◆ 君につなぐ想い 10 ◆



典子がこの世界に戻されてから、一週間が経とうとしていた。


その間、気が紛れるかもしれないから・・・と、
父は、典子の日記を基にして出版した小説を見せてくれた。

自分が書いた日記がこんな風に小説になるというのも感慨深かったが、
異世界に飛んでからの自分とイザークとの歩みが垣間見れるような気がして、父の心遣いが嬉しかった。

実際父は、典子の日記を見事に再現しており、挿絵についても、イザークのイメージに適っていた。
夢でしか、イザークのイメージを掴む事が出来なかった父だが、そこは小説家の巧みさであろうか。
挿絵を担当してくれた人に、上手にイメージを伝えてくれたらしい・・・。



そして、かつての通学路も再び歩いてみた。
あの時巻き込まれた、爆発事故の現場となった場所に立つ。

壊れた電柱もブロック塀も新しくなっていて、あんな事故があったとは思えない程だ。
あの時の佇まいは、今も何も変わりなく時を紡いでいるように見える。


電柱に近づいた。


・・・この電柱の下に、あの紙袋が置かれていたんだよね・・・――――


飛んできたボールを拾おうとしたら、小さな石に当たり、この電柱の方向に転がって来た。
ボールは紙袋に当たってあたしに跳ね返り、それを拾った直後にその紙袋が爆発した。

爆風で飛ばされたあたし。

怪我をするでもなく、死ぬでもなく、あたしは時空の狭間へと迷い込んだ。


何の偶然だったのだろう。

いや、もしかしたら、偶然ではなかったのかな・・・


もし、ボールを拾おうとしたのがあたしじゃなかったら
どうなっていただろう・・・

などという事まで浮かんで来て、苦笑が漏れる。



ああ、そうだった。
毎日のように夢を見てたんだ。

向こうの世界の夢。

澄み切った青い空の、青草の草原の、きれいな水の、見たことも無い動物達の・・・

穏やかな風景、穏やかな風・・・・穏やかな陽差し・・・




だから、あたしだったの?

【目覚め】に選ばれたのは・・・

なぜ・・・・あたしだったのだろう・・・・――――



モシ・・・ココニマタ・・・爆弾ガ・・・アッタラ・・・


マタ・・・向コウノ世界ニ・・・飛ベルノカシラ――――



そうして・・・また・・・・・・苦い思いが心を占める。







その後、時折だが、典子は笑顔も見せるようになっていた。

だがその笑顔は、どこか物悲しく・・・寂しい気配を漂わせる・・・

放っておいたら、消えてしまいそうな・・・
そんな儚さに満ちて・・・・

そうした儚さゆえであろうか・・・・

時折空を仰ぐ姿は、まるで透き通るような美しさを醸し出していた。


本来なら人懐っこい笑顔がキュートな少女であった筈なのに

遥か遠く、空の彼方を見つめているその姿は、痛々しい程だった――――





「ねぇ、典子?・・・高校の時のお友達に連絡を取ってみたら?」

居間のソファーに腰掛けていた典子に、母が提案する。

一瞬典子は驚いてしまう。

「久し振りだし、お友達もあなたの事を凄く心配してたから・・・。
 無事にこちらに戻って来ている事を知れば、喜んでくれるんじゃないかしら?」


その言葉に、典子の表情が翳りを帯びる。

本当はあまり気が進まなかった。



努めて明るく振舞おうとする自分、でも、この現実を受け入れられなくて、
今ももがいている自分・・・その二つとが交錯し・・・

本当に、気がおかしくなりそうだった。


辛うじて、どうにか平静さを保ててる。
けれど、本当は叫びたくて堪らない。

前向きになんて・・・とてもなれそうにない。


愛しい人と引き離されて、どうして冷静でいられようか・・・
悲しい、悲し過ぎる・・・・・・

こんな思いをするくらいなら
どうして向こうに飛ばされなければならなかったのか。

イザークと出会うのが運命だったのなら
あの人を愛したまま、こうして離れるのもまた運命だというのか。


冗談じゃない・・・・


ちゃんと記憶がある。 あの人の事も、あの世界の事も、忘れてない。

このまま、ずっと悲しいままで・・・生きていけと言うのだろうか。


・・・何の力?・・・何の宿命?


酷過ぎる・・・・・


夜だってまともになんか眠れてない・・・



それに・・・

いったいどんな顔をして、友達と会えば良いのだろう?


きっと、いろいろと話さねばならなくなるだろう・・・
触れられたくない部分だって、あるのに・・・
そうした事も話さなくてはならなくなるかもしれない――――


そう考えると、なんだかとても恐い。


高校時代の気の合う友達・・・ひろみ、利恵ちゃん、昌子。

勿論会いたい気持ちはある。

でも、今の自分の心の状態ではとても笑って話せない・・・


気まずい感じにはならないか?・・・

傷口を抉られるような事にはならないか?・・・


あたしの出来る事って何?
今出来る事って何だろう・・・?

だれか教えて――――!





考えても考えても・・・結局、結論なんて出て来やしなかった。



暫く考えた末、典子は深くため息をつく。
そして、心に迷いを抱えたまま、仲の良かった友達の家の電話番号を押した。

かつての学友達は、電話の典子の声に当然の如く驚きの声を上げ、
すぐに会いに来る事を約束した。









「きゃあああーー!典子ぉぉぉーーー!!!」

高校時代の友達・・・ひろみ、利恵、昌子・・・は、
皆一様に驚き、典子を抱き締め、典子の無事を心から喜んでくれた。

ちょっと照れ笑いで、彼女達を迎えた典子だった。


久しぶりの談笑は、典子の部屋で行われた。
典子が、もてなしのお茶とお菓子を持って上がると、友達は案の定いろいろ話しかけてくる。


「とにかく、よく無事でいられたもんだわねぇ〜・・・」
「うんうん。本当にあの時は、ビックリしたわよ〜〜。
 爆発事故には巻き込まれるし、おまけに典子まで消えてしまったんだもの・・・」
「そうそう・・・警察の人には勘違いじゃないか?って言われちゃうしねぇ・・」

心配してたのよぉ〜・・・と、次々に友人達は語り掛ける。

典子は、皆の迫力に少々押され気味だった。

「ひろみ。利恵ちゃん。昌子。・・・ごめんね、心配掛けて・・・」
「でも典子、どうして今はこっちにいる訳なの?
 もう向こうでのお役目は終わったとかで、帰って来れるようになったの?」


ビクン――――

典子の身体が震えた。


「あ、それ気になるよねぇ〜。典子が帰りたいって言ったの?
 それとも無理やり帰らされちゃったとか?」


ドクン――――

表情が揺れる。


「違う・・・帰りたいと思ったからじゃない。・・・そんなんじゃない。
 どうしてかなんて解らないよ。突然だったし・・・」


典子は頭をふるふると振る。その表情には翳りが出ていた。



――――無理やり・・・?


あの時のあれ・・・いったい何の力だったんだろう・・・
考えても、考えても、解らない・・・


「じゃあ、彼に帰れ・・・って、言われちゃったとか?」


典子は目を見開き、発言の主、昌子を見た。


「そんな事ないよっ・・・そんなこと・・・イザークは、あたしがいなくなるのを
 一番恐れてた。・・・帰れなんて言われた事は、一度もないよ。」


ドクンドクン――――


「あの時だって、あたし家の事やって、それから縫い物やってて・・・
 そしたら・・・突然・・・空間が歪んで・・」


ドクンドクン――――


そう。空間が・・・突然・・・・に・・・


ツツゥゥゥーーーー・・・・

あ・・・。涙が・・・・やだ・・


典子は慌てて、袖で拭う。


「何だか、不思議な事ばかりよねぇ〜。それにしてもさ、同級生の中で
 典子が結婚第一号だっていう事が、驚きの最たる事よ!・・ねぇ〜。」

「ほんとよねぇ・・・・クラスメートの皆が認めるネンネの典子がねぇ〜。
 ちょっとこれは信じられない事態だわよぉ。」

「お相手の彼って、肖像画のカッコイイ彼なんでしょ?・・もう、どうしたら
 あんなカッコイイ人と知り合える訳ぇ?典子ったら赦せなぁーい。
 あたしたちなんて、まだ恋人もいないのにさ。」

「え・・・それは・・・だって・・・」


「馴れ初めその一、【樹海で花虫に襲われそうになったのを、突然現れた彼に
 助けて貰い、それで知り合いました】・・・なんでしょ?」

典子は黙って、恥ずかしげに頷く。

「助けて貰わなかったら、典子ってば、化け物のエサよ、エサ!危機一髪じゃない!?」

「それから【その後、彼と二人で旅をしました。】
 ・・・あのねぇ、赤の他人の男女の二人旅なんて、普通なら有り得ない事よ。
 典子ってばさぁ、いくらどっか抜けてるといっても、無防備過ぎよ。」

「そ、それは・・・でも・・・・」

言葉に詰まってしまった・・・・

確かにあたしは無防備だったかもしれない。
カルコの町の町長さんにも言われたって、イザークがそう話してくれた事がある。
でもあの時は、彼やあたしの立場上、仕方無かった・・・・

というより・・・いきなり飛ばされたあたしは、向こうでどうすれば良いかすら、解らなかった・・・
だから、助けてくれた彼に着いて行くしかなかった・・・

「あの時、イザークを信頼しなければ・・・あたしは生きていけなかった。
 あの世界で・・・言葉も何も解からず・・・」

でも、彼は優しくて紳士だった・・・・
無防備なあたしに手を出す事は・・・決して無かった・・・



友人達は、顔を見合わせる。


「あ・・・じゃあねぇ、典子の新婚生活について教えてよっ!」

昌子が提案する。


トクン――――


「新婚・・生活・・・」

「そうそう!新婚生活を白状するべしっ!なんたって、オクテの典子が
 一番乗りだったんだからね。さあ、包み隠さず、白状しなさいなっ!」

利恵ちゃんが、興味津々な顔で訊いてくる・・・・

ひろみも・・・そうそう、教えてぇ〜と訊いてくる・・・

「あたしだけ?確か、クラスメートの中に彼氏のいる子もいたよね?
 ・・あの、他に誰も結婚してる子いないの?」

かつてのクラスメートの話題を振ってみる。
そういう子達は、結婚とかしてないの・・・?

皆は、顔を見合わせる。

「・・・うーん、そうなのよねぇ。でもさぁ、別れちゃったんだってさ・・」

「これがさ、付き合ってみるとつまんない男だとかで、もう呆れちゃうよね。」

「だからさぁ、まだ結婚組は誰もいないのよ。大抵は大学か、専門学校だよね・・」

肩を竦めて昌子が言った。


「・・・・・・・」


二の句が・・・継げなかった・・・・・・


そうなのか・・・
高校時代・・・あんなに、ボーイフレンドだとか、付き合いだとかが話題になっていたのに・・・


気軽に付き合い、そして別れる・・・・
そんな事が、何か妙に、心の中に引っかかりをもたらす。

色濃い違和感を感じさせる。

余りにも軽い・・・この世界の・・・それ・・・・


向こうではあんなに・・・命懸けだったのに・・・・・
あんなに、毎日を懸命に生きていたのに・・・・・


何かが痞えたように、引っかかって・・・・仕方がなかった・・・・・





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なんだか、つらつらと書いて行くと、いろいろ寄り道しちゃってますねぇ…
友達とのやり取りも大切なエピソードなので、削れないんですぅ。
我ながら、文章力の無さには呆れます…ε-(;ーωーA はぁ…
しばらくこの『つらつら』が続きそうです。
ところで、ノリコの友人の台詞を書いてて思うのですが…
だれがひろみ?…だれが利恵ちゃん?…だれが昌子?
原作の何処を見ても、だれがだれとは書いてなかったように
記憶しているのですが…なので、これも勝手に妄想しながら書いてます。
…仕方ないもん。と開き直る。(笑)
そして、彼女達はこの「君に〜」の設定では大学生です、一応。
原作のエピローグに載ってた彼女達は、やっぱり学生さんなのかな…?
夢霧 拝(06.03.15)
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