◆ 君につなぐ想い 12 ◆


典子はベッドに寝かされていた。

涙の跡が頬に残る。
思い詰めたような、やつれた姿が痛々しかった。

母は掛け布を掛けてやり、部屋をそっと出て階下に下りていく。


友人達は居間に降りて来ていた。
なんとも気まずい、バツの悪そうな表情だ。その場の空気も重苦しい。

「私達・・ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな・・・」
「思い・・出して・・・悲しくなったんだね・・・・・」
「おばさま、あの・・・典子の様子はどうですか?」

居間に戻ってきた典子の母が応える。

「今はまだ眠っているわ。・・・大丈夫だと思うから、心配しないでね。
 だいぶナーバスになっていたから、その所為かもしれないわね・・・」

友人達は、皆、肩を落としている。

「すみません・・・」
「あたし達・・・興味本位であれこれ訊いちゃって・・・ほんとに・・・・」

母は頭を左右に振る。
ソファーに座って言葉を続ける。

「あの子ね・・・この家で目を覚ました時、ここが向こうの世界じゃないというのが解かって、
 随分とショックを受けていたわ。・・・・その時のあの子の取り乱し様は・・・・本当に、
 この子は狂ってしまうんじゃないかと思えるぐらい・・・・それぐらい酷いものだった・・・・・・」

「え・・・」

その言葉に、友人三人は蒼白になって顔を見合わせた。

「半狂乱になって、私達の呼びかけも全然耳に入らない様子で・・・・
 イザークさんの名前を呼びながら、あちこち走って彼の姿を捜し求めてね・・・・
 しかも、典子の話すその言葉が、私達には全然解らない向こうの世界の言葉でだったの。
 正直なところ・・・とてもショックだったわ・・・

 普通ならば、元の世界に帰れて、万々歳なんだろうけどね。
 でもあの子の場合は、そうではなかった。
 彼・・・イザークさんと一緒に暮らせる世界の方を、選んだのね・・・・

 一度帰ったら二度と戻れないって事が、きっともう解っていて、どちらかを
 選ばなくてはならなかったから・・・だから典子は彼のいる世界を選んだのね。
 それだけ、彼との暮らしを大切に思っていて・・・お互いがお互いを必要とし・・・
 支えあって生きてきたんだと思うの。それはきっと・・・私達の想像を絶する
 苦難を乗り越えて・・・の末になんでしょうねぇ・・・。
 情けない事だけど、私達ではあの子の慰めにはならなかったみたい・・・・」

母は、寂しい笑顔でそう答えた。
典子の父が、妻の肩にそっと手を置いた。
顔を上げ、夫に視線を向け笑顔になると、また母は言葉を続ける。

「もちろん、私達の事を大事に思っていない・・・という訳じゃないのね。
 私達の事を気に掛けてくれてたからこそ、日記や手紙をイザークさんに
 送ってもらっていたんだし・・・・。

 そう・・・典子の気遣いがね、痛いほどに伝わって来るの。
 早く立ち直って、元気にならなくちゃ・・・って、典子も思っているようなんだけど、
 身体の調子もなかなか元に戻らなくてね。・・・食事も満足に取れてないし、
 夜中に何度も魘されている事もあって・・・

 それでも、久しぶりにお友達に会ったら、少しは気持ちも紛れるんじゃないかと
 思ったんだけど・・・まだまだ時期が早かったのかしら・・・。
 でもね、私も考えが浅かったの。皆さんの所為じゃないのよ。・・・やっぱり心配して
 くれてたんだし、あなた達も、あの子にいろいろと訊きたい事もあるでしょうしね・・・
 だからそれは仕方のない事なのよ。・・・典子の方に、それを受け入れるだけの余裕が・・・
 まだ出来ていなかったのね・・・

 ただ、あの子を見ていると、不憫で・・・何とかしてやりたいのだけれど、私達には
 どうにもならなくて、それが余計にもどかしくて・・・・
 ・・・あの子を元気にする事が出来るのは・・・イザークさんだけなのかもしれない・・・」


母はそう言って、深く息を吐いた。

「そうかも・・・しれないな・・・」

父も頷きつつ、同意する。
典子の兄も、祖父も、神妙な面持ちで押し黙ったまま、俯いていた。


「あの子の切ない叫びを聞くのは・・・本当に辛いわ・・・」

やるせない母の呟きが、その場に響いた。









典子は夢の中に居た。


暗い混沌とした空間に、典子は一人で佇んでいる。
周りを見ても、誰もいない・・・・

足元は真っ暗で、でも、地面のようなものは感じられない。
足が地面についてなく、ふわふわとした掴みどころのない感覚。

空を見上げると、やはり暗い、夜空のような空。
時折蒼と紅を織り交ぜたような淡い光が、まるでオーロラのように神秘的に波打っている。

音も無い。静かな・・・不思議な・・・世界だ・・・・。
そんな中、典子の身体だけが、白くそこに浮かび上がっていた。

遠くに光が見えそうな気もするが、歩いても歩いても、いつまで経っても、距離が縮まらない・・・
そんな中、典子は泣きながら、ただひたすら彷徨う・・・

愛する人を探しながら・・・


イザーク・・・何処?・・・何処にいるの?――――

探しても探しても・・・・見つからない・・・あなたがいない・・・

苦しい・・・胸が苦しいよ・・・――――

もうあたし・・・・壊れてしまう・・・

耐えられない・・・・還りたいの・・・

あなたに逢いたいの・・・

イザーク――――――――



遠くから、誰かの声が聞こえてくる・・・・
懐かしい声のような気もするが、姿は見えない・・・
空間に、共鳴するかのように響くその声。


・・・リコ・・・・・・・ノ・・・リコ・・・

・・・ナクナ・・・・モウ・・・・ナクナ・・・


・・・ノリコ・・・ノリコ・・・・

・・・モウスグ・・・・モウスグ・・・・オマエニ・・・・



辺りを見回す。空に手を伸ばすが、何も掴めない。
虚しく空を掻く。

喉から血が出る程に叫ぶ典子の悲しい悲鳴。

イザーク!・・・イザァァァーーーークゥゥゥーーー!!


突然空間が開け、白い眩い光が溢れ、そして拡がった。
その世界が光で満たされる。眩しそうに目を瞑り、遮るように、典子は腕をかざした。





・・・・・・・


典子の瞼がピクリと動き、その瞳が、ゆっくりと開かれた。・・・元の部屋だった。

その身体は、先程のように青白い光に包まれていた。
ゆっくりとベッドに半身を起こす。その目は虚ろのまま、放心したように生気が感じられない。
彼女の柔らかな唇が、僅かに開いて、言葉を紡いだ。


『・・・イザーク・・・かえりたい・・・』







「青白い光?・・・・」

友人のひろみの言葉に、家族が興味深げに訊き返した。

「そうなんです。彼女の身体が光で包まれて・・・だから私達余計にびっくりしちゃって・・・ねぇ?」

友達に同意を求め、利恵と昌子も頷いた。


「光・・・」

典子はいったいどうなってしまったのか・・・

家族はしばし絶句する事しか出来なかった。




不意に、居間のドアが開く。典子がそこに立っていた。
いつ階段を下りてきたのか、解からない・・・
そして、典子の姿は、先程のように青白い光に包まれていた。


「典子・・・」

友人達も、勿論家族も息を呑んだ。
ハッとするほどの、透き通るような美しさを、この時の典子はたたえていた。

典子の目には生気が感じられず、家族にも友人たちにも声を掛けず、
庭に面した窓までゆっくりと歩いてきて、窓を開け、裸足のままデッキに出た。
刻限は夕方くらいになっていた。

典子はただ空を仰ぐ。
外もまた無風の筈なのに、典子の髪は煌きながらふわふわと靡いている。
それがまた、余計に典子を綺麗に見せていた。

そして同時に、その全身から彼女の悲鳴が発せられているようにも見えて
更なる痛々しさを感じさせた。

「私達の知らない典子・・・だよね・・・」
「うん・・・何だか、典子・・・可哀想・・・」
「・・・彼に会えないのって・・・やっぱり辛いよね・・・・」
「典子、さっきは本当にゴメンね・・・」
「典子ぉ・・・」

友人達は心配そうに、声を掛けた。

典子はゆっくりとこちらを振り向く。相変わらずその目に生気はないが、
それでも、友人達の言葉に寂しく微笑った。
そして、首を左右にゆっくり振り、俯く。

「こちらに来るの・・・一人では嫌だった・・・。皆の事は懐かしい・・・
 でも・・・もし、来れるのなら、二人で一緒が良かったの・・・。
 イザークも・・・『いつか二人で、おまえの世界に行けたらいいな』って
 そう言ってくれてたから・・・ 」

顔を上げ、また空を仰ぐ。
その目には涙が滲んでいる。

「・・・夢を見たの・・・・イザークが・・・夢の中で、語り掛けてくれたの。
 ・・・もう・・・泣くなって・・・・・・でも・・」

涙がまたポロポロ・・・流れてきた。

「還りたいの・・・イザークのところに還りたい・・・還りたい・・のに・・・
 大切な人が出来るのって・・・こんなに悲しい事なの?・・・傍にいたいのに、還りたいのに・・・・
 ただそれだけなのに。・・・それすらも叶わないなんて・・・・」

下唇をきゅっと噛む。

そして、流れる涙を拭おうともせず、 その場に崩れるように座り込んだ・・・・・・





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ノリコはこちらの世界では普通の少女だと思うんです。
でも、向こうに飛んで目覚めとして覚醒した時点から、彼女にも何らかの変化が
あるのではないかと、管理人は愚考してます。
さらにはイザークと結ばれてからも、体質の何らかの変化とか、
そんなのがあるんじゃないかな〜…などなど。
あくまでも妄想の範疇でしかないですが。

でも、彼女の内面的な力といっても、彼女自身が何かをする力というのとは
ちょっと意味合いが違うと思うんです。
さて、ここで出てきた「青白い光」
取ってつけたような感ありあり(笑)で、突っ込みどころ満載かもしれませんが
彼女の精神的なバランスの変化によって、ああいった光が生じるのではないかと…
でも、その光が何かをするというのではない…

まぁ、要するに、ノリコちゃんを綺麗に見せたいという、
管理人の単なるエゴかもしれません。
その辺はあしからずご了承くださいませ。
夢霧 拝(06.03.17)
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