◆ 君につなぐ想い 11 ◆


懐かしい光景が脳裏に浮かんでくる・・・――――


典子は俯いたまま、一つ一つ思い出しながら語っていった。




イザークとの生活・・・


あたしは、家に居て、

イザークの為に食事を作ったりお洗濯、お掃除・・・



朝起きて、急いで身支度を済ませ、竃に火を入れる。
彼が起きて来るまでに・・・朝食とお弁当の用意を整え・・・・

焼きたての手作りパン・・・すぐりや木苺のジャム・・・
ミルクで作ったバターにチーズ・・・果物のシロップ漬・・・

野菜を煮込んだスープ。それにサラダ。

美味しい物を食べさせてあげたいから・・・


起きてきた彼が苦笑を漏らす。そんなに頑張って早起きするな・・・と。
呆れ半分にあたしを見る。

髪をくしゃっと撫でて・・・ でも、すぐに優しい笑顔になる。

これ旨いな・・・と残さず食べてくれる。
野菜も自家製だから、美味しい・・・

お代わり・・・とスープの器を差し出される。

笑顔がいっぱいで・・・


全てのものが、誰かの手を介し、成り立っている。
太陽の光、風、水・・・そうした自然の恵みがあるからこそ、生きられる。
そして今日も、健やかに生きられる事に感謝する。



・・・依頼を受けた仕事をする為に、あの人は出かけていく。
色んな依頼を受ける。
本当に、彼は何でも出来てしまう・・・


森や花畑で摘んだ薬草を使って、携帯薬や常備薬も作る。
医術の心得もあるから、あたしが具合の悪い時、
怪我をした時にも、すぐに的確な手当てをしてくれる。

彼の作る薬は質が良いらしく、町の人たちにも重宝されていて、
お薬代も貰えるから、助かるし。


家の家具も、あの人が作ってくれる。
こんなのがここにあったら助かるなぁ〜と、あたしが
アイデアを伝えたら、彼がそれを器用に製作してくれる。

最初出会ったばかりの時の、筏を作った彼にも驚いたけど、
その仕事の速さと正確さには本当に頭が下がる。

修理関係も、お手のものだ。


庭の一角に畑があって、そこで野菜を育てている。
彼との生活を支えるくらいの作物は充分に収穫出来る。
土作りから、彼と一緒に始めた。
いつかアイビスクの村で、収穫作業に携わった事があったけれど、
あの時と同じで、彼と一緒に土にまみれて仕事をするのが楽しい。


町の自警団の人たちにも、彼は体術や剣術を教えている。
巨大な魔の力は消えたけど、懲りない人たちって何処にでもいて、
完全にはいなくならない。だから、警備や盗賊退治の依頼も絶える事がない。

だから、町の人たちからの信頼も厚い。

そして、町長さんや、カイザックさん、ニーニャさん。
皆、とても良くしてくれる。


仕事の依頼が何も無い時は、朝からお弁当を作って、お花畑や森に一緒に出かける事もある。
あたしは花を愛でたり、木の実やベリーを摘んだり、そしてイザークは薬草を摘んだりする。
薬草については、彼がいろいろ教えてくれる。

二人でお弁当を食べて・・・その後は午睡を楽しむ事も・・・・
のんびり過ごすのも、また楽しい。


年に一度、ザーゴの樹海に向けて旅をする。・・・日記をこっちに送る為に。
往きはチモを使ってシンクロして樹海まで行く。
そして日記を送り届けた後は、わざとのんびり二人で旅を楽しみながら帰って来る。

かつての二人での旅を思い出すし、のんびりあちこち巡って縁の地を訪ねるのもまた楽しくて・・・

大抵は宿に泊まるけど、温かい時期は野宿もする。
イザークは、何も野宿しなくても・・・と苦笑するけど。
でもあたしは、野宿が結構好きだ。

やっぱり、彼との旅を思い出すから。星空の下で過ごすのも、気持ちがいい。


「へぇ、野宿って、ちょっと面白そう。・・でも、寝る時って土の上とかで痛くないの?」

 
少し冷やかし気味のひろみの声。
利恵ちゃん、昌子の声も、笑い声と共に聞こえる。


彼女達の声が・・・何だか遠くに聞こえるようだ・・・

何だろう・・・なぜ遠くに聞こえるのだろう・・・


「・・・大丈夫だよ、ちゃんと草を敷き詰めて・・・その上に敷き布を敷いて寝るから・・・」
「ふーん・・・。で?彼とは一緒の布団で寝てるんでしょ〜?・モ・チ・ロ・ン!」


「・・・・・・・」

友達の問いに・・・視線を伏せた・・・

・・・何とも言いようのない苦い笑いが、こみ上げた・・・


彼女達の質問には、ゆっくりと頷く事で応えた・・・・




イザーク・・・

超人的に生まれついている彼は、普段自分を労わる事って殆どしない・・・

饒舌になる事もあるけど、やっぱり言葉数は少なくて・・・
だから、彼はあまり多くの望みを口にしない。

本当はもっと我侭言って欲しいなって思う。
だからその分、彼の為に、あたしが出来る事・・・いろいろしてあげたい。

今まで彼に頼る事が多かったから、彼の望む事は、何でもしてあげたいの・・・・


「へぇ〜、典子ってば、結構尽くすタイプなんだぁ〜。ふふふ。」


・・・・尽くす・・・

「・・・そうだね・・・どんな事でも・・・あたしに出来る事なら・・・あたしは喜んでするよ・・・」


一緒ニ・・・幸セデ・・・イタイカラ・・・・

彼ノ笑顔ヲ・・・消シタクナイカラ・・・



ゆっくり、瞳を伏せた。



イザーク・・・――――



――――・・・何ダロウ・・・・心ガ・・・想イ・・ガ・・・・トケテイク・・・

・・・ナンダカ・・・フシギナ・・・カンジ・・・・ガ・・・スル・・・――――――









皆の質問は尽きない・・・


「おぉお、典子ったら、甘甘な生活だのぉ〜〜」
「ねぇ、当然お風呂なんかも、一緒に入ってるんでしょ?」

冷やかす声・・・・

典子は俯き、やや苦笑する。

「・・そうだね・・・
 旅の時は、宿で湯も別々だけど、家では一緒にお風呂に入る事が多い・・・
 余程の事が無ければ、彼の背中を流してあげてる・・・

 一日の疲れを癒してあげたいから・・・」


「ところで典子ぉ、赤ちゃんってまだなの?」



ビクン――――!



「・・・え・・・」

その問いに、一瞬身体が震えた。その瞳に悲しそうな色が掠める。

暫く、固まったように動けなかった。
・・・・・そして、瞳を伏せ、力なく頭を左右に振った。

その表情が翳ってくる。



メノ・・・マエ・・・ガ・・・ユガンデイク・・・――――



イザークの声がこだまする、イザークの姿が目に浮かぶ・・・・

「赤ちゃん・・・・・欲しかったよ・・・・」
「典子・・・?」 
「彼との赤ちゃん・・・欲しかったのに・・・・・」

ドウシテ・・・アタシ・・・ココニイルノ・・・?

アソコニハ・・・アタシノスルコト・・・イッパイアッタノニ・・・



あ・・・――――


違う・・・・最初の時は、そうではなかった・・・・

向こうに飛ばされたばかりの時は、こっちの世界にこそ、
あたしのする事がいっぱいあると考えていた・・・

言葉も解からず、なぜ向こうの世界に行ったのかも解からず
途方に暮れて、思わず漏らした不満・・・・


―――― 帰りたい・・・あそこには、あたしのすることいっぱいあったのに ――――




トクン・・・・トクン・・・・

両の掌を、食い入るように見つめた。



・・・・・・・でも、今は違う・・・

イザークのいる向こうの世界にこそ、
あたしのしなくちゃならない事がいっぱいある・・・

あの人を独りにしてはいけない。

あたしのやりたい事がいっぱいあったのに・・・・

「ねぇ・・・典子?」
「あんた、泣いてるの?」

涙。

目の前が歪む・・・・涙で歪む・・・・


「還りたい・・・」
「え?・・・」
「典子?・・・」
「還りたい・・・、向こうの世界に還りたいよ・・・」


還りたい――――


「・・・どうして・・・あたしは・・・ここにいるの?・・・」

涙が溢れる。


還りたい――――


「還りたい・・・」


イザーク・・・あなたの腕の中に還りたい・・・――――


典子はふらりと、立ち上がる・・・

「ちょっ・・・典子!?」

友人達はギョッとした。あまりの事に言葉が続かない。

典子の身体が、仄かな青白い光で包まれていた。
その髪が、風もないのに、なぜか光を纏いフワリと浮かび、漂う。
その瞳は虚ろで生気が無い・・・

「還りたい・・・イザーク・・・還りたいよ・・・
 あたしのする事、向こうにいっぱいあるのに・・・」


還りたい――――!


「あなたのところに還りたい・・・イザーク・・・イザーク・・・」



光がゆらゆら揺らぐ・・・――――



友人達は驚いて固まったまま、動けない。

典子の見開かれていたその瞳が、ゆっくりと閉じられ、ふっと意識を失う。

溢れた涙が頬を伝い喉まで流れてくる。

涙はキラキラと煌く様で・・・・

青白い光に纏われたまま、その場にふわりと倒れてしまう。


「・・・ち、ちょっとー!典子っ!?」
「やだ、大丈夫!?ねぇ・・・どうしよう??典子が・・・」

利恵が、階下にいる家族に知らせに行く。

「おばさまぁ!典子が!倒れて気を失ったわーー!!」



典子は意識を失ったまま、動かない――――





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(06.03.16)
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