グゼナの憂鬱。。 3 





さて・・・―――――

それから一週間ほどは、忙しく時間が過ぎていった。
町長に出した書簡の返事を待つ間、ノリコはゼーナを手伝ったり、アニタやロッテニーナと女の子同士の 他愛の無い話に興じたりもした。そして、庭でイザークとノリコが二人で過ごす時間も以前より格段に増え、 幸せそうに語り合う二人の姿を、他の仲間達が温かく見守っている。

だが、そのガーヤたちの表情がニヤニヤしているのが、なにやら少々気になるところなのだが・・・・・・。

ガーヤ、バラゴ、そしてアゴルの三人が何をしているかなど、幸せの真っ只中にいるこの二人には、気づく筈もない。



「万事手はずは整ったのかぃ?」

ガーヤが、バラゴに訊ねる。

「まぁな、町長からの返事が来た。凄く喜んでたぜ」

くくくっ・・・と面白そうにそう返事をするのは、バラゴ。

「イザークの出した書簡も届いているんだろ?」

と、これはアゴル。彼もまたその表情は楽しげだ。

「ああ、だが、俺達の方が早便で出したからな、万事上手く行けば、面白くなるぜ。向こうもやる気満々のようだし
 な」

と、これまた、可笑しそうに事の次第を話すバラゴ。少し声が大きい・・・

「しぃ〜〜、あまり大きな声で話すと、聞こえちまうよ」

ガーヤがたしなめる。

「おっと、いけねっ・・」

バラゴは口に手を当てる。だが、庭にいるイザーク達には聞こえていないようだ。
すっかり二人だけの世界にいる為か、他のものは一切眼中に無いといった感じだろう。

「ガーヤはまた向こうで店を出すのか?」

バラゴが訊ねる。

「ふふふ。ザーゴからたっぷり礼金を貰ったから、店を出してもまだ充分に釣(つり)がくるよ。夢をもう一度さ!」
「ああ、楽しくなりそうだな・・・」

アゴルも今後のことでは、ジーナと共に楽しみなのだ。特にジーナは、新天地での暮らしを楽しみにしている。

元凶を倒した事では、その功労者に対し、ザーゴ国から多額の謝礼が支払われていた。勿論、各国の 建て直しの旅を続けていたイザーク達一行には、それぞれの国からも別途謝礼が支払われている。 ともすれば、暫くは充分に遊んで暮らせるような金額だったが、元より働き者の彼等には、遊んで暮らす つもりなどなく、新天地での拠点作りの足しにするつもりなのである。彼等には、すっかりその計画が 出来ているのだ。


「で、あんた達の職の方はどうなってるんだい?」

ガーヤは店があるが、バラゴやアゴル達は職を見つけなくてはならない。

「それについては、万事心配するなとさ。職なら幾らでもあるらしいぜ」

バラゴがまたも楽しそうに話す。アゴルもそれに続く。

「ああ、仕事は回してもらえるそうだ。まあ、選ばなければ、何だって出来るさ。俺もジーナがいるから、都合がつけば
 それでいいと思ってるからな・・」

「そうかい、それは何よりだね。でも、ジーナは占いで、生計を立てられるようになるんじゃないかぃ? その内に、アゴル
 の稼ぎを追い越してしまうかもねぇ・・ふふふ」

「おいおい、冗談はよしてくれガーヤ。ジーナはまだまだ子どもだ。俺がしっかり養ってやらなくちゃならんのだからな」

「ああ、勿論解かってるさ。だがね、心配しなくたってジーナはあたし等皆で育てていけるよ。それに、ジーナはしっかり
 してるからねぇ」

「そうだな、父親のアゴルとは違い、失言は無さそうだしなぁ」

バラゴはまたもにんまりしながら、アゴルに振る。これに対しては、アゴルも苦笑せざるを得ない。

「バラゴ・・おまえまで・・・それを言わないでくれ・・・」

そして三人は、可笑しそうに笑う。
どうやら、職の心配は一切無さそうだ。心配すべきは、アゴルの失言だけか。


「で、あいつらは、いつ発つと言っているんだ?」

「ああ、町長からの返事が来たら発つらしいよ」

「じゃあ、ここ二〜三日の間って感じか・・・くくく・・・楽しみだな」

「ガラが悪いね、あんたも」

ガーヤがにんまり笑う。

「お互い様だろ? ガーヤもなっ」

バラゴも同じく返す。

「ま、今回に関しては、皆同罪だな」

アゴルもこの先のことを想像しながら、笑う。


三人の笑いは、庭で話をしていたイザークとノリコのところまで聞えてきた。

そちらの方をチラ・・と見たノリコが口を開く。

「ガーヤおばさん達、さっきから楽しそうに話してるけど、いったい何の話なんだろうね?」
「さぁな、この頃あいつ等で一緒になって話しているみたいだが」
「あたし達みたいに、今後の事かしら」
「そうかもしれんな」

二人視線を合わせて微笑う。

「でも、本当に楽しみ・・・広いお花畑もあるっていうし、それに来年の花祭り!・・・今度はゆったりした気分で、お祭り
 見物が出来るね」
「そうだな・・・、あの時は、俺たちは逃げている身だったから・・・ だが、今度はもうそんな心配もない。ゆっくり楽しめ
 るな」
「うん。カイザックさんの祭神も見れるね、楽しみ。・・・でも、イザークの祭神もステキだったなぁ〜・・・」

ノリコは、その時のイザークの祭神の姿を思い出して、うっとりした瞳になる。

「おぃおぃ、幾ら何でも俺が祭神をやる事はもうないだろう・・・、カイザックだって、もう怪我などしないだろうからな・・」
「うん、そうだけど・・・ あの時のあなたの起こした奇跡・・・ 今でもはっきり思い出せるのよ、ここにね・・・」

そう言いながら、ノリコは笑顔で自分の頭を指差す。

「ここにしっかり記憶されてるの。あなたのカッコイイところ、全部。ふふふ・・」
「ノリコ・・・」

ノリコが自分の事をそんな風に楽しそうに話すので、イザークは苦笑する。
だが、彼女の笑顔を見ているのは、楽しい。

花の町のことを思い出せば、あの逃げている時の悪夢もまた思い出すのだが、これからの彼女との暮らしは
そんな心配などしなくても済むだろう・・・ 思いを馳せながら、イザークもまた笑顔になっていた。

ノリコを守る為に自分のこの力を使う・・・そうあの時に感じていた気持ちは、今も少しも変わってはいない。
これからも自分は、ノリコの傍で、彼女を守りながら生きていくだろう・・・
笑顔で話すノリコを見つめながら、そんな事を考えていた。

だが・・・
ふと・・・イザークの頭の中に、あることが思い浮かぶ。

そういえば、何故・・・あの時、ノリコは・・・あんな事を――――


「ノリコ・・」

おもむろに口を開く。

「なぁに? イザーク・・どうしたの?」

イザークが真顔で名を呼ぶので、ノリコは少し不思議そうに微笑う。

「一つ、訊いてもいいか?・・」
「え、いいけど、何?・・・もしかして、またからかうんじゃあ、やぁよ」

悪戯に微笑いながら牽制したので、イザークはやや困ったような顔で苦笑した。

「いや、そんなつもりはない。・・・ただ、気になった事があるんでな・・・訊いてみたくなっただけだ・・」
「そうなの・・・で、何?」

「・・・ノリコ、なんであの時、俺が呆れたと・・・そう思ったんだ?」
「えっ・・・」

イザークの質問でノリコは動揺する。また少し顔が赤くなったようだ。

「あの・・・それって・・・あたしが訊いた、グゼナ国境での・・・?」
「・・そうだ。・・・どうして、そんな事を考えたのかと・・・ふと思ってな」

その言葉でノリコは俯き、暫く応えられずにいた。
それでも、イザークはノリコが応えるのを黙って待っている。
暫くして、ようやくノリコは口を開く。・・・その顔はやはり赤いままだ。

「・・・あの・・・笑わないでね・・イザーク・・・」
「?・・ああ」

胸に手を当てると、やはりドキドキしている。
顔を上げ、彼の顔をチラと見る。イザークは穏やかな表情だ。
それでも、まともに顔を見ながらではとても話せないので、俯いたままで、話し始める。

「・・・あのね、・・・あの・・がっかりさせたら・・・申し訳ないと・・・そう思って・・・」
「?・・・がっかり?・・・どういう事だ」
「え、えと・・・あたしって、ほら・・・背は低いし・・・身体だって・・その、貧弱だし・・・ だからあの時・・・凄く・・・その・・・
 自己嫌悪になっちゃったの・・・」
「・・・・・」

女心とは誠に微妙で、時に酷く厄介なモノらしい。

ノリコの《自己判断基準》とイザークの彼女を見る目とは、どうも全く噛み合ってない。
だから何故ノリコがそんな事を思い悩むのか、イザークにはまるで解からない。

「・・・どうして、そんな事を・・・」

イザークに真顔で訊き返され、ノリコは焦って自分の気持ちを吐露する。
身体の前で両手の人差し指の先をくっつけ、恥ずかしげにもじもじしながら・・・

「だって・・・ あの時あたし、必死の思いであなたに告白したのに・・・気を失っちゃって・・・ それだけでもショックだった
 のに・・・手当てしてくれたのは・・・あなただって聞いて、その・・・身体きっと見られちゃってるよね・・多分、イザーク、
 呆れてしまっただろうなって・・・ そう思ったら・・・凄く落ち込んで・・・」
「ノリコ・・・」
「きっとあなたは、綺麗な女の人を・・・たくさん知ってるんだろうな・・って・・・それなのに・・・ あたしみたいな・・・
 チビで・・・貧弱で・・・ えと・・・その・・・このまま結婚して、もし、がっかりさせてしまったら・・・申し訳なくて・・・」
「つまり、その綺麗だという女達と、比べた訳か?・・・それで俺が呆れてがっかりすると・・・そう言いたいのか? ノリコ・・」
「・・・・・」

ノリコは真っ赤のまま、黙って頷いた。
イザークは暫く黙っていたが、一つ小さく息を吐く。

「ノリコ、おまえは、鏡を見た事があるか?」

笑うでもなく、そして無論呆れるでもなく真顔でそう訊ねる。

「え、・・うん、勿論あるけど」
「誰かと見比べた事は?・・・そうだな、例えば・・・宿の湯場でとか・・・」
「それは・・・たまには、綺麗な人とお風呂で一緒になる事もあったけど・・・」
「・・・それで、自分が見劣りすると・・・そう感じたりした訳か?・・」

ピクン・・・ 身体が震えた。
自分でも凄く情けない思いに駆られてしまうが・・・

「・・・う・・ん・・・そういう時も・・ある・・・」

彼女の声は、やはり消え入りそうに小さい。

「そうか・・」


その後、暫くイザークは何かを考えているようだった。
彼に笑われないのは有難いけれど、沈黙が続くのには、ノリコも少し不安を感じてしまう。
やはり情けない思いは拭えない・・・ また新たな自己嫌悪に陥りそうだった・・・

だが、そんな思考の深みにノリコがどっぷり浸かりそうになっていた時、

「ノリコ・・」
「え、はぃ」

不意にイザークに呼ばれ、流石にノリコはビックリした。無意識にその姿勢を正してしまう。

「どうもおまえは、随分と取り越し苦労をしているようだ。・・この際だから、言っておくがな・・、」
「?・・・」
「俺は、その《綺麗な女》とやらを、知らんのだ」
「・・・・え?」

意味がよく解からずに、今度はノリコがイザークをじっと見つめてしまった。

「まあ確かに・・・酒場で飲んでいる時に、言い寄って来る女達もいるにはいたが・・・ そうした趣向に興じる事に、
 意義を見出せなくてな・・・」

視線を彼方の方角に向け、イザークは言う。

「一人だと宿に泊まる事の方が少ない。ノリコと出会う前は、殆どが野宿だ・・・ 人との関わりは殆ど持った事が
 ない・・・無論、女とのそういう関わりも・・・」
「イザーク・・・」
「・・・だから比べようがない・・・無理なんだ・・」

イザークの話すことを、ノリコは惚けたようにずうっと聞いていた。

「意外だと言いたげな顔だな」

ここで初めて、イザークは口の端の片方をくぃっと上げた。
ノリコは惚けた顔のままで、ゆっくり頷く。

「宿命という枷、先の自分がどうなるのかさえ解からない・・・ そんな状況で、慰めを得ようという気には、とても
 なれなかった・・・ 人に気を許してはいなかったし・・・まあ・・単に厄介事を避けていただけなのかもしれんがな」

言いながら、苦笑する。

「それに・・・」

言い掛けて、イザークは更に笑う。

「 ? 」
「いや、何でもない」

たとえ・・・その場限りで後腐れがないとはいえ・・・愛してもいない女を抱く趣味は、俺にはない・・・

・・・そう思ったが、心の中に留めることにした。
そしてベンチを立ち、ノリコをチラと見つめて微笑い、東屋から庭に出る。
ノリコも視線で彼を追っていたが、同じく立ち上がり、その後に随った。



季節は既に秋に入っていたが、庭の花々の彩はまだ衰えを見せてはいない。

イザークは花に目を遣り、そして、じっと目を閉じる。
ノリコは、少し離れたところに立っていた。その瞳はイザークをずっと見つめている。

そして、イザークは目を開けた。

「・・・もう一つ、訊いてもいいだろうか」
「?・・うん」

「あの時、天上鬼の姿になった俺を見て、・・・・ノリコはどう思った?」
「え・・」

イザークは振り返り、ノリコを見据える。

思いも寄らなかった質問に、ノリコの心はまたも揺れた。
だが、

「・・・ぉ・・驚いたけど・・・・・・でも・・・・・」
「恐くは・・・ なかったのか?・・・」

イザークの問いに、ノリコは黙って頷く。

「普通とは違う力を持っていても?」
「だって・・・イザークは最初の時から、あたしを助けてくれたもの・・・優しい人だもの・・・それを知ってるから、だから
 恐いとは思わなかった・・・ あの時のあなたは、凄く辛そうで・・・姿が変わってしまった事で、酷く悲しんでいるように
 見えた・・・ だから恐いなんて、そんなの思った事はなかったよ・・・ それにイザークは、どんな姿でもイザークだよ・・
 あなたがどんな姿だってあたしは、あたしは・・・大好きだもの・・・」

ノリコの瞳は少し潤んでいるように見えた。ノリコにとっても、イザークがどんな姿であろうと、最愛の人には変わりないのだ。
そんな風に必死で自分の気持ちを話すノリコに、イザークは満足そうに微笑う。

「異形の姿を晒し・・・ そして、人とは違う・・・全てを破壊し得る強大な力を持つ・・・
 そんな俺を、無条件で受け入れてくれたノリコに、俺ががっかりすると思うのか?」
「イザーク・・・」
「そんな筈がなかろう・・・ 違うか?」

瞳を見開き、ノリコは、イザークを見つめた。
どうしてイザークがさっきの質問を自分にしたのか・・・
彼の穏やかな笑顔を見ながら、何かすぅーっと腑に収まる・・・そんな気がした。


ノリコは頬を赤く染め、「違わない」という意味で、小さく首を左右に振った。





「ん? イザーク達、なんか様子がさっきと違うねぇ」

さっきの雰囲気と違う二人に、ガーヤが心配の声を挙げた。

「お? そうだな、なにやら深刻そうだぜ。もうはや、夫婦喧嘩か?・・・おーい! イザーク、どうした!? 夫婦喧嘩には、
 まだ早いぞ〜!」

バラゴの大きな声が聞えてきて、イザークとノリコもそちらに振り向く。

「そんな事、誰がするかっ!」

笑いながらイザークはそう返す。ノリコも赤くなりながらも、笑顔を返した。


「そんなんじゃないのに・・・喧嘩してるように見えたのかなぁ・・・ごめんね・・」

ノリコが申し訳無さそうにイザークに謝ると、イザークも、

「いや、少し真面目な話をしていたからな・・・ だが、多分これからも喧嘩にはならないと思うぞ」
「え?・・」
「おまえが怒る前に、多分俺が先に謝っているだろうからな・・・」

腕を組みながら、ニッと笑う。

「イザーク・・・?」

これにはノリコも真っ赤になりながら、その目を見開いた。
そんなノリコをイザークは微笑いながら抱き寄せ、すっぽりと腕の中に包んでしまう。
そして、そんな風に抱き寄せられ、ノリコはまた心臓の鼓動が一層早まるのを感じた。




「お、深刻そうな話かと思えば、今度はイチャイチャか」

バラゴが苦笑しながら言う。アゴルも笑っている。

「ま、あいつらはいつも仲がイイから、たまには夫婦喧嘩も一興かもなぁ・・・」
「ちょっとバラゴ、よしとくれ。縁起でもないっ」

これには、ガーヤも少々ピシャリと釘を刺す。

「うへっ・・冗談だよ、冗談・・」

ガーヤに睨まれて、慌ててバラゴは訂正した・・・・

「まったく、失言するのはアゴルだけで充分だよ・・・」
「・・ガ・・・ガーヤ・・」

これにはアゴルも、顔が引き攣るのを隠せなかった。







それから、更に五日ほど後の事・・・・

この日イザークとノリコは、バラチナへ出発する事となっていた。


部屋で、ノリコは荷物を整えている。

「支度は整ったのかい? ノリコ・・・」

ノックをして、ゼーナが入ってきた。振り返り、笑顔でノリコは応える。

「はぃ、もうすっかり。お世話になりました、ゼーナさん」
「こっちこそ、ノリコにはすっかり手伝って貰っちゃったねぇ、本当に助かったよ、ふふふ」

「向こうの町長にもよろしく伝えておくれ。それから、式の日取りが決まったら、すぐに知らせるんだよ?」
「あ・・はぃ・・」
「式には必ず駆けつけるからね。本当に楽しみだねぇ、あんた達の式が」
「ゼーナさん、ありがとうございます・・」

頬を赤く染めて、ノリコは嬉しそうだ。

「ガーヤおばさんとも、一緒に来てくださいね?・・また向こうで会えるのが楽しみです」
「え?・・・ガーヤならあんた達といっ・・」

ゼーナがそこまで言い掛けた時、

「ノリコ・・」

開いている部屋の扉をノックして、身支度をすっかり整えたイザークが入って来た。
ノリコの笑顔が一段と明るくなる。

「イザークっ」
「支度は出来たか?・・・そろそろ出掛けるぞ」
「うん、もうすっかり用意は出来てるのよ。ふふ、まだ他の皆に挨拶が済んでないから、それが終わってからでいい?」
「ああ、俺も、あいつ等には声を掛けていく」


昨日、花の町の町長から返事が届いていた。
受け入れの手はずは全て整えてくれるとの事で、町長も、カイザックやニーニャも共に、二人の到着を心待ちにしていると、したためてあった。
町の受け入れ態勢も万全で、これで心配すべき事は何もないかのように思えた。
・・・の、筈・・・だったのだが・・・・・・

居間では、ガーヤ、バラゴ、アゴル、そしてジーナも今日出発するらしく、旅装を調えて待機している。
そして、先程からアニタとロッテニーナもいて、談笑しているところだった。
そこへ、イザークとノリコがやってきた。更にその後ろからゼーナも入ってくる。

「あれ、ガーヤおばさん達も、今日発つの?・・・でも、おばさん、ここでゼーナさんと一緒なんじゃ・・
 それに、バラゴさんやアゴルさんは、何処へ出発するの?」

旅支度の皆を見て、ノリコが訊ねた。今日、他の皆も出発するというのは聞いてはいなかったのだ。
だが、ガーヤたちはニヤニヤしている。
イザークが怪訝な顔で、皆の顔を窺ったところで、バラゴが得意げな顔で種明かしをした。

「イザーク、ノリコ。俺たちも今日出発するんだぜっ、おまえ達と同じ花の町へよっ!」

ガーヤもアゴルも同じくニヤッとしながら、頷いた。これには、イザークもノリコも仰天する。

「なに・・!?」
「バラゴさん、アゴルさんにジーナも、それにガーヤおばさんっ、皆・・・一緒に?」

驚いている二人に、ガーヤが言う。

「あたし等もね、花の町の町長に書簡を出したんだよ。で、皆で揃って今日行くのさ」
「向こうでも、楽しくやろうぜ、イザーク、ノリコ」
「俺とジーナも、よろしくな」

バラゴとアゴルも同じく挨拶する。

「・・・ち・・ちょっと待て・・・どういう事だ、これは・・・なんで・・・ガーヤに、おまえ等までもが・・・」

イザークは、まだ信じられないという様子で、問い質す。

「ああ、あたしは向こうに店を持とうと思ってるのさ。ザーゴからたんまり礼金を貰ったからねぇ」

と、ガーヤはにっこり。

「俺は、ジーナがな・・・、ノリコと同じ土地で暮らしたいと望むんで、それで決めたんだ。俺は何処でも構わないと思っ
 ている。だが、占者のジーナが近くにいれば、何かと都合もいいだろう?」

アゴルも、ジーナの肩に手を添え、ニヤリとした顔で語る。

「ジーナはノリコが大好きだもんねぇ〜」

ガーヤはすかさず合いの手を入れた。ジーナもにっこり笑っている。

「俺はな、イザークと一蓮托生の道を選んだのさ」
「なに・・・?」

眉を顰めて、イザークはバラゴを見る。

「おまえ達の行く末は気になるしよ。それに、覚えてるだろ? 俺が今こうしてるのは、イザーク・・おまえがきっかけとなってるからなぁ〜・・・」

言いながら、くくく・・・と笑う。

「ちょっと待て。・・・あれは冗談ではなかったのか?・・自分でそう言ってただろう、バラゴ・・・」

バラゴの言葉に、イザークの顔がやや引き攣っている・・・・・

「ああ、あれか?・・・あの時は確かに冗談だと言ったけどな。気が変わったっ」
「なに?」
「やっぱりなぁ、おまえとは死なば諸共だぜ? イザーク。・・・言ってみれば『運命共同体』ってヤツさ」

「なっ・・・」

運命・・・共同体・・・ いつの間にそんな事になっている・・・
俺は、そんなつもりは毛頭無いぞ・・・

あまりの展開に、イザークは言葉を失う。
ノリコとの静かな暮らしを描いていたのが一瞬にして崩れていく。
そんな悪寒にも似た感覚に襲われ、背筋に厭な汗が流れた。


だが、声も出せないイザークを他所に、ノリコは途端に笑顔がいっぱいになる。

「じゃあ、皆とまた向こうで一緒なのね、きゃあー! ジーナっ!」

そしてジーナの手を取ると、二人でぴょんぴょん飛び跳ねた。

「うふふ。これからも、ずうっとノリコと一緒だね」

ジーナもとても嬉しそうだ。どうやら、この事態に引き攣っているのは、イザークただ一人か。

「イザーク、皆とまた一緒だなんて、楽しくなるね。良かったぁ〜!」
「・・・ノリコ・・」

ノリコの嬉しそうな笑顔に、イザークは脱力した。

何故にそこまで喜ぶ・・・・?

いや、・・・ノリコとはこうなのだ。これが彼女の魅力であり、そこが可愛いところでもある。
だが、同時にまた、それがイザークを困惑させる事にもなっている。ノリコにしてみれば、親しい愛すべき人達と、こうしてまた一緒に いられる事・・・これが嬉しい。ただ、それだけなのだ。

解かっている、解かってはいるのだが・・・・

「・・・なんで・・・こうなる・・・」

イザークの気分は複雑だ。
だが、喜んでいる笑顔のノリコに対し、彼は強く言えない・・・


「それと、今更変更は出来ないからね、イザーク」
「・・・は?・・」
「もうあたし等の住処の手配もしててくれてるし、あんた達の住処の目星もつけてくれてる筈だよ」
「・・・ぇ・・・・」
「それにね、向こうに着いたら、すぐにノリコの衣装の仕立てに入るんだからね、そのつもりでいなさいよ、イザーク」
「・・・・・・・・」

着いたらすぐ・・・だと?・・・ そんなところまで話が進んでいるのか・・・・

そりゃ早いに越したことはない・・・ ないが・・・・
自分の知らないところで、こうも勝手に事が運んでいるとは・・・・
あまりの不意打ちに、イザークは言葉も出ない。

「え、衣装の仕立てって・・・」
「そうさ、あんたの婚礼の衣裳だよ?楽しみだろ?」
「本当に? そんなに早く準備に入れるなんて・・・」

婚礼衣装と聞いて、ノリコの頬が赤くなる。その表情は嬉しそうだ。

「イザークもそれなりに町長へ根回ししているだろうけどね、こっちはあんたよりも先にそれが済んでいるのさ。
 こういう慶事は、早いとこやっちまうに越した事は無いしね。どうだい?イザーク、あたし等にも手伝わせておくれよ、
 良いお式になるようにね。・・何せ一生の晴れ舞台だ! ノリコをキレイに着飾ってやらなくちゃね!・・・・ちょっと、
 聞いてんのかい? イザークっ」

「そうか・・・全てガーヤが仕組んだんだな?」

あの時、しつこい程に移転先を訊いたのは・・・・・・この為か・・・

「人聞きの悪い事言うんじゃないよ。皆の意見と希望が一致したってだけさ。それにね、式だって早いとこ挙げて
 しまって、早く二人で暮らせる方がイイに決まってるだろ?それの手伝いなんだ、何も悪い事はあるまい?
 イザーク、あんたは、早いとこ住む場所を決めてしまうんだよっ。手直しならばともかく、新築なら日数も随分要る
 だろう。ああ、なに惚けてるんだい? 男は決める時には、ビシっと決めなくちゃだめだよ!」

ガーヤの台詞、それがいちいち・・・・ だが、もはや反論する気も萎えた。

「町長もその娘夫婦も、あんた達にとっちゃ顔見知りなんだろ? 凄く張り切ってるようだね。全面的に協力すると言っ
 てくれてるよ。本当に楽しみだねぇ〜〜!」

「そういう事だから、イザーク、観念するこった。俺たちも全面的に協力するぜ」
「ああ、俺もジーナもな」

バラゴもアゴルはニヤリと笑い、イザークに手を差し出す。
同じくガーヤも、イザークに手を差し出した。

「これからも、ヨロシク頼むよっ!」

三人に揃って手を出されてイザークはぐっと言葉に詰まるが、笑顔を崩さぬ彼等にどっと疲れが出たかのように、深いため息を漏らした・・・

「解かった・・・ もう・・・ 好きなようにやってくれ・・・」

額に手を当て、諦めたようにイザークは呟いた。

勿論、ガーヤ、バラゴ、アゴルの三人が、してやったりという顔で揃ってにんまり笑ったのは・・・言うまでもない。




こうしてイザーク達一行は、ゼーナやアニタ、ロッテニーナに笑顔で見送られ、馬でグゼナを後にした。

先頭をバラゴとアゴル。アゴルは前にジーナを乗せている。そしてその後にガーヤ。
イザークはノリコを自分の前に乗せ、一行の最後についていた。

が、イザークは・・・ふっ・・・と薄く笑う。

「 ? 」

馬の手綱を握り直し引き寄せるイザークに、ノリコが不思議そうな顔を向けた。 そんなノリコに、イザークはややニヤリとした顔で告げる。

「ノリコ、飛ばすぞ。・・・いいか?」
「え、・・うん。でも、どうしたの? 急に・・」
「仕返しだ」

言いながら、くくっ・・・と笑う。

「え・・」
「知らん間に出し抜かれたからな、その仕返しだ」

ノリコの肩を抱くように引き寄せ、その耳元に唇を近づけ囁くと、更に口の端で笑う。
悪戯に妖しく光る瞳に、ノリコも目を見張る。

「イザーク・・・」
「掴まってろ、行くぞ」

言うが早いか、馬の手綱をピシッと波打たせる。そして馬は嘶き、歩を走りへと変えた。


「悪いが、先に行かせて貰うからな、ガーヤ」

ガーヤの傍を通り抜け際、横目でイザークは笑う。

「あ?」

不意にそう言いながら自分を出し抜くイザークを、ガーヤは驚いた表情で見返した。

「イザーク!」

ガーヤの声に、バラゴもアゴルも振り返る。その横を、ノリコと、そしてしたり顔のイザークを乗せた馬が、駿足で駆け抜けた。

「ぬ?・・・お、おい、イザーク!」

「先に行くぞ! おまえ等は後からゆっくり来い!」

彼等を出し抜く際にも、イザークはやはり笑っていた。ノリコだけが、やや申し訳無さそうに遠慮がちにペコリと頭を下げる。

「イザーク・・・」

バラゴもアゴルも、惚けた顔。そして・・・、


「やられたな・・・」
「ああ・・・、あいつ結構根に持つからなぁ・・・・性格のいいノリコとは、えらい違いだ・・・」

その時バラゴとアゴルの脳裏には、ジェイダ左大公を連れザーゴからの脱出する際に、ナーダの顔に悪戯書きをした、したり顔のイザークの姿が蘇っていた。

「イザークも時々・・子どもっぽい面を出すようになったからねぇ・・・」
「ま、仕方がないな・・・俺等も程ほどに後に随おうじゃないか」
「そうだな・・」

三人は、苦笑しながらそれぞれ馬の歩を速め、後に続いた。


「でも、お父さん、イザーク・・・凄く幸せそうな色が見えたよ」

ジーナが父アゴルを見上げ、にっこり顔でそう言う。

「ああ、なんだかんだ言って、あいつは今が一番幸せなのさ」
「うん。ジーナ・・すごくよく解かる・・」





イザークが自分とノリコを乗せた馬を、皆よりも速く走らせたのは、やはり案の定だったというべきか・・・
せっかくバラチナまでノリコと二人きりで行けると思っていたのに、見事に覆されてしまったイザークの、 これは、ささやかなる抵抗だった・・・・と、言えるかもしれない。
だが馬を飛ばすも、ノリコが落ちないように、背後から片手で彼女の身体をしっかりと支えている。
イザークの腕に包まれ、ノリコも安心してその身を彼に預けていた。頬をほんのり染め、その笑顔はとても幸せそうだ。


それにしても・・・
バラチナでの安寧な生活は、果たして望めるのか、それとも否か・・・・
集う面々の面構えからも、何か一波乱起きそうな予感が・・・


しないでもない・・・―――――



(了)


素材提供『空色地図』
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++ あとがき ++

最初は短編の予定の筈が、書いている間に予想以上に長くなり…
全部で70KBを超えてしまいまして…
急遽3ページに分けて掲載することになりました。。
ボリューム的には、もっと6ページくらいに分けた方が良いんでしょうが、
途中で話をぶつ切りにしなければならないので、それは却下。
3ページが限界です (^_^;)
これはもう短編とは言わないですね。中編ということで…(笑)

今回は、だいぶコメディな雰囲気を入れたつもりです。
でも文章が硬いので…やっぱりシリアス調に見られてしまうかも…おぅぅ。
元々は、コメディタッチにしたいなと思ってあれこれ思考を巡らしたんですが、
あたしはこれが限界なのかもしれません…あぁ、文章力…orz...

最初、この作品を書こうと思った時に頭に浮かんだのが、最後、ラストの部分なんですョ。
つまり、「憂鬱」としたタイトルの素となったのが、ラストのどんでん返し。
察しの良いお方は、前回のプロポーズ編でもう解かってしまってるかもぉ〜な部分。
ガーヤ、バラゴ、アゴルが同じく花の町に住むきっかけとなったエピソードを
持ってくるのに、だいぶあれこれ考えました。前回の話から引っ張ってきている
部分もあるので、続けて読んで頂けるとまた解かりやすいかも。。

で、「憂鬱」です。いったいどの辺が「憂鬱」なのか、…で、「憂鬱」なのは誰なのか?
…というのは、もう読んでいただければ解かると思います。
今回イザークさんとノリコちゃんをだいぶ弄りましたし、その辺も
楽しんで戴けたらと思います。でも一番憂鬱だったのは、やっぱりイザークさんかも…

しかし、「君につなぐ〜」の中でさらっと触れてるエピソード…
「君に〜」の中で、さらっと書きすぎました。orz...
そのエピソード一つとっても、今回、会話で詳しく情景描写してみたら
すんごい長い展開になってしまった… 良いのか?
さらっと書いてた台詞も、今作品では、だいぶ入り込んで書いてます。
さらっとをより詳しく… ただ、連載の方と、多少雰囲気や違う部分があるかもしれないです。
でも、あちこち弄ると、反って崩れてしまいそうで、もう出来ない…
これもあたしの限界なのか???…う〜ん、悩みます。
違うんじゃない?と思われる部分、その辺は、ニヤリと笑ってスルーでお願いしますA^∇^;

脇さんのキャラたちも、重要な話の位置づけに加わっているので
無碍に出来ないし、主人公の会話を詰めていくと、脇さんを忘れがちに
なってしまうし… あぁ、ムンクの叫びとなってます。
…でも、これでやっとバラチナ編に行けるかなぁ〜〜…(*^o^*)
夢霧 拝(06.05.07)


誤字訂正、及び一部文章修正(06.06.03)
再度文章修正加筆(09.09.05)




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