天上より注ぎし至上の光 〜 Love Supreme 〜 13




柔らかく降り注ぐ光のシャワーは、そこにいる者達の心をも和やかにさせた。
そしてそれ以上に、中央は祭壇の前に立ち、今、正に月下氷人より祝詞を授かっている若き二人の姿には、皆等しく祝辞喝采を贈りたい気持ちであったろう。 少なくとも、参列していた者の殆どはそうだった。

・・・唯、一人を除いては―――・・・



どんなに穏やかな陽の光も、清々しい空気でさえも、最早喜びの欠片すらもたらすものとはならない。
自虐に侵されているのではない。自棄とも違う。自己逃避の彼方に自身を追い遣っていた訳でもなく、かといって、他の全ての者に対し苦々しい感情を漲らせて・・・というのとも、それは異なっていた。
もっと昂ぶった感情--それは激情にも似ているか--に支配されても可怪しくはない筈なのに、反じて褪せてゆく。なのに、同時に身を覆ってゆく酷く心地の悪い虚脱感。それがまた、言いようのない焦燥を生んでいる。
自身にも判然ならぬ感覚である。それほどにウィズリーンは途方に暮れていた。尤もこんな状況だ、平静でいられる方が余程どうかしているだろう。

虚脱、動揺は自失を生んだ。その為、彼女の眼前に拡がる光景は瞳に映えても脳裏には届いてはおらず、聞こえている筈のあらゆる声も音も、やはりその耳に捉えられてはいなかった。
無音の虚空―――そこに、一人だけ取り残されたかのような・・・全ては、別な世界に仕切られた展開事のように思えた。


どうして、来てしまったのか―――それが、自失の脳腑におぼろげに浮かんだ。
来なければ良かった、とも・・・
そも・・・こんな事になってしまったのは、何故だった・・・か・・・―――


そこまで浮かべ、しかし脈絡を結ぶのさえ難くなっている自身に程なく気付き、暫し愕然となった。
得体の知れぬ感覚に戸惑う。まるである種の麻痺にも等しい。先が計れない、苦痛でもあるのに、抗い逃れようにもそれが出来ない。
自失に救われてか、まだ鈍い様相のそれである。だが、既に引いて治まる範疇ではない。この場に在る限り続き、いずれは更なる明確な苦痛となって姿を顕すだろう。
いっそ消え失せてしまえたなら、どれほどに楽であるか・・・―――そんな思いさえ、身動(みじろ)ぐ事の叶わぬ己の内に去来し、軽い眩暈を起こさせた。

もう一つの動揺の因子が、ギスカズールだった。
何故、解かったのか―――それは、ギスカズールが自白した所為であろう。
彼等に捕まったか、それとも自ら赴いたか。事の成り行きなど解かる筈もないが、いずれにせよ、ノリコ・タチキの居場所をあの男が白状したのに違いない。恐らくは、それで全てが白日の下に・・・
そして・・・―――

「・・っ」

弾かれたように眼を瞠る。不意に浮かんだ己の今後であった。
急激に脳腑が醒めてゆく。加えて、言い知れぬ悪寒が容赦ないほど背を駆けた。
失策という言葉など己の内には存在しない。だから、後々のそれに繋がる思考すら持ち合わせてはいなかった。万が一にも・・・そういう妥協すらない。
それを浅はかであると言うなら、その通りだろう。だが、今や詮無しである。
拉致と拘束、それを企てた者の咎と下される沙汰・・・
国の綱紀、その詳細な法(のり)・・・教育を施されて、知らぬ訳がなかろう。だが、やはり己に降り懸かるとは思っていなかったのだ。

間違いなく、当局に拘束される――――

急に現実味を帯びて圧し掛かってきたそれに、身の震えが隠せない。厭な汗まで滲んでくる。
これほど自身の立場を心許なく感じた事がかつてあっただろうか。いつも己の在る場所は安全であったというのに。

「・・・・・」

考え・・・だが、ややもって自嘲にも似た気分に浸った。
安全といって、それが何の意味を成そう。それにより心が満たされた事など、一度たりとてなかったのだ・・・
そうだ、間違いなく拘束されるだろう。そして、中央に送られ、両親にも知れる。
彼等はそれをどう思うだろう、それもまた過ぎった。悲しむだろうか、それとも、こんな娘を蔑むだろうか。
いや、悲しむ訳がない。自分達の都合で娘を遠方に追いやった者達だ、悲しむ訳がない。寧ろ家名に傷が付くのを厭い、怒り尋常では済まないだろう。
しかし、そんな彼等も同じ穴の何とやらである。邪魔者を消す事など父親の茶飯事、上級貴族に取り入るのは母親の常だったではないか。
そして、この町の者達にも知れてしまうだろう。住人達の自分を見る眼は・・・そんな事、考えるまでもない。
そうなれば、ここにもいられなくなるのか――――・・・

色んな事が頭を巡った。それを滑稽とさえ思えた。こんな風に自分を省みた事など、皆無に等しかったのだ。
ギスカズールは何故裏切ったのか。そんな事まで考えた。
自らの身可愛さ故か。しかしそれでは理が通らない。裏の世界のあらゆる事由に手を染めた。命令なら如何な汚い事でも遣ってのける。そんな事など当に解かっている。 そして、自分の命令にだって従っていたというのに。

――――お嬢・・・それはいけません、お嬢・・・

かつて男に窘められたある事を、不意に思い出した。
だが、何様か―――と、逆にそれを厳しく咎めたのだった。
それも昔の話・・・

――――何故、そこまで、あの娘に固執なさるので・・・

そう訊かれた事もあった。それは最近だったか・・・
言われてみればその通りだろう。イザークという青年を街で見掛け、興味を覚えた。その傍らにいたあの娘にも。そして、知るほどに妬んだ。
両親との確執がなければ・・・ 自分の思いが全て満たされていたならば・・・
そしてあの娘が移住者でなければ・・・ 相手がイザーク・キア・タージでなければ・・・

明らかにそれは醜い嫉妬だ。しかし、ギスカズールのあの言葉は窘める意のものではなかっただろう。一思いに亡き者に・・・と、続けて紡がれた筈だ・・・

「・・・・・」

眉根を歪めた。解からないのだ、本当の事など何一つ・・・
感情を隠した面のその内で、一体何を考えていたのか。
父であるザキライの命令には何一つ逆らわなかったあの男。しかし、その心中では嘲笑い蔑んでいたのか。それとも、こんな主を主とするのに厭気が差したか。
だが、それなら―――事の全てが明らかになれば、中央の両親に知れてしまい、あの男の立場も揺るぐであろうに・・・

ギスカズール・・・いや・・・ キーナゼ・・・――――

自らの幼き頃より知るその男の名を浮かべ、だが、詰めていた息を、心の中で吐いた。
最早今更である。かの男が今何処でどうしているかなど知ったところで、やはりどうなるものでもない。自分の周りを固めているこの男達の手からは、逃れる事は出来ないのだ。
イザークとノリコの友人だという、この男達の手からは・・・
術は絶たれた。

憔悴が影を落とす。しかし、僅かに伏せていた顔を、ウィズリーンはおもむろに上げた。
光も通せぬ、くすんだ硝子の如き瞳・・・ そこに、祭壇前の二人の姿が改めて映えた――――








「人は、永劫の幸を求め、やまないものです。この世に生を受けるのは幸であります・・・が、同時に、あらゆる試練に己の身を晒す始まりでもありますね。 それが為、人は時に己の未来への標を、予見という手段に委ねる事もあるでしょう。 ですが、事を幸と成すか、それともただ試練として終えるか・・・控えし甘やかな蜜をその手に得るか、それとも零れ落ちるに甘んじるか・・・全ては、各人の道行きに委ねられている・・・ これもまた、偽りなき真実であります。
今日のあなた方がその結実としてここに在るのと同じように、そしてこれからも、例外はないのだという事を・・・――この意味を、理解出来ますか?」

肯定の意を、共に穏やかに頷く事で示す二人を前に、町長もまた頷き、再び言葉を続けた。

「これより先、乗り越えるべき幾多の山は、高く険しいかもしれない。あるいは、思いの外低くなだらかであるかもしれない。 たとえ如何なる形を成し、行く手を阻もうとも、どうか二人手を取り合い、乗り越えてください。その為の助力を、親しき人々は決して惜しむ事はないでしょう。
全ては可能性を湛えた未来への道として続いています。多くの者達が等しく自身に望むのと同じく、無限の可能性が、永劫の幸という光となってあなた方の上に輝くよう、願ってやみません。
アルシェス・レーン・ウィジリーバルの歓びのように、あなた方二人の久遠の歓びとならん事を―――」

二人を見つめ、晴れやかな笑顔でもって揺るがぬ言の葉を示す。

「この世に在る大気、地、水、そして陽の光。これらは全て生ける者の為に存在し、いつでも恵みを与えてくれているのです。天は常にあなた方と共に在るというその事を、どうか忘れないでください」

そして町長は、視線を一度卓上に落とした。
卓上中央に置かれた黒塗りの箱。丁寧に塗りを施された見るからに重厚なるそれは、この誓約式の始まる際に、ニーニャが恭しく携えて来た物である。
一呼吸置いた町長は、箱の中より一枚の書紙を取り出した。契約の証などに使われるそれは、他の書紙より幾分厚く、そして硬い。そして再びその視線を二人に据える。

「契約の証となる、大切な書状です。天の下、二人の名を認(したた)めしこの契約の証の前で婚姻の誓約を交わした後、あなた方は正式なる配偶として認められます。この場に集いし全ての者が、その証人となります」

言葉に続き、もう一つの黒塗りの箱の蓋を開けた。契約の書を入れたそれよりも随分と細いもので、羽の付いた筆記具と小さな墨壷が入っていた。 二人は町長の促しに従い、最初にイザークが、次いでノリコが、各々自らの名をそこに認(したた)めた。
見届けた町長は一つ頷き顔を上げると、参列者側に掌を向けるようにその右手を軽く挙手し、目線を今一度眼前の二人へと合わせた。

「それでは向かい合い、イザークは右の掌を、ノリコは左の掌を、掲げるように合わせなさい。そして言の葉により、誓約を顕かにし、その証を示しなさい―――」

言葉に倣い、無言のままおもむろに二人は向きを変え、双方向かい合って立つ。イザークは右の手を、そしてノリコは嵌めていた手袋を幾分慎重に外し、その為か若干イザークより遅れて左のその手をゆっくりと掲げた。
温もりを供するが如く双方の掌が一つに合わせられ、二人の視線が交わる。次いで町長の言葉が、静かなその場に厳かに響き渡った。

「今ここに、誓約の言葉を――――・・・」



言葉に続き、二人は口を開いた。


「今ここに、天と地と、全ての物に向かい、誓約の言葉を、顕かにする。

ここに込められし言の葉は、永遠のものである。

幾歳(いくとせ)もの時を成し、互いに愛し、慈しみ、敬い、援(たす)け、

永久(とこしえ)なる忠誠を以って是に従う。

何故(なにゆえ)も此を妨ぐる事無く、そして此を侵す事は能(あた)わない。

たとえ如何なる事あらんとも、この誓約は、永遠のものとなる――――」


人々の見守る中、互いの視線を、そして互いの声を重ね合わせ、それぞれが誓約の言の葉は紡がれた。 そして、この後、誓約の証である口付けが交わされる筈であった。

しかし―――


合せていた掌に視線を移したイザークは己の手を静かに離すと、幾分躊躇いがちにゆっくりと下げられた彼女の左の手とは反対の方の、即ち右の手をすっと捉え・・・今度は、捧げ持つかのように掌の下に自らの右の手を添えた。
事前の打ち合わせにはなかったその行為に、ノリコは若干不思議そうな視線を向けた。 それは町長も同様で、言葉に出さずともやはり問う視線をイザークに向けた。

「幾歳もの時を成し・・・」
「ぇ‥」
「たとえ、この身の朽ち果てる時を迎えたとしても―――」

ノリコの掌を捧げ持ったまま、その言葉の後にイザークは静かにその場に片膝を下した。そしてノリコを見上げる。

「たとえ、精神体のみとなっても、いや、それすら消え果てる事となっても・・・この気持ちに終焉はない。ノリコ・タチキに、永遠の忠誠を誓う―――」



――――あれは、いつであったろう・・・

長閑なかの地、かの村の、ささやかな平穏の時流れる風景の下・・・ 一生の忠誠を誓う騎士であると、己の想いをノリコに告げ、手の甲へ口付けする事でその誓約を顕わにした。その時と等しく、しかし、かの時よりも更なる想いをそこに込め・・・
事の展開に驚きそして動けないノリコの、その手の甲に、ゆっくりと忠誠の証を施した。

婚姻の誓いとは、そも永遠のもの。しかし世を成す時の流れに終わりはなくとも、二人のそれには、いつかその果てを迎えねばならぬ日が必ずや訪れる。 それが堪らなく厭であった。二人の時に身の滅びによって下される終焉、互いが泡沫人(うたかたびと)の如く成り果てる時の襲来を、認めたくはなかったのだ。
だから、イザークは尚、永遠を誓う。ありきたりの言葉ではなく、そして、人生の限りにおいてではなく、 自らの身の終焉の後も、精神体のみになっても、ノリコへの忠誠は消える事はないのだと。
本来は巡り合う事のなかった世界で生きていた互いであるから。こうして共に生きる誓いの日を迎えられる事、それこそが何よりの奇蹟であるから。
この先も続くであろう二人の旅・・・ 尊いこの存在を、これから行く先々でもずっと護り続けていくのだと誓う為――――

「ぁ・・・」

手の甲からゆっくりと唇を離し、その手を見つめたまま立ち上がると、再び視線をノリコに向けた。 そして、彼女の顔をふわりと覆う面紗をゆっくりと持ち上げた。
薄地のそれに隠されていても、その愛らしさは窺い知る事が出来た。しかし、解き放たれる事で更に彼女の美しさが皆の眼に顕かになる。

「・・・ぁ・・たし・・も・・・」

既にその瞳は潤んでいた。瞬き一つするなら、湛えられた涙は雫となって頬を伝い降りるだろう。
同じ気持ちなのだ―――と、ノリコもまたその言葉を言いたかった。だが、込み上げる嗚咽にも似たそれが邪魔をし、唇が震えるだけで上手く言葉に出来ない。
とうとう、涙の雫が一筋、ノリコの頬を濡らした。

綺麗な涙である―――そうイザークは思わずにはいられなかった。

これまでにもノリコの涙は何度も目にした。
無論、喜びのそれは数知れない。 だが時に悲しく、辛いそれもあった。本当は大切に思う彼女を本意には非ずとも苦しめてしまった事も、記憶の腑から消える事のない、否めぬ事実である。
しかし、今日のこの涙は、間違いなく彼女の喜びを示すものだ。昨夜あんな事があったのに、愛らしいその顔は少しも損なわれてはいない。どころか、頬は薄く色付き、己の為に美しい涙を流し・・・
花嫁らしく美しく清楚な化粧を施されている所為もあろうが、あの事件があって更に今のノリコを美しくさせている。 そんな気がしてならなかった。
何度、この日が来るのを脳腑に描いた事だろう・・・――――
今にもしゃくりあげそうになっている花嫁を見つめるイザークのそれは穏やかで、とても優しく・・・
そっと両の頬に手を添え、微かに震えるように佇む愛らしい唇に、自らの唇を静かに重ねた。
花嫁の閉じた瞼の端より更に一雫、流れ落ちたそれが光る。

最も神聖な、そして、最も待ち侘びた、誓いの触れ合いであった――――――









パン、パン、パン――――
祭壇の脇より手を叩く音が静粛なるその場に響いた。

少し長めの誓いの口付けを解いた二人に向けて成されたその拍手は、カイザックによるものだった。 そしてさほど間を空けず、同じく祭壇の脇にいたニーニャからもそれは成される。
些か驚きの表情を見せる中央の二人への拍手は、やがてその場にいた参列者に波及し、喝采までが叫ばれた。 皆それぞれが、二人に向け、おめでとうと祝福の言葉と拍手を送った。

そして、バラゴ達も同様に。

「全く・・・見せつけてくれるぜ」
「魅せてくれる・・・とも言うね」
「んー? アレフ、まさか、自分の時の為の参考にするつもりか?」
「ははは、一瞬過ぎったけどね、誰かさんに平手打ちを食らいそうなので、止めとくよ。そういうバラゴはどうなんだ?」
「冗談だろ、俺はそんな柄じゃねぇ」
「いやいや、解からないぞ。本当に大切にしたい相手が現れたら、人目なんて構わないもんさ」
「アゴルもそういう口だったのか」
「ははは、俺の時のは内緒だ」
「思い出は美しくかぃ?」
「・・・まぁな」
「ロンタルナとコーリキは、まんざらでもないって顔だな」
「ぅ゛・・・」
「・・・絶対参考にしてやがるな」

呆れ苦笑する面々に、誤魔化すように笑うロンタルナとコーリキだ。

「でもまあ、あれはやっぱり感動するでしょ」
「ふ、まあイザークの気持ちは理解出来るからね」
「今夜が楽しみだな、いや、怖いと言うべきか」
「大願成就か、いや、もう叶ったような顔だぜ、あれは」
「ははは、何れにせよそう大差はないだろ」
「まあな、何せ奴は、翼竜だからな」
「翼竜? 何の話だ?」
「稀少な奴、という事だ。これ以上は言えねぇ」
「ふっ、殺されたくないよなぁ、バラゴ」
「おまえもだろ、アゴル」
「んー、興味深い話題だね。今宵一つ祝い酒でも交わしながらどうだぃ?」
「飲むのはいいが、やっぱり殺されたくはねぇな、はっはっは」

"麗しき友人愛"からなる物騒な冗談も飛び交う中、人々の喝采はまだ続いていた。
そしてそんな中、ウィズリーンだけが、ずっと無言で祭壇の二人を見つめていた。
とても奇異な光景だった。
婚姻の誓いなど、それこそ言い尽くされた古めかしい言葉であろう。しかし、イザークの執った永遠の誓いのそれは、今までに一度も目にした事がなかった。
あんな風に永遠の誓いを、忠誠の誓いを立てられるのか・・・

それは、奇異な光景であると共に、羨望さえ呼び起こす光景であった。
そう、自分の世界には決してなかった、そして、とても温かな・・・・・・・・

「ウィズリーンって言ったよな、あんた」
「ぇ・・」

惚けていたそれに水を掛けられたが如く、我に返った。話し掛けてきたのは、バラゴだ。

「イザークに惚れちまったんだってな。まあ確かにあいつはイイ男だ、男の俺等から見ても惚れる程の男気だしな。だが止めとけ、奴はダメだ」
「え・・」
「ノリコ以外の女にてんで興味を示さねぇ、他の女を女とも思っちゃいねぇんじゃねぇか・・・と、これは少々大袈裟かもしれねぇけどな、はっは」
「世界の半分は女だってのにね、全く勿体ない事する御仁だよ、彼は」
「アレフ、今の科白、グローシアに聴かせる自信あるのか?」
「俺の事は放っておいてください」
「・・・‥」

相変わらず男達の科白と秘める迫力には圧されていたウィズリーンだが、語られる言葉には耳を傾けていた。

「あんたが、あの二人の事を何処まで聞き及んでいるかは知らねぇ、だが、ノリコをただの移民の娘だとは思わん方がいい」
「ちょっと異国風、でも何処にでもいそうな娘だけどね」
「そうそう」

ウィズリーンの問うような視線を受け、アレフ達の冷やかしを適当に流しながらバラゴは尚も続けた。

「あいつは、マジでノリコ以外には興味を示さねぇんだ。まあ相応の礼儀ってものは弁えているぜ、だから女には基本親切だ。だがそれだけだ。それ以上の関心は示さねぇし、無用な接触などは寧ろ嫌厭する」
「・・・・・」
「それにな、イザークがどれほどノリコを大事にしているか、俺達は厭と言うほど知っている。ノリコって女は、奴にとっては命の恩人に等しい、いや、それ以上の・・と言ってもいい」

恩人という言葉がウィズリーンの琴線を引いた。伝え聞いた限りでは、彼の方がノリコ・タチキの恩人ではなかったか――――
そんなウィズリーンの問うような視線もバラゴには想定内で・・・

「だから、他の何かに慰めを求める事もしねぇ。この世の何物とも換えられないんだよ、奴は。その為には命を代償にしてもいいとさえ思っている。実際そういうあいつを俺達は見てきている」
「・・・いの・・ち・・」
「そう、奴さん、ノリコの為なら死んでも構わんってほどの執心振りなんだ」
「しかもそれを奴は真顔でこなす。冗談抜きでな」

これはアゴル。"お手上げ"という身振りを加え、バーナダムも継いだ。

「そ。だから、俺の恋情も、淡く儚い朝露のように報われないのさ」
「ぉぃ、美化してどうする・・」
「まあまあ・・」

バーナダムの科白には、呆れたバラゴの追求も即座に入る。が、この辺はアレフが上手く補った。

「ったくしょーがねぇ。・・・ま、記憶に新しい処では昨夜のアレだな。ノリコが行方不明になったと知った時の奴の顔だ」
「・・っ」

流石に平静ではいられず、目を瞠った。そして愕然とする。
さっきまで贅弁の笑いなども交えていた男達の顔は、今はどれも真顔である。
あまつ、向ける眼差しはどれも冷たく・・・――――

「あの男を真に怒らせたら、俺達でさえ命の保証はない」

アレフの静かな文言。それをバラゴが継いだ。

「全くだ・・・あんたにも見せたかったぜ。ギスカズールを殺しかねねぇほどの、奴の凄まじさを・・・」

「・・・・・」

先の、イザーク・キア・タージの眼をウィズリーンは思い出した。
全てを射抜くかのようなあの眼は、錯覚ではない、確かに自分に向けられたものだった。
知っていた、全てを知っていた。その上での、あの眼だったのだ。
今更ながら、それがズシリと身に圧し掛かった。慰めるなどとおこがましい。昨夜のそれを、ノリコ・タチキの失踪を既に彼は知っていたのだ。 そして実行者のギスカズールを捕らえ、ノリコ・タチキの居場所を突き止め、昨夜の内にその救出に成功した・・・
自分がその首謀者であるというのも、既に・・・

脚までが諤々と震え出す。全身に滲む脂汗など、最早繕う事が出来ぬほどだった。



己の短慮を、この刹那まざまざと思い知ったのだ・・・――――








人々の喝采と歓びの姿を一通り見回した町長は、場の収拾を図るべく手を挙げた。

「皆さん、どうかお静かに―――」

穏やかな呼び掛けではあったが、凛々と行き渡った声は場に静寂を呼び戻すに充分だった。
人々の間に、静かな刻が戻る。

「些か不測の事態には阻まれましたが、」

カイザックにお茶目な睨みを利かせながら、町長は微笑む。

「気持ちは私も同じです。ですがここで宣言をなさねばならない、というのも、皆さんよくお解りだと思いますが、如何でしょう」

目配せしてのその言葉は、会場から和やかな微笑いを誘った。

「では改めて、若き二人の為に宣言を―――
誓約の言の葉とその証とは、この場に集いし皆の前で顕かになりました。二人が正式なる配偶となった事を、ここに宣言致します。
どうか末永く、幸せに―――」

町長の宣言を合図にしたかのように、皆の間から再び喝采が叫ばれた。
歓声と共に、おめでとう!・・・と、人々の間からは祝福の言葉が尽きない。
花嫁のノリコを、己の妻となったその存在を大切に懐に抱き寄せ、イザークも感極まる思いを噛み締めた。 そして、ノリコも・・・身を寄せ、伝わる夫の温もりに、酔うような幸福感に浸った。

誰もが、祝福の気持ちを二人に抱いていた。
そして和やかにも、そのまま祝宴の場へと移行する筈であった。
―――が・・・



「ちょっと待ったああぁぁーーーー!!!」



その場の気を正に引き裂く大声が、轟いたのだ。







〜 To be continued.

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何でここで切るんじゃ…という氷点下の視線が飛んできそうです。申し訳ないです。
私生活での野暮用が増えた為、前回より取り組める時間が少なかったという理由もあり、
当初予定していた所までとなると、どうも年内に間に合いそうにもなく…くぅぅ。
年明けより更に多忙になる事とを鑑み、些か短くはありますが、キリ良く書けた所までをここで出しておこうと。
うーん、前回のそれで、今回と合わせた分の内容を頭に描いていたんですよね、実は。
だけど、それが叶わなかった為に、今回で少し長めに…と当初は描いていたのですが、現実は超厳しい…
今回はこれにてどうかご勘弁。そして皆様にはまだ暫く「天上〜」にお付き合い頂くことになりそうです。
これもどうか許してください。

この背景の花の画像を使いたくて、実は初回の稿より今まで頑張って来たという。。(苦笑)
初めて見た時(三年前だョ)、凄く綺麗だな…と思えたのです。清楚で可憐。そんな風に見えませんか?
あ、どの季節の花なのかはよく知り得ず…
だから、季節感を大いに無視しているかもしれません(苦笑)

夢霧 拝(09.12.18)
『空色地図』様より素材をお借り致しました。




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