天光樹 -- nostalgia --4





そして、三日前に訪れた、山の頂上・・・・

今日も天候は良く、光の恵みと、そして風を受けつつ、その天光樹は立っている。
早咲きのものは、既に半ば散ってしまっている。だが、その樹の根元には散った花びらが、さながら絨毯のように
敷き詰められていて・・・・・ それもまた一層の風情を感じさせた。

そしてその場の空気が一瞬渦巻いたようにまた巻き上げ、シンクロアウトしたイザークとノリコがそこに現れる。
風と共に二人の髪が舞い上がる。


「どうやら、いい時に来たようだ・・・」

イザークが樹の方を見ながら呟く。イザークにしっかり掴まっていたノリコも、その声を聞いて顔を上げ、 樹の方を見つめ、そして驚きの声を挙げる。

「わあ〜・・・」

その声には、感嘆の色が見えていた。
二人とも一瞬見つめ合うが、イザークは頷くとノリコの肩を抱き、樹の方へと誘う。

柔らかな風に吹かれ、早咲きのものを含めて木々の枝からは、花がまるで雪のようにちらちらと舞うように
散っている。足元には、花びらの絨毯。それが時折風に吹かれ、更に舞い上がり、さながら吹雪を思わせる。

そして、天から注ぐ陽の光・・・ それが、木々の葉を透かし、木漏れ日の美しさを更に引き立てる・・・

二人は眼前に拡がるその光景を、言葉も無くただ見つめていた。


ツーーーーー・・・


「?・・・ノリコ・・」

ノリコの目から、光るものがひと筋、流れ落ちる。それに気づいたイザークが、ノリコに声を掛けた。
その涙を拭おうともせず、彼女は顔を上げ、イザークを見つめる。

「・・・・ノリコ・・・」

ノリコに笑顔が浮かぶ。光を受けて、それは穏やかな笑顔。

「・・・えへ・・・」

そうして、再び視線を天光樹に向け、そっと目を閉じる。
まるでその身体に樹のエネルギーを貰うかのように、彼女は深呼吸をし、そして目を開けた。
先程と同じく涙に濡れたままであるが、その顔には笑顔が浮かんでいる。

「・・・・本当に、びっくり・・・散り方も、この光景も・・・皆・・・同じ・・・夢のよう・・・嬉しい・・」
「ノリコ・・・」
「不思議よね・・・自分の生きていた世界と同じものが、この世界にもある・・・本当に、なんてステキな
 偶然なんだろう・・」

その視線をイザークに向ける。

「・・・そう思わない?イザーク・・・ふふふ」

その表情は、以前この樹を見た後に見せていた、取り繕ったような笑顔とは明らかに違っていた。
清々しい美しさを思わせる、そして何かが吹っ切れたような、潔ささえ・・・見えた・・・

「ああ、本当に、そうだな・・・」

イザークの彼女を見つめる眼差しも、変わりなく優しく、そして温かい・・・・

「もう楽しむ事はないだろうと思っていた、自分のいた世界と同じものが、ここにある・・・ それだけでも凄い・・・
 なんて素晴らしい・・・ 偶然なんだろうか・・・ それとも必然なんだろうか・・・ 解からないけど、でも嬉しい・・・」

「向こうの世界との共通点を見つけられて、それが、こんなにも嬉しい・・・」

風が吹き、花びらを更に散らせ、そして舞い上げる・・・・
そして、二人の長い髪をも、靡かせていく・・・

「この世界に来た時にも、色んな共通点を見つけて、それがとても嬉しかった・・・ 生きる励みにしていた時も
 あった・・・ あたしの元いた世界にも、そしてこの世界にも・・・・陽の光は、こうして平等に降り注いでいる・・・
 風も、雨も・・・ そして、言葉と習慣は違っても、そこに暮らしている人達は、同じ人間・・・」

ノリコは、更に樹に近づき、そして、樹の幹に触れる・・・・

「考えてみれば、こんなにステキな共通点がいっぱいあるのに・・・ 今まで気がついていながらも、随分と
 見過ごして来てしまったのかもしれない・・・・」


「・・・ノリコ・・」

  振り返り、イザークに笑顔を向けながら、ノリコは言葉を続ける。

「これから、幾つの共通点を見つけていけるかな・・・ね、イザーク。そしてね、それを見つけたら、また一つ幸せが
 増えていくの。そして、それがいっぱいになって、そしたら、凄くステキじゃない?・・・」

「この世界で生きている・・・そうした証になればいい・・・ だって、今もこんなに幸せな気分でいられるんだもの」

そう言いながら、ノリコは空を見上げる。眩しいその陽射しに、手を翳す。

「あたし・・・本当に大切な事を・・・ 忘れていた・・・」



毎日、一生懸命自分の出来る事をやってきて・・・

この世界で生きていくんだって・・・がむしゃらにやってきた・・・

でも、肩肘張らずに、これからはやっていこう・・・


きっとそれが出来る・・・――――



「ノリコ・・」

ノリコは、再びイザークに向き直り、そして・・・・

「イザークっ!」

イザークの元に走る・・・ その両手を拡げ、胸に飛び込んだ。イザークもまたノリコをしっかりと抱き留める。

「ノリコ・・ノリコ・・・」

髪に口づけし、そして頬を寄せる。

「イザーク・・・心配掛けてしまって・・・本当にごめんなさい・・・」

そして顔を上げ、彼の顔を見つめながら言葉を続ける。

「懐かしいと思っていても、・・・帰りたいからじゃないの・・・ あたし・・・」
「ノリコ・・・」

イザークもまた、彼女を見つめながら言葉を繋ぐ。

「おまえは悪くない・・・ 俺の方こそ、すまなかった・・・ 故郷を懐かしむのは、なにもおまえだけに限らない・・・
 それなのに、俺はおまえに随分と酷な事を強いてしまっていたようだ・・・」
「イザーク・・・」
「カイザックに、説教されてしまったよ・・・」

苦笑と、そして照れを隠し切れない表情でイザークは話す。

「おまえが元の世界を懐かしむことがあっても、これからは、俺も一緒に話に加われる・・・それでいいか?」
「・・う・・うぅ・・・・」

イザークの言葉に、ノリコは溢れる涙が止まらない・・・

「ノリコ・・・」

そして、もう一度想いを込めて、妻をしっかりと抱きしめた。

「・・絶対に二人で、おまえの世界に行こうな・・・・」
「ぅ・・・イザークぅ・・・」

風に乗り、二人を包むように花びらの舞が湧き起こる・・・

そしてそれは、風と共に山の裾野に拡がり・・・ 飛び散っていった・・・

舞花は、心を洗う・・・

そして清々しい気持ちを残し、風と共に、煌き輝く空に帰るかのように・・・ その光に透ける・・・・



天光樹の花が全て散り、その樹に葉が茂り始める頃・・・ 花の町は、花祭りの準備を迎える――――









それから数日後――――


ノリコは洗濯物干しに勤しんでいた。

以前のような、心に抱えたわだかまりは・・・もうない。
イザークと解かり合えた事で、その重荷が取れた所為だろうか・・・


そして、ノリコは以前にも増して、よく彼に話をするようになっていた。

イザークが黙ってノリコの話す事を聞いているものだから、流石にノリコも・・・

「えぇっと・・・ひょっとして・・・あたしばっかり、喋り過ぎる?・・・うるさくない?」

と心配して、彼に訊ねてしまうほどだ。

だが、イザークはクスっと微笑い、そんなノリコの腕を取って、自分に引き寄せる。
そして、包むように抱き、妻の耳元でこう囁くのだ。

「・・・黙ったままの元気のないノリコよりは・・・今のおまえの方が・・・ずっといい・・・」

そんな赤面モノの殺し文句を言われ、そしてその耳元に口づけなんぞされた日には・・・
ノリコもまた赤面して、その身体にまたもぴぴぴっ!・・と電気が走ったようになってしまうのも、頷ける話だ。


そうして、ノリコが洗濯したシーツを干している時――――

家の前の通りに、馬車が止まる音がした。

「あれ?・・・誰だろう・・・」

干しかけのシーツをとりあえず干し終えてから、ノリコは音のした方に行った。
馬車では、イザークが荷台から何か荷物を下ろしているところだった。

その荷物を、よっ!と、景気良く肩に担ぎ、家の前の石段を登ってくる。

「イザーク?・・」

ノリコはイザーク見つけ、不思議そうな顔で、近寄ってきた。

「ノリコか、ちょうど良かった。すまないが、物置小屋からスコップを出して来てくれないか?」
「スコップ?・・・いいけど、担いでいるのは何?」

イザークはクスっと微笑う。

「・・すぐに解かる。見てのお楽しみだ・・」


ノリコは訳が解からなかったが、言われるままに物置からスコップを持って来る。
イザークは裏の庭の隅に、その荷物を降ろしていた。

「イザーク・・・これは何なの?」
「ああ、・・・まずは穴を掘らないとな・・・」
「穴を?・・」

イザークはノリコを見つめ、頷く。
ノリコからスコップを受け取り、そこに穴を掘り始める。

暫くして、丁度良く穴が掘り上がる。そしてスコップを脇に置き、今度はその荷物の包みを解き始めた。
ノリコはずっと不思議そうに眺めていたが、その解かれていく荷物を見て・・・


・・・・!

「イザーク・・・これは・・・植物?」
「ああ、何だか解かるか?」

顔を上げたイザークの顔はやや悪戯だ。

イザークが持ち帰ったものとは、樹の幼木だった。苗木よりは幾分育っているその幼木を、
掘った穴に根を下にして立て、今度はそこの隙間に土を入れていく。

「ここなら、日当たりを遮るものは・・・何もないからな・・・」

そう言いながら、土を入れていく。


その幼木・・・
 
花はまだついてはいないが、幹はやや白く、枝ぶり、そしてその葉の形・・・

紛うことなき、それは天光樹の幼木だった。


「イザーク・・・この樹、・・・どうして・・・」
「驚いたか?」

その言葉に、ノリコは惚けたような顔で、頷く。

「町長に頼んで、幼木を分けて貰った・・・上手く根付いてくれればいいが・・・」
「・・町長さんに?・・・」
「ここは結構日当たりがいい。この樹が育つ条件には適っているからな。・・・上手く育てば、今度からはここで
 おまえと花見が出来る・・・」

そして、ノリコに穏やかな笑顔を向ける。

「国の花だというのなら、もっとあちこちに植樹すればいいんだ。そして、この町やこの国が、この樹で
 満たされるなら・・・ おまえの国に咲くというその≪サクラ≫で、この国もまた満たされる事になる・・・」
「・・・イ・・ザーク・・・」
「・・素晴らしいと思わないか?」

ノリコは、言葉もなく頷く。目には既に、涙が溢れんばかりになっている・・・・

「ま、もっとも、これが立派に育って見事な花をつけるようになるまでは、まだまだかなりの年月が必要だがな。
 それまでは、山に行かなくては花も見れないが・・・それもまた一興だ・・・」
「・・う・・ん・・・・・」

「そして、これがあの山の天光樹のように育つ頃には、俺もおまえも、今よりももっと歳を重ねていることだろう・・・
 ここでいつまでも、おまえと共に・・・この花を愛でていけたら・・・・、」

「イザーク・・・」

「そうなれば、最高だな・・・ノリコ・・」



涙が・・・ 止まらない・・・

こんなにも、優しい笑顔をくれる・・・・

いつも、いつも・・・・ 自分をこんなに心配してくれる・・・

そして、大切に想ってくれる・・・・


どんなにたくさんのものを、あなたに貰っただろう・・・・

たくさんの優しさ・・・

たくさんの夢と希望・・・そして、生きる力・・・

そして・・・ たくさんの愛情・・・・


溢れ出る想いが・・・・ 止まらない・・・・・

イザーク・・・―――――



「・・・・・ノリコ・・」

イザークは泣いているノリコの頬に手を添える。その眼差しは変わらず優しい・・・

「・・・もう・・・泣くな・・・」

涙を拭ってくれる彼の手に自分の手を添え、ノリコはイザークを見つめる。

「・・嬉しくて・・・堪らないの・・・こんなに、たくさん・・・あなたに・・貰った・・・」
「ノリコ・・・」

イザークの胸に顔を埋める。背中に手を伸ばし、きゅっと掴む。

「イザーク・・・イザーク・・・嬉しいよ・・・イザーク・・・ありがとう・・・・・あたし、・・・あなたの傍にいる・・・
 離れない・・・離れたくない・・・」

イザークもまた、しっかりとノリコを抱きしめた。

「ノリコ・・・俺も同じだ・・・ ずっと一緒にな・・・」


それから暫く、二人はそのまま抱き合い、そして互いの想いを込めて、口づけを交わした・・・――――



――――・・・

その後、この天光樹の研究が進み、栽培にも着手され、やがてそれは、成功の日の目を見る。

後年、花の町は勿論のこと、このバラチナ国内では何処でも国の樹であるこの天光樹[ディーラ・スタリュース]が 見れるようになり、人々の心を和ませる役割を担っていく事になる。そして更には、香油や化粧品などにもこの花が 利用されるようになり、花の町の産業の発展にも大いに貢献する事となった。


だが、そうなるのは、まだまだ先の話・・・


そして、年月は流れ、イザークとノリコの家の庭に植えられた天光樹もまた、陽の恵みを受けて大きく育ち、
素晴らしい花を咲かせるようになる・・・

そして毎年この時期には、二人で仲良く花を愛でたという・・・

ノリコの世界に咲く≪サクラ≫と同じく、可憐な花を咲かせるこの樹を・・・・ 二人の思い出として・・・


いつまでも、いつまでも・・・ 二人が共にある限り・・・

--明日に咲く希望の花、幸せな未来の花--を・・・

愛でていくだろう・・・


[ディーラ・スタリュース] 花の言葉は、---光溢るる愛を共に---・・・――――




(了)




素材提供『空色地図』
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++ あとがき ++

お読みくださりありがとうございます。
長い物語になってしまい、やはりページを分けました。はぃ。

今回のこのリクエストは、私が是非にとお願いして戴いたものです。
「彼方から」のイメージにあう音楽を、BGM集として編集し、私にプレゼントしてくださった方の為に…
そしてこの作品は、その音楽を聴きながら、頭に浮かぶイメージを形に表したものです。

戴いたリクエスト内容は、『ずばり、ノリコが「ホームシック」になってしまう話』です。
メールで「桜」の話が話題に上がり、それで思いつかれたそうです。

『あの世界にも「桜」によく似た木があって、その木を見つけたノリコは大喜び。
しかし数日後、ノリコは元気をなくしてしまいます。気が付けばぼんやりしていることが多く、ため息ばかり。
笑顔もめっきり減ってしまいます。イザークや周囲の人が理由を尋ねても「何でもない」と力なく笑うだけ…。
と、こんな感じです。この後、どーやってノリコを元気にさせようか、私の想像力だときっかけとか気のきいた
セリフとか出てこないんです。もちろんその役回りはイザークにさせたいんですがね。
「郷愁」ってやつは、イザークを好きでこの世界に残りたいと決意した心とはまた別に、どうしようもなく
湧き起こるものだと思うんですよね。桜もどきの木がたくさんあって、満開の桜吹雪をノリコとイザークの二人で
見るシーンなんてのも浮かぶのですが、これも話のどの部分にもってくるかも全然分からん…。』


…と、こんな風に具体的に提案してくださいまして、いろいろと私も脳みその中で、場面を思い浮かべては
気の利いた台詞は無いか〜〜??と考え…
本当に、書きながら楽しい時を過ごせました。

リクエストを戴いたのは51日だったのですが、連休中はまったく手をつけられず…
そして、イメージだけを少々膨らませるだけ…
で、連休が終わってから、文章化を少しずつ始めました。
4〜5日間ほどで、でも形になり…ああ、感無量。。これも、曲のお陰かな…?

聴いていた音楽とは、実は「菅野よう子」さんの音楽です。私は今まで存じてなかったのですが
皆さんの中には知ってらっしゃる方も多いかもしれないですね。
アルバムの中の、『ANGEL』『ROMANCE』という曲が、モロ嵌り。。完璧にノックアウトされました。
アニメーションの作曲も多く手掛けている方なのだそうで、もし「彼方から」がアニメになるなら
是非この方の音楽で…と私も思いました。それくらい、ピタリ。ファンタジーですよ、まったく。ビバ!ファンタジー〜〜♪

今作品では、ノリコの元気がなくなるのは、天光樹を見て程なくから…になってしまってますが、
イザークさんとのやり取りや、ステキな先輩夫婦のカイザック&ニーニャ、そしてお茶目な花の町の町長さんの活躍(?)
そして、二人の心の変化に注目して戴ければと思います。
…ん?誰ですか?お風呂シーンも詳しく書けよ。とのたまうのは…?(笑)

最後の、植樹するシーンは、実は初めに浮かんだ場面なんです。
勿論台詞回しは、書きながら浮かんだものを書いていきましたが
いやぁ、背筋にジーンと来るものがあり、書きながらも泣けてしまった…。あたしったら、あたしったら…。
と、そこまで思わせてしまうほどの、イザークさんの底なしの優しさ。。泣けます。ホントに、こんな人がいてくれたら…

夢をくれた、イザークさんとノリコちゃんに感謝。
そしてそんな物語を描いてくださった、ひかわさんにも感謝。
サイトに来てくださるたくさんの支援者の方に、
そしてステキなリクエストをくださいましたリク元様に。

リク元の「ねこにゃー様」にお伺いを立て、太鼓判を頂戴しましたので、本日無事にupです。
ねこにゃー様、ステキなリクエストを、本当にありがとうございました<(_ _)>

お読みになられました感想など、お聞かせ戴けますと…大変に嬉しく、また励みとなります。
どうぞヨロシクお願いします。
夢霧 拝(06.05.14)
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