・・・ 好きな色 ・・・


「ねえ、あなた。」
「うん?」
 瞳を上げずに、彼は答える。ソファーに長身を沈め、左腕に抱えた赤子を見つめていたから。
 赤子は元気に哺乳瓶に吸いついている。小さな左手で父親の黒髪をひっぱりながら。その横では、父親似の息子が、ミルクを飲む妹の顔を覗き込んでいる。
 居間に爽やかな柑橘類の香りが広がった。夫に話しかけつつ、食後のデザートを持って、最愛の妻が台所から入って来たのだ。
「好きな色って、何?」
「…えっ…?」
 黒い切れ長の瞳を、赤子から妻に向けた。
「母さま、食べていい?」「ええ、汁に気を付けて、トウガ。」

 果物の皿を息子の前に置く妻に、彼は尋ねた。
「なんでまた急に…。」
「昼間、ガーヤさんとジーナが、ちょっと来たんだけど…その時、そんな話題になって…。」

 レーンが生まれて、トウガもまだ幼く、何かと大変だろうと、ガーヤとジーナはほぼ毎日顔を見に来てくれるのだ。そこで、どういう流れか、好きな色の話になったのだ。

「その時、そういえば私、あなたに好きな色、聞いた事なかったなぁって」
 照れたように肩を竦める妻を前に、彼は内心困っていた。好きな色など特別意識したことがなかったので。
「…何色が好きだと思う?」
「えー、ずるーい私が質問したのに。」
「クイズなの? 父さまの好きな色あてるの?」
 二人のやりとりを聞いていたトウガが楽しそうに小首を傾げる。
「ああそうだ。」
 すっかりミルクを飲んだレーンの背中を軽く叩きながら、彼は悪戯に口の端で笑う。
「うーん。やっぱり濃い目の青緑かな? 出会った頃も、よくそういう色の着てたし…。」
「ぼくも青緑って思うー。」
「…二人とも、当たりだ。」
「ほんと?」「わーい!」

 最愛の者達がそう言うのだから、それがイザークの「真」なのだ。ノリコに初めて本心を曝した7年前のあの日からそれは変わらず、これからもそうなのだ。
 腕の中では、満腹のレーンが、寝息をたてはじめている。このあたりも母親譲りだ。
 ランプの穏やかな光。ノリコもトウガも、笑顔で果物を食べている。
 穏やかな夜の始めである。





・・・ 好きな色 おまけ ・・・


 アゴルから今日は遅くなると聞いていたので、ジーナはシヴァと先に夕飯を食べていた。
 今年15歳のジーナは、占者として益々各国から請われる能力を有している。最高位占者として、各国上層部の晩餐に招かれることも多い。
 しかし、そこで振る舞われる一流料理人の作った食事より、シヴァの作ったこれは、ずっとずっと美味しい、とジーナは思い、それはまた贔屓ではなく事実だ。その腕はジーナの為にしか奮われないが。

「シヴァ。」
「はい、なんでしょう。ジーナ様?」
 美味しい、美味しいと可愛い口を動かすジーナを、満足気に見ていたシヴァは、にっこりとする。ジーナから与えられた名を、ジーナ本人から呼ばれることは、無類の喜びなのだ。
「シヴァは何色が好き?」
「私の好きな色ですか?」
 一緒に食べて、というジーナの言に従って同じテーブルに着きつつも、彼女の左側に座り、彼はさりげなく、そつなく彼女の食事のサーブをしている。銀髪をしっかりと後ろに束ね、邪魔にならぬようにして。真っ直ぐなその髪は、ジーナの緩やかに波打つ金髪と対照的で、しかし、共にランプの光に輝いている。アゴルにして「二人並ぶと陽の光と月の光だな。」と言わせるのも頷ける。

「うん。今日ね、ノリコお姉ちゃんのところでそういう話になって、シヴァの好きな色が何か、私すごく気になって…。でも、シヴァ帰ってからは、ほら、夕飯の用意とか忙しそうだったし…。」
「そんなに、お知りになりたいのですか? 私の好きな色を。」
 世界の秘密を語るかの様に声を潜め、シヴァはジーナの左耳に唇を寄せる。
「うん、とっても知りたい。」
 今にも触れそうなシヴァの顔に瞳を向け、ジーナは頷く。

「…薄藍色(うすあいいろ)です。」
「薄藍色…そうなんだ、ありがとう、覚えておくね。」

 きらきらと、何も映せぬ瞳を輝かせ、ジーナはほっこらと微笑む。
 頬に一筋流れた絹のような金髪を、そっと後ろへ流してやりながら、シヴァはその紫の両眼に彼の「主」を映して、囁くように続けた。
「…ジーナ様の瞳の色ですから。」

 テーブルの花香茶の湯気が、ゆっくりと螺旋を描いている。
 ここでも夜は穏やかに更けていく…。





・・・ 好きな色 おまけのおまけ ・・・


「まったく、毎日毎日よく通うよな。」
「当たり前じゃないか、孫の顔、見に行ってるようなもんさ。」
「気持ちはわかるが、日中、店閉められると、客は困るんだがな。」
「だからその分、こうして夜遅くまで店あけてんだろぅ。酒までだしてさ。」
「まあな。」
(っていうか、あんたの晩酌に付き合わされてるっていうか…まぁ、ただ酒だし…)
 新しいスコップの使い勝手を持ち比べて確かめつつ、店のテーブルを挟んで、バラゴはガーヤにニヤリとする。左手で大きめのグラスを揺らしている。
「あの翼竜野郎が二児の父とはなぁ。」
「あんたも好い人探さないとねぇ。…あたしが探してやろうか。」
「…ははは…、自分で探すよ。」
 バラゴはゴクリと、弱くはないグラスのそれを煽る。しかし、ガーヤはニヤニヤしながら自分のグラスで喉を潤し、続けた。
「遠慮しなさんな。あんたも見ようによっちゃ、いい男だしさ。」
(見ようによっちゃって…。)
 話がややこしくなる前に帰らないと、とバラゴはグラスを乾した。が、彼女はお構い無しに話を続けている。
「あんたは、まあ剣の腕もたつし、案外器用だし、庭いじりも得意でさぁ。も少し、ぱりっとした格好をすりゃあ…。」
 なんだかんだ言っても、ガーヤにとってバラゴも可愛い( ? )息子みたいなものなのだ。
(そうだ、たまには服でも誂えてやろうかねぇ…。)

 どう暇乞いをしようかと選びとったスコップを弄びながら、バラゴはまったくガーヤの話を聞いていなかった。だから、彼女の声に反応が遅れた。
「ちょっと、聞いてんのかいっ。」
「へっ?」
「だからさっ、」
 バラゴのいかつい右手からスコップを取り上げ、他の買い物と一緒に袋に詰めながら彼女は繰り返す。
「あんたの好きな色、聞いてんだよ!」
「…あぁ、そうだな…、うーん。」
(そんなに、悩むことかねぇ…。)
 ほりほりと右頬を骨太の人差し指で掻きながら、考えている姿に、思わず笑いかけた女戦士の顔は、次の瞬間、固まった…。
「…薄桃かな?」
「ほぇ?」
「…あっでも一斤染(いっこんぞめ 赤みの薄い赤紫)もいいな。ラリーネの花はあの色が一番だ。」
「あの、バラゴ…あんたの服を…」
 引きつるガーヤに気付かず、すっかり花壇のコーディネートにバラゴの意識は飛んで行ってしまっている。
「緋色も黄丹(おうに)もいい、あっ承和色(そがいろ 鮮やかな黄色)もアクセントになる…。」

(聞かなきゃよかった…。)
 淡い桃色の上着を羽織ったバラゴを一瞬想像し、それを激しく後悔しながら、ガーヤは自分のグラスを乾した。
 夜はやはり穏やかに( ? )更けていく…。





〜 カメカメ様より 〜

 すみませんっ! やってしまいました。しかも人様の設定を利用して。すみません、遠当て、放たないでくださいませw(°0°)w。
 《好きな色》 そのまんまのひねりも何もない題名です。最初は《おまけ》のラストのセリフをシヴァ犬に言わせたくて妄想した産物。あーそいえば御本家の二人はどんなかな? ジーナ15歳ってことは、ノリコ25歳、イザーク27歳、トウガ君3歳、レーンちゃん1歳くらいかしら? わっイザークに哺乳瓶持たせたぁい 、げっぷまで世話させたぁい。過保護の対象、増殖だわ! で、ああなりました。
 《おまけ》 そもそもシヴァって誰よ! だす。ええ、私の妄想Worldの出身です。シヴァ登場ストーリーは、まったく力不足でまだかけない…。で、サイド小話になりました。もそっと甘くしたかったけど、これも力量足らずです。あの後二人がどうなったか知りませんが。ちなみにシヴァは左利き。←ドーデもいいって。
 《おまけのおまけ》 御本家の別カップル( ? )です。このあとガーヤは悪酔いしたに違いありません…。
 お暇なときに、本当にお暇なときに、厳しいご意見いただけませんでしょうか…。図々しいかとおもいますが…。よろしくお願いします。



厳しいご意見、宜しくお願いされちゃいました…。
ですから私はプロぢゃないですってば(^^; そんな権限ありませんですよー。
畏れ多いですよ、こんな素敵なお話(しかも三連!!)を寄せてくださって、いやぁどうしましょ、一晩中踊り狂っちゃいますよ〜、ヨイヨイ♪ってな感じで。
「おまけ」って言葉に何かとても得した気分になってしまう私です 〜( ̄∇ ̄)〜←単細胞。

娘の世話を臆せずこなすイザーク、もうすっかりマイホームパパではありませんかー、何だかジーンと来てしまいましたよ。
世話の仕方もまたさりげない、大きな手で娘の背をトントン…優しい笑顔で… うー、痺れました。も、私昇天…ダメです。
亜麻色か明るい茶系も好ましい色なのかもしれませんね、だって、彼の最愛の人の髪の色ですから。なぁ〜んて想像もしてしまいました、うふふ。
実は、最初読ませて戴いた時に、えっ…同じ名前? (トウガ&レーン)とドキドキした次第。←小心者。。
同じ設定にしてくださってたのですね(^^;
お子達の年齢は…… 当たらずとも遠からずってところでしょうか(但し我が家の設定の場合デス)。
少し考えるところありまして、はぃぃ。でもかなり近しいです、はぃぃ。

シヴァさん、お話を聞いて、どんな感じなのかな〜と思っておりました。
流石は十歳年上。凄く落ち着いてる感じ。大人の余裕って奴ですかね。
忠犬さんと伺ってましたが、ジーナと随分親密…ドキドキしますよ、耳に唇を寄せちゃうんですか? え、この後どうにかなってしまうんですか? え…ジーナまだ十五歳ですよ?←妄想し過ぎだってば。
いや、彼はジーナ大事でしょうから、きっと何も、はぃ何も、いえ何も。←ぢつはまだ動揺中、、すみません。

最後のお二人…イイっ! これも実にイイっっ!! 大受けでしたよ、もぉぉ。薄い桃色の上着、是非バラゴさんに着せてみたいデス(笑)。色の名にも感心してしまいました。まだまだ不勉強だったなと思い至った次第です。

萌え充填120%ー♪ カメカメ様、本当に素敵なお話を有難うございました。
えー、サイト立ち上げないんですか? 勿体無い…とまた一応お声掛け(^^;
素敵なお話、是非また寄せてください。お待ちしております。

夢霧 拝(09.03.31)


シリウスの夢
カメカメ様が4月にサイトを開設されました。ワクワクが一杯、とても素敵なお部屋です。(09.09.03追記)




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