天上より注ぎし至上の光 〜 Love Supreme 〜 1 |
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花の町の街中に、その名を【ウィジリーバル・ガルニ】と言う一軒の仕立て屋がある。 【ウィジリーバル】には《祝福》や《祝いの門出》といった意味合いがある。 だが店主バリス・ガル二の名から、【バリスの店】という名の方で人々には広く知られている。仕事が丁寧、そして 店主の物腰も柔らかく、町の住人の間でもその評判は良い。そして評判が評判を呼び、バラチナ国全体にその名が知れ渡っている。 店の一階は主に店主が客との商談に使っているスペース。そして奥の方には仕立物の縫製作業所と、 一般客用の仮縫い合わせや出来上がった衣装合わせなどに使う部屋がある。更に店内の脇にある瀟洒な 階段を上がっていくと、一階の奥間よりは広めの部屋がある。そこは町長や町の役職に就く者達やその奥方、 それに金持ち相手のという、所謂一般客用とは別に設えてある上等な部屋だ。 バラチナ国内でも特にこの花の町は豊かな緑や花に囲まれ、その環境の良さからバラチナ中央に住む特権階級の者達の静養地 としてもよく利用されている。この店はそうした者達からも声の掛かる老舗なのだ。 とは言うものの・・・ 気さくで懐っこい性質で知られる町長は、そんな杓子定規な事には一切拘ってはおらず、仕立物を頼む時には一階で 全てを事足らせてしまうし、店主に対しても、もっとざっくばらんな対応で良いと言っているのだが・・・ そして、その二階の一室の扉から、女性達の華やいだ声が漏れてくる。 部屋の中央には婚礼衣装とその店の者、そして衣装を宛がうニーニャ。ノリコは少し離れた場所にある長椅子に腰掛けている。 傍にある洒落たテーブルの上にはこの町特産の花で作った花香茶が振舞われており、ノリコはそのカップを手にしていた。 それから今日のこの仮縫い合わせには、ガーヤも付き合ってくれている。そのガーヤもまた、同じ長椅子に腰掛けていた。 仮縫いが施されているその衣装の袖を持って自分の身に宛がいながら、ニーニャはまるで自分が それを着る主役であるかのような、大層ご満悦な表情だ。 「仮縫い、だいぶ進んだのね〜。ちょっと見てよこれ、今まで見たことのない衣装よ? 素敵ねぇ〜・・・ あぁ〜、ため息が出ちゃうわ〜。あたしの時もこ〜んな衣装があったら良かったのに!」 こぼしているのは愚痴であるのに、片目を瞑りながら茶目っ気たっぷりに話すニーニャの様子に、ノリコは微笑う。 「こちらのお衣装は、バラチナでは見られない型なので、特に注意深く念入りに仕立てをさせて貰ってますよ。 使っている布地の量も今までの婚礼衣装よりも多いんです。でも、これはホントにお嫁様を美しく見せてくれま すよ。とても素敵です。尤も、そんな必要などないくらい、こちらのお嬢様はお綺麗で愛らしいお方ですけど ねぇ〜」 腕に針仕事の道具を付けたその店の店主バリスの妻のユニカはにっこりと微笑い、衣装に細かく縫い目を入れていきながら言う。 傍には助手のお針子の女の子達が数人、道具を持ったり渡したり、床に落ちた屑の片付けにと手際良く動いている。 ユニカにそんな風に褒められて、ノリコは頬を赤く染めた。この店では、挙式を目前に控えた女性客に対しては《お嬢様》と 言っているのだが、お嬢様なんて呼ばれ方はどう考えてもガラじゃないし、こそばゆい事この上ない。 まるで、いつぞやイザークに言われた《王女》を彷彿とさせる。跪かれて忠誠なんぞ誓われた時には、もう顔中真っ赤で 慌てふためく以外のナニモノでもなかった。・・・未だに思い出す度、頭に湯気が上がる。 「そんな・・・ぁ・・ありがとうございます・・」 「ええ、こんなに夢中にさせて戴いてる仕事は久々ですよ。良いお式になるように、私共の方でも精一杯頑張ら せて戴きますので」 赤くなってはにかんでいるノリコの様子を微笑ましく感じつつ、尚もユニカは言葉を続け、にっこり微笑んだ。 それからユニカに促され、ノリコはその衣装に袖を通す。 まだ仮縫い段階とはいえ、婚礼の衣装を身に纏った彼女の姿は、とても美しく映えた。もしもイザークがその場に 居合わせていたなら、この愛らしい婚約者の姿に見惚れてしまうのは間違いないだろう。だが残念な事に、 イザークはまだ彼女の婚礼衣装を見るのを許されてはいない。 「ああ〜、やっぱり素敵ねぇ。ノリコ、とても綺麗よ。イザークにも早く見せたいでしょう?」 「ありがとうございます。・・・ええ、勿論早く見て貰いたいけど・・・当日までは見せられないんですよね?」 「そうよ。それがここで式を挙げる者に課せられたしきたりの一つなんですもの。当日までの我慢我慢。うふふ」 「でも・・・最初にそれを聞いた時には、ちょっとビックリしたわ・・それにしきたりも一つだけじゃないだなんて・・・」 「そうね。イザークも唖然としてたもの〜。あれは、ちょ〜っと見ものだったわよっ」 「くくく・・・ホント、渋々承知したって感じだったよ、あ・れ・は!」 面白そうに話すニーニャ、そしてそれを受けて笑うガーヤにノリコは苦笑する。 この店をイザークとノリコに紹介したのはニーニャで、彼女自身も最初の打ち合わせの時からいつもノリコに付き添っているのだが、 実は付き添いというのは口実で、ノリコが自分の世界の婚礼衣装にして仕立てるというので興味津々なのだ。 婚礼衣装に夢中になるのは、何処の世界の女性達も同じであると言えよう。 そして、その時のイザークの顔をノリコも思い出していた・・・・ 衣装を決める際、イザークはノリコの世界で婚礼に使われている衣装を見てみたいと言い出したのだ。 その言葉にノリコは驚き、それを再現出来るかどうかは難しいかもしれないと告げた。だが、幾ら掛かっても構わない、 そして出来るだけノリコの希望通りにすると良いと言われ、店主にも出来るだけ彼女の希望を叶えてやってくれと、 彼は申し伝えたのだ。・・・主人のバリスも妻のユニカも恐縮すると共に、彼の態度には感心したものだ。 ・・・勿論、当日まで花婿が花嫁の衣装を拝む事が出来ないという、この国のしきたりとやらを聞かされ、イザーク が酷く残念がっていたのは言うまでもなく、その点については大いに同情して然るべきなのではあるが・・・ この場合は、所詮無しと言えよう。 「まあ、イザークがこの国のそういったしきたりを知らなくても無理ない事だよ。・・・あの子の場合は、結婚に関する しきたりなんざそれこそ関心のなかった事だろうしねぇ。ノリコの国でも、こんなしきたりは聞いた事がないと言うし、 ま、驚くのも無理はないさ・・」 「確かに・・・ でもこの国では昔から、これが受け継がれて来ているのよね。 おお〜・・・婚礼を司る、ウィジリーバル・アルシェス(祝福の神)の御心のままに・・・ 神聖なるかな・・・神聖なるかな・・・ 花嫁と花婿、二人の未来に永久(とこしえ)の幸あらん事を・・・ ふふふ。それにね、待たされてもその分当日の楽しみが増えるでしょう? あたしだって、カイザックとのお式の時はそうだったんだからっ。当日の彼の顔ったら、ああ〜今でも思い出すわよ」 やや恭しくその両手を捧げ上げ、祝福の神について厳かに言及するが、その後はやはり茶目っ気たっぷりに話す。 またもその場に笑いが起こった。 「ご馳走様だね、ニーニャ。・・・それにしても、ホントに綺麗だねぇ。ノリコのいた島の方では、こういう衣装は珍しく ないんだって?」 衣装をしげしげと見つめながら、ガーヤは感心しつつそう訊いてきた。 ノリコの素性を知らない者達もその場に居合わせている為、彼女については《島から来た娘》という事で話を合わせている。 「ええ。でもこれもね、あたしのいた国の元々の婚礼衣装とは違うの。この型は元は別な外国の衣装のもので、 でもそういう形のドレスが入ってくるようになって・・・今じゃこういうドレスを選ぶ人が多いわ。それに装飾の種類も いろいろあるし、色だって白だけじゃなくて、いろいろと華やかな色合いのものがあるのよ」 「へぇ〜。でもノリコ、自分の国の衣装にしようとは思わなかったのかい?」 その質問にノリコは慌てて首を横に振り、少し困ったような顔で否定する。 「えーっ? それは無理。形も素材も特殊だから、こっちで再現するのは凄く難しいと思うわ。それに、その衣装だと イザークの衣装とはちぐはぐになってしまうと思うの。でも、こういうドレスのものなら、裾の長い衣装はこっちにも あるし・・・印象や雰囲気を伝え易いかなと思ったから・・」 「ふ〜ん。でもねぇねぇ、これなんて特に素敵じゃない? 長くて薄い布。向こうが透けるくらいの生地なんてよく 見つけてきたわよねぇ〜」 「はぃ、恐れ入ります」 ニーニャが言っているのはヴェールに使う生地の事で、ユニカは作業の手を休めずにそれに答えていく。 「出来るだけご希望の物をと、こちらも頑張らせて戴いたんですよ。これは特別に注文致しました生地です。 普通の服地としては使われる事はないですからね。でも、見栄えはとても良いんですよ。お嬢様のお式を見に 来られるお方々には、きっととても気に入られるのではないでしょうかねぇ〜。 ・・・ほら、ご覧くださいな。陽に透かすと大層綺麗に見えますよ」 にこにことヴェールの生地を捧げ持ちながら窓から射し込む光に透かして見せて説明すると、ユニカはまたすぐに 仮縫い作業に戻る。その辺は流石職人技と言えよう。そしてそうしながらも、助手の針子に、ここをもう少し詰めて・・・とか、 こっちにはこの飾りを・・・と的確に指示を出していく。 「ホントねぇ。そして、これを頭に被るんでしょう? ノリコ・・たくさんの花をあしらって・・」 「ええ。ここが花の町で本当に良かったわ。素敵な花をいっぱいあしらう事が出来るもの」 「花はこの町の自慢よ。そして年中何かしら花が咲いているのは、バラチナでもこの花の町だけなのよ。 でも・・・ああ〜、あたしもこんなのを着て、もう一度カイザックと式を挙げてみたいわ〜」 これには流石にその場の皆が笑った。 そしてすかさず、にんまり笑ったガーヤの突っ込みが入る。 「ニーニャ、幾らなんでも式を二度ってのは、そりゃ欲張りな望みだよ?」 「あら。ふふふ、残〜念っ」 大して悪びれもせず片目を瞑って答えるニーニャに、またも笑いが起こる。 「でもさ、この生地は高価だよ? 気に入った連中がいても、そんなに流行るとはあたしは思えないけどねぇ。イザ ークは相当頑張ったんじゃないのかぃ? この調子じゃ今度の貰った謝礼、全部ノリコの婚礼衣装につぎ込んじ まうかもしれないね」 それにはノリコも微笑う。 「おばさんったら。そんな事もないのよ。確かに費用の事は気にするなってイザークには言われているけど・・・、 掛けなくちゃならない所もそうでもない所も、ユニカさんとちゃんと相談して決めたのよ。だから大丈夫なの」 「へぇ〜。しっかりしてるんだね、ノリコ。今からもう遣り繰り上手なのかぃ?」 「えへへ。そうなれたらいいなとは思ってる。だって、お家の修繕や家具にもいろいろ掛かりそうだし。これはあの人と 一緒に旅をしながら、あたしが失敗を通して学んだ処世術よ、おばさん」 「ふふ、なるほどね。でもノリコ、あんたそんなに失敗を経験したのかぃ?」 「ええ、そりゃもう、数えるのを諦めてしまうほどにね・・・」 答えながら、ノリコは苦笑を漏らす。 「くくく・・・そりゃイザークも大変だったろうに。でも、そういう意味ではノリコもよく頑張ってきたね。大したもんだよ」 「あら、偉いのはイザークの方よ、おばさん。あたしが失敗しても、あの人一度もあたしを怒ったり叱ったりした事が ないんだもの・・」 「ホントに?・・イザークって、余程寛大な人なのねぇ〜。・・・出会った時からそうだったの?」 ノリコの言葉にニーニャも驚きの表情で訊いてくる。 「ええ、一度も・・・ だから余計に頑張らなくちゃって気持ちになれたの」 「ふふふ。こりゃまたご馳走様だね、ノリコ」 「おばさん・・・ あ、でもね、ほら最初の時なんて、イザーク殆ど笑わなかったし、そんないい雰囲気とかでも・・全然 なかったし・・・ あたしも・・・あの、自分の気持ちに気がついたのは・・・随分後になってからだし・・・」 赤くなって、多少しどろもどろに説明するノリコの姿がいじらしくも愛らしい。 「ふふ、皆まで言わなくても解かるよノリコ。・・・いいじゃないか、その分今のあんたもイザークも幸せなんだからさ」 「そうよ〜、島から移住するだけでも大変なのに、言葉から習慣から何もかもですものね。だから、これからはいっぱ い幸せにならなくちゃっ!」 「はぃ。・・・ありがとうございます・・」 ガーヤとニーニャの言葉にノリコは幸せそうにはにかんだ。その場に和やかな空気が流れる。 「で、衣装に掛かる費用のその逸話については、イザークは知ってるのかぃ?」 「ええ、勿論話したわ。・・・でも・・・・」 言い掛けて、ノリコは若干首を傾げながら天上を仰ぐような仕草を取る。その瞳もまた愛らしい。 「ん? どうしたんだぃ? ノリコ・・・」 「・・・うん、あのね。それを話したら、イザーク絶句して・・・その後凄く笑ったの。何が可笑しいの?って訊いても笑う だけで、答えてくれないし・・・・ どうしてかな?」 そうして訊ねるノリコの可愛らしい仕草に、ガーヤもニーニャも、果てはそこに居合わせていた店の人間も、皆一斉に笑い出した。 一方でノリコは、何故皆が笑うのかが解からない。 「え・・・どうして・・・皆笑うの?・・・そんなに可笑しい事?・・・ねぇ〜・・」 だがそうやってノリコが訊ねても、なかなか皆その笑いを治める事が出来なかった。 ノリコの衣装選びの配慮や、そのきょとんとした仕草も、ノリコの「らしさ」を表すにさもありなんと思われたからだ。 きっとイザークが笑ったのも多分にその理由からであろうと、容易に推測出来た。 一頻り笑ったガーヤは、可笑しさで目尻に浮かんだ涙を手で拭う。 「あぁ〜、可笑しかった、笑ってごめんよノリコ。・・でもまあ、もう一度イザークに訊いてみるんだね。今度はきっと 教えてくれると思うからさ」 「う〜ん・・・なんだか、ちょっと納得いかない気分〜」 ガーヤの言葉に渋々承知したものの、なんだか腑に収まらないものを感じつつ、その眉を顰めた。 その様子に、ガーヤはまたもプッと噴出す。 そして暫く笑っていたニーニャも同様に、その笑いをようやく収め笑顔で言葉を繋げる。 「でも、こうしてノリコとゆっくり話が出来るのがホントに夢みたいよ。最初にこの町を訪れた頃のあなた達の事を思 い出すと、特にそう思うわ。 それに、あなたとイザークがこの町に落ち着いてくれることになったのがね。・・・何よりもあなた達二人が、この花の 町で結婚式を挙げてくれるのが一番嬉しいの。・・・実は、そうなったらいいのにって、最初にあなた達と知り合っ た時からあたし、思っていたんだものっ」 「・・・ニーニャさん」 ニーニャにそんな風に言われ、ノリコはガーヤと顔を見合わせ、そしてまた頬を染めた。 ガーヤもそんなノリコを微笑ましく見ている。 そしてこの町に到着した日の事・・・それをノリコは思い出していた。 およそ半月前、セレナグゼナにあるゼーナの屋敷を出発し、イザークと、そしてガーヤ、バラゴ、アゴル、ジーナと 共にこの町に拠点を構える為に訪れた時の事を・・・
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序章とはまったく別で、展開が前に戻ってます。すみません。 婚礼衣装の仮縫い風景です。なかなかに楽しげな雰囲気。 女性とはやはりこういう場面では華やぐものですね。 ノリコちゃんの世界のウエディングドレスをイメージしています。 何とかお伝えしていけたら…と思ってます。 二階の上等なお部屋での衣装合わせが出来るのは、町長の声掛かりからと、 費用の面から言って、お店側が上得意様扱いにしている…という理由からです。 ノリコちゃんは恐縮して、一階で充分だと言ったのですがね(笑)… イザークさんの台詞、まだ出てきませんね。 彼は次回から出てきてくれますかな? はて…どうなりますやら… 夢霧 拝(06.08.05) --素材提供『空色地図』様-- |
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