◆ 君につなぐ想い 9 ◆


庭のデッキの所で、典子は外を眺めながら座っていた。
いや、その眼差しは、外を眺めるというよりは、
ただぼんやりと空間を漂うが如く、と表現する方が正しいのかもしれない。

微風が、典子の長い髪の毛をくすぐるかのように、さやさやと靡かせる。

時折目を閉じる。・・・瞼に風を感じる。


その手には、イザークとの婚姻の折に描いて貰った二人の肖像画。
今となっては、これはイザークの姿を確認出来る唯一のもの・・・。

じっとそれを眺めては、また大事そうに胸に抱く。


庭で植物を弄っていた祖父が、笑顔で声を掛ける。

「典子や、・・・花が綺麗だろう。今年も色んな花が咲いて、楽しませてくれるよ。」

典子は一瞬ピクリとする。そして、祖父の方を見た。
その表情が、少しだけ緩む。

「・・・うん、そうだね、お爺ちゃん・・・とっても綺麗・・・・」

そうして、目を細める。

「・・・向こうの世界にも・・・素晴らしいお花畑があったよ。薬草にもなる香りのいい花があってね、
 イザークがよく連れて行ってくれたの。 ・・・綺麗だったな・・・」

祖父は庭弄りをしながら、うんうんと頷いて、典子の言葉を黙って聞いている。

「初めて・・・イザークが、摘んだ花束をくれた時があってね・・・
 薬草だから、使い方を覚えておくといい・・・って、ぶっきらぼうに言われて・・・。
 あの時は・・・あたしの想いを、まだあの人は受け入れてくれてはいなかった頃だったの。
 優しいんだけど・・・どこか突き放したかのような・・・そんな感じだった・・」

典子がふっと微笑う。

「そりゃ〜、照れ隠しに決まっとる、ほっほ・・・」

笑いながら祖父が言った。

「・・・うん・・・だいぶ後になってから、そう言われた・・・」

「恋に関しては不器用だったのね、きっと・・・」

母がお茶を運んでくる。

「でも、天然のお花畑なんて、こっちでは中々お目に掛かれないものねぇ。
 ちょっと羨ましくなっちゃうな。それに、後からちゃんとフォローしてくれるなんて、
 やっぱり優しい人なのね、イザークさんは・・・」

そして母は、今度は自分の夫の方に向かって、にっこりしながら次の言葉を投げかける。

「あなた。あなたも私に花束くださらない?薬草の束でも良いわよぉ?」

言われた夫である典子の父は、執筆作品のネタを思案している最中だった。
・・・が、妻の言葉に、思わず飲んでいたお茶を噴出しそうになる。

「・・・お、おまえ・・・なかなか言うねぇ・・・ 」

冷や汗と共に、引き攣った笑いがこみ上げた。


典子はそのやり取りを微笑いながら聞いていたが、手元の肖像画を見つめる。

「・・・・イザークの結婚衣裳の姿・・・ステキだったなぁ・・・」

イザークの姿に見惚れながら、呟く・・・


母も、肖像画を覗き込み、言葉をつないだ。

「ほんとねぇ・・・。この肖像画を描いてくれた人は、とっても上手よ。
 絵なのに、まるで写真のように、細かい所までちゃんと表現しているもの。
 典子もとっても綺麗よ。まるでお姫様みたいね・・・。」


その言葉に、母の顔を見上げた。

にっこりと、典子を見つめる母の笑顔が柔らかい・・・―――――









空を仰ぐ。

二人の結婚式の時の様子が・・・脳裏に浮かぶ・・・・―――――


素晴らしく、空の蒼が輝き渡る日だった。

小鳥が囀り、綺麗な花が咲き誇る広い庭で・・・柔らかな陽差しを浴びながら・・・

花の町の町長さんが月下氷人・・・・そして、かつて旅した仲間の皆や、

町の人達も祝福してくれる中・・・

二人で、誓いの言葉を交わした。


こちらのような指輪の交換はない。

だけど・・・永遠の愛の誓いと、口づけは・・・同じ・・・――――




イラストby melt
大きい画像は、『TREASURE』へどうぞ



ステキな衣装に身を包み、お化粧も少し大人っぽく。

綺麗だ・・とあの人は言ってくれた。

あなたもとってもステキだったよ。
いつもカッコイイけど、式の衣装を身につけたあなたは、一層ステキだった。



イザーク、優しいイザーク・・・・・・

心が凄く綺麗な人

苦しみや辛い事を全部一人で背負ってきた人

自分よりも周りを思いやる人

そして、何よりもあたしを大切にしてくれた・・・優しい人・・・


こんなに素晴らしい人が、夫になってくれた・・・・
本当に、なんてあたしは、幸せなんだろう・・・

あたしの想いを受け入れてくれた。
苦しかった筈なのに・・・・

傍にいて欲しい・・・って言ってくれた・・・

未来を、運命を変えてみせる・・・そう言って・・・
あたしを受け入れてくれた・・・・優しい人・・・・・

あたしも傍にいたかった・・・ずっと、傍にいたかった。
あなたの幸せの為なら・・・あたしどんな事だってするのに。

なのに・・・なのに・・・・

あたしは、もうあの世界に要らない存在なの・・・・?
だから、戻されたの・・・・?

解からない・・・何も解からない・・・

こんな気持ちのまま・・・あなたと離れなければならないなんて・・・・

傍にいたいのに・・・ずっと傍にいるって約束したのに・・・


約束・・・シタノニ・・・――――



「・・・典子?」

典子は、ハッとする。母が心配そうに典子を覗き込んでいる。

「どうしたの?・・・大丈夫?」

頬を染めて、慌てて弁明する。

「・・・あ・・・・ううん・・・なんでもないの・・・、大丈夫・・・」

そう言うと、小さく息を吐いた。




ふと、思いが掠める。

縫いかけのイザークの上衣・・・離さずに持って来れたら良かったな・・・
せめて完成だけでも・・・させたかったのに・・・

でも・・でも・・・ダメか・・・・・
完成させたとしても・・・あの人に着てもらう事が出来なければ、結局は同じ事・・・



湧き上がる矛盾に自嘲し、更に悲しみが込み上げてきた。





「典子、午後から一緒に買い物に出ない?」

母の提案に、典子は少し間を置いてから、コクリと頷いた。



そしてその日の午後、典子は久しぶりに元の世界の外の空気を吸った。

だが、町の喧騒も、懐かしい風景も、買い物も、典子の心を慰めるまでにはいかなかった。





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青空の下の結婚式って素敵ですよネ。
…ってこれは、あくまでも管理人の妄想です。
こうだったらイイな…という…(笑)
原作のその後編、是非実現プリーズ〜♪

さて、二人の結婚衣装ですが、
漠然としたイメージは頭にあるのですが、 これがなかなか活字に出来ないのです…
レース…は、無いと思う。でも凝った刺繍?とかならありそうな感じかな…
あと、宝飾品とか…
なんとなく指輪の交換は無さそうかな…と
勝手に解釈してみたり。。
もし、あったのなら…すみません。といっても確かめようもないですが…(笑)
実際青空の下で結婚式したいと思った管理人の呟きです。
夢霧 拝(06.03.15)

melt様より、リンク記念に二人の結婚式の肖像画のイラストを頂きました。
とてもステキなイラストを、どうもありがとうございました。
夢霧 拝(06.04.16 修正)
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