-- 夢の後 --



ビクンッ――――!



はっ・・・!



不意に、俺は目が覚めた・・・

呼吸が荒い。・・・身体中に嫌な汗も掻いていた。

一瞬自分が『何処』にいるのか・・・今はいったい『いつ』なのかが解からなくなる。



・・・部屋は暗く、しんと静まり返っている。

ただ月明かりだけが、遠慮というものを知らずに、その光を部屋の中まで射し込ませていた。

まだ夜明けまでは程遠いようだ。


どうやら、俺は夢を見ていたらしい・・・

多分・・・一番見たくはなかった・・・『あの夢』を・・・


気だるい手を額に置き、目を閉じる・・・

何だって、今になってあんな夢を見るのか・・・

因りによって・・・あんな夢を・・・


ふっ・・・力の制御は出来ても・・・夢の制御だけは、どうあっても不可能らしい・・・

自嘲めいた微笑いがこみ上げる・・・


俺が一番荒んでいた時だったかもしれない・・・

恐らく、一生消えはしない・・・・

心の中に闇を抱え、翳りに満ちていた・・・あの時・・・

自らに良かれと思い・・・あの地に赴いた・・

そいつを仕留めるが為に・・・ただその為に・・・


忘れたいのに・・・俺の中の記憶が・・・それをさせてはくれない・・・





深く息をつき、隣に視線を移す。


俺の隣で安らかな寝息を立てている、最愛の女性・・・

ノリコ・・・

彼女は俺の腕枕で、眠っている。

安心して、眠っている。


見たくないと思っていた、あの夢・・・・

だが、かの地に赴いたお陰で・・・・この彼女とも出会う事が出来たのだ・・・


最初は、俺を化け物へと変える存在だと・・・信じて疑わなかった・・・

だが、彼女は、俺を真の化け物に変える存在ではなかった・・・

この俺を、闇の世界から救い出してくれた、唯一人の至高の存在・・・・

それが、ノリコ・・・おまえだ・・・

光の・・・温かい世界へと・・・俺を誘ってくれた・・・愛しい存在・・・




この地に彼女と共に移り住み、一月が過ぎた。

そして、ここの生活にも少しずつ慣れてきている。

旅ばかりだったかつての暮らしから見れば、随分と自分は変わったな・・・と

そう・・思わざるを得ない。

こうして、一つの地に落ち着いた暮らしを営めるなどと

以前の俺なら、とても考えられなかった・・・

おまえが俺の人生を変えてくれた・・・

おまえがいたから・・・今の俺がある・・・


あの時、おまえは俺にとって抹殺すべき相手だった・・・

だが、今は違う・・・

俺が何よりも守りたいと感じる・・・唯一の宝・・・・

決して失いたくはない、俺だけの宝・・・





「・・う・・ん・・・」

ノリコの長い睫が揺らぐ。

気がついたらしい。俺が少し動いてしまった所為か・・・・

瞳がゆっくり開く。寝ぼけ眼の愛らしい瞳。

「ん・・・あれ・・イザーク?・・・」

目元をこすりながら、彼女が呟いた。

「起こしてしまったな・・すまん・・・」

ズレてしまった掛け布を、彼女の肩まで掛けてやる。

「起きてたの?」

「ああ、夢を見ててな。・・・それで目が覚めた」

「まだ夜が明けてないね・・・」

「ああ、まだだ・・」

彼女が、ひとつあくびをした。可愛らしいあくび・・・


月明かり・・・

その光が顔を照らし、光と影の対照を成し、おまえを一層美しくさせる・・・

「夢?・・・何の夢?」

無邪気な問いに笑みが洩れる。

「そうだな・・・余り良い夢ではない・・・いや・・・半分は良いと言えるかもしれんが・・」

「え?・・・何それ」

彼女がくすくす微笑う。その姿が愛おしくて堪らない・・・


「あ・・」

彼女が何かに気づいたのか、俺を覗き込んだ。その表情に心配そうな色が浮かぶ。

「どうした?」

「酷い汗・・・嫌な夢だったの?」

言うと、すぐに彼女は半身をベッドに起こし、引き出しから布を一枚取り出した。

そうして、俺の額の汗を拭い始める。

「余程、嫌な夢だったのね・・・こんなに汗が・・・大丈夫?・・」

俺を気遣う、彼女の優しい瞳。

何も身に纏ってない彼女の美しい曲線が、月明かりに浮かび上がる・・・

俺を魅了してやまない・・・ノリコ・・・

「でも・・・悪い夢を見ても、目が覚めたら楽しい思い出も作れるから、もう大丈夫ね?」

言いながら、彼女は微笑んだ。

俺を包み込むように、温かく柔らかい・・・その笑顔。

いつでも俺を癒してくれる・・・最愛の・・・



「え?」

彼女の表情が問うそれに変わる。俺が急に彼女の手を掴んだからだ。

不意にそんなことをされ、不思議そうな顔でノリコは俺を見つめた。

その細い手首を掴みながら、彼女に告げる。

「いい。汗なら、どうせまたすぐに掻く・・・」

「イザーク・・・?」

「夜が明けるまでには、まだ間がある。・・・さっきの続き、してもいいか?」

そう問う俺の表情は、少し悪戯だろうか・・・

彼女の表情が変わる・・・ 月明かりでしか望めないが、多分頬は赤く染まっているだろう・・・

俯いて少しの間黙っていたが、恥ずかしげに小さく頷いた。


ベッドに半身を起こし、逆に彼女を俺の下に組み敷く。

髪に手を梳き入れ、柔らかな唇を捉え味わっていく。

絡め取る彼女の唇、そして中に秘められた熱い塊が・・・甘く心地良い・・・

そして、肌を重ね合い・・・互いの温もりを与え合う・・・

彼女の手が・・・俺の首にそっと回る・・・


まだ、夜が明けるまでは・・・遠い・・・





おまえの全てが愛おしい・・・

この宝、決して失いたくはない・・・・

俺の最高の宝。




(了)


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++ あとがき ++

樹海の夢から目覚めた、新婚1ヶ月のイザークさんです。
隣には最愛の妻、ノリコちゃん。初々しい新妻です。
二人の夜はまだ明けないようですね。

イザークさん視点で文章を考えました。
初の一人称です。でも、一人称って難しい・・・修行が必要です。

夢霧 拝(06.04.04)
本文一部改変(07.06.26)


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