天上より注ぎし至上の光 〜 Love Supreme 〜 序章






激しい雨が降る中、イザークは走っていた。

常人を凌ぐ速さで脇目も振らず、ただそれだけを目指し―――――・・・

その顔には苦悩の色が浮かぶ。

眉間には皺が寄り、そして彼の瞳孔は、獣のように細く尖っていた。

己の両脚の力を解放し、持てる力の全てを込め、立ち止まることなくただひたすらに走り続ける。




――― 愛しています・・・・・・あなた・・・… ―――


「消えないでくれ・・・」 そうあなたは言った・・・・

消えないよ・・・ あたしは消えない・・・ ずっとあなたの傍にいたいから・・・―――

だから、だから・・・ どうか、抱きしめてください・・・
あなたの腕の中に・・・いさせてください・・・

あなたの一番傍に・・・ いさせてください・・・


あなたが・・・ 大好きです・・・… ―――――



にこりと微笑むその姿。

どんなに、その存在が大切であるか――――
そして、どんなに愛おしいと思っているか――――




季節は冬に差し掛かっていた。年中温暖なその地でさえ、夜は涼しくなる。
しかもその日は、夕刻からの雨により更に気温が下がっていた。

冷たい雨は容赦なく降り続く。そして時折空には稲妻が光り、地を揺さぶるかの如き不快な音を周辺に
轟かせる。刻限は既に宵の頃。更にはこんな土砂降りの中、外に出る物好きなど誰一人としてない。
そんな中を走り続けているのは、恐らく彼だけであろう。




ドンッッ――――!!!!

「・・・しきたりだとっ!!」

テーブルを激しく両手で叩き、イザークは叫んだ。
普段感情を顕にする事など滅多にないこの彼の剣幕に、その場に居合わせた誰もが息を飲む。

「そんなもの・・・!」

怒りの感情を顕にしたその表情。握り締めた拳も身体も小刻みに震えていた。

「しきたりを守らねば不幸になるというのかっ! そんなもの、くそくらえだっ!!!!!」
「・・・・イ・・ザーク・・・」

バラゴが呻く。

「しきたり・・そんなもの・・・! そんなくだらんものを守らねばならんが為に、今の俺は既に不幸のどん底だっ!!!」

周りの者は、誰一人口を挟む事が出来なかった。誰もが彼の気持ちを痛いほどに理解しているから・・・


「何故今更・・・こんな思いをしなければならんのだっ・・・! 何故っ!!」

その歯をギリギリと噛み締める。汗が、流れ落ちた。




大切なその存在――――

ずっと求めて止まなかった・・・大切な・・・――――




カタカタカタカタ・・・・ 怒りに震える身体。

そして次の瞬間、彼は目を剥き、怒鳴り声と共にそいつの襟首を掴む。

「貴様っっ、殺してやるっ!!!」
「・・っ!!」

「おい、止せっ!!!」
「イザーク、ダメだ! 早まるなっ!!!」

怒りを顕にしたイザークの身体を、バラゴとアゴルががっしりと掴み、止める。

「こいつを殺したって何にもならんぞっ! イザークっ!!! 」
「イザーク、おまえの気持ちは解かる。だが今は耐えろ・・・頼む、耐えてくれ・・・!!」

「・・・・くっ!!!」

動きを阻まれた所為か、それとも怒りからか、歯噛みしながら尚もその男を睨み続ける。
が、その目をぎゅっと閉じ、暫くして身体の力もふっと抜け、

「・・・・離してくれ・・・ 大丈夫だ・・・・・」

――――力なく呟く。

「イザーク・・・」
「本当か?・・・今ここで、おまえの手を汚させる訳には行かないんだぞ?」

イザークのその言葉にも、二人ともまだ手を緩めない。

「すまない・・・だが、大丈夫だ・・こいつには何もしない。・・・・・安心してくれ・・・」

眉間には、皺を寄せたまま・・・ そして俯いたその表情は、まるで死人のように蒼褪め、暗い。
しかしようやく、バラゴとアゴルはイザークから手を離した。

いや、たとえバラゴやアゴルに阻まれようと、それを跳ね除けるだけの力をイザークは充分に持っている。
勿論バラゴやアゴル、そして居合わせる人間の誰もがそんな事は百も承知している。
それでも、彼を止めた。止めざるを得なかった。そしてイザークも、結局は阻まれるのに逆らわなかった。

彼にもまた、この男に手を掛けたところで仕方がないのだという事は、解かり過ぎるほど解かっている・・・

やるせない気持ちだけが、その場に交差する。
漂う空気は、酷く重苦しかった。




――――激しい雷雨の中、イザークはひた走る。



特別な力などは何もない・・・

だが、恐らくは誰よりも・・・ 彼を揺さぶる事の出来る存在・・・

闇に囚われていた彼を・・・

孤独と絶望・・・ その中を漂い、もがき、そして虫の息だった彼を、

光の世界へといざなってくれた・・・

何の見返りも求めず、時に自らの命さえも顧みず、その人の為にずっと傍にいてくれた・・・

その人の為に微笑い、そして心を癒し、そして時には共に涙を流してくれた・・・


いつも光のように温かく照らしてくれた・・・

ただ一人の・・・かけがえのない・・・


かけがえのない・・・



「くっ・・・・!!!!」



行くなっ――――!

行かないでくれっ―――――!!!!


俺の傍から消えてしまわないでくれっ―――――!!!!



一緒にいるよ。いつまでも、いつまでも・・・一緒だよ・・・

イザーク・・・ イザーク・・・――――



彼にとっては、この世の何よりも・・・ かけがえのない・・・・

大切なその存在―――――


雷雨は、尚も激しく降り続いていた。




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お読みくださりありがとうございます。
序章(プロローグ)、いきなり何ですかっ? という怒涛のスタートです。

イザークさんは何故雨の中走っているのでしょう。
まだまだ答えは出せませんが、いろいろ想像なさってみてください。
尚これはあくまでも序章でございまして、
次回からは、当たり前に「最初」からの展開になります。
蛇の生殺し状態で一旦置いといて…と、大変に申し訳ないですが、
順を追って参りたいと思います。


バラチナ編の最初、結婚式編です。短期から中期の間で連載で考えています。
で、結婚式までにくだくだくだ…といろいろ話があります。管理人お得意のパターン。。(苦笑)
なるべく早く更新出来ればと思っていますが、大まかな枠は頭にあれど
細かい台詞等は、まだまだボヤヤ〜〜ンな状態での見切り発進です(^^;
だからといって納得のいかない状態ではアップしません。
書けたら更新、おまけに他の連載との並行という形なので、
若干不定期にはなりますが、どうぞ宜しくお付き合いくださいませ<(_ _)>

夢霧 拝(06.07.26)
素材提供『空色地図』

背景画像、及び本文を一部変更しました。(06.07.27)



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