…その日。 |
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それが現実となる時が来た。・・・そいつが来る。・・・ついに・・来る。 「そこの、・・・待たれ」 不意に、道端に佇む何者かに呼び止められる。 秀麗なる容貌の主が、ゆっくりと振り向いた。 「・・・何か用か」 「あんた・・・随分と重きものを抱えていなさるな」 その男はニヤリと笑う。 端整な眉が僅かに寄った・・・―――― 「・・・占者か・・」 男は黙って頷く。 呼び止められた青年は、男の方に正対する。 「・・・俺を・・・占(み)る事が出来るというのか」 男はふっと笑い、首を横に振った。 「あんたの像は、なにゆえか酷く乱れている・・・まともには、占れぬようだ」 男の物言いに青年は小さく息を吐き、その場から去ろうと踵を返す。 「だが、・・・あんたの秘める気は・・・感じ取れる」 青年の足が、ひた・・・と止まった。背を向けたまま問う。 「何が・・・解かるというのだ」 「酷く・・・重い。・・・あんたに圧し掛かるその重責。よく潰されないで、耐えていなさるな?・・あんた」 男は、再びニヤリと笑った。 「街の中に漂う噂・・・、厄介な色合いの濃い・・・溢れている・・・大気も、にわかに息づいている・・・ あんたの持つ・・・その重く暗い翳り・・・何かが起こらねば良いが・・・」 青年は振り返り、再び男に正対した。 「俺の事はいい。・・・あんた、・・・・≪目覚め≫を占えるか?」 男は目を瞠る。暫しその視線が青年に縫い留められた。 「≪目覚め≫とて、同じ事。像が乱れる・・・」 「だが、いつ頃であるかぐらいは占(よ)めるだろう・・・占(み)てはくれぬか?」 青年の要求に、男は黙っていた。 暫しの沈黙の後、痺れを切らしたかのように青年は息を吐いた。 「・・・他を当たろう。邪魔をした」 再びその場から立ち去ろうとする。 が・・・ 「待たれ。・・・占ないとは言ってはおらぬ・・・」 青年は僅かに視線をこちらに向けた。 男はおもむろに息を吐き、そして口を開く。 「国の国専占者が篭った」 「国専占者が・・」 「占者の気は捉えられる。明日、世界の大気が動き始める・・その存在を受け入れるべく・・・」 男の言葉に、青年は眉を顰める。 「明日・・か・・・」 男は頷いた。 「鬱そうとした森の海・・・金の寝床と称される・・・≪目覚め≫は、そこに・・・」 青年は黙したまま、懐から取り出した路銀を一枚置き、 「手間を取らせた」 そう一言だけ残し、その場を去ろうとする。 「あんたも≪目覚め≫を手に入れようとなさるつもりか?・・・諸々の国々と同じく・・・」 男の問いに青年の足は再び止まる。だが、振り返る事なく応えた。 「≪目覚め≫など・・・欲しいとは思わない」 「では、何故に・・・?」 「・・・・俺には、俺の事情がある・・・あんたは、知らなくていい事だ」 そして、青年はその場を去った。 男は青年の去った方向を見据え暫らく黙っていたが・・・やがて一言呟く・・・ 「あの青年・・・秘めたる≪さだめ≫に、押し潰されねば良いが・・・」 ニヤリと笑みを浮かべ、そして・・・搔き消すが如く、すぅーっと消えた。 夕刻、青年は街の防護壁の門の近くに来ていた。 既に刻限も遅く、街の門はじき閉じようとしている。 急いで街の中に入る旅の者達・・・その流れに逆らうかのように、青年は街を出て行こうとしていた。 門兵が不審に思い、呼び止める。 「あんた、こんな刻限から出て行くつもりか?」 青年は番の男を一瞥。 「そうだ」 「夜に街の外に出るなどと・・・盗賊や異形の生物に出くわすぞ」 「構わん、開けろ」 男の忠告にも、青年は耳を貸さない。 剣呑と唖然とを交えた顔で息を吐いた。何を言っても無駄・・・番の男は青年が通れるだけの僅かな隙間を開けた。 「道中、無事で・・・」 「ああ・・・」 短い会話のみ交わし、青年は街の外に出た。 青年の後ろで、門は堅く閉じられる。閉じた際の音が、辺りに重々しく響き渡った。 ――――・・・一晩・・・走り続ければ、間に合うか・・・ 今いるこの街からは、目指す森の海はかなり遠い場所にあった。 青年は、自らの脚に秘めるその力を開放し、歩を早め、やがて歩は疾走へと変化する。 俊足・・・恐らく常人では成し得ないその速さ。 徐々に夕闇も色濃くなる中、灯りも持たないままで、尚も青年は疾風の如く駆ける。 闇の中で、目見当もなく、何故にそれ程速く駆ける事が出来るのか・・・ それは、青年にしか解からない・・・ 青年の顔は暗く翳っていた。 なにも、辺りが暗い所為ではない。 青年の秘めたるもの・・・その重さ故、その顔は暗く翳り・・・そして彼自身、決して笑う事はない。 人との関わりを極力避け、孤高に生きる・・・ただそれだけ。 何が青年にそこまでさせるのか・・・・ ≪目覚め≫ この世を騒乱に導くもの・・・ そして、≪天上鬼≫を目覚めさせるもの・・・ この世を震撼させ、破壊し尽くすという破壊の化身・・・≪天上鬼≫・・・ その≪天上鬼≫を目覚めさせるものとして、この世に現れようとしている・・・ 古より言い伝えられてきた、≪目覚め≫の伝説。 それが今、現実となろうとしている。 ≪目覚め≫を捉えた者は、≪天上鬼≫を操る事が出来るという・・・ そして、この世の支配者となるという・・・ 故に、世界中が≪目覚め≫を狙う。 自身がこの世の支配者と成りたいが為に・・・ 青年は夜通し駆けた。 人は通れぬ切り立った岩場もものともせず、高い山肌も跳躍を繰り返し難なく登る。 休息も取らずに駆けて来た。が、休む訳にはいかなかった。 落ち着く間さえ、彼は惜しんだのだ。 ――――・・・やつが来る前に・・・ 空が白み、闇に満ちた世界は明るさを取り戻そうとする。朝だ。 青年は一際切り立った岩山を跳躍で難なく駆け上がった。 その息は乱れる事なく、断崖傍まで歩み寄り・・・ 表情が、一層翳る。 眼下に望むかの世界・・・――――― 何処までも果てしなく拡がるかのような、まるで大海を思わせる森。――そこは、樹海。 化け物も多く棲息し、人間は決して立ち入らない、未開の魔の森。 木々が生い茂り、深部には陽の光も届かない、鬱そうとした深い森・・・・・・ ドクン・・・! 生き物たちの鳴き声が止み、空気もピンと張り詰めたかのような・・・ ――――・・・来るっ!・・・やつが・・・ その気配を感じた。 急いで、樹海の深部まで下りていく。 金の寝床。金色の苔が生し、周りは花虫の巣窟と化しているそこへ。 大気が・・・ざわめく。 そして、金の寝床が光で溢れた。 ――――・・・間違いない。やつだ。 気をそこに集中させる。 そのものを迎え討つが為に、青年はそこに来た。 上空には、他の国の翼竜も迫っていた。 どの国も、≪目覚めなるもの≫を狙っている。 他の国の者に見つけられる前に、確実にそいつの息の根を絶つ。 ≪それ≫は、青年を忌むべき運命へと引き摺り込む存在であるから・・・・ 青年を、――望まないもの――へと変えてしまうから・・・ 腰の剣に手を掛ける。 だが・・・金の寝床に現れ姿を見せたのは、人間の少女だった・・・―――― ――――・・・な・・に・・・? その存在に驚愕し、目を瞠った。 掛けていた手を静かに引き、暫しそのものの動向を窺った。 少女は不安げに辺りを見回している。 そしてなにやら探し、呼んでいるようだ。誰かを探しているのか・・・・ その口から出ているのは異界の言葉。 見たことのない、異界の服に身を包んでいる。 そして、何より頼りなげなその姿・・・・ 涙・・・泣いているのか・・・ ――――・・・あれが≪目覚め≫だというのか? ・・・あの少女が・・・あれは人間だ。 刺し違えてでも息の根を止めるつもりでいた。 どんな怪物であろうと、どんなに腕の立つ能力者であろうと・・・・ 必ず仕留めるつもりでいた・・・・ それが・・・・ いったいこれは、どういう事だ・・・―――― 動揺を隠せなかった。一瞬己がここへ何をしに来たのかさえ、見失うほどに。 ――――どうする・・・他国の追手も来るというのに・・・ ・・・仕留めるのか? この少女を・・・―――― その時、動物達の鳴き声が一段と増した。 逃げているようだ。何から―――? ・・・少女も驚いて、動物達を見ている。 花虫――― 予想通り、姿を現したのはこの辺りに巣くう化け物、花虫だ。 少女の身の丈を遙かに凌ぐその化け物。彼女の動揺が手に取るように伝わってくる。 花虫に対峙する力など、持ち合わせてはいないのだろう・・・ その身は完全に竦み、その場に動けない。 花虫がその鎌首をもたげて彼女を狙った瞬間・・・・・・ 「っ!」 少女の驚き。 青年の逞しい腕が少女の身を捉え、その場から跳躍していた・・・――――― そして、おぞましい花虫を一刀両断にする。 恐怖に竦んだ少女は、叫び声を上げながら青年に抱きついていた。 ・・・・・・青年の戸惑い。 だが、戸惑いながらも・・・彼は少女を助け、樹海から連れ出す・・・ ≪目覚め≫により自身がどうなるのか・・・・青年の心の闇は、まだ消えない。 だが、この時まだ青年は気づいていなかった。 この≪目覚め≫の少女こそが、 青年を唯一闇から救い出してくれる、至高の存在であることを・・・ まだ気づく事が出来なかった・・・ (了) |
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++ あとがき ++ 原作に沿った時間軸バージョンの話については、今更・・・という感もあったのですが、 思いついたままに、書いてしまいました。皆さまもご存知(?)の、ノリコちゃんがあの世界に 飛ばされた『その日』でございます。前日のイザークさんの行動もちょこっと想像しながら 追って書いてみました。『樹海に入ったのは、目覚めがそこに現れると占者が占ったからだ』 (コミックス7巻160P・文庫本4巻116P)とあり、どんな風に占ったのかな?という疑問もあり… 他のサイト様でも書かれている話だと思うので、ホント今更…なんですが、 管理人ならこう書くぞ。と威張るつもりはないですが、書いてみました。 皆さまでしたら、どんな風に妄想なさるでしょうか? 尚ですね、原作の連載自体はとっくに終わってますんで、全部を知った読者的視点にて、 最後をまとめてます。その辺のご理解をヨロシクお願いいたします<(_ _)> 作品の背景には悩みに悩みました。彼の心理状態を示したくて黒っぽいのを探し、これがピタリ。 素材提供元の『空色地図』様、ありがとうございました。 夢霧 拝(06.04.04) 都合により「夢の後」へのリンク部分を外しました。ご了承ください。(06.11.06) 一部改稿(07.05.03) Side1 top |