新アジール糖衣錠 EX  - 【使用上の注意】はよくお読みください -

成人一回一錠、朝昼晩とお飲みください。尚、栄養機能食品として甘々シロップ液も出ています。
扱い方を誤りますと、アジールとしての効能を著しく損なう恐れがあり、あなたの生活にも支障を来します。
- 第一類癒し品 - につき、用法・容量を守って正しくお使いください。.....ピンポ〜ン♪






「おかえりなさいっ、イザーク」


今日は、こっちに来ているのか―――
家路の途中、街にその気配を感じた。

この街でも変わらず親しくしている元灰鳥の女戦士が営む雑貨屋に、仕事帰りの足を向けた。
店の中には幾人かの女性客。そして、数は劣るが、男の客も…
その中で彼女は、ガーヤを手伝っていた。

「お店が凄く忙しそうだったの。新商品が好評みたいで…お手伝いしてたのよ」
「…そうか」

何処にいても、こいつの気配は、すぐに解かる。
だから、行き違う事はない。

「お仕事ごくろうさまでした、」

あなた――…と、少し照れて恥ずかしげに…
だが、嬉しそうに頬を染めて俺の手を取り、両の掌で包んだ…

ごくろうさまでした、あなた―――
そんな風に迎えてくれる彼女の声が、耳に心地好く馴染むようになって、何日になるだろう。
労るように包む柔らかな手の温もりも、嬉しい。
だが、彼女のこの言葉に店の客の幾人かは若干表情を変えたようだ。
特に、男の客。

―――またか…

別に行動を制限している訳ではない。だから、日中はノリコを自由にさせている。
こんな風に、買い物がてらガーヤの所に来てそのまま手伝ってしまうのも、ノリコの性分だ。
だが――時に、苦水(にがみず)を飲ませられる事もある。
今日はまだいいが、いつぞやこいつを口説いている奴を見た時には、軽く腸(はらわた)を煮やしたものだ。

「ご免なさい、もうちょっとだけ待っててくれる? 包みの片付けをしたら、お終いなの」
「ああ、いいよノリコ、もう充分だ。片付けなら、後からあたしだけでも出来るからさ」
「おばさん…?」
「折角イザークが迎えに来たんだ、お上がり」

そう言いながら、ガーヤはノリコに何かを握らせた。

「…えっ、おばさん、あたしこんなつもりじゃ」
「いいんだよ、労働に対する正当な報酬さ。お受け取りよ。でないと、」

意味深なガーヤの横目が、俺をねめつける。

「そんなに恐い顔するもんじゃないよ、イザーク?」
「え? イザ…ク?」
「…」

少し驚いた様でノリコが俺に視線を移す。
別に普段と変わらぬつもりだが、ガーヤにはそんな風に見えたのか…
ノリコも、俺を見上げたものの些かきょとんとしている。
――溜息が洩れた。

「…人聞きが悪いぞ、ガーヤ」
「ひゃっひゃっひゃ」

出入り口の開いている扉の前に立ち、ノリコを表へ出してやる。

「そうしょっちゅう駆り出す訳じゃないんだからさ、それに、」

悪い虫が付かないようにちゃんと見てるんだから、心配しなさんな…――

袖をぐぃと引き寄せたガーヤに、耳打ちされる。

「…ガーヤ」
「あんたの考えぐらい、容易に解かるよ」
「…」

…返せる言葉がない。

「なあに?」

少し離れた所に立つノリコに、いや、と応える。

「すまなかったね、イザーク。またノリコを借りるかもしれないけど、勘弁しとくれ」
「…ああ」

そうして俺にニヤリと笑み、ノリコには屈託ない笑顔でひらひらと手を振り、ガーヤは中に戻っていった。
別に、ノリコが承知の上なら、俺がどうこう口を挟む次元じゃない…
だが、閉まり際の扉の隙間から、ノリコを目で追う男客の姿が見え…―――
残った後味の悪さに、口の中が苦くなった。

「…イザーク、もしかして…怒ってる?」
「いや。そんな風に見えたのか」
「ううん、でも…」
「怒ってなどいない。ガーヤもおかしな事を言う」
「あの、ね…別におばさんに頼まれた訳じゃないの。午後に買い物に来たら忙しそうで、だから…
それにね、お店でも、特におかしな事はなかったよ」
「解っている」

少し不安げにしている彼女の肩を、抱き寄せた。


別にこれが初めてではない―――

ノリコは、人受けがいい。だから、店の売り子としても好都合なのだろう。

「お客さんがいっぱい来てね。忙しかったけど、とっても楽しいの」

こういうお仕事向いてるのかな――と微笑うノリコに、俺も微笑ってみせた。
そうだろう、ノリコは世話好きだ。店の手伝いに限らない。困っている者には手助けを惜しまず、街にいる子等の面倒を見るのも厭わない。
これまで赴いたどの国々でも、彼女の基本姿勢がそうだったし、この町に来た時も、早くからそんな感じだった。 だから、ノリコはこの界隈の子等からも慕われている。


笑顔、それにより滲み出る、柔らかな光――
在るだけで誰の目にも顕かとなる、印――

いつも、皆を魅了する。
そうしているという自覚なしに。
こいつのこれは、天性のものだ。

それに癒されない者はない。
だが、時に、それを快く思えなくなる。
共の連れ立ちでいても、不躾な視線を寄越す輩。
こうしている今も、この往来でも。
傍らに何者が在ったとしても関係がない。
解らないのか、解ろうとしないのか。
それが、小さくともどす黒い"異物"を、俺の中に生じさせる。
肥大化させぬよう、場を離れるのが常だ。
だが、敢えて解らせてやる事もある。
解らないなら、知らしめるだけだと。
そう、例えば、こんな風に―――

大事なそれを抱き寄せ、何事かと顔を上げたノリコの唇を捉える。
人目なぞ関係ない。そうして、印を刻む――
不意を突く行為に、驚いた様で見開く彼女も、愛しくて…

「も…どうしたの? 急に」

慌て染まる頬に微笑みを浮かべ、耳元で口ずさむ。

「いや」

護りたいだけなんだ――…

僅かな間、彼女を見つめ…
額を、同じく彼女のそれに付け、心の中で囁いた。
思念を感じ取ったノリコが更に頬を染め、ほんの少し身を竦める。

「も…」

イザークったら…
と、躊躇いがちに吐かれる言葉は、最後の方は消え入るように小さくて…
羞恥からの可愛らしい抗議。だが、寄り添うそぶりは、厭がるそれを示すものではなく。
護りたいから、大切なその存在を更に懐に抱く。
俺のものだ。
そう、示すように。



その存在が魔への導き手であるとされた伝承は、過去のものとなった。
彼女がもたらすのは笑顔。正に浄光と言えるだろう。
内面に湛えられる癒しの力が、魔の種さえも無に至らしめる。
だから、幾多の者達が彼女に癒しを覚える。
天性のものであるが故に――
誰の目にも、心地好く映る。

好意的なそれに留まるならまだいい。
だが、相変わらず不敬な者はいる。
だから、俺は、彼女を護らねばならない。
二度と得られない浄光を手にしたからこその、役目。
強いられたのではない。
自らに課した願いだ。

こいつの近くにそういう者達を近づけたくはない。
出来るならば閉じ込めてしまいたい。
誰の眼にも晒したくない――とさえ。
だが… それは、叶わない…
この世界に在り続ける彼女の幸が、失われてはならないから。
俺の傍にいてくれるという彼女の為に。


ふと思う。俺といて、彼女は幸福であるのだろうか。
俺は、彼女を幸福にしてやれてるだろうか。
本当に…
或いは…
僅かなそれが、動揺を誘う。
可能性に、首を振る。

「すまん…」

俺を見上げる彼女が、目を瞠る。
見つめる俺の眼に不安なそれが滲むのを、感じ取ったのだろうか。
彼女の手が静かに伸び、指の腹が優しく俺の頬を伝う。
触れる面は僅かなのに、伝わるそれはとても温かい。
そして、微笑みをくれる。
俺とは違う、優しげな榛(はしばみ)色の瞳。
それが細められ、更に優しい曲線を描いた―――

「今日のご飯はイザークの大好きなものだよ」
「…ノリコ」
「ふふ」

にこりとしたそれに釣られ、ふっ…と笑顔が戻る。

「…好きなもの、か」
「うん、何だと思う?」

ノリコの作るものなら、何でも好きなのだが…

「さあ、何だろうな。だが…」

細腰に手を回す。

「ノリコが作ってくれるものは、どれも好きだ」
「え…」

ホント?――と、さっきのようにまた頬を染め…

「でも、でも…」
「ん…?」
「……この間のは…ちょっと、焦がしちゃったの、に…?」
「――…」

うなじまで赤くして、恥ずかしげに告げられたそれ。
予測してなかった科白に些か瞠り、微笑った。
そういえば、そんな事もあった。
だが、大した失態ではない。
本当に些細な。なのに…

「もう…」

真っ赤になるノリコが可愛くて…

「そんなにおかしい? どれも好きだって言って…ホントはからかってるんでしょ!」
「いや…」

微笑いが、止まらない。
燻りかけた不安が、いつの間にか消えている。

「嘘じゃない、言われなければ忘れていたくらいだ」
「ホント?」
「ああ」

それでも尚微笑いが治まらない俺の顔を、腰に手を当てて彼女は覗き込む。
頬を些か膨らませて…
ああ、そんな仕草も、微笑いを誘う。
愛しくて、堪らないんだ。

「やっぱりからかってる…」
「ノリコ」

漸く微笑いを治め、改めて腰を抱き寄せた。

「本気だと、何度言えば解かる」
「だって…」

今度は俺に顔を覗き込まれ、さっきとは違った意味でまた真っ赤に染まり、ノリコはもじもじする。
本当に、どうしてこいつは、こんなに可愛いのか…
自覚がまるでない分、やはり始末が悪いな…

「イザーク…笑うんだもん…」
「ハッ…ノリコが可愛いからだ」
「…」
「固まるような事か?」
「イザーク…」
「嘘は言ってない。俺は本気だ…いつでもな」

じっとその目を見つめれば、真っ赤な顔は治まるどころか、頭から湯気が出そうなくらいで。
動けなくなったのをいいことに、甘やかな唇を、また、捉える。

これは俺のものだ…



「――ったく、人んちの店先でさっきから…」

「きゃっ、おばさん…」
「仲がイイのは大いに結構だけどね、商売の邪魔だよ」

気が付けば、呆れた笑みのガーヤが姿を見せている。
ノリコは慌てて離れようとするが、俺がそれをさせない。

「…ノリコを護ってるだけだ」
「まも……ホントに… あんたも大胆なんだか、ただの心配性なんだか…」
「誰の所為だと…」
「まさか、ノリコを駆り出す度に、それを見せられる羽目になるのかね」
「……」
「…冗談で言ったつもりだったんだけど…まんざらでもないって面だね…」
「なかなか、面白い趣向だ」
「しれっとして言う事かぃ」
「ぃ、イザーク…ったら…」

まあ、これも想定内だ。

「商売の邪魔をするつもりはなかった、すまない」
「ったく笑いながら… ちっとも反省してるそぶりじゃないよ」
「まあ、赦してくれ。――帰るぞ、ノリコ」

そうしてガーヤに軽く手を挙げ、ノリコを連れて、俺はその場を後にした。

「全く、イザークも過保護なんだか、やきもち焼きなんだか…気持ちは解らんでもないけど、ノリコも苦労するよ」


ガーヤがそんな風にぼやいたのは俺達の姿が遠ざかった後だったから、無論聞こえようもないが…
もし、どっちかと訊かれたなら…やはり、どっちもだと応えただろう―――
そして、"苦労する"と心配されたそのノリコは、馬の鞍の上で、華奢な背を俺に預けている。
俺の馬の傍らには、ノリコが使った小振りの馬が繋がれ、幾分後をついてきていた。

「イザーク?」
「ん…」
「石鹸を貰ったの。とてもいい香りがするのよ、ハーブ入りなの」
「石鹸、…か?」

俺の問いにノリコは、うん、と肯いた。

「お店の品の一つなの。手伝いのお礼にって、貰ってたのよ。だから、賃金なんて良かったのに…」
「…そうか」
「凄くお肌にいいんですって。この町の山や花畑で取れた植物を原料にしていて…
ね、今日お風呂で試してみていい?」
「ああ、好きに使ったらいい」

微笑って応えていた。楽しみがある分、気分も良くなって疲れも取れるだろう。
それに、ノリコは風呂好きだ。石鹸も確か好きだと…幾つか、まだ使っていないのがある筈…

「――ご飯が済んだら急いで片付けるから、イザークも一緒に試そ?」
「…」

…心臓が…撥ねた。

「温め直せばご飯の支度はすぐだし。背中流してあげるね。イザークもお仕事で疲れてるんだし」
「…そ、そうか、それは…有難い…」

別に、共湯が初めてという訳ではないのに…
考えてなかった面を突かれると、こんなにも動揺するものだろうか。
化け物になるか否かで苦悩していた時のそれを思えば、天地以上の差だ…
こんな自分を見るようになるとは…
考えられん…

「本当に良い香りなの。薬草の自然な香りは好き。イザークにも解る薬草かしら?」
「…形が残っていれば見当もつけられるが、そうでないなら解らんな」
「そっか…んー、ちょっと残念かな」
「すまんな」
「ふふ、イザークの所為じゃないよ。でもね、葉っぱの形は残ってないけど、細かい粒子が鏤(ちりば)められて、でも透き通った感じで、とても美しい緑の色なの。
この石鹸を貰った時にね、あなたの背中流してあげたいなって思って…」
「っそ…なのか…」

…いかん、またどもりそうになる。

「あのね、ガーヤおばさんったら笑うのよ」
「…ん?… 笑う、とは?」
「イザークと一緒にお風呂で使うといいって言うから、あたしも最初にそれを考えて…って微笑って話したら、おばさんが笑うの。それも吹き出したのよ。あたし、おかしな事言ったのかな……
って、なんでイザークまで笑うのっ!?」
「くッ…く、く」

……笑いを噛み殺していたが、敢えなくバレた。
恐らくガーヤはからかうつもりで…なのに、ノリコがまともに請け合ったから……
そうか、ガーヤのあの意味深な笑いは、こういう意味も含んでいたな…?
しかし、堪え切れん。本当に、こいつは…

「もぉ…」
「…すまん…くく…く…」
「そんなにおかしい?」
「…いや…悪かった、すまん」
「…」

ノリコが黙ってしまった。
純粋なあまり、大胆な発言をしているのだとも、煽っているのだとも全然気付いてないのだろう。
それが可愛くて、つい笑ってしまったが…

「ノリコ…?」

拙い、機嫌を損ねてしまったか…

「……ない」
「え…」
「も…一緒に、入ら…ない…」

……そ…それは…困る…

「ノリ、コ…」
「…」
「怒ったのか…?」
「…」

俺の問いにも、俯いたままふるふると首を振るだけで。
小さく竦めた肩が、馬の歩のそれに揺られ、一層頼りなげで…

「ノリコ」

後ろから、そっと抱き締めた。
ノリコが俺を拒絶する事はないと信じているが、今は抱き締める事で却って気を損ねるかもしれない…
…だが、それでも、抱き締めずにはいられなかった。

「…ごめ…なさい」
「ノリ…?」
「嫌な…女で…ご免なさい……嘘、なの…入らない…て、言ったの…嘘…」
「……」

思わず安堵の息をついた…
改めてこの腕で包むように、抱き締める。

「ごめ…なさい…」
「いや、俺が悪かった」

こうしてノリコの髪に顔を近付けていると、彼女の髪の仄かな香りが鼻を擽る。
同じものを使っているのに、どうしてノリコの髪はこんなに、いい匂いなんだろう。

「……れ…てる、から…」
「ん…?」

「…あたしに出来る事…限られてる…でも、それでも…出来る事は…精一杯、してあげたいから…」
「ノリコ…」
「ご飯を、作ったり…ね…お洗濯、したり…お部屋、綺麗に整えたり…あなたの、お世話も…
だって、イザークは、あたしの為にお仕事してくれてる…あたしは、あなたがいるから、この世界にいられる。だから、少しでも、あなたが幸せに感じられる時間を、作ってあげたい…ううん、もっと気持ち良く過ごして欲しい、もっともっと、幸せになって欲しい…
その為に、出来る事なら、何でもしたい… 役に…立ちたいの…」
「……」
「変…かな」

微かに涙混じりの声… 自嘲するように、はにかんで…

「…い、いや」

辛うじて、言葉を出せた。
ノリコが、俺の事を想ってくれているのは…解っているつもりだったが…

………駄目だ、このままでは…

「それにね…イザークは、気付いてた?」
「え…」

思わず、声が上ずる。

「お店にいっぱい女の子達がいたでしょう、お客さんの… ふふ、あなたがお店に来た時、皆あなたを見て、小さな声でだけど『きゃー、かっこいい』って、話してたんだよ」
「……そ、そうなのか?」

…女の客がいたのは、知っていたが。そんな声立てていただろうか。
ノリコにしか気が行かなかったから、気付かなかった…

「なんか、嬉しくて…皆にきゃーきゃー言われる、こんな素敵な人があたしの旦那様なんだ…って」
「…買い被りすぎだ」

寧ろこの風貌の為に、面倒な思いを強いられる事が多かったと思うが…

「そんなことないよ。あたし、自慢出来るもん」
「自、慢…?」

…考えもしなかった。

「うん。だって、あたしがイザークを知らなかったとして、ああいう場所に居合わせたら…
素敵な人だなぁーって、絶対に見つめちゃうもの」
「……」

素敵だから…絶対に、見つめる―――…

暫くそれが、頭から離れてくれなかった…
自分をそんな風に捉えた事など、無論ない。
幼い頃から植え付けられた概念は、あらゆる劣等の源として俺の中に刻まれた。
だから人の目は、寧ろ負を模るものの象徴だった。
帯剣するようになってからは、そぐわぬ見た目との判断に辟易させられた事も一度二度では済まない。これも皮肉と言えば皮肉だろう。
己を苦しめていた宿命… 自身の存在の意義…
これらを推して量った時、面の皮一枚の価値がどれほどの充足を生む…
それこそ、皮肉の産物だ。

だが…逆に、そうした劣等故に、彼女の存在を至高のものとする感情への歯止めが利かなかった。
消失への恐怖が、俺の内を占めていった…
そして今も尚…その懸念は、消えてなくなった訳じゃない…――


ノリコへの気持ちが変化する事はない。
この期に及んで、自分を自慢するなどという気もさらさらないが。
素敵だから…絶対に、見つめる――…
ノリコの事も、魅力的であるから、皆は見つめる…
自慢… 誇りに思うという事……

なるほど…―――


「だから、ね…そんな素敵な旦那様の為に、あたしも、キレイになりたいなって…思って…」
「……な、に?」

綺麗に、だと…?

「…変?」
「いや…しかし…」

…これ以上、綺麗になる必要が…あるのか?

「本当はね、ガイアスの泉の水が一番肌をキレイにしてくれるの。でもあそこは制約のある場所だから、無理だし…貰った石鹸ね、ハーブと、それからあの水も使って作られた石鹸なんですって。
だから、自分を磨くのにもいいかな〜って思って」
「泉の、水か…」
「うん、量産は出来なくて、一つ一つ手作り。だから凄く貴重で。お客さんの中にもこれ目当ての人がいて…ふふ。 だからね、あたしも、イザークの隣に並んでも釣り合いが取れるように、頑張って磨かなくちゃ…って思ったの」
「……」

なんだ…と…?
今、ノリコは何と言った… 釣り合い…?

「何故、そんな事を…」

寧ろ俺の方が…ノリコが眩しくて、仕方ないくらいだ…
どうあればノリコに相応しいのかと逡巡した事さえ…あるというのに…

「女の子はね、いつも、そう思う生き物なのよ」
「え…」
「――って、ニーニャさんの受け売り。ふふ。でも、あたしもそう思うの」
「ノリコ…」
「今まではそんな、自分の事まで構ってる余裕なんてなかったけど、あなたと一緒に暮らせるようになったんだもの。それにね、この町の女の人は皆綺麗な人ばかりでしょう? だから…」
「? …だか…ら?」

意味が解らない…

「うん。…なんていうか…ね」
「…?」

またノリコは、顔を伏せてしまった。
俯いた為に髪が分けられ、間から細いうなじが見えている。
今度はそれが月明かりでも解かるほど、赤く染まって…

「イザークの傍らに、いつもいられる女性で…ありたいなあ…って…」
「……」
「あなたの事かっこいいって皆が見つめるのは、嬉しいの…でも、他の…綺麗な人があなたの隣に並んだり、一緒にいたり…っていうのを見るのは、やっぱり…ちょっとだけ…妬けちゃうというか…」
「……」
「だから…あたしも、その…」

だから… だから…俺の為なのか……

「…駄目だ」

つい、それが口を突いて出ていた。

「え…? きゃっ!」

馬の腹を蹴り、少し速度を上げた為、驚いたノリコがしがみつくように身を寄せてきた。
脇を歩いていた馬も、多少驚きはしたが、しっかりついてきている。

「…ぃ、イザーク? どうしたの?」
「駄目だノリコ」
「え…」
「もう堪えられん…」
「え…?」
「腹が減った。空腹で死にそうだ」
「え゛…」

目を丸くするノリコに、少しだけ笑って見せた。

――そう、空腹で仕方がないんだ。
朝、家を出た瞬間からこの空腹に喘いでいる。もう限界だ。
なのに、この上彼女の口からこれ以上の可愛い科白を聞かされたら、嬉し過ぎて死んでしまう―――!!


――――あたしに出来ること…限られてる…から…


出来る事が限られてる…? 莫迦な…
ノリコが傍にいる。それがこの俺には、何よりの幸だ。
それ以外のものなど、只でも要らん―――!!



俺に掴まってくれているノリコの温もりの心地好さがなければ、発狂していたかもしれん。
家路が、途方もなく遠い。
そう感じられて、仕方がなかった…









「今日は街へ行くのか」

あれから、数日後―――
朝、戸口まで見送りに出てきたノリコを腕の中に収め、それを訊いた。

「あ、うん。ニーニャさんに届ける物があるから、午後にちょっとだけ行こうと思うの」
「そうか。もし他に用がないのなら、夕方までガーヤの所にいるといい」
「えっ?」
「仕事の帰りに、迎えに行く」
「…ホント…?」

明るくなるノリコの表情を微笑ましく見つめ、彼女の唇に口付けを落とす。
ほんのり、染まる頬。覗き込むようにもう一度、瞳を見据える。

「いい子で待ってろよ」
「――っ……も…子供じゃ、ないのに…」

上目遣いでもじもじしながら、俺の服を僅かに掴む彼女。

解っている。子供じゃないからこそ、言いたいんだ…
微笑いながら、髪をくしゃりと撫でた。

「でも、嬉しい… うん…ちゃんと、お利口で待ってる…だから…」

迎えに…来てね―――?

恥ずかしいのか、瞳を幾分伏せ、小さな声で…
だが、それでもやはり、嬉しそうで…
堪らなくなって、その身を抱き締めた。
そして、不意に、今日の依頼を断りたくなってしまい…
そんな自分に、苦笑いが洩れた。
感触のいいノリコの髪を顎の下に据え、更に抱き締める。

ああ… ノリコはやはり、俺のものだ…――

「ぃ、イザーク…お仕事遅れちゃう…よ?」
「時間はまだある。それに、いざとなれば全速力でも行ける。心配無用だ」
「だけど…二つ先の町ま…」

その先の言葉を、唇で遮る―――
深く重ねた急なそれに驚き、本能的に身を竦め…
俺の服をぎゅっと掴む手も、微かに震える身も、瑞々しく甘い唇も、何もかもが愛しくて…

「…ん…イザ…」
「もう少し」

潤み掛けた瞳をじっと見つめ、そしてまた、唇を含む。

「…だ、め…」
「もう少しだけだ」

少し悪戯に微笑う。そうしてまた、塞いだ。

「もぉ…イザ…ふ、ふふ、ふ…」

観念して微笑いだした愛しい身をすっかり腕の中に閉じ込めて、ぎゅっと抱き締め、
瞳の端に生まれた雫を吸い、頬に口付け、そして…極上の唇を、改めて捉えた。
―――本当はずっと、おまえといたいんだ…

「もう少しだけ…な」









夕方近く―――
街のガーヤの店に行くと、随分と機嫌の良い店主に出迎えられた。

「ノリコから聞いていたよ。お疲れさん、イザーク」
「今日は呆れ顔をしないんだな」
「何言ってるんだい、珍しくあんたからノリコをここへ寄越したそうじゃないか」
「ああ…そうか」

それで、か…なるほど。

会計を終えた客を笑顔で見送ったノリコが、俺に向かって小さく手を振った。
店にはまだかなりの客がいる。男女の割合は半々といったところか。

「繁盛してるじゃないか」
「ふー、有難い事にね。常連も幾らか着いてきたところさ」
「人柄だな、ガーヤ…」
「ぅん? くすぐったいね、世辞かぃ」
「本心だ」
「おやおや、この後土砂降りにでも見舞われるのかね」
「人聞きが悪いぞ、ガーヤ」
「ふふん。そう言いながらも、機嫌良さげに見えるけどね、あたしの気のせいかぃ?」
「いや…」
「すぐに上げてやりたいところなんだがね」
「ああ、構わない。少し待たせて貰う」
「茶ぐらいなら出してやれるよ」
「茶を煎れるなら、ノリコが上手い」

惚気かぃ、と笑うガーヤの拳骨が軽く炸裂しそうになったのを、掌を返して避けた。
笑い含みの睨みには、俺も苦笑いを返す。

ガーヤが接客に戻った後も、俺は軽く腕を組み、店の片隅から様子を見せて貰っていた。
とはいえ、俺の目が捉えていたのは、殆どノリコだったが。
彼女が品物を客に渡す、そして代金の遣り取りをするのを、逐一目で追いながら。
やはり、ノリコの笑顔は客受けがいい。あいつの周りにだけ、花が咲いたかのようだ。
しかし… 妙だな…
釣り銭を受け取ったあの客の男。
受け取り際に、ノリコの手を握らなかったか…?
釣りと品を受け取ったら、さっさと出て行けば良いものを。
まだ何か話し掛けて…

「……」

やはり気に入らん。ノリコには後でしっかり手を洗わせよう。
しかし、何を話している。小声で、聞こえてこない。
ノリコも、何もそんな奴に愛想など良くしなくとも…

不意にノリコが瞳を大きく瞠った――
なんだろう…すぐに、微笑ってその客に首を振ったが。
何を言われた…?

何を。

いい加減、俺の我慢も限界か…と思えてきた時、
ノリコがちらとこっちを見遣り、すぐに掌でその客に俺を指し示した。
そして、倣ったそいつが俺の方に視線を寄越す。
男と面を合わせるのは好みではないが、仕方なしにその男を見据えた。
笑顔を安売りするつもりはない、といって、ねめつけたつもりもないが、俺を見た奴の表情が強張ったのは、気のせいではないだろう。
事の展開が解せず軽く溜息を吐いたが、客に笑顔を見せたノリコがその後すぐ小走りでこっちへやって来た。

「イザークっ」

「…ノリコ」
「おかえりなさい、早かったからびっくりしちゃった。ご免ね、待たせちゃって」
「…いや、構わない」

ノリコを抱き留め、いつもと変わらぬ表情で応えた。
さっきまでの不快なそれが、まるでなかったかのように、拭われていく。
本当に、ノリコの笑顔には敵わない…

「――この人が、あたしの夫です」
「…ぅん?」

客に視線を戻したノリコが、そう言った。なんだ…俺を、紹介…?
どういうつもりなのだろう。
客の男は、何か気まずい雰囲気に呑まれているようだが。

「友人じゃない方とのお食事は、夫に相談してみませんと」
「…っ」

思わず瞠る… 何だ…と?
改めてそいつに目を遣った。

「いや、すみません、じゃ、なく、なんというか…旦那がいるとは思わなかったもんで、はは、ははは…
じゃ、じゃあ…」
「毎度あり〜」

呆気に取られている俺と引き攣った笑顔で取り繕う客の様子を見ていたのか、横からガーヤが口を挟んだ。
それを幸いと取ったか、男は買った品を抱え、逃げるように店を出て行った。
またどうぞ――という、客を見送るガーヤの声が響く。

「…ノリコ」
「さっきね、あのお客さんにお食事に誘われちゃったの」
「……」

力が、抜けそうになる…

「前にも店に来てて、細々と買っていってくれるお客さんだなって思ってたの、でもね、この間も誘われて…その時はお断りしたんだけど… 今も、またああして… だから、イザークがいてくれて良かった」
「ノリコ…」
「ご飯を一緒に食べるのなら、やっぱり親しい人達と一緒の方が楽しいわ。…ん…悪い人ではなさそうなんだけど、ね」
「そういう事を、微笑って言わないでくれ…」

勢いで迫って来られたら、どうする…

「ご免ね。でも、ご飯を一緒に食べたい人の一等は、イザークだけだもん。やっぱりイザークと一緒に食べる方が楽しい、ふふ」
「…ノリ…」

堪らず、腕を伸ばしていた。
そしてそのまま、ノリコの身を抱き締めた。

「…イザー…ク?」

柔らかな髪を顎の下に、そしてこの腕で全てを包むように。
離して、いられない…
店にまだ客はいたが、どうでもいい…―――



ノリコは俺の自慢だ。
彼女が何処にいようと、それは変わらない。
だが…――俺の傍にいてくれてこそ…
いや、傍にいて欲しい…
いつまでも、俺の傍で、俺の誇りであって欲しい…

「ノリコ…」

ノリコは、俺だけの、宝だ…――











次の休暇―――
ノリコと俺は、花の町から街道を一時ほど行った小高い丘にある草原へと出掛けた。
脇の林に入ると珍しい薬草も見つけられる、貴重な場所だ。家の庭の一角で栽培している薬草の中にはこの場所から根や種を採取したものもある。
時折風がそよいで、気持ちがいい。弁当を持っての外出は、ノリコも楽しみにしていた。花だけでない、林の中で取れる果実も目的の一つだというのは、ノリコらしい。

「だって、そのまま食べるのも美味しいし、お菓子にだって使えるのよ?」

そうノリコは赤くなって弁解するが、別に咎めているのではない。
果実は赤く甘い実で、適当な酸味もある。ただ、どちらかといえば、甘みの方がやはり強いか…―――

「うん、甘ぁーい。お弁当の後は、やっぱりおやつも必要よね」

にこにこしながら実を口に運んでは咀嚼する。そしてまたにっこり微笑い、細い指が実を抓む。
こういう彼女は幾ら見ていても、飽きない。

「イザークも」
「俺はいい。ノリコが食べろ」
「えー…美味しいのに。イザーク、お腹一杯?」
「そうだな、弁当で腹は満たされた」
「んーん、甘みは、別腹ですっ」

少しだけ頬を膨らませ、可愛い抗議をしてきた後、すぐにまた相好を崩す。
本当に、ノリコはよく表情を変える。

「別腹か」
「うん、別腹よ」

思い出す。旅の途中に立ち寄った町で腹拵えをした時。
帯の辺りを押さえもう食べられないと言ったのに、女将の勧めてくれた果物入の焼き菓子に瞳を輝かせた。
別腹という言葉を、よもや俺が教わる羽目になり…

「また笑う…」
「思い出しただけだ」
「なぁに?」
「別腹という言葉を、覚えた日」
「え…」

また、赤くなってもじもじする。そんなノリコの頭をくしゃりと撫でた。

「久々だったし… 美味しかったんだもん…」
「だろうな、もう一杯だと言った割には旨そうに食べていて、驚いた」
「…ん…」
「出来るなら、いつでも食べさせてやりたかったが」
「!…んーっ、んーんっ」
「ん?」

たった今まで恥ずかしげにしていたのに、また頬を膨らませている。口まで尖らせているのは、さっきと含む意味が違うようだが。

「そんなにいつも食べてたら、太っちゃうもの」
「…」
「だから、少しでいいの」
「…そうか。…難しいものだな」
「そうよ、女の子の心理は複雑で微妙で……もっどうして笑うの、イザーク!!」

……駄目だ…おかしすぎて、肩まで震える。

「…確かに複雑だ。必要だと言えば、今度は太るのを気にする」
「だって…やっぱり…美味しいし…」
「まあ…仮に十ユロン増えたとしても、俺は構わんが」
「じゅっ…!そんなに増えたら、人相まで変わっちゃうわ。それにっ……」
「…どうした?」

勢い付いていたのが急に黙って、下を向いた。その後、若干上目遣いの眼差しを寄越し…

「……そんなになっちゃったら…抱っこして貰うの、恥ずかしいもの…」
「……」
「も…笑っちゃ、嫌…」
「ノリコ」

真っ赤になってしまったノリコを、膝の上に抱き寄せた。笑うなと言われても、可愛過ぎて無理だ。

「も…イザーク笑ってばかり…」
「俺を笑えるようにしてくれたのは、ノリコだ」

そうして、ノリコを抱き締める。
本当に、昔の俺は、笑うことさえ、出来なかった…
ノリコと出会って、心の底から笑える機会が増えた。
だが、そんな俺にノリコはきょとんと目を瞠って…

「ううん、違うよ。イザークは、ちゃあんと笑える人だったよ? 最初の頃だって、あたしに微笑んでくれた時があったもの」
「…そう、だったか?…あまり、覚えてないな…」
「ん…最初は口の端でばかりだったけど、それでも、時折そんな風に微笑ってくれるのが嬉しかった。…だから、あたし…イザークの笑顔に、とても惹かれて…いいな、凄く素敵だなって…」
「…ノリコ」
「…ん……あっ…あああっ!!」
「?…ノ…リ?」

…せっかく嬉しい言葉を聞いたと思ったのに…急にノリコが悲鳴を上げた。
何やら、酷く狼狽しているようだが…

「…ど、した?」
「食べちゃった…全部… 話しながらいつの間にか…ああーん!!」
「ノリコ…?」
「一番大きいのはイザークに、って取っておいたのよ…大きくて凄く美味しそうだったの…
イザークは要らないって言ったけど、でもでも、やっぱり最後に食べて貰いたくて……なのに…
やだ、あたし…」
「……」

確かに、話しながらもノリコは、一粒ずつ大事そうに抓んでいたが…そんな事を考えていたのか。
半泣きになって… 何も、泣くような事じゃないのに…

ノリコの頭を抱き寄せ、あやすように髪をぽんぽんと撫でた。

「そんなに落ち込むな。旨かったんだろ? それでいいじゃないか」
「…でも、とっておきだったのよ。あんなに大きな甘い実は、そうそう見つからないもの」
「そんなに甘かったのか?」
「…うん」

いつもなら、こんな事でくよくよしないのに。今日は珍しく引き摺っている。
食べ損じたというのなら解るが、自分が食べてここまで落ち込むのも珍しい。
だが…
そんなノリコの気持ちが嬉しいのも、確かで…

「そうか…旨かったか」
「…うん…だから、イザークにも食べて貰いたかったのに…」
「そんなにがっかりする事もない、まだ充分に間に合う」
「え…?」

問うように顔を上げたノリコの後頭部からうなじの辺りを掌で支え、小さく開いた唇を捉え、そのまま深く口付けた。
咄嗟の事に、驚いて身を震わせるが、やがて身体からも力が抜けていき…
崩れ落ちるのを庇うかのように、俺の着衣に縋り付く小さな手。
そうして大人しくなったのをいい事に、更に深く、何度も角度を変え…
甘く柔らかな実を、味わった。

切らした息を整えようと身を寄せたまま口の利けないノリコを、そのまま抱き締め、また頭を撫でる。

「本当だ、甘いな…」
「う…そ…」
「嘘じゃない。確かに、甘い…」
「…だっ…て…、実じゃ…ないのに…」

可愛い科白に、微笑いが零れる。

「何を言う」

俯いているノリコの顎にそっと指を掛けて、上を向かせた。
上気の残る頬、幾分恥ずかしげに、そして心許なげに瞳の光を泳がせて…
それでも俺を見つめてくれる。どんなに愛おしいか、知れない…

「――おまえ以上に甘い果実を、俺は知らん」

そう囁くと、また首筋まで、薄紅色に染まった…―――




「本当は、ノリコの願いをもっと叶えてやりたいと思っていた… いや…今も、思っているが…」
「え… あたしの…? どうして…」

やっとまともに口が利けるようになったノリコに、そう本音を洩らし、照れ隠しのように自分の髪を掻き上げた。

「いや…ノリコをもっと幸せにしたくて、な」
「イザーク…」
「…この世界にいても、おまえが寂しいと思わないように…出来るだけの事はしてやりたいと、いつも、思っていた。 前にノリコが、釣り合いという言葉を使ったのと変わらない…いや、それ以上だだろう…
どうあればおまえに相応しく在れるかと、どうしたら、もっとノリコを幸福に出来るだろうと…
いつも、考えていた――」

「……」
「そんなにポカンと口を開ける事か?」
「だって…」
「あんまり口を開けていると、指を突っ込むぞ。それとも、口で塞ぐ方がいいか?」
「え…」

真っ赤になって、慌ててノリコは頭(かぶり)を振る。だが、その後視線を下げたノリコは、じっと何かを考えているようで… 改めてゆっくりと頭を振ると、俺の右手を取って両の手で包み、頬擦りするように自らの頬に近づけ、うっとりと目を細めた。

「ノリコ…」
「ふふ…幸せ過ぎて、死んじゃう…」
「え…」

閉じていた目を開け、花が綻ぶように微笑んだノリコは、じっとまた俺を見つめた。

「でも、幸せなままで死ねるなら、本望だわ…」

ノリコの言葉に半分呆然としてしまい、次に掛ける言葉がすぐに出てこなかった。

「…共に暮らし始めて、幾週間か経つが…不都合な事はないか? …その…何か、望みはないか?
いや、無論、おまえのいた世界に及ぶものではないだろうが…少しでも、おまえの望みを叶えてやれるなら…俺は」
「イザーク」
「…ノリコ」
「お願い、聞いてくれる?」
「あ、ああ…出来る事なら何でも…いや、たとえ難しくとも、善処しよう…」

ノリコは、何を望んでいるのだろう…
自分で訊いておきながら、一方ではそれに対する不安も拭い去れないでいる。
俺に可能な事だろうか。それとも…
もし、元の世界にすぐに帰りたいと言われたら…
いつか共に行けたらと思ってはいたが、今の俺の力で、それが出来るか…
いや、それ以上に、もしも、俺の許から自由になりたいと言われたら…
その為に、ノリコを手放さねばならんとしたら…

何を言っている…
まだ一緒になって一月も経っていないのに…
流石にそれは、ないだろうとは思うが…
しかし…

自分がノリコを束縛しているのは、解るんだ…
もっとノリコの好きなようにさせてやれれば、一番良いのだろう…
しかし、この間みたいな場面を見せられたら、俺はやはり…

本当は、誰の目にも、触れさせたくなくて…

「三つ、願いがあるの」
「…みっ…つ?」
「うん、そしてね…その内の一つは、凄ぉーく我儘な願いなの」
「え…」

ノリコは微笑って言うが、俺は内心穏やかではなかった。幾つでも構わないが、我儘な願いとは何なのか…
まさか、危惧していたそれが的中するのではないだろうか…

「まず、一つめ――」

そう言うと、ノリコは、もう一度俺の…今度は両手を取って、再び自分の掌で包み、俺を見上げた。

「ずっと…ずっと、ずぅーっと…イザークの傍で、あなたを、好きでいさせてください」
「…ぇ」
「イザークを、ずっと愛したい、ずっとずっと、大好きでいたい。永遠に、永遠に、あなたを好きでいさせて欲しい…」
「ノリコ…」
「それも、あなたの傍で。いつも、イザークの傍にいたい。イザークのいる世界にいたい。あなたのいない世界で、会えなくなったりするのは…絶対に、嫌…」
「……」
「イザークを、ずっと、ずぅーっと、大好きでいさせてくれますか?」
「……」

こんな願いが出てくるとは、思っていなかった。
言葉がまるで出てこない…ただ、目を瞠るしかなかった。
だから、頷く事が出来るまでに、暫く掛かってしまった。

それでも、そんな俺の動揺が解っているのか、応えるまでノリコは待っていてくれて、俺が頷くと、嬉しそうに良かったと微笑み…

「有難う。…じゃあ、次は、二つめ…」

そうして、今度は手を伸ばし、俺の頬を両の手でやはり包むように、ふんわりと添わせ、ノリコは俺を見つめた。

「あなたが、一番幸せであって欲しい。イザークが心から嬉しいと思える事を、いぃーっぱいにしたいの」
「…」
「前に、家に帰る途中に話した事と被るけど…でも、あたしにとっては、イザークとの暮らしが一番大事。あなたが悲しむような事はしたくない。辛いと感じるような事はしたくないの。
街に出掛けたりするのも、おばさんのお店を手伝ったりするのも、あなたとの事やお家での事を優先させた上で…それで時間にゆとりがあったら、って事なの。だから元々、そんなに頻繁には勿論行けない。 おばさんもその事はちゃんと解ってくれてて、家の事は大丈夫なのか、イザークを優先させてやってくれって…
勿論、あたしは最初からそのつもりなんだけど… 行き届いてなくって、ご免なさい」
「ノリコ…」
「イザークを一番幸せにしたい。これは、あたしが、この世界にいる最大の理由。勿論、あなたが大好きだから、一緒にいたいから、この世界にいたい。大好きだから、一番幸せを感じて欲しい…」
「……」
「義務感じゃないのよ。あたしがそうしたいの」
「…ノリ…」
「イザークが、いつも、幸せを感じていられるようにしたい。それを、許してくれますか?」
「…」

思わず顔を伏せていた…
なんと言葉を発していいのか、解らない…
俺は… 俺は…

「ノリコ… 俺は…」

そうして、ゆっくり顔を上げた。ノリコの手は、まだ俺の頬にある。
それを包むように、自分の手を当てた。

「おまえが…おれの傍に…いてくれるだけで… それだけで、俺は…」

――いや、包んでいるのではない…
ノリコの手に当てる事で、自分を落ち着けている…
多分、そうなんだ…

時々、自分が途方もなく幼子(おさなご)のように思えて、ならない…
ノリコを護ってきたつもりで、実は、そうじゃない…
手を握ったり、髪を撫でたり、そして、抱き締めたり…
彼女に触れるのは、全て…

そうだ…
触れる事で、無意識の内に、自分を落ち着けている…
不安定に揺れてしまう、情けない俺の心を、落ち着けている…

その事に、気付き――

また…

子供のように、狼狽する…


「イザーク――」
「…っ」


―――あ…


飛び込んできた彼女の唇が、俺のそれに重なる…

外した両手を俺の首に回し、抱き締め、
拙(つたな)いながらも、唇を、そして小さな舌を、懸命に絡めようと…
温かい、どうして、こんなに彼女は温かいのか
どうして、こんなに…




俺の何もかもを理解してくれた、珠玉の存在…――

だから、大切なんだ…
だから、取り上げられるのを恐れているんだ…
宝物を失くして落胆する、子供のように…
恐れている…




身の内に生じる飢えも、渇きも、奥底で幼子のように泣いている心も、
ノリコの温もりに触れて、心地好く満たされる。
温もりに抱かれて、悉(ことごと)く消える。
だから、だから…




「震えてる、イザーク…」

唇をそっと離し、そう囁いて、俺の眼をじっと見つめた。
肩に回していたその手で俺の頭を抱くようにして、そっと、今度は自分の肩に誘(いざな)う。

俺の頭や背を、彼女の掌がゆっくりと何度も優しく行き来する。
泣きたくなるような心地良さに、目を瞑り、息を吐いた。
いつか、同じ事があった。
捜し物をしていた。
彼女もまた苦しんでいた。
だが、俺の為に、彼女は心を砕いてくれた。
先行きの見えない中にあっても、彼女の心は、本当に温かかった―――

今も、その時と同じ… いや、違う、それ以上だ…

「甘えて?…もっと」
「ぇ…」

不意に掛けられた言葉に、目を開けた。
甘える…とは、どういう事だろう…

「…それは、三つめの願いか?」
「ううん、違う。二つめの続き」
「…甘えているつもりだと、思っていたが…」

自嘲するように呟く。それに、ノリコは微笑う。

「ううん、全然よ。だって、こんなに肩に力が入ってる。こんなにも、あなたの心は震えてる…」
「……」

…なんてことだ。益々自嘲めいた気に陥る。

「すまん…情けなかったな…」
「イザーク、駄目っ」
「――うっ」

急にノリコに強く抱き締められ、その所為で俺の顔はノリコの胸に強く押し込められた。

「…ノリ?…どうし」
「誰があなたにそんな事言ったの? あたしはそんな事思いもしない、イザーク」
「え…」
「あなたはこれまで、誰にも甘えられないできた…人に弱みを見せる事もしない、無理を無理だとも思わない」
「……」
「誇り高くて、とても自分に厳しくて…だから、自分を押し込めて…たとえ苦しくても、それを全然表に出そうとしない。 弱みを見せてはいけない、自分が強くなくてはならないんだって…自分の周りに無意識に壁を作ってしまっている…
でも、心までは強固な城にはなれない。他の人と同じ…ううん、寧ろ他の人よりもずっと繊細で、傷付きやすいのに…
イザークは、本当は甘える事を知らない。甘えてもいい事を、弱みを見せてもいい事を知らない、だから、いつも自分を抑えてしまう。 甘えさせてくれる人がいなかったから、甘えるべき時にそれが出来なかったから…どう甘えていいのか解らなくて、だから、苦しくても、自分を抑えてしまう。
だから… こんなにも、あなたの心は震えている…」



茫然としたまま、ノリコの言葉を聞いた。

甘えさせてくれる人…―――

幼子のように不安なそれを俺が引き摺るのは、奥底にあって消えない喪失感の為。
記憶から決して消えてなくならないその人は、俺が近付くのさえ許さなかった。
だから、当然、甘えた記憶などない。
平素の会話さえままならなかったのだ…
何が甘えるという事なのか、解かる筈もない…

だが、そんな認識すら持たずあの頃は過ごしていた。
それに、今更気付く。

いつも、顔色を窺った。
同じ部屋で過ごすのは、稀――
たとえそこに在ったとしても、殴打と、罵倒と…

自分の感情を極力、抑えて…
そうでなければ…



「イザーク」

意思に関係なく戦慄く身体をノリコが抱き締める…

「――はっ…あ…っ」
「大丈夫…大丈夫よ… あなた…――」
「…ぁ……」

やっとの思いで詰めていたそれを吐き出した。
そして、かなりの脂汗を掻いていたのだと気付く…

ふわりと温もりに抱かれる…
とくとくと、伝わってくるノリコの鼓動。
頭に感ずる頬擦り…そして優しい掌が、何度も髪を、背を伝うのを、目を瞑って感じた。
こんな風に抱き締めてくれたのは、ノリコが初めてだ。
俺が気持ちを打ち明けたあの時の、その温もりもまた、優しかった。

ふと片腕を動かして、ノリコの背に回す。
ノリコの腕がぴくりと動いて、少し緩む。
だが、掌は変わらず俺の髪を優しくさすっている。

「辛い事まで、思い出させてしまったみたい…」
「…ああ」
「ご免なさい…」

返事の代わりに、否という意味で、頭を振る。依然としてノリコに頭を抱かれていたから、多少胸に擦りつけただけだったが…

「急に変わってとは言わない…あなたにも矜持がある、譲れない部分もあると思う、それを傷付けるつもりはないの…でも、こうして二人でいる時は、もっと甘えて?」
「……」
「あたしが、ここに残ると決めたのは、あなたを縛る為でも、重荷になる為でもない。だから、その事で申し訳なく思わないで? そして、もっともっと甘えて? 二人で捜し物をしていた時にはそれが適わなかった…でも、今は違うから… だから、もっと我儘を言って欲しい、もっと甘えて欲しいの…」
「ノリコ…」
「あたしを、喜ばせると思って…ね?」
「…」

目を瞠り、ノリコからそっと身を離した。
ノリコは微笑みを湛えたまま、俺を見つめている。

「俺が甘えると、ノリコは嬉しいのか…?」
「ふふ、多分前にも、同じ事を言ったと思うわ」
「…」

記憶を辿る。が、明確には出てこない。
ノリコは嘘は言わないから、聞かされたのには違いないだろうが…
それでも、やはりそれに甘んじられない状況だったのだろう…
これも、無意識に自分を抑えてきた事の弊害か…

「不甲斐ないと…思ったりは、しないのか?」
「どうしてそう思わなくちゃいけないのか、逆に知りたいわ」
「ノリ…」
「大好きなあなたの事よ、全部が大好きだわ。力強くて逞しくて、悪い奴なんてすぐにやっつけちゃう剣士のあなたも好き。でも、あたしだけを頼ってくれて、あたしの温もりを求めてくれて… あたしの腕の中で安心したように息づいてくれるあなたも好き。冗談めかしてからかう時もあるけれど、時折、子供のようにひたむきに見つめてくれるあなたも、大好きなあなたなの」
「……」
「だから、もっと幸せを感じて欲しい。あたしには随分気を許してくれるようになったけど、まだ足りない。まだ遠慮してる。…だから…あっ」

腕を伸ばして、ノリコを強く抱き締めた。
そしてノリコもまた、ゆっくりと、俺の背に腕を回してくれた。

「ノリコ…」
「…イザ…ク」

どんなに俺が幸福に感じているか、解っているだろうか…
そして、どんなに、おまえが大切であるか…

「ノリコは…俺のものだ」
「…っ…うん」
「失いたくない…」
「うん」
「何処にも…行くな…」
「うん」
「…他の奴の目に晒すのも、本当は厭だ」
「…ぇ…?」
「厭なんだ…野蛮な連中の目におまえを晒すのが、堪らなく厭だ」
「…」
「取られたくない、本当は、俺の腕の中に閉じ込めておきたい…だがそれでは、おまえの自由までを奪ってしまう…それだけは、してはならんと思っていた…」
「イザーク…イザーク…」
「…どうしようもない、餓鬼だ…俺は… おまえを得て、幸福で仕方ないのに…宝物を失くしたくなくて、狼狽えている…」

ノリコが俺を見上げる。案じるように、その表情は優しくて…
自己嫌悪を覚える。自嘲するように息を吐いた。

「昔…俺はあいつにも、嫉妬した…」
「…あいつ?」
「バーナダム」
「ぇ…」
「初めて味わう感情だった…まだ、おまえと想いを通わす前だ。感情が頂点に達した時、発作に見舞われた…」
「あ…」
「もし嫉妬で人が殺せるなら、あいつは幾つ命があっても足りなかっただろう」

俺の腕に手を掛け、ノリコはもう一度懐に身を寄せてくれた。

「ノリコ以上に気を許している人間はいない。これまでも、そして、これからもだ。おまえと共に在る事で、俺は幸福を感じられる」
「うん…うん…ん…ん…」

胸元に擦り付けるように、何度もノリコは頷いた。
それが心地好くて、彼女の頭を抱き寄せながら、長く息をついた。

「すまなかった…これじゃ本当に子供の駄々と変わらんな…」
「謝らないで、イザーク…我儘を言って欲しいと願ったのはあたしよ?」
「…ノリコ…」
「イザークはすぐに謝る…だ、め」
「…すまん」
「もぉ…また」

ふ、と苦笑いを洩らしていた。
ノリコがずっと大人に見える。
本当に、自分がほんの子供になったみたいだ…
だが、それを言うと、ノリコは微笑った。

「そんなことないわ、全然大人になれなくて困っちゃう。イザークに負けないくらい…ううん、イザークよりもずっと我儘よ、あたし」

ノリコが、我儘だと?
どうもそれが腑に落ちない。…そう言えば、

「三つめの願いというのを、まだ聞いてないな」
「うん」
「内一つは我儘だと言っていたが、最後のそれがそうなのか?」
「うん。多分イザークに軽蔑されちゃうかも」
「ノリコを…軽蔑?」
「うん。ある意味、あなたを縛る事になるから…さっき言った事と、矛盾しちゃうもの」

意味が解らん…

「ノリコ…?」

問いに答えるようにノリコは俺の前に座り直し、その瞳でじっと俺を捉えた。

「ずっと…ずっと、ずぅーっと、ずぅーっと、ずぅーっと、ずぅーっと…」
「ぇ…」
「ずぅぅぅーーーーっと、あたしだけを、好きでいてください」
「……」
「そんなに目をぱちくりさせる事?」
「何処が俺を縛るもので、何処が軽蔑に値するのか、まるで解らん…」
「だって…ずぅぅぅぅーーーーーーっと、よ?」
「そのつもりで誓いを立てた。縛るというなら、寧ろ俺の方が度が過ぎてるというものだろう」
「そんな事ないわ、まだ続きがあるもの」
「…続き?」
「…あなたの傍に綺麗な女の人を置いちゃ、嫌」
「……」
「あたし達共通の知り合いだったらいいけど、そうでない綺麗な人や可愛い人を傍に置いちゃ、嫌。
あなたに気がある人ならもっと嫌。目線が合うだけでも、嫌。話をしたりするのなんて言語道断。その話が弾んでると想像するだけでも、嫌」
「……」

…些か…頭の混乱を招きそうだ。
俺の目は、多分また"ぱちくり"しているだろう。

「…いつそんな状況を作ったか、まるで心当たりがないのだが」
「…アイビスクのメルアでの、贈り物」
「は…?」
「凄く綺麗な人だったわ。あたしにとっても、多分初めての感情かも…後から随分自己嫌悪になっちゃったもの」
「…ちょっと待て、あれは、そんなつもりで立ち寄った訳じゃない。第一、顔も思い出せん」
「でも、手や口元を眺めたりしてたわ」
「…ノリコ」

軽く溜息が洩れた。仕方なしに、記憶の片鱗を少しばかり呼び起こす。

「…色味を確かめる以外の関心はなかったな。顔の造作への関心など、恐らく俺の中では最下位のそれにさえ及ばない。もし見ながら何かを考えていたとするなら、あの色を付けているノリコの顔だ」
「あたしの…顔?」
「実際に付けた方が無論確かめるにいい、だが贈品の手前そうもいかない。だから、手の甲に付けたそれを参考にさせて貰った。唇のそれは随分濃いものだったから、参考にするにはかなり苦しかったがな…」
「……」
「肌はノリコの方がずっと透明感があった」
「ぇ、肌?」
「手の甲の話だぞ」
「……」
「今度はノリコの方が目をぱちくりさせているが?」

俺の言葉に文字通り目を瞬かせたノリコは、バツが悪そうに目を伏せて、自嘲するような笑みを零した。

「…だからね、あの時、後から自分の中の感情に気付いて、自己嫌悪になったの…疑ったとか、そんなんじゃない、ただ、傍に誰か他の人が立っているのが、嫌だったんだって思ったら…凄く自分が嫌な子に思えて…」
「ノリコ」
「ちょっとね、揺れ動いてた時期だったから、余計… ずっと、ずっと…世界の立て直しの旅が終わってもずっと、傍にいられたらいいなって思ってて…でも先行きがまだはっきり解らなくて…だから余計… でも後から思い直したの、同じ世界にいられるだけでも幸せなのに、何贅沢言ってるんだろって…」

ノリコの髪に指を伸ばした。指先に絡めたそれは柔らかく、適度な纏わりを見せた後、するりと指を離れる。 今にも泣きそうな気がして、頬に更に指の背を添わせた。

「ノリコが嫉妬するとは、少し意外だった…」

俺が微笑い含みでそう呟くと、ノリコはまた自嘲した。

「あたしだって、妬く事はあるよ。あの時は、自分でも少し驚いたけど…」

髪をくしゃりと撫でてやると、少し上目に、やはりバツ悪げに俺を見つめ…

「羨ましかったのかも…この世界の人にはあって、あたしにはない…なんかそんな決定的なもの…
最初の頃ね、あー、やっぱり、イザークの隣には綺麗な人が似合うなーって思った事がある…
何処の街だったかは忘れちゃったけど… あたしが片言の頃で…」
「…どういった状況だと、そういう結論を出せるのか」
「そうね…うん、あたしもそう思う。多分何かを訊ねたかで、何処かの街の店だったか、お宿だったか… その人も凄く綺麗な人だった、長髪の巻き毛で、髪の巻き飾りの布が印象的で…はっきりした顔立ちで…」
「おぃおぃ…」
「あ…思い出した。イザークの好みの人って、どんな感じなのかなって思ったんだった。
あんな感じなのかしらって…」

そんな詮のない事を、旅の途中で考えていたのか…?

「そんな事もあった…だからかな、余計に自己嫌悪になっちゃって、あの贈り物の後ね、イザークの優しさが嬉しくて嬉しくて、死んじゃいそうだった」
「そう簡単に死んでくれるな」
「ふ…ふふ…そうだね、ご免…」

泣き笑いのような顔で、微笑む。そして撫でつけていた俺の手を取り、じっとそれを見つめながら、
でも――と呟いた。

「――でも…でも、やっぱり…嫌だわ」
「ん?」
「だって… だって、だって、イザークは、あたしのイザークだもん。女の人が隣に立つのは、嫌っ」
「ノリコ…」
「ずっと、ずっと、ずぅぅぅーーーーーーっと、あたしの事好きでいてくれなきゃ、嫌。あたしのイザークでいてくれなきゃ、嫌。ずっと、ずっと…あたしが、しわしわでよぼよぼのお婆ちゃんになっても、あたしだけを傍に置いて欲しいよ」
「……」

なんだろう、肩からすっと力が抜けていく気がする。
俺よりもずっと大人に思えるのに、時折、とんでもなく子供のようなそぶりを見せる。
それが、どうしてこんなにも、心地好いのだろう。

「一度…言ってみたかったの…あたしのイザーク、って…」
「何も恥ずかしがる事じゃない。実際その通りだ」
「本当?…あの…嫌な子だって思ったりしない? 軽蔑したりしない?」

思わず笑みが零れた。両手を祈るように組んで、本当に、なんて可愛い事を言うのか…

「何故そうする必要があるのか、教えてくれ」
「イザーク…」
「寧ろホッとしている。堂々と、おまえは俺のものだと言えるから」

今度は腕を伸ばし、大切なその存在を改めて膝の上に乗せる。
俺を見上げる澄んだ瞳は、少し潤んだように光を揺らめかし…
逃げていってしまわないよう腕の中に収める俺は、狡いだろうか…

「…イザーク…」
「ん」
「…あたしの…イザーク…」
「…ん」
「あたしだけを、見て… あたしだけを、好きでいて…ください」
「これからも、そのつもりだ」
「あたしが、お婆ちゃんになっても…?」
「お互い、条件は同じだろ…?」

俺がそう告げると、じっと俺を見つめるその瞳に留まりきれなくなったそれが雫となって一筋、光りながら頬を伝った。

「……我儘言って、ご免なさい」

…思わずまた、微笑いが零れる。

「何を言う…」

幸福過ぎて、死んでしまいそうだ…
この天使は、本当に、何度も俺を幸福という思いで揺さぶってくれる…
我儘を言ったことなどなかったではないか。
俺が何者かも知れん、そんな邂逅であったのに、信頼し懸命に随いてきてくれたではないか。

「寧ろ、もっと言って欲しいくらいだ」


その後、捉えて何度も重ね合わせたノリコの唇は、本当に甘かった。
嫉妬で少し拗ねた事により、甘酸っぱさという香油(エッセンス)を孕み、更に上等な味がした。
ノリコの言葉に文字通り甘え、存分に甘えさせて貰う。
但し、甘え方を知らない俺だから、俺の好きなようにさせて貰ったが…

ノリコがいいと言ったんだ。
誰も、文句はないだろう。



「――今度、湖の見える所に…行きたい…」

まどろんだ瞳を甘えるように俺に向けて、風に溶け込むような声で囁き微笑う。

「ん?」
「いつか、お休みの日に…お弁当持って…」
「ああ――いい提案だ」

必ず連れて行ってやる――と、額に施した俺の口付けを心地好さげに受け止め、うとうとと閉じそうになる瞳をゆっくり何度も上下させ、再びくふりと含み笑む。

「イザー…ク…?」

名を呼ぶ声に、穏やかに問う眼差しを向けた。

「俺のものって言われるの…嬉しいんだよ」
「……」

軽く目を瞠る。だが、そんな事にはお構いなしに、うっとりと俺を見つめ…

「凄く…凄く…嬉しいの…」
「…そうか」
「ふふ…俺のもの… 大好き…」

夢見心地のふわふわしたような声で、ゆったりと囁き、 とろんとした瞼を降ろした天使は、程なく眠りの世界の住人となった。

「――ノリコは、俺のものだ」

柔らかな髪に指を梳き入れ、撫でながら呟く。――が、無論、愛らしい安らかな寝顔を損なう事はなく…
ふっとまた微笑い…薄紅に色付く俺だけの甘い実に、ゆっくり唇を重ねた。

「帰ったらまた、甘えさせてくれ」
「…ん…ぅ」

まるで好都合な返事を思わせる、まどろみの中で発せられた、夢顛(むてん)(※)の音。

希望を失わなければ、未来は変えられる。
過去は変えられないが、未来は、誰に定められしものでもない自分だけのものであると。
その夢を抱くのを共に見つめ、共に、歩んでくれた人。
花も実も、天の彩景も、この世の全ての息吹は美しいのだと、思い出させてくれた人。



隣に横になり、彼女の頭をそっと持ち上げ、その下に自分の腕を入れる。
心地好い重みを感じながら、拡がる蒼穹を見上げた。
傾き掛けた午後の天陽に掌を翳す。
緩やかに流れていく雲の端を掴む真似をし、他愛のない戯れに、ふ、と笑んだ。
世界の全てを手にしたかのようだ。
そんな自惚れに微笑い、だが、その幸福に酔う。

あたしのイザーク…―――いい響きだ。

ノリコの為に在る。
想いを自覚したあの日から、そのつもりだった。
いや、あの邂逅から、そうだったのか…
おまえの為に。
永遠に。

ガーヤが聞いたら、きっとまた、冷やかすだろう。
それもまた、面白い趣向だ…


「ん… ざー…く…」

無意識に身をすり寄せるノリコの髪が、柔らかく俺の頬を擽る。
微笑ましく見つめる中、微風もまた手伝うように、心地好く流れていく…――

「幸福過ぎて、死んでしまいそうだ…」

風に呟き、もう一度蒼穹に視線を泳がせ、まどろみの中へ委ねるように目を閉じた。
夢の中でも、ノリコを見つけられるといい。
いや、絶対、見つけよう。


草と風の匂いを感じながら…
俺も暫し、夢の世界の住人となった。



※ 夢顛(むてん) :意味は「寝言」です。
類語として辞書の中にはあるのですが、それ自体を引こうとしたらなかったので、一応。







とりあえず...END



...で...おまけ。



「なあ、イザーク」
「なんだ」
「ガーヤの店、最近妙なんだよな」
「ガーヤの店?」

数日後、国境での依頼の仕事に戻った俺は
共に作業をしていたバラゴから昼休時にそんな話題を振られた。
ガーヤの許へはノリコを遣っている。
不本意ながらも長く家を空ける事になったから、今回はそうしたが、
別段おかしな思念は感じ取れなかったが。

「昨日な、こっちへ戻る前にガーヤの店に行ったんだよ。そしたら真っ昼間だってのに、店が開いてねぇ。あのガーヤがまさか具合でも悪くなったのかと訊いてみたら、これがピンピンしている」
「ああ、そういえば、ジーナも言っていたな。必要な物があるんだが、開いている気配がない。勿論ガーヤはちゃんといる。ジーナもガーヤに聞いてみたらしいぞ」

共に来ているアゴルも、何処か含み笑いの態だ。
昨日は一日ノリコと過ごし、今日の朝こっちへ戻ってきた。知らなかったのは俺だけのようだ。

「ガーヤが憮然として言うんだよ。売る物がないから、店を開けててもしょうがねぇってな」
「なに?」
「実に妙だろ?」
「だがその前日には、これまた信じられんほどの客が入ってる。まあ便利な店だが、たかだか雑貨中心の店だ。それがたった数日で、店の物が全て売れてしまって何も残っていない」
「お陰で、ガーヤの奴、次の納品があっても焼け石に水だとぼやいていた」
「な、妙だと思わないか? イザーク」
「……」

溜息が洩れた。二人とも止めない含み笑い。こういうのは、いい意味を成さないのが常だ。

「文字通り店の中が空っぽだったから、俺も驚いてな。そしたら、何やら妙な噂が立ってるらしい」
「噂?」
「ガーヤの店の品を手に入れたら、素敵な出会いがある」
「……」
「俺も聞いた、但しジーナ経由でな」
「それで、一気に人気が出てしまったらしい。普段は滅多に出ないような品まで持っていかれちまった。まあちゃんと売れたんだから文句は言われねぇがな。しかもそれをおおよそ買わないような若い女達が我先にと買い求めたらしい。流石のガーヤも唖然とした…だとよ」
「何故…」
「だろ? 当然疑問に思うわな。俺でもそうだ。大いに疑問だ。だからガーヤに訊いてみた。そもそもの原因は何か」
「――どうも、ある男女が原因のようだ」
「男女?」
「まあ断定は出来ん。だが、そうとしか考えられん。しかもその男女は夫婦モンだ」
「…その二人が妙な噂を流したというのか」
「いや、違うな」
「噂は自然発生したらしい。まあ純粋に客から出てきた噂だ」
「意味が分からん」
「まあそう急くな」
「どっかの夫婦モンが、店の中で、濃厚な抱擁や、濃厚な接吻をご丁寧に演じてくれたらしい」
「ははは、俺には店の前でだと教えてくれたぞ?」
「……」
「そうか、ならどっちもなんだろうよ。しかも、その夫婦は今蜜月中だそうだ」
「えらい可愛い嫁さんだそうだぞ。そして旦那は、この世の女共が鈴生りで随いてきそうなほどの色男だそうだ」
「特に旦那が嫁にデレデレで、見てるこっちがニヤけるくらい大事にしているとさ」
「ああ、始終傍に置かなきゃ安心出来んくらいの過保護っぷりだ、とも聞いたな」
「ある客に訊かれたらしいぜ。あの二人はガーヤと知り合いか、この店とどんな関係があるのか…とな」
「で、ガーヤが言った。息子と娘みたいに懇意にしている。二人の仲結びには自分も一役買ってるかもしれない」
「……」
「それで若い女の客が、何故かそういう解釈をしちまったらしい」
「ふ、思いこみというのは、恐ろしいものだな」

再度溜息が出た。そういう事になっているとは…

「…つまり、俺が営業妨害をしたというのか」
「早まるな、妨害じゃねぇ、その逆だ」
「そういう事だ。何せ店の物が全て売れてしまったんだからな」
「品物が揃うまでは、茶と、菓子を焼いて出す…みたいな事を言ってたな…」
「ああ、ガーヤの焼き菓子も旨いからな。にわか茶店だな」
「……」
「そう憮然とするなよ、イザーク」
「そうさ、逆にガーヤに感謝されるぜ? ノリコは今日ガーヤの所だろ?」
「…ああ」
「今頃、手伝ってるんじゃないか? ノリコの作る菓子も旨いからな、そうだったよな、イザーク?」
「勝手に言ってろ」

立ち上がった俺に、バラゴが更に言った。

「まあ、噂なんてものは、いつかは消えるもんさ。ガーヤも、言ってたぜ」
「……平常に戻るなら、それに越したことはない」
「ぼやくなよ。聞いたぜ、ノリコに求愛する不届きモンがいたんだってな。そりゃ心中穏やかじゃないよな」
「まあ、おまえの事だ。周りへの威嚇の意味も込めてるんだろ?」
「……」
「さっきよりも恐ぇぞ、顔が」
「…仕事に戻る」
「何? もうか?」
「……三日だ」
「あ?」
「三日で終わらせる」
「ンあ?」
「イザーク…」
「それ以上は、一日たりとも延ばすつもりはない。今回の依頼の残りは三日で片付ける」
「お…嘘だろ…ついこの間、工期を半分に詰めたばかりだろがっ」
「別に驚く事はない、今度のは最初からそのつもりだった。だが…」


「おまえ達が、油を注いでくれた」
「!!」


二人に向けた俺の顔は、鬼のそれよりも恐かっただろうか。

勿論、ノリコを残して長いこと家を空けるのは不本意だから、早く完了させるつもりだったが、 二人の話がそれに拍車を掛けたのは確かだ。

そして俺は、公言通り三日で作業を終わらせた。

ノリコの待つ花の町へ戻る為に。
彼女にはガーヤの家で待っていろ、と伝えてある。


真っ先に街へと戻った俺を、満面の笑顔でノリコは迎えてくれた。

「イザーク、お帰りなさいっ、工事お疲れ様、怪我はなかった? 大丈夫?」

俺の身を案じ―――…
両手を拡げて抱き付いたノリコを、心ゆくまで抱き締めたのは、言うまでもない。
近くでガーヤが何やらぼやいていたようだが、知らない、聞こえない。
"濃厚な接吻"でノリコの唇を味わう俺の耳には、何の音も届くことはなかった。
三日ぶりなのだから、勘弁して貰おう。



「全く、商売の邪魔だよ」

後でガーヤにねめつけられたが、ニヤリとするそれが何処か嬉しそうに見えたのは、気のせいではないだろう。

ああ、ガーヤの店だが…
一時のように買い尽くされるという事はなくなったようだが、安定して客を迎えられるようになったという事を、付け加えておこう。






おまけ の おまけ。



「おばさん、あのね、相談があるんだけど…」
「ん、どうしたんだい、ノリコ?」
「あのね…(こしょこしょ)」
「ふむ、なるほどね、んー、どうだったかね、飾り布での遣り方があったかね」
「飾り布? それはどうやってするの?」
「確か…頭に巻いて、結び目は左側じゃなかったかね」
「結び目を左…」
「右で結ぶのは、"娘"だよ。だけど、今はあまり見掛けなくなったかねぇ。何せ、古い慣習だからね」
「それでもいいの、それで証になるなら」
「そうかい、…ひょっとして、イザークに何か言われたのかぃ?」
「ううん、違うの。あたしが自分でそうしたいの。…でも、あの人が喜んでくれるなら、嬉しいから」
「イザークのこと、大切にしてくれて有難うね、ノリコ」
「え… ふふ、だってぇ…」

そうして、ノリコの頬がほんのり染まって…
まあ、本当に愛らしい娘だよ、この子は。

「おばさん、こんな感じでいい?」
「そうだね、ここを、もっとこんな風に… うん、いいんじゃないかね、なかなか似合うよ。そういう姿もいいもんだ、うん」
「本当? これで、変な事にならないかな」


ノリコが頭に付けたそれは、布の頭飾り。
ぐるっと頭に巻き付ける物だけど、ちょっとした巻き方で、既婚者かそうでないかを見分ける印となるのさ。
まあ、今の若い子は、あんまりしなくなったけどね。既婚者でも、する者は稀かね。
でも、解かる者には解かる印さ。
ノリコの気遣いが本当に嬉しかったね。ちょっと見なら、人妻にはとても見えないからね、ノリコは。
イザークも気が気じゃないだろうから、本当、ノリコの優しさが嬉しいよ。
なんて、いい子なんだろうね。


ノリコが頭に布を巻くようになってからは、変な気を起こす不届き者も見なくなった気がするよ。
イザークと一緒の時には、流石に布は巻いてないようだけど… ま、そりゃ一緒の時は、イザークが周りに結界張り巡らせてるしねぇ。
それに、ノリコもイザークに甘えているようだし。イザークにも、それが嬉しくて堪らないようだ。

それにしても、布を巻いたノリコも可愛いもんだ。
結び目の意味が解らなければ、益々気が気じゃなくなるだろうさ。
そんな二人を見るのも、楽しいんだけどね。はっはっは。

……誰だぃ? 悪趣味だなんて言ってる奴は。


夕方遅くに、仕事を終えたイザークがノリコを迎えに来たよ。
あーあ、まあ気持ちは解るけど、これ見よがしにぎゅっと抱き締めて…
おまけに、ぶちゅーっと…まあ… これだもの、噂が広まるってもんだね。
しかし、最初ノリコも抱き付いていったのは、驚きだったけどね。
何だか、日を追う毎に、夫婦らしくなっていくね。
いや、もう誰が見ても紛う事のない、本当に仲の良い二人だよ。
イザークも幸せな顔をして…ふふふ、蕩けそうだね、全く。
良かった良かった。

これで、孫の顔でも見せてくれたら、もう言うことないんだけどね。
この二人の子供なら、きっと可愛いに違いないよ。

「布を巻いているのも、似合うな」
「そう、嬉しい。イザークの巻き布と同じよ」
「だが、結び目がいつも左のようだが、何か意味があるのか? それに、何故ガーヤの店にいる時だけ着けている…?」
「あ、これ? 気付いてたのね? ふふ、なぁいしょ」
「え…?」
「ふふふ、うそうそ。あのね、魔除けです」
「魔…除け?」

ぶぶぶっ… ノリコも上手いこと言うね、全く。

「…ガーヤ?」
「全く、惚けた顔するもんじゃないよ、イザーク。悪い虫が付かないように、ちゃんとノリコも考えてるってことさ」
「……」
「そんな顔に疑問符付けてどうするんだい、男はびしっと構えてないと、女房に愛想尽かされるよっ」
「え、やだなぁ、おばさん。あたしは愛想なんて尽かさないわ。ね、イザーク」
「…ノリコ」

…あーあ、また感動で言葉が出なくなってるよ、イザークは。
で…また抱擁かい。ま、何処でも仲良くやっておくれ。


イザークとノリコは、二人仲良く家路についた。
二人の姿が見えなくなるまで見送るあたしも、相当な暇人だね。
悪いかい? そうだよ、あの二人が大好きなんだよ。いいじゃないか。
本当は、もっと街中にでも住んでくれたら良かったと思ったさ。
でも、街の喧噪に揉まれるよりも、自然に囲まれた田舎よりの場所でゆったり暮らせる方が、あの二人には向いているんだろうね。
邪魔する訪問者なんてのも、たかが知れてるしね。ふふふ。
…邪魔する者は誰だって? 大きなお世話だよ。

ああ…本当に、二人に随いてこの町に来て良かったよ。
こうしてあの二人の幸せな姿が見られたんだ、何よりさ。

それにしても…

「ふぅー… しっかり励んで、早いとこ可愛い孫の顔を拝ませておくれよ、イザーク?」

ま、呟きが届く訳もないがね…
時々、昼間にあくびを洩らすノリコを見てれば、その心配も要らないか…
ノリコは益々綺麗になったもんねぇ。あたしから見ても、太陽のようだよ。
これもあんたの所為かね? イザーク…

…ちょっと下世話だったかね。あんまりノリコに無理させても拙いしね。
うーん…ちゃんとノリコを寝かしてやってるのかね、イザークは…
逆に心配になってきたような…

……やっぱり下世話だったかね。


「おや、今日は雲もなくて、いい月が出てるよ。綺麗だねぇ…」

あの二人の家からも、同じ月が見えてるね。うんうん。

「――さて、勘定でもするか」

そして明日の準備だ。


うん。今日も一日、いい日で良かったよ。







END


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あとがき。

執筆中管理人は風邪を引いていて、頭が変になってたんです。
で、仕上げに掛かっている時には真夏日続きで、またまた脳みそに支障を来し。
という訳で、殿の惚気っぷりに拍車が掛かってしまった蜜月。
すっかりベタ甘。
日本の夏をこれ以上暑くしてどうする…←はぁぁあ、脳みそ溶けるぅぅ…



ご拝読どうも有難うございます。
何の背景で、この話を書く事になったかと申しますと。
一にも二にも、これ ↓↓↓ でございます。

使用上の注意…爆笑です。
目覚めを使う時には注意が必要です
一つ。周りに男を近づけてはなりません。
一つ。常に自分の傍に置き、周囲最低1ヘンベルには威嚇を放ってなければなりません。しかも表情は平静を装う事。
一つ。腰に手は「護るコマンド」のデフォルト。二人きりの時は、撫でて抱き締めるのは不可欠です。口付けも必須アイテム。
一つ。ちょっとからかうのも大いに効果的。その際「俺は本気だ」を忘れてはなりません。目覚めはあなた以外の人に意識を持っていかれる事はないでしょう。
但し、目覚めが周りの野郎共に笑顔コマンドを発動させたとしても怒ってはなりません。それは目覚めが目覚めで在る事の最大のポイントであり、最大の所以であるのです。目覚めが周囲に笑顔コマンドを発動させた時には、ほとぼりが冷めるのを見計らってから、更なる魅力的な言葉で目覚めの意識を自分に繋げましょう。
あるいは、姫だっこで素早くその場から目覚めをかっ攫うのも意表をついていて効果的です。有無を言わせぬ決断力が功を奏します。
その後、逆に、少々の弱い面を見せるのも効果を発揮。この場合「母性本能コマンド」が適用されます。叱られた子供のようにしゅんとなった顔を覗かせるなら、直ちに母性本能コマンドが発動するでしょう。目覚めはあなたの思うままです♪
目覚めは贅沢は言いませんが、とてもきれい好きです。着替え、風呂は、これも必須アイテムです。「一緒モード」にセットすれば、好きなように着せ替え、着替え途中の肌、夜のベッド、そして風呂タイムなども楽しめます。
その際、目覚めを喜ばせる言葉はやはり必須アイテム。
但し、さりげなく、が重要。
使用上に注意し、存分に目覚めを活用しましょう。


という、「目覚め使用上の注意」であります。
意識せずにイザークさん以外の殿方にも癒しを与えてしまうのが、ちょいと玉に瑕だったりもします(笑)
…と、こんな話題をある御方とのメールで遣り取りさせて頂きました。天然ですから、当然悪気もないし、それ故に生かされる「目覚めらしさ」というのもある訳です。
しかし、イザークさんの心情としては穏やかではない場合もあり…

「そう、これが「目覚め」の使用上の注意ですね(笑)イザークさん、気が気じゃないですよね」
というお返事を賜りました。そうなんですよ、目覚めの使用上には注意が要るんです。
で、もやもや〜〜と浮かんだままお返事メールに書いたのが、上記の『使用上の注意』

まあつらつらと、本当につらつらと書いたものでしたが、己のアホさ加減に笑えてしまって。
でも面白いじゃないですか。そんな使用上の注意というものを話として書けたら、これ結構面白いのではないか…と。
最初は、上記のそれを原文のままで、こんな「使用上の注意」あります…みたいな感じでカフェ辺りに載せようか、それともZAREに…と思っていたのですが、 メールの遣り取りで、話として展開させるのも面白いな〜と書きましたら、「いいですね、いつか見てみたい」という事に。
いや、私もいつか書きたい…と思った訳ですけど。
つらつらっと一部分をまず上記「使用上の注意」を元にメモに書いた…そして後日、少しずつ書いていったら…何故か、こんな肉付けになってしまった。
…なんだろう、やっぱり私は何処かおかしい。
まあ、この時期(六月)でありながら異常に暑かった北国の所為だと思ってやってください(苦笑)。。

久々の一人称、イザークさん視点です。緊張しました(笑)
でも文章って面白いですね。前回の「君に帰す」も同じくイザークさん視点であるのに、三人称と一人称で印象違って楽しめる。 一人称だと結構制限があるので、難しいのは難しい。でも当人の気持ちをびしばし書けるので、面白いのも確か。特に殿は、感情込めやすい方であるので。
ニュアンス掴んで頂けたかな…その辺は、他力本願的要素が多いですけど、原作の呼吸でどうか掴んで頂きたいなと思います。

最初は、本当、「取扱説明書」的な感じで捉えておりました。
長いタイトルで、すみません。ええ、あれ全部が今回タイトルですから(苦笑)
医薬品的イメージでの使用上の注意になりました。これも取扱には注意…必要ですからネ(笑)

タイトルどうしようと考えていた時に、パソコンのモニターを置いている棚に転がってた薬の小箱の文字が、ふと目に入ったのです。 配置薬のモノなんですけど、「新ジキナ顆粒 第2類医薬品」(笑)
(富●薬品さんお世話になってまーす♪)
薬かあ…薬、薬…「用法、容量を守ってお使い下さい。ピンポ〜ン♪」…というアレが浮かんで、おおぅ♪(笑)
で、第二類医薬品って何よ? とネットで調べましたら、「その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害が生ずるおそれがある医薬品」だという。
第一類というのもあって、こっちはもっと重篤で、「その副作用等により日常生活に支障を来す程度の健康被害が生ずるおそれがある医薬品のうちその使用に関し特に注意が必要なもの」だという。
ほぉぉ、これは使用法を充分注意しなくてはならんから、ノリちゃんは第一類だな…と、目が爛々(笑)
しかも、「医薬品」を「癒し品」にチェ〜ンジ(笑)まあ意味的には一緒だから、これも、おおぅ、イイんでないかぃ? と素直に決まった訳であります。
最初のタイトルには「新MEZAME顆粒」としてました(笑)まんま目覚め〜。でもなぁ、途中から、顆粒って苦いよね(中には甘いのもありますが、基本顆粒は苦いと)…と思い。 なら糖衣錠だな、うん、これなら甘い。で、MEZAMEもやめてアジールにして...と。
シロップは後から考えました。最終的にはシロップ剤ではなく、栄養機能食品扱いにシロップの位置を定めましたけどね。 これも棚に転がって(ぉぃ)いた某社の「マルチビタミン」が目に入り…ええ、もう、お察し頂ける方はお解りかと思いますが、これも「君に帰す」の後書きでちょい触れた「栄養補給」的考えに通じてます。
シロップって何よ、いや別に、栄養食品なので、プロテインシェイクとかでも良いんですけど、まあ皆様で脳内補完を宜しゅうです。私はこれ以上は、書けない、多分恐ろしくて、書・け・な・い(笑)
ええ、ノリちゃん自らが生み出す特製甘々のシロップですよ、奥さん!!←大真面目。でも塗れたい…
恥ずかしいので、白文字。しかも、字もっとちっちゃいですから(苦笑)

...ちなみに、ノリちゃんが生み出すシロップは七種類。
一つは心掛け次第では甘く出来るシロモノ。後の六つはどれも実際全然甘くなーいです。でも殿にとっては、どれも多分に甘いんだろう。
ただ、内二つは、引きつり笑いをかますほどマニアック気味。考えた自分も引きましたから(苦笑)まあ、イメージ損なうこと請け合いです。
いや、後の五つもイメージ損なう可能性は大ですけど…(汗)
当てられた方は相当強者です。いや、当たっても何も差し上げられんですけど。←おぃ。
つうか、何考えてんだよ、と言われそう…はぃ、暑さの所為です、すみません(滝汗)
でもねぇ、宿命だの呪いだので泥沼に塗れ血に塗れですから、もう何であってもOKでしょ…と思うんですけどね。
ノリちゃんまみれで、幸せ…ずぶずぶ。
一部分だけ種明かし。「●●き」「●み●」「あ●」「み●(←●い●●とも言う)」「●●●う」「し●」「●●う」
以上七種類...ええ、とんでもない寝言です、すみません。何せ、自分が自分に一番呆れてますので...(苦笑)
でも弁明をさせて頂きますと、最初浮かんだのは、前四つだけだったんです。本当です...(滝汗)
後から、あれ、ひょっとしてこれも?...とか思って、暫しの時を置き、自分に引いた次第(沈)
あっ、回答は別に募集しませんから!! もし解ってしまった方は忘れちゃってください。
で...密かに管理人を軽蔑してやってください...(遠い目)


…昔、水飴が好きで、台所の棚にあったのを盗み食いをして、母に叱られましたっけ(遠い目)
甘いものは至福の境地に浸れるんですよ。同じ理由で蜂蜜も好きです私。蜜、甘いんですよね、蜜ぅ…はあ〜、至福ぅ
という訳で、姉妹品の甘々シロップは、イザークさん専用です(笑)
癒し成分は他の方にもお分け出来るけど、シロップは、これはもう「ノリちゃん印」なので…
そうですね、摂取時期は、うん、朝だの夜だのと定めずに、殿の好きな時でどうぞ。…という按配でありましょうか。
もう説明要らんですね(苦笑)

おまけ二種(笑)については、本編中で書き切れなかった後日談でして。
お気付きの方いらっしゃいますかね。何処かの何か(笑)のエピソードを実は入れてます。
後日談というか、実はこれって、新婚一ヶ月の中でのエピソードなもんですから、あっちこっち関連性があるんですよ。
本編中の休みと休みの間にも、実は国境付近の例の仕事が入ってたりする…(苦笑)
なもんで、おまけに組み入れてみました。
裏でこんな遣り取りもなされていたという、考えたら面白かったです。
殿とノリちゃんが中心の話ばかりで恐縮なんですが、バラゴさんやアゴルさんも大事な人達…(笑)
この方達ももっと話に入れなくちゃならん〜〜〜という思いは満々なんですけどね。
で、つらつらっとガーヤさん視点の話もおまけにしてみました。
指輪の交換はやってない。結婚指輪のような概念が向こうにあるかどうかは解らない。でも何か既婚者と独身者を分けるような飾り方があるんじゃないか…と思いまして。
で、結び目を左(すみませんねぇ、左というのが離れなくって…)に持っていってみました。
イザークさんのは普通に縛って余り布は後ろに垂らしてますね。ノリちゃんの場合は余り布は垂らさず、帯の場合のように中に入れ込んでます。 「サージ トワーフ エニハン」って奴です♪
布を細くしないで、ある程度拡げた状態でやると、これが鍔なし帽子のような格好にもなる。
ひかわさんのイラストでも、彼女の被り物やらバンダナ巻いてるのやらありますよね。実に可愛らしい。 うん、似合うと思うんですよ〜。
自分は既婚者だよ〜〜〜んという、ノリちゃんの気遣いから発生した「おばさんへの相談」エピソード。
本編中に出てきた、最後のノリちゃんのお願い(湖へピクニック♪)はカンザ湖でのエピソードに繋がってます。
いやぁ、色々考えると、面白いです♪


最後に、どうでも良い事なんですが、箱に書いてある「第2類医薬品」の数字が実は丸付き数字、いわゆる機種依存文字なんですよ。 表示されない方が出ると拙いので、普通の数字にしてます。ええ、どうでも良い事です(苦笑)
という訳で… 用法・容量を守って、皆様も正しく目覚めを活用致しましょう♪
ピンポ〜ン♪

夢霧 拝(10.07.02)






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