HARMONY 〜風と光の旋律を乗せて〜3 |
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冷気が頬を掠める・・・―――― 微かに小鳥の鳴く声。遠くから聞こえて来ていた。 『・・・ん・・・』 薄っすらとノリコは目を開ける。白い空気が辺りに漂い、肌寒い外気が漂っていた。 『・・・霧?・・・・』 向こう側が霞んで見える。どうやら朝もやが立ち込めているようだ。 やおらノリコは起き上がり、ゆっくり歩いて洞窟の外に出た。 霧が立ち込めている為、僅かに見えている場所と白っぽく漂う場所とで、景色を一層幻想的に見せていた。 『キレイ・・・・・』 肌寒い空気、そして太陽は、霧の所為で淡く小さく見える。 ノリコは両肩を抱きしめるようにしながら、見えている景色を一人堪能した。 『ぁ・・・いけない・・・えと、えと・・・』 「きれい・・・けしき、とても・・・きれい・・・うん、よし・・」 慌ててこの世界の言葉に言い換える・・・ 振り返ると、イザークはまだ眠っていた。しかし、左手は剣の鞘を握っている。 何かが来た時にいつでも対峙出来るように、ぐっすり眠リこむ事はないのだ・・・と教えてくれた。 一人なら気楽なのだろうに、自分がくっついてる所為で余計な気を遣わせてしまってる。 昨夜も遅くまで火の番をしててくれてたのだろう・・・ 自分はいつの間にか眠ってしまっていた・・・ 申し訳なく思う気持ちと感謝の気持ち・・・その二つが同時に溢れてきて・・・ ノリコはそっと近づくと、自分が使っていた毛布を、イザークにそっと掛けた。 (昨日の雷で、醜態晒しちゃったもんね・・・ごめんね、イザーク・・) そしてノリコは、自分が使った夜具を静かに畳む。 自然現象だとは重々承知している。でも、雷だけは苦手・・・どうにも好きになれない。 それにあの独特の音が嫌。落ちて来るんじゃないかという恐怖心・・・小さい頃、何処かの建物の避雷針に 雷が落ちる瞬間を見た。その時の閃光、そして音。心臓がドキドキした。以来、恐いイメージがどうしても拭えない。 後は気持ちの悪いのもダメ・・・たとえそれが、一生懸命生きているのだとしても・・・ この世界は、その生き物の類もあの雷でさえも、とにかくスケールが大き過ぎる。 でも、夢中だったとはいえ、またもイザークにしがみついてしまった。 ああ、とんだ醜態・・・。多分呆れちゃっただろうな・・・ だけど・・・彼が傍にいてくれるだけで・・・ 何故だか凄く安心出来て・・・ ふと、ため息がまた漏れた。 (そうだ、火を熾しとこうか・・・あたしでも出来るよね・・) 昨日の焚き火の跡に火種が残ってないか、木片で探ってみる。 (イザークみたいに火を操るのは無理だけど、せめて火種が残っていれば・・・) 学校の夏のキャンプで教わった事が、役に立つかもしれない。ノリコはそんな風に考えていた。 火種を残しておけば、マッチなどの火器がなくても急場の凌ぎに充分間に合う。 探っていたら、小さな火種がまだ残っているのを見つけた。 (あった!良かった〜) それに木屑を撒き、少し息を吹き掛けた。チロチロと火が燃え始める。 (やった!あたしにも出来た!) 消えないように、注意深く木屑や木片を足していき、また息を掛ける。どうやら順調に燃えてくれそうだ。 ふぅ〜・・・ 漏れ出る、ため息。 (温かい・・・もう少しすれば、霧も晴れるかな・・・そしたらお日様も出てきて、もっと暖かくなるよね・・) パチパチと燃える火を見つめながら、ノリコは微笑う。 (今日もいい事があればいいな・・・) ――――――・・・・・・っ! イザークは目を覚ました。身体を起こして、自分に一枚余計に毛布が掛けられているのに気づく。 毛布を手に、怪訝な表情になる・・・ 「・・・・・・・・」 ノリコの夜具はキレイに畳まれていた。視線をノリコに移す。 昨日の焚き火の所でノリコが何かをしている・・・? ・・・・火・・どうやって熾したんだ?火の熾し方はまだ教えてなかった筈なのに・・・ 「何をしている・・ノリコ・・」 「えっ・・・・」 後ろからの声に振り返ると、そこには起きて来たイザークが立っていた。 「イザークっ・・・あ・・・おはよう・・ございます・・」 「・・ああ。・・・何をしていた?・・火を熾したのか?」 「ぁ・・・うん・・あの、ちいさい、火、すこし、のこる・・・それに、木、いれた・・」 「・・・そうか、種火が残ってたか・・・上手く生かしたな・・」 そしてイザークは傍らに屈み、更に木片をくべて手を翳し彼の気で火を大きくした。炎が勢い良く燃える。 (凄い・・・いつもながら鮮やか〜・・・) 火を操るイザークの力に、ノリコは感心しながら見入っていた。 「足はどうだ?痛まないのか?・・」 「え・・あし・・・・いたむ?・・・・あ・・・」 朝もやに心奪われて、足の事などすっかり忘れていたのに今頃気づく。 「また、わすれた・・・でも、・・だいじょぶ・・・いたいの・・ない・・・」 「見せてみろ・・」 「うん・・・」 足に巻いている布を取り、膿を出した箇所を診た。昨日はこの白く細い足に傷が痛々しかったが、今朝はもう その腫れも引いており、状態は幾分マシになっているようだ。 「きり・・・でてた・・ きれい・・すごく・・・だから、あの・・・あし・・わすれた・・」 言われてイザークも辺りを見回した。 「そうだな、昨日の雨で湿気が多くなってる所為だろう。・・・だが、すぐそこが崖になっている。景色に見とれて足を 踏み外すなよ?」 言いながら、ニッと悪戯に微笑う。 前が崖!・・・そんな事も忘れてた・・・ 冷や汗が滲むのをノリコは感じた・・・ 「足の腫れは引いてはいるが・・・本当に痛くないのか?」 「・・・だいじょぶ、いたくない・・」 「そうか。この分だと、休みながらゆっくり行けばいいな・・・」 「イザーク・・あたし、たくさん、やすんだ。・・・だから、も・・だいじょぶ・・・」 両の拳をぎゅっと握り、力を込めてノリコは断言する。 だが、イザークはノリコの目をじっと見つめ、 「・・・ノリコ、前にもそうやって無理をしただろ?具合が悪いのに我慢して挙句に熱も出た。もう忘れたのか?」 ややたしなめるような、その口調。 「イザーク・・・ぁ・・・」 イザークの言葉で思い出す・・・ そうだった。・・・一ヵ月半ほど前。気がつかなかった自分も莫迦だけど、熱が出て倒れてしまったんだ・・・ 結局その時も、イザークに迷惑を掛けてしまって・・・・・ 迷惑掛けないつもりが、いつも裏目に出ちゃう・・・ 「次の街に着いたら馬を調達する。それまでの辛抱だ・・」 「つぎの・・まち?・・・う、うま・・お・・しょ・・たつ・・・」 「次の街で、馬を調達する」 「う、うまをちょう・・ちゃ・・ちゃ・・・」 「調達」 「ちょ・・ちょう・・たつ・・・・する」 「ふっ・・・・良し」 彼女が一生懸命であればあるほど、どこか可笑しく・・・ そしてその姿が健気で・・・ イザークがくっと微笑ったので、ノリコも表情が明るくなる。 そして、その後も忘れないように、ノリコはもごもごと何度も言葉を繰り返した。 そんなノリコを見、イザークはまたも自然と笑みが漏れてくるのを感じていた。 出発の準備をしている時―――― ノリコがぽつりと呟いた。 「きょう・・・きのうの、すごいおと・・・しない?」 「昨日の凄い音?」 「あの・・・えっと・・・かみゅない?・・」 「ああ、雷か・・・」 「かみなり?」 「そうだ。・・・この分なら今日は心配要らんだろう・・」 それを聞いて、ノリコはホッと胸を撫で下ろす。 「・・・・恐いのか?」 昨日の彼女の狼狽振りを思い出し、またくっと微笑う。 「ぅ・・・かみなり・・・おと、ここの、せかい、すごく、おおきい・・・おどろく・・・むね、どきどき・・・する・・」 「ノリコ・・・」 「ごめんなさい・・・きのう・・・あたし・・・」 幾ら雷が恐いとはいえ、昨日のような醜態はやはり恥ずかし過ぎる。 家族にも呆れられたほどだし、慣れなければ・・・との思いに苛まれる。 「こんど、・・・あの・・・がんばる・・・あたし・・・かみなり・・・がまん、がまん・・・がんばる・・」 真っ赤になりながら俯き、その手をぎゅっと握り締めながら、小さな肩を震わせている。 ・・・・・・・・くくっ・・ こういう時に笑うのは恐らくは不謹慎なのだろうが、彼女の仕草一つ一つが何故だか可笑しくて・・・ 本当に自然と惹きつけられる。そしてそれは、今もまた例外ではなく・・・・ いや、彼女にとっては、多分に一大事なのだろうが・・・・ 「無理するな、ノリコ・・・」 「え?・・・」 イザークの意外なその言葉に、ノリコは顔を上げた。彼は苦笑している。 「誰にでも、苦手なものはある。別に恥ずかしい事ではない・・・」 「・・・イザーク・・」 ・・・守ってやりたい・・・ そう思えるのは・・・何故だろうか・・・ 「この時期にあんな雷雨に見舞われるのは、珍しい事だが・・・」 言いながら、荷物を肩に担ぐ。 「今度また同じような事があって、それでも恐ければ・・・遠慮はするな」 「え・・・・・・・」 「俺の胸で恐怖が和らぐのなら・・・いつでも貸してやる・・」 「・・・・ぃ・・イザーク・・」 見開いた瞳で、彼を見つめる。そんな風に言われ、赤くなった。 彼の言葉で、今まで懸命に保っていた何かが、ふっと軽くなるような・・・・そんな感覚を覚えた。 肩に乗っかる重たいもの。必死で・・・それこそ頑張っていこうと、必死で保っていた部分・・・ それが・・・軽くなっていく・・・ 確かに、安心出来る・・・ イザークの胸は・・・広くて、温かくて・・・・ でも、それは・・・ 「でも・・・めいわく・・・イザーク、たいへん・・・あたし、いて・・・いつも、いつも・・・めいわく・・・」 「ノリコ・・」 火の始末を終えたイザークが、歩き掛けにノリコの頭をくしゃっと撫でる。 「え・・イザーク?」 「要らぬ心配だ・・・」 穏やかな笑顔で、そう告げた。 ・・・厄介なのは百も承知だ。 嫌で仕方ないのなら、当の昔に彼女を置いていっただろう・・・ だが、自分にとって望むべき存在ではなくても、彼女を責める事は出来ない・・・ 知らない間に過酷な宿命を負わされてしまった彼女を、責める事は出来ないのだ・・・ 「・・イザーク?」 「・・・・・ぅ・・・」 思考の海から引き戻され、ハッと我に返る。 ノリコにじっと見つめられている事に気づき、その顔が若干赤い。 「・・・ぁ、いや・・」 ・・・いったい何をうろたえる・・・ この俺が・・・ 「・・何でもない・・・行くぞ・・」 「ぁ・・・うん・・・」 イザークの後にノリコも続くが、彼の足取りがこれまでよりも若干ゆっくりになっている。 そして、時々後ろのノリコを伺う視線・・・ 「足は大丈夫か?・・・痛くなったら言うんだぞ?」 「・・・・うん、ありがと・・」 その気遣いを嬉しく思う。 そして、段差のところで差し伸べられる手・・・・ 「え?・・・」 その顔を見上げる・・・ 「気をつけろ、段差がある・・」 「あ・・・ありがとう・・」 何だろうか・・・本当に心が軽くなる・・・ こんな自分を見捨てずに、連れて歩いてくれる。 嬉しい・・・ 心地良い風が、心の中に吹き抜けていくようで・・・ ノリコはイザークの手を取った。温かかった。 不安な気持ちに苛まれた事もあったけど、優しさに触れて、それが一つ、また一つと拭われていく・・・ 彼が手を差し伸べてくれているんだ。 とにかく自分に出来る事を見つけて、頑張って行こう。 そして、いつか・・・彼に必ず、恩返ししたい・・・――――― 爽やかな風が吹き抜ける・・・ それがとても心地良かった。 今日も世界に平等に光が注ぎ、そして風が吹く・・・ 新しい一日が、人々により素晴らしい日として刻まれていくようにと。 (了)
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++ あとがき ++ お読みくださりありがとうございます。 原作軸のエピソードとして、今回書かせていただきました。 そして今回のリクエストは、これも御礼のリクとして申し出たものです。 リク元様のYuki様とは、同人誌がご縁と申しましょうか… それを入手しましてそれでYuki様の存在を知りました。 ですが、もう何年も前に作られた雑誌ですし連絡の取りようも無いしな… と諦めておりましたところ、ポポカテペトル様のサイトを通じて、 これまた偶然!Yuki様がサイトを立ち上げたことを知ったわけです。 自分が入手したのと同じイラストをサイトに見つけた時の衝撃…! なんて世の中狭いのかっ…。ああ、こんな所にいらしたのっ?!ですよ。。 入手したモノ以外の雑誌の中身まで拝見させて頂けて、漫画にイラストにと ホントに楽しませて戴いて、はぁ〜…感動モノでした。いつか何かの形で御礼出来たらなぁ〜と 思ってましたところ、今回小説のリクエストという形で表す事が出来ました。 Yuki様はサイトをご覧になって戴きますとお解かりになりますが、とても ノリコちゃんLOVEなお方です。今回戴きましたリクエストも、実は…ノリコちゃん♪ 『昔に戻っていただいて。「夜明けの光へ」あたりのお話が読みたいな〜〜vと。 このお話よりもちょっと前でもいいです。まだノリコが言葉を覚えてなくて。 すってんもろりとか言っちゃうくらいでもOK!(笑)日常のちょっとしたほのぼのなお話。』 というご注文でした。ただ、出来た話は「ちょっと前」ではなく、時間的には「ちょっと後」くらい。。 「夜明けの光へ」よりは、一ヵ月半から二ヶ月弱あたり後です。 原作軸の話で、しかも別離前。しかも、まだ言葉もそれほど達者でなくて… う〜むと頭を抱え、さてどんなエピソードにしようか…と、これはかなり考えました。 いろいろとノリコがもしかしたら経験したかもしれないであろう「失敗エピソード」などを 回想シーンで表現。そして、自然現象、足の怪我、更には言葉の練習を通して イザークさんとのやり取りを表現させて頂きました。 タイトルにある「HARMONY(ハーモニー)」ですが、これはまさに二人の奏でる「和声」です。 「調和」も意味しています。でも最初から上手く調和出来たのではなく、時にノリコちゃんの 出す突拍子も無く「ハズレた音」や「不協和音」なども加味させてみました。 可愛らしい彼女の一面と、ほのぼのとした場面、それからイザークさんのモノローグ。 彼はやはり悩みを抱えつつ、ノリコちゃんと一緒にいますので、彼にとっても彼女の 存在がこれから大きくなっていく過程にあるのがこの時期であると考えています。 いわゆる「想いの積み重ね」。それが、徐々に積み重なって、ぴったりした調和になって いった時、お互いにかけがえのない存在、見事なHARMONY(ハーモニー)を奏でられる 二人となるんじゃないかな〜。とこんな感じでタイトルを決めました。 副題の「風と光の旋律」、これもどちらが「風」でどちらが「光」なのかは、お読みに なって戴ければ解かりますね♪(^▽^) 文中エピソードの中で、イザークさんの回想シーンに「占者の言葉」が出てくるのですが、 勿論、占者は天上鬼としてのイザークを占う事は出来ないですね。 「光月」生まれの者に関する言い伝えと申しましょうか…。多分、昔に親や大人の誰かと イザークも占いなどを見た事があると思うんです。そこで聞いた「言葉」。言い伝え的な言葉。 そして、彼の持つ雰囲気から占者が感じた直感的なものから出た「言葉」。これが多分にあったのではないかと。。 そして、「光月」生まれの者のもたらす幸を、少々漠然とではありますが、表現の中に入れました。 思いついた言葉をいろいろ入れていったので、解かりにくい場面もあるかもしれないです。 もし解かり難いようでしたら、申し訳ないです。 それにしても、言葉を覚えるというのはやはり大変だと思います。 それだけ、イザークさんが根気良く教えてきたんだな〜というのが、ホントよく解かりますよ。 辞書があれば比較して覚えられますがね。それが無くて「あれ」ですから。 だからこそ、お二人には敬服してしまいます。 でも、イザークさんも今回かなり揺さぶられたのではないかと。。。(* ̄m ̄)うふふ。 想いの積み重ねです。微妙ぉ〜な、しかもじれったい時期を書くのは、書いてる本人も 非常にじれったいんですが、でも、書いていてとても楽しかったです。 依頼をお受けしたのが、5月22日。あらら、ちょうど2ヶ月前になりますね。 ですが、前回リク作品がまだで、それの後に取り組ませて戴きました。 時間が掛かってしまい大変に申し訳ありませんでした。 リク元様のYuki様にOKを戴きましたので、本日無事にアップの運びとなりました。 Yuki様、リクエストをどうもありがとうございました。 楽しんで戴けましたら、幸いに思います。 そして是非、ご感想お寄せくださいませ。皆さまのお声をお待ちしています。 夢霧 拝 (06.07.23) |
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