故郷に想いを…

 『あの夢の輝きを共に…』のすぐ後のエピソードです。
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 イザークとノリコの二人は、林の切れた草原の辺りにシンクロを解いた。
 ノリコが、小さく息をつく。顔を上げると目が合い、二人は笑顔を交し合った。

「大丈夫か、ノリコ」
「うん、平気だよ」

 そう告げて、ノリコは後ろを振り返る。
 ぽっかりと開けた草原の地。それが、まるでそこに見える全てであるかのように印象的だ。

 かつて、ここには家があった。
 イザークが十四になるまで、そこは生きる場であった。だが、今はもう残ってはいない。
 火災で焼け落ちたというその家は、片付けられることなく朽ち果てた。
 全ては、呪いの所為である、と――
 その家を知る者は皆恐れ、後々の手を付けようとしなかった。だから、土台の名残りだろうか、僅かな跡だけがそこに残る。
 あの頃と変わらず緑は溢れ、穢れを知らぬかのような空もまた蒼かった。

 ノリコは何も言わず、周りの風景を見つめながらその名残りの場所へと歩いていった。
 屈んで大地に触れる。目を閉じ、ゆっくり深く息をついた。
 風がさやさやと流れ、二人の長い髪を僅かに靡かせる。
 風が木々の枝や緑を揺らす音がなければ、静寂に時を忘れてしまいそうだった。

「本当に何もない所だろう?」

 後ろから近づいてきたイザークが、苦笑いを溢しながら呟く。

「だが、あの頃の面影はある。家以外は、何も変わっていない……」

 その言葉にノリコは顔を上げ、イザークを見つめた。
 彼が空を見上げているのを見、ノリコもまた、刹那視線を空へ向ける。柔らかな陽が注ぐ。

「――おまえは化け物になるんだと言われ、俺は育った……」

 言葉に、視線を戻される。何か言おうとしてノリコは口を開いたが、何も言えず、黙ってイザークを見つめた。

「――俺を避けていた父親、そして、俺を見るたびに心を病んでいった母親……
愛されることはなかったが、おれは彼等を愛していた。家族として、繋がっていたいと思ってたからかもしれん。自分を自分として、認めて欲しかったからなのかもしれん……」
「……イザーク……」
「今となっては、言っても詮無いことだがな……」

 そう呟いて、再び苦笑する。

「母親が狂っていくのを見るのが辛くて、救いたくて、家を出た。だが、後にこの家が焼けたと聞かされ、全ては裏目に出てしまったのだと知った。やるせない気持ちだけが残った気がする……この世から、消えてしまいたいと…――」

 自嘲めいて語るイザークをノリコはじっと見つめていたが、ゆっくりと口を開く――

「……イザークは、イザークだよ。それ以外の何者でもないよ」

 掛けられたその言葉に、イザークもまたノリコを視界に据えた。

「誰でも、幸せになる権利がある。あたしは、そう思う。イザークは生まれて来て良かったの。あたしは、そう思ってるよ。生きていていいの。幸せになっていいの。……だって……」
「……ノリコ」
「だって、イザークはいつも光を見ていたもの……いつだって優しいもの……お母さんもそのことに気付いてあげられたら良かったのにね……優しいイザークを見続けていたら、気を留めていられた、おかしくなってしまうことなんてなかった……」

 ノリコの言葉に、イザークは穏やかな笑みを浮かべる。

「ノリコがそう言ってくれたから、俺は己自身を見つめ直すことができた。――おまえのお陰だ」

 微笑ってノリコはかぶりを振った。

「あたしだって、イザークのお陰で生きてこられたのよ」

 言いながら、ノリコはまた微笑う。

「イザークがいなかったら、あたしはこの世界で生きてはいけなかった。だから、イザークのお陰。イザークはね、生まれてきて良かったの。ずっとこれからも生きていていいの。だって、あたしが幸せなんだもの……」
「ノリコ……」

 ノリコは少し頬を赤らめ、もじもじしながら面伏せる。

「イザークの傍にいられて、あたし、幸せだから……だからね、イザークも……幸せでいて欲しいの」

 そのまま下を向いていたノリコだが、ふと近づく気配に顔を上げたら、目の前は広い胸だった。イザークにふわり抱き締められる。

「俺も、幸せだ……ノリコと出会えたから……」
「イザーク」
「おまえがいてくれる限り、俺の幸せは終わらない……」

 イザークの言葉にノリコは幸福感を覚えた。彼の背中に手を廻し、きゅっと掴む。
 イザークもまたノリコの髪に頬を寄せ、改めてその愛しい存在を腕の中に収めた。

「もう、苦しくないよね? イザーク……あなたは自由だよね……?」

 ノリコの言葉に、イザークは閉じていた目を開け、少しだけ身を離して彼女を見つめた。
 その表情は穏やかで、そしてノリコの表情も柔らかく、穏やかだった。

「ああ。おまえと共に、前を見つめて生きていける……」

 その言葉にノリコの表情が一層明るくなった。

「イザーク……良かった……それに、あなたの故郷を見ることもできて良かった。ありがとう」
「ノリコ」

 ノリコの頬に手を添え、イザークは唇を重ねる。そうして再びノリコを大切に抱き締めた。

 かつての苦しみの地にも、心地良い風と、柔らかな陽差しがある。
 この地に愛しい人を連れてくることで、自分の中で一つの区切りを付けられる……
 ――そんな気がした。



「そろそろ、戻るか」
「うん……」

 暫く身を寄せ合っていたが、名残惜しげにそっと身体を離す。

「帰ってから、決めることがいろいろあるぞ」
「うん、楽しみ」

 そしてイザークとノリコは、腕を組みながらツーグの町へと続く林へと入っていった。
 そこからまたグゼナへと戻る。

 二人の未来を話し合う為に――――






 父さん……母さん……

 人並みの幸福というものを諦めていた俺にも、大切にしたいと思う人ができた……

 彼女となら、光を見つめ、共に生きていける……

 俺も、幸せを掴むことができる……


 あなた方のことは忘れない……

 ――だが、苦しみの記憶ではなく、目の前にある幸福を大事にしながら、

 これからは生きていけるだろう……


 だから、せめて……

 せめて、どうか、安らかに……









-- あとがき --

拍手御礼の小説として書きました。お読み戴けて何よりです。
でも、場所が場所だけにあまり甘くなれなかったかな…(笑)
「あの夢の輝きを共に…」のその後、イザークの育った場所を訪れて…の話です。
文中にある『ツーグの町』は架空です。
この地が最期となった両親に、ノリコを紹介したいという想いがあったかもしれません。
そして、それをする事でイザーク自身も、心の中で一区切りついたのではないでしょうか。
この後、二人の未来の為の相談…いろいろとしなくてはなりません。楽しい時間ですね。
二人の幸せを祈って…
夢霧 拝(06.04.15初出)


拍手御礼に置いていた作品です。暫く下げてましたが、思うところあり一部改稿して再up。
時間背景は上記を参考にしてください。
(12.08.20再掲)





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