◆ 君につなぐ想い 1 ◆


都心から一時間程の、とある住宅地。
様々な家が建ち並ぶ中、一軒の瀟洒な家がそこにある。

庭は一日を通して良く陽が当たり、様々な季節の植物が植わっている。
手入れもよく行き届いており、住む人の人となりを感じさせた。


そして今日も、午後の陽の光が、柔らかく射し込んでいた。


庭では、そこに住む祖父が、熱心に植物の手入れをしている。
表の門扉が開き、買い物から帰って来たその家の主婦が、笑顔で祖父に声を掛けた。

「おじいちゃん、ただいま帰りましたよ。今、お茶の用意をしますね。」
「ああ、おかえり。頼むよ。」
 

主婦が玄関から家に入ろうとした、その時、
二階の、庭に面している一室に、突然の閃光と音がした。
その光は窓を突き抜け、昼間だというのに更に辺りを眩くさせる。
ズゥゥゥーーーーーン!・・・・という地を揺さぶるかのような鈍い音と共に・・・・―――


祖父も主婦も驚愕と共に、部屋の窓を見上げる。
そしてすぐに家の中に上がった。
中で書き物をしていたその家の主人も、酷く驚いていたようで、互いに顔を見合わせた。

「あなた!・・・今のはいったい何なの!?・・・」
「いや、いきなりもの凄い音がした。何がなんだか解らないが、とにかく様子を見に行ってみよう。」

突然のことに相当驚いてはいても、そこは家の主のこと。
その辺は冷静に判断していた。
だが、主婦は少なからず動揺を隠しきれない・・・

「でもあなた・・・あの部屋は・・・あの子の・・・」


三人は二階に上がり、問題のその部屋の前に立った。
爆発があった様子は無い。部屋の扉は壊れてはなく、いつもと何ら変わりないように見える。

慎重にその部屋の扉を開けたのは、その家の主人だ。
しかし中を伺った途端、家族は部屋の中の様子に驚愕した。

部屋の窓側には机が置かれており、きちんと整頓されている。
片方の壁側には、今はその部屋の持ち主には使われていないシングルベッド。


そして部屋の中央には、頭を抱えてうずくまって倒れている、見知らぬ若い女性の姿が・・・―――――!



女性の意識は無いようだった。

誰なのか、そしていったい何処から入ってきたのか・・・・
そんな疑問が当然ながら脳裏を掠めるものの、とても口には出せる状況ではなかった。
声も出せず、三人はただただ顔を見合わせていた。


女性の顔は伏せているので伺う事は出来ないが、髪の毛は艶やかな茶色で
ウエストの辺りまで伸びていた。

身体は細く、華奢な様子を呈している。
しかしながら、腰の辺りの線は、女性らしいものを感じさせる。

服装は長いスカート。いや、ワンピースの様にも見て取れる。
淡い橙色と白の重ね着のようで、腰の辺りには若草色の布が巻かれている。
素足ではなく、足首まである薄い緑色のスパッツのようなズボンを
履いており、靴は平べったい簡素なものだ。


その家の主婦の表情が、先ほどの驚愕の表情から、心配し労わるものへと変わった。
主人の方を見て一つ頷くと、倒れている女性に近づいて
女性の肩の辺りに触れ、少し揺らして声を掛けてみた。

「もしもし・・・あのあなた、大丈夫ですか?・・・しっかりしてください・・・」

主人もそっと近づき、伺う。
祖父はやや離れた所で心配そうに様子を伺った。


女性の返事は無い。やはり意識が無いようだ。
主婦は、女性の肩を抱えるようにして、身体を仰向けにし、
顔に掛かっていたやや長めの髪を掬ってよけてやる。
そしてその女性の顔を見るや、更に愕然としてしまった。

「!・・・・・・」

他の家族も同様だった。

その顔つきは、やや大人びた様子を醸し出してはいるものの、見覚えのある懐かしい顔。

そこに倒れていた女性は、その個室を使っていた主、
四年近く前に突然行方不明になってしまったその家の娘、立木典子であった。

「・・・典子・・・?・・」

主人が呟く。

「あなた!典子よ、間違いないわ!」

主婦が主人に向き直って叫んだ。

「典子!しっかりしなさい!典子!」


少し揺さぶってみるが、その女性―― 典子 ――の意識は戻らない。









彼女が現れたその部屋。

そこのベッドに、典子は寝かせられていた。
命に別状は無いようだが、意識はまだ戻らなかった。

その家の住人、典子の父母、祖父、そして先ほどバイト先から帰宅した兄が
心配そうな面持ちで、ベッドの典子を伺っていた。

「典子・・・、一体何があったんだよ・・・」

兄が心配そうに妹、典子の顔を伺いながら、呟く。




四年近く前、学校からの帰宅途中に無差別爆弾事件に巻き込まれ、
そのまま行方不明になってしまった立木家の長女、典子・・・

当時まだ十七歳、高校二年であった。


間近で爆発に巻き込まれたはずなのに、怪我をするでもなく、
また遺体となって発見される訳でもなく、
ただその姿かたちだけが、その場から忽然と消えてしまった・・・――という、
何とも不可思議な事件であった。

生きているのか、それとも死んでしまったのか・・・
それすらも解らない、解明のしようのない事件。

その現場に居合わせた典子の友人達も、皆一様に不思議がっていた。

空想好きで物語好きな典子が、爆発のショックで時の狭間に入り込んでしまったのか・・・などと、
冗談とも本気とも取れない表現しか出来なかったのだ。


誰にも――警察でさえ、この事件の真相の究明は不可能であったのだから。


だが、家族は誰も、典子が死んだなどとは思っていなかった。
必ずどこかで生きている・・・・
確証は無いにしても、そう信じたかった。


そして、行方知れずになってから一年半程経ったある日――――――

この家の家族は、皆同じ夢を見た。
典子が語りかけてくれる夢だった。



自分は今異世界にいて、無事でいること・・・

この世界で心から愛する人を見つけたこと・・・

その人も自分の事をとても大切に想ってくれていること・・・

命掛けで自分を守ってくれて、自分もまたその人を命を掛けて守りたいから・・・と

こちらの世界に残ることをどうか許して欲しい・・・そして、どうか心配しないで欲しい・・・と。



夢の中の典子は、光に包まれ柔らかな表情でそう語り掛けて来た。
そして典子の傍には、一人の男が立っていた。
多分、典子が愛したという男だろう。
労わりある優しい表情で典子を包んでいるように見えた。

そして夢と一緒に届いたのが、典子の書いたという日記だった。
何も置かれている筈のない典子の机の上に、その日記はあった。

一冊は、典子が元々持っていたらしい、こちらの紙の材質の大学ノート。
しかしその他の日記は、恐らく今の時代の日本では到底有り得ない
質の粗い紙を紐でまとめて綴ったものだった。

筆跡は紛れもなく、典子のもの・・・
手紙も添えてあった。

典子が、かの世界に飛ばされた事情・・・自分の役目が何であって
このような展開になったのかが、記されていた。


当然の事だが、家族中が驚いた。
人にだってとても説明出来る事ではない。

しかし、家族皆が同じ夢を見た――――

現実には有り得る筈のない展開であったが、これは典子からのメッセージに違いない!

とにかく、典子は無事だったのだ!
遠い異世界でとはいえ、今も元気で生きているのだ!



その後、父親がその日記を元に小説を執筆し、世に出す。
それは、典子が望んでいた事だ。

父親の書いた小説はファンタジー小説としてベストセラーになり、賞を取る。
我が家の事情を知る人からは、同情の声も寄せられた。

世間には、小説は《架空の物語》だと思われている。
それは仕方のない事だ。
いったい誰がこの内容を《実話》として信じる事が出来ようか。
どう説明したって、無理だろう。

でも、自分たちは、典子が無事でいる事を喜んだ。
家族にもようやく笑顔が戻った。
世間にどう取られようと構わない。

典子は生きて、今もかの地で、一緒にいた男と幸せに
暮らしているのだと・・・そう信じた。



それから更に一年程後に、家族でまた同じく典子の夢を見た。
そして二度目の日記が、やはり典子の部屋の机の上に置かれていたのだ。

荒れた世界を立て直すため、光の力を配る手伝いを皆でしているのだ・・・とあった。
そして、落ち着いたらイザークと何処かに家を構えて、静かに暮らしたい・・・とも記されていた。

女の子らしい、幸せに暮らしたい気持ちが滲み出ているような内容だった。


そして更に、三度目の手紙と日記には、伴侶となったイザークと華やかな衣装を着て
二人で並んでいる姿が描かれた肖像画も一緒だった。

いつもの日記の書紙とは違い、絵画用の上質の物であるようだった。
多分向こうでは、紙にしてもこうした絵地にしても、比較的高価な物であるのだろう。

二人の結婚式の衣装。
とても立派で、誇らしげにさえ見えた。
そして典子は、花嫁らしくとても綺麗で、とても幸せそうだった。

こちらならば、さしずめ記念写真といったところだろうか・・・

かの世界には、写真というものは存在していない様子だった。


その肖像画は、父と母が―― 特に母が ――大事に、劣化しないよう加工をしてもらい、
額に入れて居間に飾ってある。・・・この家の貴重な宝物だ。

向こうの世界での生活を知らせてくれる・・・
典子のそんな気遣いがとても嬉しかった。


しかし、改めて思う事だが・・・・・・

普通の高校生だった典子。
ややのんびりした、物語好きな唯の女の子なのに・・・

それが、なんと大それた宿命を負わされたしまった事だろうか。

その中でも自分の役割をきちんと受け止め、魔の力に負けずに立ち向かって行き、
そして光の世界への道しるべを開いた・・・などと。

なんと大胆な役目を果たしてきた事だろうか。

そしてあろうことか、典子と共に戦い、共に歩み、
典子が伴侶として選んだ相手―― イザーク ――が、実は【天上鬼】という、
人とは違う身の男であったなどと。


とにかく何もかもが驚く事ばかりではないか・・・・・・


とても常識では推し量れない・・・、いや、世の中の常識などという秤で
見ること自体、おかしな事なのかもしれない。

そんな世界にいきなり飛ばされて、よくぞ典子は、くじけずにやっていったものだと、
我が娘ながら、我が妹ながら、我が孫ながら・・・尊敬すら覚えてしまう。


家族は、誰もがそう感じていた。


行方不明になる前、まだこの家に典子がいた時に、
彼女はよく夢の話をしていた。
不思議な世界の夢をよく見るのだと、そう話していたのだった。

あの夢は、かの世界からの典子への呼びかけであったのか・・・
その声に導かれ、典子は旅立って行ったのか・・・――――




そしてその典子が、事情は解らないが、とにかく今この家に戻って来ているのだ。

しかも今度もまた説明のつかない状況下で、眩い閃光と音と共に。


いったい、かの世界で何があったのだろう・・・――――



典子は、今も昏々と眠り続ける。





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いやぁ、かなり、説明口調ですねぇ。文章硬いかな…(苦笑)
原作をご存じない方でも、そこそこ読んで頂けるようにと、
多少説明臭い所も出て来ます。ご了承くださいませ…
どうやら…長くなりそうです、…って初めから言ってどうする!?
…………まとめるのが下手くそなのです、あぅぅ。
宜しければ、お付き合いくださいませ。
  夢霧 拝(06.03.10)


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