君の笑顔は光に満ちて・・・



アイビスクのクレアジータたちの活動の手助けに行っていたイザークとノリコ、そしてバラゴ、
アゴル、ジーナの一行は、その活動もやり終え西大陸に戻る途中で、今、コロポリの町に来ていた。
港から出ている船に乗れば、西大陸まで行けるのだが、その町で足止めを食らう事になってしまい、
ノリコはジーナと二人、宿で二泊を過ごさなくてはならなくなった。
西大陸からリェンカへと向かう○国の要人の護衛の依頼を引き受ける事になってしまい、
イザークやバラゴ、アゴルとは、昨日からその為に別行動となっている。


「ジーナ、これが終わったらお湯を貰って、身体を拭いてあげるね」

ノリコは今、宿のおかみの手伝いで、拭き掃除をしていた。
その宿は町でも繁盛している部類に入る宿だったが、その宿の主人が足に怪我をしてしまった為、
思うように仕事にならず、ノリコは忙しそうなその宿のおかみを見かねて、ここにいる間だけでも・・・と、
手伝いを申し出たのだ。


「うん、ありがとう・・ノリコ」

ジーナは食堂の椅子に腰掛けていて、笑顔で応える。


「あぁ、ありがとうよ。あんたがいてくれて助かったよ」

奥の方から出てきたおかみがノリコに声を掛けた。

「いいえ、お役に立ててあたしも嬉しいですから」

ノリコは屈託の無い笑顔でそう言う。

「それが終わったら、あんた達、風呂に入っておいでよ。一番後になってしまったんで申し訳ないけどさ。
 ゆっくり入っておいで。身体を拭くだけよりも良いだろう?」
「あ・・・・じゃあ、そうさせて貰います。ジーナ、終わったらあたしと一緒に入ろうね」
「うん」



一仕事終えたノリコはジーナを連れて、宿の離れにある風呂に行くために、食堂を出て行った。

その食堂で酒を呑みながら、最後まで残っていた若い男連中が、出て行く二人を見て
宿のおかみに話を切り出す。

「なぁ、おかみ。随分と別嬪が入ったじゃないか? この宿の看板娘になるなぁ、
 あの小さい子は、あの子の妹かい?」

「えぇ? 何言ってんだい? あのお嬢さんはれっきとしたお客さんだよ。お連れさんもいるんだからね」

おかみの答えに、男達は面食らう。

「客なのに、手伝いをしてるのか? それに連れ・・・といっても、見かけないじゃないか」
「あぁ、用事があるとかでね、明日にならないと戻って来れないらしいのさ。でもまぁ、
 こっちとしても亭主の怪我でね、途方に暮れてたから、正直助かってるんだよ」
「へぇ〜。・・・その連れってのは男かぃ?」
「あぁ、イイ男が二人と、いかつい男の計三人さ。イイ男の内の一人は、さっきの小さい子の
 父親だと言っていたねぇ・・・・」
「ほぉ・・・じゃあ、今の二人は姉妹じゃないのか・・・」
「それにしても、あんな可愛い子を置いたまま、放っておくとはねぇ・・・」
「笑顔がステキな子じゃないか。何だか守ってやりたくなるようなさ。この辺じゃちょっと
 見かけない顔立ちだがな」

「何でも、西大陸から、こっちに半年ほど来てて、それで、また向こうに帰るらしいよ」

おかみの言葉に、男達は納得したかのように、頷いた。

「まぁ、どんなイイ男の連れかは知らんが、随分と無用心な野郎だよなぁ〜」

最初に話しかけた男が、そう言って口の端で笑った。

「それとも、いかつい男の方のスケか?」

他の男も冷やかしながら笑う。
男達の酒は、その後も続いた。





「ジーナ、さあ、背中流してあげるね」

ノリコは膝をついて座り、ジーナを椅子に座らせて、彼女の背中を洗っていく。

「ありがとう、ノリコ。やっぱりお風呂はいいね」
「そうね、湯舟にゆっくり浸かれるのって嬉しいね。・・・ジーナ、明日になったら、
 皆が帰って来るから、今日一晩、辛抱してね」
「うん」
「寂しい? ジーナ」
「ううん、ノリコがいてくれるから全然寂しくないよ? あたしより、ノリコの方が寂しいんじゃない?
 イザークがいないから・・・」
「えっ・・・・ジ、ジーナったら・・・」

ジーナの言葉に、ノリコは真っ赤になる。

「もぉ。いつの間に、そんなおませな事を言うようになったのかな? ジーナは・・・」

泡を湯で流しながら、ノリコは照れを隠しつつ言う。


そこへ、宿のおかみが何やら入って来た。
風呂に入るのではない、掃除をしに来たのだ。

「すまないねぇ、一応片付けだけさせておくれ。あんた達はゆっくり入ってて良いんだからね。」

そう言いながらも、使ってない手桶や椅子を並べ直していく。

「はぃ。ありがとうございます」

ノリコも応えながら、ジーナの背中を流していた。

「だけど・・・あんたも偉いねぇ〜、その子の世話までしてやって、おまけにこっちの手伝いまで。よく気が
 付くし・・・・・ 親御さんのしつけが余程良いんだねぇ〜」

「あ・・・いいえ、そんなこと・・・」

ノリコは赤くなって照れた。


「へぇ〜・・・」

そう言いながら、おかみはまじまじとノリコの身体を見る。
ノリコは赤くなりながら、不思議そうな視線をおかみに向けた。

「あ、いや、すまないねぇ、じろじろ見ちゃってさ。あんまりあんたの肌が綺麗だから
 つい見とれてしまったよ。・・・ははは。シミ一つないんだねぇ〜、羨ましいくらいだ」

「えっ・・・やだ・・・そんな・・・」

そんな事を言われ、ノリコは益々顔が赤くなる。

「一昨日一緒にいたお連れさんは、あんたのイイ人かい?・・・それとも、もうロジーだとか?」

「えっ!」

確かにイイ人には違いないが、まだロジーではない・・・。
『ロジー』という言葉に、ノリコは益々真っ赤になってしまった。

「あ、あ、あの・・・まだ、そんな、・・・ロジーでは・・・ない・・です」

「そうだよねぇ、ロジーなら、こんな可愛いあんたを置いて、三日も離れる訳がないか」

おかみはケラケラと笑う。

「でも、ノリコはイザークと結婚するんだよね?」

「ジ、ジーナったら・・・」

ジーナがにっこりしてそう言ったので、ノリコは赤い顔が戻らない。

「おや、やっぱりそういう仲なんだね?・・・ふ〜ん」


おかみは、邪魔したねぇ・・・と言いながら、湯屋を出て行った。



「ジーナ・・・あたしとイザークは、まだ結婚とか、具体的には何にも・・・・」

おかみを見送りながら、ノリコはジーナに諭すように言う。

「でも、ジーナには解かるよ、二人は結婚するんだって事」

「えっ・・・」

ノリコは、口の形を「え」の形にしたまま、暫く固まった。

「ジーナ、・・でもイザークとあたしの事は占えないんでしょ? 確か・・・」

誰も聴いていないのに、ひそひそ声でジーナに話す。
ジーナを含め、占者が二人を占えないのは、映像が乱れてしまう為で、
それは、イザークが【天上鬼】であり、ノリコが【目覚め】であるからだ。

だが、二人の事は一部の者しか知らない。

「うん、でもね、明るい光のイメージだけは見えるの。凄く幸せそうな、温かくて、柔らかい光・・・」

「ジーナ・・・」

ジーナは、ノリコを振り返りにっこりした。
ジーナは盲目だが、本当に見えるかのように目線を合わせてくる。
そして勿論、ノリコも、ジーナに対し、普通の女の子に対するように彼女に接していた。

それがジーナにも嬉しかったのだ。




部屋に戻り、ジーナをベッドに寝かせてから、ノリコは思考の海の中を漂っていた。


――――・・・


イザークと・・・結婚・・・

元凶を倒してから、今までずっと彼の傍にいる事が出来た。

荒れた世界を建て直すため、光の力を配るお手伝い・・・・ その為に、今まで頑張ってきた・・・・

ずっと彼の傍にいるというあの日の誓いは、今も変わらない・・・

出来れば、この先も、ずっとあの人の傍にいたい・・・・

でも、結婚だとか、具体的な事は・・・何も・・・

今のお仕事の事で頭がいっぱいだったから、自分達のことまで

じっくり考えるという時間は、無かったよなぁ・・・


結婚かぁ・・・そりゃ、そうなったらいいなと思っているけど

この旅が終わったら・・・・どうなるのかな・・・

あたしは、あの人の傍にいさせて貰えるのだろうか・・・・・・・


イザークと・・・・・・結婚・・・・・・結・・・婚・・・・・・・・






そこまで考えて、ノリコは顔を真っ赤にする。

火照った顔を押さえ、ジーナの隣のスペースに身体を沈めた。


暫く部屋の天井を眺めながら、顔を赤らめたままノリコは目を閉じ、そして眠りに落ちた。









「おぃ、イザーク。何もおまえまで来なくても、良かったんだぜ?・・・要人の護衛と言ったって、
 俺とアゴルだけで、何とでもなったのによ。・・・なぁ、アゴル?」

バラゴがニヤニヤしながら、話し掛ける。

「まぁな、今回はそう大変な依頼でもなかったしな」

アゴルが笑って言う。

「そういう訳にはいかんだろう・・・」

イザークは前方を見ながら、声だけ掛ける。

三人は、依頼の仕事を完了しコロポリの町まで戻るところで、街道を馬で移動中だった。
それぞれが馬上の人である。

「おまえ、ノリコの事が心配じゃないのか? 三日も宿に置きっぱなしでよ」
「・・・あいつに何かあれば、すぐに解かる。今はそれが無いから、大丈夫だ」
「あのなぁ・・・俺がこんなこと言うのも何だがな?・・・宿に来るのは何も女の客ばかりじゃないんだぞ?
 おまえそこんとこ解かってるのか?・・・ノリコに声を掛ける命知らずなヤツがいないとも限らないんだぞ?」

イザークの表情が若干変わる。

「おまえが傍にいれば、そんな事はさせないだろうがよ、ノリコは何せ、人当たりは好いし、可愛いし・・・」
「俺も同感だ、イザーク。・・・客の男達がノリコの笑顔を見たら、放ってはおかないだろうな」

アゴルもそれに畳み掛けた。
イザークの眉根が寄り、その表情がやや険しい。

「・・・あいつは、他の男の誘いに乗りはしない・・・そんなヤツじゃない・・・」

その言葉は、バラゴやアゴルに言っているのか、それとも、自分自身に言い聞かせている言葉なのか・・・。
若干の動揺の色が伺える、その物言いだった。

「解からんぞ〜? ノリコにその気が無くたって、男の方が無理やりにって事もあるだろうが。
 ノリコの笑顔に癒されるのは、何もおまえだけじゃないって事だ。おまえ、ノリコをしっかり
 掴まえてないと、後悔することになるぞ?」

バラゴの表情は、面白いといった感じだ。やや冷やかすような口調が否めない。

「大体おまえ、ノリコと今後どうすんだ? ちゃんと結婚するつもりなのか?・・・まぁ、おまえ等はずっと
 くっついて行動してるから、もうとっくの昔にデキてるんだろうけどなぁ〜」

それを聞いてイザークは、ぐっと言葉に詰まる。・・・顔が赤くなった。

「なっ・・・何を言う・・・バラゴ・・・」

イザークの動揺がバラゴにも解かったらしく、

「何慌ててるんだ?・・・まさか、おまえまだノリコに手ぇ出してないのか?・・・おまえいったい
 ノリコと何年付き合ってるんだ?」

と、まるで珍しい生き物でも見るかのように、イザークを見た。

「・・・出会ってからは三年ほどだっ・・・それから、質問の前半部分には、応える必要はないっ」
「は、俺の若い頃とは、えらい違いだな・・・俺なら三年も待てん」

アゴルが苦笑する。

「イザーク・・・おまえときたら、まるで翼竜並の稀少さだぜ」
「余計な世話だ、黙ってろ」

イザークは、少し睨みつけるかのように、バラゴを見た。
そして・・・

「悪いが、先に行かせて貰う」

そう言って、先へと急ぐように馬の速度を速めた。

「お、おぃ」

後に残ったバラゴとアゴル、顔を見合わせて苦笑し合う。

「まぁ、あいつらしいと言えば、そうだがな」

そう笑い合うと、イザークの後に続くように、馬の歩を速めた。

「だが、あいつは真面目過ぎだな・・・まぁそれだけノリコを大事に想っての事なんだろうが・・・・
 余程、ノリコの眉を曇らせる事はしたくないんだな・・・」

納得したかのように、そうバラゴは呟き、またニヤついた。






その頃、宿ではノリコが朝の手伝いをしていた。

宿を出発する他の客に、「良い旅を」と笑顔で見送り、それぞれのテーブルの後片付けをし、
それが終わって、これからジーナと一緒に朝食を取るところだった。

「ジーナ、お待たせ、さあ頂こうね」
「うん」

ノリコはジーナにスプーンを取ってやる。そして自分も手を合わせて、食事を始めた。

そこへ、昨夜食堂で酒を呑んでいた男達がやってくる。
食事をしているノリコとジーナを囲むように立ったので、ノリコは怪訝な顔でその男達を見上げた。

「あ、あの・・・何か?」

「いやぁ、君偉いねぇ〜、客なのに宿の手伝いをしてやってるんだって? 昨日おかみから聞いたよ」

男達の口調はあくまでも優しい。だが、その表情には下心がありそうな・・・微妙な目つき。

「え、・・・いえ、困ってる時はお互い様ですから、特別良い事をしてるとは・・・」

男達の雰囲気にやや圧されながらも、ノリコは応える。

「ねぇ、食事が終わったら、俺たちと一緒に町を見ないか? 君さえ良ければだけど」
「え・・・あの・・・」

男の物言いにノリコは面食らう。そして、ジーナの表情もやや曇る。

「ごめんなさい、あの、ご厚意には感謝します。でも、この彼女の世話もあるし、
 それに今日は連れの仲間が帰ってくるんです。だから、ここを出る訳にはいかないんです」

ノリコは何とか言葉を選んで、断ろうとした。
だが、男達の表情は変わらず、今度はノリコの隣の席に座る。

(・・・えっ?・・・)

「あ、あの・・・・」

「そうか、それは残念だな。じゃあ、俺たちと話そうよ。ここでなら良いんだろ?
 その連れっていうのは、君の何? 恋人なのかい? そいつと、デキてるの? 男が三人だと聞いたけど」

「は?・・デキ・・てる?・・・・え・・・えと・・・」

《デキてる》という言葉の意味は実はよく知らなかった。確か前に誰かにも訊かれたような気もするが・・・
そして、ノリコは困ってしまう。だが、元より優しい彼女は、どうしようと焦りながらも、彼等をむげに
突っぱねる事が出来ないでいた。




「お客さん達、困るよ〜。その子が食事出来ないじゃないの?」

おかみの助けの声が入り、ノリコはホッとした。
男たちは、顔を上げ、ややバツの悪そうな表情になる。

「あぁ、そうか・・・それはすまなかったな。俺たちはゆっくりだから、また後で話しようぜ?」

そう言って、男たちは席を立ち、離れた。

ノリコは・・・心底胸を撫で下ろした・・・。

「すまないねぇ、あのお客さん達、昨夜あんた達に目をつけたらしいのさ。
 宿の者じゃなくお客だからって言ったんだけどね・・・。あぁ、食事、しておくれよ」

「助かりました、どうもありがとうございます」

そう言うと、ノリコは続きの食事をする。だが、あまり食欲が湧かなかった。

(さっきの人達、また来るのかなぁ・・・なんだかしつこそう・・・)


さて、ノリコのこの不安な気持ちは、思念としてイザークに伝わってしまった。
馬を急がせていたイザークは、ノリコから流れて来たこの不安げな思念を感じ取り、眉根を一層寄せた。

(・・・ノリコ、何かあったのか?・・・急がねば・・・くそっ・・・)

「すまん、コロポリまでもうすぐだ。頑張ってくれ・・・」

馬を励ましつつ、先を急いだ。





イザークがコロポリの町に着いたのは、昼も近い刻限だった。
そして、ノリコが待っている宿の傍の厩に馬を繋いでから、宿の扉を開けようとした時。

窓から、彼女の姿が見えた。

ノリコがいる。どうやら無事だったようだ。イザークはホッと胸を撫で下ろした。
だが、よく見ると何かがおかしい。彼女は何をやっているのか。

昼時に差し掛かり、その宿でも食堂が賑わっていた。

宿の主人の脚も治り、仕事に復帰出来たものの、ノリコはお昼の忙しい時間にも手伝いを
続けていた。そして、ノリコは、客の食事をテーブルまで運んでいたのだ。
イザークが見た光景はそれだった。

(・・・ノリコ・・何故おまえが、宿の者の真似事などするんだ?・・・)

しかも、どうも朝のしつこい客に手を掴まれ、また話しかけられているようだった。
そしてやはりノリコは、ごめんなさい・・と言いつつも、むげに断れないでいた。


――――宿に来るのは、何も女の客ばかりじゃないんだぞ?・・・

――――ノリコをしっかり掴まえてないと、後悔することになるぞ?・・・


バラゴの台詞が脳裏に蘇る・・・・・・・・・・。

しかも、その男達はノリコの肩を掴み、そこの席に一緒に座らせようとしていた。
勢いに圧され、ノリコは仕方なく席に着く。だが、明らかにその顔の表情は、困っている感じだった。

イザークの表情が、険しくなった。

宿の扉に手を掛け、そして開ける。
室内に、風と光が入った。


「いらっしゃ〜・・・・・・あれ?・・・あんたは・・・」

おかみが新規の客だと思い、声を掛けようとして、イザークの存在に気づく。

「戻って来たんだね、あの子がお待ちかねだよ」

「ああ、世話になったな」

イザークは短く返事をしただけで、ノリコのいる席へと近づいていく。
おかみは、イザークの表情の険しさを見て、クスッと笑った。

(そりゃ、あれを見たら黙っていられないだろうねぇ・・・)

二人がイイ仲だと、昨夜湯屋で聴いて知っていたおかみは、クスクス笑いながら奥に引っ込んだ。



男達は気づかずにノリコにずっと話しかけている。
だが、大きな影が出来たのを不審に思い、皆顔を上げた。

すると・・・・

そこには、男達を射竦める、イザークの氷を思わせる視線。
無言の様が、余計に凄味を感じさせた。

案の定、男達の表情は瞬時に凍りついた。

イイ男だとは聞いていたが、まさかこれ程までとは・・・・・・。

男達の様子にノリコも顔を上げ、そこにイザークの姿を見つけ喜ぶ。

「イザーク、帰ってたの!?」

先程までの不安げな表情が一変、明るく変わる。

「ああ、待たせてすまなかったな・・・」

男達に向けていたものとは明らかに違う、優しげな、甘さをたっぷり含んだ眼差しで、イザークはノリコに言う。
そして再度、イザークは男達を見据える。その表情からは、最早冷気しか感じられない。

「俺の連れに、何をしようとした?」

静かな物言いであるが、斬りつけるかのような鋭さが込められていた。

「・・・い、いや・・・別に・・・この子が・・・働き者だから・・・その・・・褒めていたんだ・・・はは、は・・・」

一人の男の台詞に、他の男も首を縦にカクカク振って同意する。
どの男の顔も蒼く引き攣っていた。

「ほう・・・それは、大したことだな・・・・・・では、もうこいつに用は無いな?」

男達は全員頷いた。

「ノリコ、・・・来い」
「あ、はぃ」

イザークはノリコを促し、ノリコもそれに従い、席を立った。
そして、男達に軽くペコリと頭を下げ、歩いていくイザークの後に従った。

イザークとノリコが食堂から消え、男達は、ほぉ〜〜〜っと胸を撫で下ろす。
それを見ていたおかみが、

「それご覧。これに懲りて、人様の彼女に手を出そうとするのは止めるんだね、お客さん?」

そう言って男達に釘を刺した。


程なくして、バラゴとアゴルも戻って来た。
食堂の椅子に座っていたジーナは、父のアゴルに抱きつき、そして先程の出来事を話した。

バラゴは、もう少し急いで帰って来れば、その面白い場面が見れたのに・・・と心から惜しんだ。
いつもクールで落ち着き払っているイザークが血相を変えるのを見るのは、面白くて堪らないからだ。






「ノリコ、さっきは何故、宿の者がする仕事をしていたんだ?」

部屋に戻ったイザークがノリコに訊いた。

「え・・・・・あぁ、あのね、宿のご主人が脚に怪我をしてしまって仕事が出来なくて、おかみさんが
 凄く忙しくて困ってたようだから、それで、ここにいる間だけでもと思って、お手伝いを・・・」
「そうなのか?」
「うん・・・あたしがね、自分から申し出たの。宿の人に頼まれた訳じゃないの。
 ・・・でも、助かるって、凄く喜んでくれたのよ。役に立てるのってやっぱり嬉しいわ」

そう言って、ノリコは笑顔を見せた。

「でも、さっきはありがとう。あの人達・・・今朝もあたしとジーナが食事してる時に話し掛けて来て
 ・・・・悪い人達じゃないんだろうけど、ちょっとしつこくて・・・」

イザークは、小さく息を吐いた。そして、ノリコをそっと抱き締める。

「・・・イザーク・・」
「戻る途中でおまえの不安げな思念を感じ取った。・・・何があったのかと急いで帰って来たが、
 その甲斐があったな・・・。全く油断も隙もあったもんじゃない・・・」
「ごめんなさい・・・あんな事になるなんて、思いも寄らなくて。それに、あなたにも心配掛けてしまって・・・」
「いや、・・・ノリコが悪い訳ではない。悪いのは、あいつ等の方だ・・・」

そして抱き締めていた腕を緩め、ノリコの頬に手を添え、彼女を見つめた。

「お仕事ご苦労様・・・無事で戻って来られて良かった・・・」

ノリコは、イザークを見つめる。その笑顔は穏やかで、柔らかな光に満ちていた。
彼女の笑顔に見惚れ、イザークもまた穏やかに微笑う。

「ああ、ただいま・・・」

そう言うと、愛しい恋人の柔らかな唇に自分の唇を重ねた。
ノリコは目を閉じ、彼の口づけを受け入れた。




その夜、ジーナは父アゴルと共に休むことにし、同じ部屋にバラゴも共に休んだ。
そしてイザークとノリコは、その隣の部屋に休むことにした。

衝立の向こうで安らかな寝息を立てているノリコを想い、イザークはベッドの上でなかなか眠れずにいた。

頭の下で手を組み、天井を見つめながら・・・・思考の海を漂う・・・



――――大体おまえ、ノリコと今後どうすんだ?・・・



バラゴの言葉が頭に付いて離れなかった。



・・・俺だって、考えていない訳ではない・・・

ただ、今までは、この世界を建て直すという大きな仕事があった。

各地を回り、光の力を役立て、人々が自分たちでその国を建て直すところまで見届け・・・

そしてまた、次の国へ・・・、その繰り返し・・・

そして今回、アイビスクのクレアジータ殿の手助けをし終えた事で、

世界を巡るこの旅も、ようやく一段落つこうとしている。


だから、この旅が終わったら・・・・

何処かで彼女との落ち着いた暮らしを、望む事も出来るのではないかと・・・



先がはっきりと見えてる訳ではない・・・

今度の旅も、いつ終えるか解からなかった・・・

だからそんな不確かな状態で、おまえに言う事が出来なかった・・・


だが、もうその旅も終わる・・・

西大陸に戻れば、後は、ザーゴへの報告と、グゼナのゼーナとガーヤのところを訪ねるだけだ。

だから、その時こそ、おまえに言う事が出来るだろう・・・



彼女は、この旅が終わっても・・・俺と共にいる事を望むだろうか・・・・

ずっとこれからも、俺の傍にいてくれるだろうか・・・・



俺の・・・家族として・・・・・・・・



――――ノリコをしっかり掴まえてないと、後悔することになるぞ?・・・



イザークは深く息をついた。

眉根が寄り、その表情にはやや苦悩の色が伺える・・・
そして、そのまま瞳を閉じた。









その翌日・・・―――――

目を覚ましたイザークは、ベッドに半身を起こした。

髪を掻き上げ、一つ息を吐く・・・・・

そして、隣に視線を移すと、ノリコが休んでいたベッドの前の衝立は端に寄せられ
ベッドの上もきれいに整えられていた。そして当然ノリコの姿はそこにはない。

イザークの顔色が変わる。

それ程朝寝坊したとも思えないが、彼女は自分よりも随分早く起きたらしい・・・

慌てて、ノリコの気配を探る。
それはすぐに見つかった。彼女の気配は一階にあった。

急いで着替えを済ませ、部屋を出る。そして、彼女の気配を辿り、階段を下りて一階の食堂に行った。

そこに彼女はいた・・・・

「おはようございます。さあ、どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、笑顔がイイね、君は」
「・・・あ、ありがとうございます・・・」

ノリコは、朝の手伝いをしていた。
もう昨日のように彼女にちょっかいを出す輩はいなかったが、笑顔で食事の配膳をしている彼女に
心躍らない男性客などいる筈もなく、気軽に彼女に声を掛ける客が殆どだった。

ノリコの笑顔に癒されるのは、やはりイザークだけではないらしい・・・


深いため息が漏れた・・・・・。


そして顔を上げた時、その表情には若干不機嫌な色が滲んでいた。

配膳台の前に立っていたノリコの傍へと歩み寄る。
顔を上げたノリコは、イザークの姿を見つけ、その表情が明るくなった。

「イザーク、おはよう」

やはり、屈託の無い笑顔で彼を見つめた。

・・・その笑顔に、イザークは勝てない・・・。

言いたい事はいろいろあるが、その言葉を飲み込んだ。
そして、穏やかな表情で話し掛ける。

「おはよう・・・今日も手伝っているのか?」
「ええ、ここにいる間っていう約束だから。・・・それよりイザーク、身体は大丈夫?」
「・・え?・・・」

突然そんな事を訊かれ、イザークは面食らう。

「だって、イザーク・・・昨夜あまりよく眠れてなかったようだから・・・遅くまで起きていたのよね?
 だから今朝、眠ってるあなたを起こす事が出来なくて・・・あたし先に下りて来ちゃったの。・・・ごめんね」

自分がなかなか眠れずにいたのを、ノリコは気づいていたのか・・・・・・

イザークは、吸い込まれるように、彼女の邪気の無い瞳に見入ってしまった。
そして、苦笑一つ漏らすと、彼女の髪をくしゃっと撫でる。

「大丈夫だ。ちゃんと眠ったから・・・」
「そう、良かったぁ」

イザークの体調が大丈夫なのを知り、ノリコは目を細めて喜んだ。
そしてイザークも、自分の身体をいつも心配してくれるノリコの気持ちが嬉しかった・・・・・

「ああ、あんた。本当にあんたがいてくれて助かったよ。ありがとうね。もう良いから
 食事しなよ。ほら、あんたのイイ人も起きて来たんだしさ」

そう言われてノリコは赤くなる。

「バラゴ達も起きて来ているんだな、向こうに行って食べるか?」
「うん・・・」

「おぃ、イザーク、ノリコ、こっちだぞー」

バラゴが手を振って声を掛ける。アゴルも手で合図した。ジーナはにっこりしている。

イザークはノリコを席に座らせ、そして自分はノリコの隣に腰掛けた。

「さあ、お腹が空いただろ? たくさんお食べ。本当にあんたには助けてもらったよ。
 これはサービスだからね」

そう言って一つ多くおかずの皿を置き、

「それから、これは、お嬢ちゃんにね。お父さんが戻るまで辛抱して待ってたからご褒美だよ」

と言いながら、焼き菓子の入った袋を置いた。

「ありがとうございます」

ノリコとジーナはおかみに礼を言う。

「それからあんた達の宿代、これも幾らかサービスしとくからね。手伝ってくれたお礼のつもりだよ」

とこれは他の客に聞こえないように、ぼそぼそと話して、厨房に戻って行った。


五人は、おかみの好意に甘え、楽しく食事をした。

「なぁイザーク、俺の言った通りだったろ?・・・ノリコの笑顔に救われる男は、おまえだけじゃないって事さ」

バラゴは再びニヤリと笑った。

それを受けて、イザークは苦笑を漏らした。

そして一言、「そうだな・・・」と呟いた。





出発の時間・・・――――


バラゴとアゴル、そしてジーナは宿の外の前で待っていた。

そしてイザークは、宿代の後勘定の清算をする為、会計の場所におり、
ノリコはその少し後ろに立っていた。

「じゃあ宿代、これだけ負けとくからね。ありがとうね。またこの町に来る事があったら、うちへ寄っておくれよ?」

「はぃ、ありがとうございます」

ノリコは溢れんばかりの笑顔で宿のおかみに応えた。

「ふふふ。あんたは果報者だね?」

意味有りげな感じで、おかみはイザークを見る。
イザークが問うように見ると、

「よく気が付くし、気配りも申し分ない。しかも仕事は丁寧だし、何せ笑顔が最高だね。
 しかも器量良しだ。この子はイイ女房になるよ? ふふふ」

・・・・。

おかみの言葉に、イザークもノリコも顔を赤くする。

「彼女を幸せにしてやりなよ?・・・まあ言われるまでも無いだろうけどね。はっはっは!」

おかみはニヤリとしながらそう言うと、豪快に笑った。



宿から出てきた二人の顔が妙に赤かった事に、バラゴが突っ込んだのは・・・・言うまでもない・・・・。




港から西大陸行きの船が出港する・・・―――――



甲板では、イザークとノリコが海を眺めながら話をしていた。

海風が二人の髪を靡かせる。
ノリコは、太陽の輝く方に目を遣り、眩しそうに微笑んだ。

そんな彼女の愛らしい姿を、イザークはじっと見つめる。

彼女を見つめる彼の眼差しは、いつでも優しく、そして温かい・・・

「風が強くなってきた。そろそろ中に入るぞ・・・ノリコ」

ノリコはイザークを見つめると、靡く髪を押さえながら、彼を魅了してやまないその笑顔で頷いた。

「うん」

「さ、行くぞ・・・」

イザークはノリコの肩に手を添え、船の中へと誘う。




―――・・・

―――――・・・


・・・・この旅が終わったら・・・その時、必ずおまえに言おう・・・・・


・・・・俺の家族に・・・なってくれ、と・・・・ノリコ・・・―――――――




(了)




素材提供『空色地図』
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++ あとがき ++

長い一ページを読んでくださりありがとうございました。
初めてのキリリクです。こんなに早くアクセスが増えるとは思ってなくて
キリ番も全然設定してませんで、急遽555を踏まれたとのご報告の melt様のリクエストを承りました。
リクエスト内容は…
「結婚前のまだちょっと自信ないイザーク君辺りがいいかな〜。
無邪気なノリコに寄ってくる男共に、人知れず嫉妬めらめらな感じ?(笑)」
でした。
頭に浮かんだのが、クレアジータさんの手伝いをした後、東大陸から戻って来る場面。
バラゴさんやアゴルさんには、上手に突っ込んで頂きました(上手なのかしら?)。
警護の仕事については書かなかったので、その辺のドンパチとかが無くて詰まらないかも
しれないですが、その辺はご容赦くださいませ。
実質制作期間、メモ帳起動して書き初め、HTML化したのに掛かったのが二日間。
でもあたしって、どうしてこう短くまとめられないのかな…と激しく感じますねぇ。
もっと短くまとめるつもりが、30KBを越えてるぞ。 しかも、シリアス調が抜けない…orz
半分おちゃらけも入れるつもりだったのに、全然コメディになってないし…
何故あたしは……あぁ…

「嫉妬めらめら」のイザークさんの感じが、ちゃんと出せてるかどうか…甚だ疑問なんですが
しかも、「人知れず」じゃないし…
彼の嫉妬って顔に出ますよね?はっきりと(笑)
えぇ〜と、ノリコの笑顔に癒される殿方はイザークさんだけではないという視点で書いてみました。
その辺お汲み取り頂けましたら…

でも、でも・・・・何ですかね?この展開…時間軸的に、プロポーズ予告になってしまってないか?
何だかイザークさんの台詞の中に、そういう含み…いや、モロ…入ってますねぇ…。ぉぃ。
本当は、この後のザーゴとグゼナ編の方を、後々の更新予定の中に入れてたんですけど…
でもまぁ、いいか。これでまた話が繋げられる。ぉぃ(笑)
文中にある要人の国の名前がどうしても決められなくて○国としています。
その辺は皆さまのご想像でお楽しみくださいませ。

リクエストくださいました、melt様〜。
こんなんでいかがでしょう?
ご期待されてるものとは違うかもしれませんが、
ノリコよろしく♪笑顔でお読み頂けますと幸いです。<(_ _)>
夢霧 拝(06.03.27)

背景効果修正(06.05.21)
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