすると、母さまはくすくす微笑うんだ。えと、僕は・・・母さまの笑顔は一等好きだな。

「何ニヤニヤしてる、逢引きの相手のことでも考えてるのか? マセてるな、おまえ」
「えっ!・・いやだから違っ!・・・あの、家、家の・・ことで」
「家?・・なんだ、母さんに早く帰ってこいと言われてるのかあ?」

まだ師範はニヤニヤしてる。うー・・・そうじゃないんだけど。でも、母さまの事でというのは間違いじゃない。

「何もそんなに慌てて帰らんでも。どうだ? おまえは筋がいいからすぐに習得出来るぞ?」
「え・・・」

確かに今日の稽古は・・・うー・・・皆張り切ってるなぁ・・・レイドなんて、得意げだし・・・あ、技が決まった。
あいつに先を越されてしまうのは、正直言ってかなり癪だ・・・。

稽古をつける師範はバラゴ師範以外にも何人かいる。実は僕の父さまもその一人。但しいつもじゃない。他にも請け負う仕事がたくさんあるからなんだ。今日も別な仕事があるから、稽古場にはいない。
父さまに稽古をつけてもらうのを楽しみにしている奴も多い。実は僕も父さまに相手になって貰うのが好きなんだ。僕が相手でも、父さまは絶対に贔屓しない。そして手を抜かない。いや、ちょっと違うな・・・子ども相手でも莫迦にしないって意味。父さまが本気を出したら、僕は、いや、この組のどの弟子もきっと怪我では済まない・・・と思う。そして教え方も巧い。父さまが教える時は皆覚えが早いんだ。

体術は、僕がもっと小さい時に母さまとここに見学に来た事があって・・・父さまがここで稽古をつけている姿に感動したのがきっかけ。父さまの姿に憧れたから始めた。実際父さまは凄く強い。バラゴ師範の台詞じゃないけど、この国で父さまに敵う相手はやっぱり誰もいないと思う。王様付きの凄い騎士だって、きっと父さまには敵いっこないさ。
僕の稽古も最初の内は父さまがつけてくれた。家の庭でも、父さまが仕事が休みの時とかはよく相手をしてくれたんだ。筋が良いって褒められて、凄く気分が良かったな。だけど、体術を習うのは別に戦をする為にというのではなく・・・うーん、身体を鍛えるというか、そんな感じ。
ここでは剣術も教えているんだけど、僕はまださせては貰えない。

「まだ必要ない」

っていう父さまの言葉に従った形だ。・・・でももし今勧められたとしても、まだ剣を習おうとは思わない。・・・実はちょっと怖いからというのもある。体術の方は少し自信はあるけど、剣の扱いの方は半端じゃないよ。
・・・でも興味がない訳じゃない。いつか剣を持つ時も来るだろうと思う。

僕が生まれる何年も前に、世界が変わるきっかけとなった大戦があったらしい・・・ 父さまも母さまもあまり詳しくは話してくれなかったけど、魔との戦だったとか・・・
不思議な力ってよく解からない。うーん、「能力者」と呼ばれる人がいるのは知っている。でも、人と人が血を流し合う・・・僕はそういうのは苦手だ、ていうか、想像が出来ない。そりゃ体術でも試合はあるさ。でも、大怪我をするまでは遣り合わない。 そしてこの町の人は皆親切な人ばかりだ。
大陸の他の国では、戦に兵士が駆り出されることもまだあるらしい。戦は、体術の稽古とは全然違うと思う。剣や他の凄い武器も使うみたいだし。えっとこれは、学問所で歴史を習った時に覚えたんだ。
・・・この国ではいつまでもそんなことにはなって欲しくないなぁ。王様の治世によってもその辺違うらしい。バラチナの王様は、とても素晴らしい王様で良かったな。

それにしても・・・ うー・・・遣りたいな。だけど、だけど・・・今日は・・・

「ご免なさい師範。今日は・・やっぱり・・・」

僕が口篭っていたその時、

「お兄ちゃんっ!」
「うっ」

この声は・・・

「お、なんだレーン、学問所から今帰りか?」
「バラゴ先生こんにちは。ええ、今日はお当番があって遅くなったの、でもすぐに帰らなくちゃ。で、お兄ちゃん、ここで何してるの?」
「レーン・・・」

手を腰に当てて僕を睨んでいる、これは僕の二つ下の妹、レーン。しかも師範にはにっこり顔で挨拶したのに、僕にはなんだか責めるような喋り様。妹の威勢に、途端に僕は罪悪感に駆られたような気分になる。

「今日から新規の型の訓練だ。トウガにも声を掛けていたところさ。けど、急いでいるらしいなァ」
「ええ、今日は母さまの具合が悪いから、家のお手伝いをしようってお兄ちゃんと約束してたのよ。それなのにぃぃ、お兄ちゃん」
「忘れてないよ、すぐに帰るさ」

なんだか、物凄い悪さをして叱られた後みたいだ。バツが悪くて小さな声でもごもご答えるのが精一杯で・・・

「なんだ、家の事って母さん調子が悪いのか。あいつからはそんな事一言も聞いてないがなぁ・・」

「あいつ」というのは父さまのこと。師範は父さまをあいつって呼ぶ。それは父さまも同じ。昔からのいい友達なんだって。僕とレイドみたいな感じかな・・・?

「この頃ね母さまお顔の色があまり良くなくて、で、昨日お風呂場で倒れちゃったの、でもそれは内緒よ? 先生。今日の朝は母さま起きてたんだけど、顔色がまだ良くないから父さまが起きちゃ駄目だって」

レーンは口に手を翳し少し声を顰めて話した。内緒話が好きだってのは、女の子にありがち・・・だ。

「そうなのか、それは引き止めて悪かったな。じゃあ早く帰ってやれよ。母さんにヨロシクなっ」
「はぃ。じゃあお兄ちゃん、帰りましょ!」
「あ、ああ。じゃあバラゴ師範、今度稽古お願いします」
「ああ、待ってるぜ」

僕は師範に挨拶し、ぺこりと頭を下げ、それからすぐに妹と共に家へ向かい走り出した。

妹は、しっかり者だと思う。顔は母さまから受け継いだ。口が達者なのも、母さま譲りだ・・・・・・ と、これはバラゴ師範が最初に言った。でも、母さまのようにふわりとした感じ とはちょっと違う。妹の賢さとキレの良さは、寧ろ父さま譲りだ。でもたまに、ぽわんとしたりうっとりしたりしてる。うーん夢見るって感じだけど、こういう時って母さまと凄く似てると思うよ。やっぱり女同士通じるところがあるんだろうな。
・・・僕は、顔は父さま譲り。父さまの小さい時によく似ているそうだ。この髪もそう。口はレーンほどじゃないけど、父さまよりは喋ってる方だと思う。でも、焦ると言葉が出てこない。焦って真っ赤になるところは・・・母さまそっくりだって、よく言われる。

で、僕と妹は家への道を急いだんだ。




「ふーん。しかし、カミさんの具合が悪いなんてそんな素振り・・あいつちっとも見せなかったがなぁ・・・」

走って帰っていく僕等の後ろ姿を眺めながら、バラゴ師範がそう言って額をポリポリ掻いていたなんて事は・・・勿論僕もレーンも知らない。





家の前にまで来て、流石に息が上がった。レーンはゼーゼー言っている。

「はぁ、はぁ、ああ〜着いたよぉ、お兄ちゃんっ」
「ああ。レーンおまえ・・足速くなったなぁ〜、はぁ〜」
「だってぇ、母さまのお手伝い頑張るんだもん」

僕等は競争して帰ってきた。妹はしっかり者だけど、走るのは僕の方がやっぱり速いのさ。でも、今日は妹も張り切ってるのか、結構いい勝負だった。 息を整えつつ家の扉を開けようとしたら、扉の方が勝手に開いて・・・

「えっ!?」
「帰ったのか、二人とも」

僕とレーンは驚いて口をパクパクさせた。扉を開けたのは、父さまだ。

「どうした、何を驚いている」
「父さま、もう帰ってたの?」
「早く終えたからな」

レーンの問いに父さまは微笑って答えた。早く終えたというのは依頼の仕事だ。・・・嘘だ。そんなに早く終わるような仕事じゃなかった筈だけど。

「どうしたトウガ」
「・・・あ、いや何でもないよ、えと、母さまは?」

父さまにじっと見られて、僕は慌てて母さまのことを訊いた。

「起きている。あまり無理はするなとは伝えてあるがな」

この辺、父さまはあまり表情を変えないでさらりと物を言う。うーん・・・父さまにじっと見られると、なんだか慌ててしまう。 ・・・なんていうか、上手く説明出来ないけど、ドキドキして何も言えなくなってしまうんだ。不思議だけど。
レーンは母さまが起きていると聞いて、大喜びで家の中に入っていった。僕も父さまと一緒に中に入ったら、母さまは居間の長椅子に掛けてて、こっちを見てた。 レーンは母さまに抱きつくと頬を摺り寄せて「ただいま」の口付けをした。
・・・本当は、僕が先に母さまにただいまの挨拶をしたい。でもここは兄さんらしく黙って妹に譲る。そういうのを「いさぎよい」って言うんだって・・・レイドが話してたっけ。

「お帰りなさい、トウガ、レーン」

わぁ、母さまの笑顔だぁ・・・
本当に母さまの笑顔は好き。なんだか凄く幸せな気分になるんだ。母さまが少し元気そうで良かったぁ。

「具合、大丈夫なの? 母さま」
「ふふ、昨日よりはだいぶね」
「良かった。心配して飛んで帰ってきたんだよ」
「その割には、途中で道草してたのは誰だったっけ?」
「っ!・・レーンっ!」

レーンの台詞に僕は真っ赤になった・・・
そりゃ、稽古の様子に夢中になったけどさ・・・約束を忘れた訳じゃない。

「嬉しいわ、レーン、トウガ」

母さまは手を僕に差し伸べてくれた。僕が母さまの傍まで近付くと、母さまは僕をレーンと一緒にきゅっと抱きしめてくれて・・・

「心配して急いで帰って来てくれたのね、有難う。トウガは今日は体術の稽古があったのね。母さまは大丈夫だから、稽古に行ってらっしゃい?」
「ううん、今日は行かない。手伝いをするってレーンと約束したんだ」

僕は照れて、でも誇らしげに説明した。レーンも照れてる。でも嬉しい。僕もレーンも母さまの役に立てるのが凄く嬉しいんだ。 母さまは、もう一度僕とレーンを抱きしめてくれた。頬に口付けも・・・ ああ、温かいな。母さまって凄く温かいんだ。

でも、こんなことを話したら、レイドは絶対に笑う。だから他所では話さない。これは僕だけの秘密だ。

「だが、あまり無理はするな。おまえは少し頑張り過ぎる」
「・・・ぁ。・・うん、ご免なさい心配掛けて・・」

僕達のやり取りをずっと見ていた父さまが、近付いて母さまの頭に手を添えた。窘めるというか、それでも、表情は凄く優しくて。 この時の父さまは母さましか目に入ってないんだ・・・・・・と、これもバラゴ師範に教えて貰った言葉だ。
母さまは、父さまにそう言われてはにかんだ感じで微笑んでいた。
なんか違うんだ。母さまが父さまに向ける笑顔は、僕達へのそれと同じ笑顔なのに、違うんだ。
・・・具体的にどう違うのか? って訊かれても・・・困るんだけど。

父さまは母さまを凄く大事にしてる。僕には、ううん、レーンにもそれがよく解かる。

「そりゃあ、父さまは母さまを心から愛しているからよっ。父さまと母さまはらぶらぶなんだものっ」

と、前にレーンは物凄い赤面モノの台詞を言ったことがある。「らぶらぶ」ってのは、母さまの国の言葉。 僕は真っ赤になって、勿論その後レーンに冷やかされたのは言うまでもない。
レーンはこの言葉をよく口にする。あまりに言うものだから、学問所で一時この「らぶらぶ」って言葉が流行ったほどだ。特に女の子達のつぼに嵌ったらしい。 でもレーンだって、言葉を知っているというだけで・・・多分、愛だとか恋だとか、そんなものに憧れる歳なんだ。 学問所にもカッコいい男の子がいるとかいないとか・・・女の子達の間では、そんな話題もちらほら出る。
でも、僕にもレーンにもそんな特定の子がいる訳じゃない。そんな感じのものに憧れる・・・そういう歳頃なだけなんだ。
えと、・・・本当は一等憧れてるのは・・・実は僕の母さまなんだ・・・ っていうのも僕とレーンだけの秘密。 レーンは僕を冷やかすけれど、レーンだって一等は父さまなんだ。

「父さまの他にカッコいいと思える男の子がいないだけよ」

う・・ん、それも確かに言える。実際、女の子の組では・・・父さまに憧れてる子が結構多い・・・。
えと・・・僕は、一等は母さまだから、・・・女の子がどうとかってよりも体術の稽古や算術の方が好きだな。算術は体術にも役立つ。先の先を読めってことさ。それに読み物も好きだな。そこのところは母さま譲りらしい。
あ、男の人での憧れは・・・やっぱり父さまだよ。そりゃそうさ。父さまはやっぱり凄いもの。で、レーンの一等憧れてる女の人は母さま。当然でしょ。

・・・話がずれちゃったな。でも、僕は父さまが母さまを大事にしているのは凄く嬉しい。
えーと・・・、カホゴ?・・・これもバラゴ師範が教えてくれた言葉。字はなんていったかな・・・あれ・・・?
ん、まあいいや。とにかく、師範に言わせると「呆れるくらいおまえ等の父さんは母さんに惚れてる」んだそうだ。 僕とレーンがいても、父さまは母さまをよく傍に置く。ホントに「傍に置く」という言葉がぴったり嵌る。 そしてよく抱きしめるし、口付けもするし。えぇと・・・母さまがきゅって抱きつくことも・・・あるな。
僕達は、そりゃ赤くなる・・・だけど、父さまと母さまが仲が良いのは嬉しいんだ。

えと・・・こんな事も言ってたっけ師範・・・ 確か、「人目もはばからず」?
この言葉を最初に聞いたのは師範からだったな。・・・あと、それから、

「あいつのは特別だ」

これも師範が言っていた。うん、そう思う。
何を指して「特別」と言うのかは、よく解からないけど・・・なんとなく「特別」なんだって思うんだ。

でも・・・

不思議に思うことがある。今日みたいに、ホントは夜まで掛かってもおかしくない仕事の時。それなのに早く帰って来れたり・・・  僕等が知らせを受けて慌てて帰ってくるよりも、父さまは早く母さまの許に駆け付けている。母さまに何かあった時の父さまは、 本当に誰よりも早い。
どうしてなんだろう。そりゃ、大事に思っているからなのは解かる。でもどうして、いつもいつでもそれが出来るんだろう・・・
昨日の風呂の時だってそうだ。風呂場からレーンの悲鳴がした途端、素早く父さまが僕の前を過ぎて・・・

一瞬・・・風かと思ったくらい――――

その後の父さまの対応はやっぱり素早くて・・・ しっかり者な筈のレーンは急な事でおろおろするばかりだったし、僕は・・・その、恥ずかしいんだけど、父さまのその光景が目に焼きついてしまって、父さまに声を掛けられるまで動けなかった・・・えと、「ぼうぜんじしつ」って言うのかな。なんだかとても恥ずかしいよ、それに悔しい。僕では、母さまの騎士にはなれない・・・ 僕では父さまには敵わないんだ・・・ う・・ん、初めから解かりきってるんだけどね。


ある時、父さまに質問してみた・・・ そしたら、僕の話を黙って聞いていた父さまは凄く意外そうな顔を見せて、それから微笑んで。 そして、こう話してくれた。

「そんな風に感じたことはなかったな・・」

あんなに誰よりも早く駆け付けるのに、早いと感じたことはないだなんて・・・ 今度は僕の方が意外という顔になったんだ。
父さまはそんな僕を見て、とても穏やかに微笑った。「意外なことではない」・・・と。

「そんな風に意識したことがない。それだけだ」

そう言ってから、父さまはずっと遠くの方を黙って見つめていた。
意識したことがない。実際その通りだと思う。早いかどうかなんて意識しながらは多分・・出来ないだろうな。

「失いたくないからな・・」
「ぇ・・・」

暫くしてから、父さまが呟いた。その横顔に見入ってしまったんだ。なんか変だな、男が男に見とれるって。何も言えなくなる感覚と似てる・・・よね。

「失いたくない・・・から?」
「ああ。それに・・・後悔したくもない」
「?」

僕が不思議そうに父さまを見つめると、父さまはまたふっと微笑って・・・

「二度と得られない大切な人だから。だから、遅過ぎるのではないかと・・・そんな心配なら寧ろいつでもしているが」
「父さま・・・」

すっと立ち上がって、父さまは僕の方を見た。陽の光を背中に浴びて・・・逆光で父さまの顔はよく見えなかったけど。 穏やかに微笑っていた。

「いつかおまえにも、護りたいと思える人が出来たら解かる」
「まもりたい・・・と思える・・人・・」

僕はまた惚けたように、父さまの話を聞いていた。きっとレーンが見たら、突っ込んでくるだろう。
「まもりたい人」・・・父さまにとってはそれが母さまなんだ。
特別意識してない。・・・う・・ん、父さまにとっては、それが「当たり前」――――

「失いそうになった事は、一度や二度じゃない」

父さまはそう言って、また遠くを見つめていた。穏やかではあるけど、なんだか寂しそうな感じに見えて・・・

母さまの生まれた国は凄く遠いところなんだって、前に母さまが話してくれたんだ。普通は移動は馬や馬車、海を渡るときは船。んー、翼竜という方法もあるけど、まだまだ数は少ない。 翼竜は昔戦の時に移動の道具に使われたこともあるんだ。・・・それを聞いた時は、可哀想だなって思ったな。
母さまの国には前に連れてって貰った事がある。普通の方法では行けないところらしい、そしてその事はレイドにも言っちゃ駄目なんだ・・・

なんだかとても大切な事を教えて貰ったんだって、僕とレーンはすごくビクビクしたけど、母さまも父さまも微笑ってて・・・

「そんなに怖い事じゃないの。でも他の人は知らない、そして出来ない方法だから、話してもびっくりしちゃうし信じても貰えないでしょ?」

母さまはそう言った。・・・うん、そうだよね。母さまの話す事は正しい。僕もレーンもすぐに納得した。

母さまの国へはチモを使う。チモというのは毛がフワフワしてて、顔が怖い動物だ。だけど顔に似合わず臆病な奴で、意外とこれが可愛い。で、このチモも他の人は殆ど持っていない。
「しゅんかんいどう」っていうのが出来るんだけど。チモは育てるのも難しいらしいんだ。 そのチモを使って樹海から飛ぶ。
樹海だけが唯一母さまの国、お祖父ちゃんやお祖母ちゃんの住む国へと行ける場所。でも、チモだけではやっぱり駄目で・・・

「そして、これが一番話しちゃ駄目な事よ?」

母さまは口に人差し指を当ててそう言った。
うん。絶対に話さない。小さい頃にそれを見た時は、この世のものを見ているとはとても思えなかったんだ。
まるで・・・、うん、昔絵本の中で見た天主さまみたいな・・・

そう、その時には父さまの力も使う。凄い。ただただ凄いと思った。この人が僕の父さま?・・・信じられない、言葉に出来ないくらいのそれはとても凄い力。 知っている人は極々僅かな人だけ。だから絶対に喋っちゃいけない僕等家族だけの秘密。
その力を使わなければ母さまの国には行けない。他の人には行けないそんな遠いところから、母さまは父さまのところにお嫁に来た。 レーンなんかは「ロマンチックだわ〜」ってうっとりしてるけど。ああ、ロマンチック好きなのはやっぱり女の子だよ。

でも・・・ 僕は・・・ 本当・・・言葉が出なかった。


他の人には行けないところから来た人・・・それが母さま。
だから簡単には出会えない。だからこそ、まもりたい・・・


「お姫様みたいね、母さま」

これもレーンの台詞。うん、母さまはお姫様だ。この話を父さまにしたら、はっと笑い、

「その通りだ」

そう言って、僕の頭をくしゃりと撫でた。
そうか、父さまもそう思っていたんだぁ・・・ 僕はなんだか嬉しくなった。
レーンが母さまにこの話をした時には、

「え・・・もぉ、やだなぁ、そんなんじゃないのに・・」

って、母さまは赤くなって違うって言ってたけど、その顔は嬉しそうで・・・
真っ赤になった時の母さまは、とても可愛いと思う。子どもの僕がそんなことを言うのは変かもしれないけど・・・
可愛くてとても素敵なんだ、母さまは。

でも・・・

「あなた達の父さまも、母さまにとっては王子様なのよ。とても大切な人なの・・」

頬を薄紅色に染めて、母さまはそう言った。「いつもいつも・・・あの人が護ってくれてたから・・・」って、少しだけ目を伏せた母さまは、 何かを思い出しているような、でもとても穏やかに微笑っていて・・・

「だから、母さまはこうしていられる。父さまがとても大切にしてくれて・・・そして、あなたとレーンが生まれたの」

そう言って、僕をふんわり抱きしめてくれた。・・・温かい。そしてとてもいい匂いがする。 僕はとても幸せな気持ちになった。母さまが僕の母さまで、父さまが僕の父さまで、本当に良かったと思う。




その晩は、母さまと僕とレーンが夕食の支度をした。でも、殆どは父さまも手伝った。っていうか正しく言うと、母さまを手伝う父さまの手伝いを僕とレーンがした・・・って感じだ。 でも、後片付けは僕とレーンがしたよ。
それから、お風呂場でまた倒れちゃいけないからって、その晩は父さまが母さまを風呂に入れたんだ。 母さまは赤くなって「大丈夫なのに」って言ってたけど、父さまが「駄目だ」って・・・

・・・これも「カホゴ」って言うのかな?

でもいいんだ。母さまが元気でいてくれたらそれが一番だから。うん、それが絶対だよ。





次の日、僕とレーンはいつものように学問所へ行き、その帰りに僕は稽古場に行って師範にみっちり稽古をつけてもらった。昨日休んだけど、新規の型は勿論すぐに習得した。同じ稽古仲間の中では僕は及第を取っている。つまり上級ってヤツ。うーん、あんまりそういうの意識してないんだけどな。でも、師範が僕の上達振りを見て「血は争えないな」って言ってた。
・・・父さまには全然適わないって思ってたけど、僕も父さまの強さの幾らかでも受け継いでるのかな・・・? なんだか不思議な感じがしたよ。

父さまと母さまは僕等の留守中に一緒に何処かへ出かけていったらしい。そしてその晩、僕とレーンは素晴らしい知らせを父さまから貰った。
凄いっ! 凄いっ! レーンも僕も大喜びで叫んだ。天にも昇るような気分とはまさにこの事だ。
・・・でも、まだ本調子じゃない母さまの身体に障るからあまり大声を出すなって、レーンも僕も父さまに頭をくしゃりとされたけど。
だけど本当、嬉しくて堪らない。その晩はベッドに入ってもなかなか眠れなかったな・・・ 勿論それはレーンも同じだったんだ。

ああ〜、今夜はいい夢が見れそうだー。




「あまり無理はするな・・ノリコ」
「ん・・有難う、イザーク・・」

居間の長椅子に腰掛けて父さまと母さまがそんな会話をして、父さまが母さまを腕の中に仕舞うように抱いてそれから額に口付けしてたなんて事は、勿論僕もレーンも知らない。 その頃には僕は夢の中に入り掛けていたから・・・

その晩見た夢・・・素晴らしい夢だったんだ。
光のいっぱい溢れる湖の畔のお花畑、僕もレーンも、そして笑顔の母さまもいる。
そして勿論母さまの傍には見守っている父さまがいるんだ。
遠くからは、お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、それに伯父ちゃんや伯母ちゃんも歩いてきて・・・

ああ、とっても綺麗なところ・・・そして、とっても温かい・・・温かいんだ・・・――――
またいつか・・・お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに会いに・・・行きたいな・・・―――――

―――――

―――



僕は、素敵な父さまと母さまを持った。
僕等は、とてもいい家族だ。




END




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++ あとがき ++

遅ればせながら一周年御礼にと、小品ではありますが書かせて戴きました。
去年ふとこの話を思い立ち、場面なんぞは少々考えてはいたものの、
何せ連載抱えているしねぇ…と、まだまだ先だねこりゃ…と、脳みそ内保管状態だったのですが、
今回良い機会じゃない?…と、ぶつ切り状態(笑)でしかなかったものをせっせと繋ぎ繋ぎ、
短編でなんとか形にし、日の目を見させる事が出来ました。
小さなヒーロー視点で今回は纏めてみました。話し言葉で書くの、なんだか凄く楽しかったですよ。
でもなんですか、続きを匂わせるような終わり方でないかぃ?(^_^;
もし機会があれば、これも連載にしてみたいような…
でもいつになるか解からないので、確約は避けます(をぃ)

夢霧 拝(07.04.28)
--素材提供『s-ciel』様--



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