◆ 君につなぐ想い 13 ◆


「今日は来てくれて、どうもありがとうね。」

典子の母が友人たちを玄関まで見送った。

「また典子に会いに来てくださいね。・・・あの子も時間が経てば、
 少しずつ回復していってくれると思うから・・・」
「はい、ありがとうございます、おばさま。私達また来ますね。」
「うん・・・典子の事が心配だし・・・」
「今日はすみませんでした。あの・・・典子の事お大事に・・・」
「ありがとう、皆さん。気を付けて帰ってね・・・」

そして、友人達はそれぞれ帰路に着いた。


母が居間に戻ると、典子はソファーに座っていた。相変わらず俯いている。
だが、もう涙は乾いていて、纏っていた青白い光も消えて無くなっていた。
そして、家族は気にはなっていたが、典子にその《光》に事について訊ねる事は躊躇し、
誰もその話題には、敢えて触れなかった。

「典子・・・大丈夫?」

優しく声を掛けると、典子はゆっくりと頷く。

「今日はごめんね、典子・・。お友達の事・・・まだ早過ぎたね・・・・」

典子は頭を左右に振った。

「・・・お母さんの所為じゃないよ・・・気にしないで・・・」


父が笑顔で典子の頭をポンポンと優しく叩く。

「無理は禁物だよ・・お嬢さん?」

「典子、明日は休講だから、映画でも行かないか?」

表情を変えず、典子は兄の方を見た。

「・・・え?・・・お兄ちゃんと・・・」
「なんだ、俺とじゃ嫌か?」

典子は苦笑する。

「・・・そうじゃないけど。お兄ちゃんの彼女がヤキモチ焼くんじゃない?」
「はっは!俺の彼女はそんな了見の狭いヤツじゃないよ。心配無用だ!」
「・・そっか、それならいいけど・・・・っていうか、お兄ちゃん彼女いたんだね。」

憮然とした表情になる兄。

「あのなあ、おまえ俺をいったい幾つだと思ってるんだ?おまえのイザークと同い年なんだぜ?
 彼女の一人や二人いないでどうする?」

典子の顔を覗き込みながらそういって、苦笑する。

「オクテのおまえに、完全に先越されたしな〜、ははは。」
「だって、お兄ちゃんは大学があるじゃないの。・・・もう学院の方だったっけ?」
「そうさ、現役で合格ってヤツよ。ちなみに俺の彼女も学院生だぜ。」

びしっとVサインを出した。

「はぃはぃ、どうせあたしは高校も出てませんよ・・・」

典子は少し膨れて言う。
その言葉に母が反応した。

「いいえ、典子、あなたはちゃんと卒業してるわよ?」
「え?」
「そう。典子、おまえはちゃんと卒業証書貰ってるんだぜ?」

母と兄の言葉に、典子は不思議そうな顔をした。

「卒業式の時にな、おまえの卒業証書、父さんと母さんが受け取りに行ったんだよ。学校までな・・・」
「大久保先生、心配なさっていたから・・・・。でも、学校の計らいで、あなたちゃんと卒業出来てるのよ。」

一瞬言葉が出ないくらい、典子は驚いた。学校に通っていた時の事が脳裏に浮かんだ。

「・・・そう・・・なの・・・?」
「ひろみちゃん達、あなたに何も言ってなかったようだけど、確か、今年は同窓会も計画されてる筈よ?」
「同窓会?」
「ええ、今度また会った時にでも、ひろみちゃん達に訊いてみなさいな。」
「・・・・うん・・・解かった・・・訊いて・・みるね・・・」

「じゃ、とりあえずは明日の映画、決まりだな?」
「うん・・・ありがと・・・お兄ちゃん・・・でも、そうか・・・お兄ちゃんって、イザークと同い年だったのか。
 ・・・そうよね、あたしより二つ上なんだし・・・・」
「そういう事になるな。ただ月は違うだろ。イザークは何月なんだ?」
「えっと・・・向こうは、数字の月じゃないの。名前がね、それぞれの月に付いてて・・・・、」

典子は指を折り、数える仕草をする。

「一月を最初の月とするなら、イザークの生まれ月は六番目になるかな、ターナの月・・・・」
「ターナの月?」
「うん。ターナディアルス。・・・風の月。」
「風っていう意味なのか・・」
「うん。ちゃんと意味がある、六番目の月はターナで風、一番風の恵みがある月なんだって
 前に聞いたの。なるほどなぁ〜って思ったよ。」
「へぇ〜、ただ、一月二月って言うより、イイな。・・・そういや、アメリカも名前があるしな。」
「そうだね。」
「ちなみにおまえの月だと、何て言うんだ?」
「あたしは・・・八月だからレスタリウスの月。レスタリュース。光っていう意味なんだって・・・・」
「光・・・って、まるで、おまえの向こうでの役目そのものじゃないか・・・」
「え・・・うん・・・そうだね。でも偶然だよ、きっと・・・」
「でも、その、レス・・なんだっけ?」
「レスタリウス・・・」
「あぁ、・・随分と綺麗な言葉なんだな。・・で、イザークはそのターナの月の何日なんだ?」
「・・・最初の日にしてる・・・・」
「え?・・・してる?・・・何なんだ?してるってのは?」

家族は興味深げに典子を見た。

「それはね、・・・イザーク自身にも正確な日は解からないから。・・・誕生日を祝って
 貰った記憶が無い、自分がいつ生まれたのか、誰も教えてはくれなかったって・・・・
 だからね、ターナの月っていうのも、彼がそうしてるってだけなの。」
「そうなのか・・・・」
「誕生日を祝って貰った記憶が無いのって、ご家族も祝ってはくれなかったって事?」

母の疑問に、典子は頷く。

「・・・ただね、本当に小さい時の記憶って曖昧だから、その記憶は、物心ついた時からのだって
 イザークはそう言ってた・・・」
「まあ・・・」
「毎年その日が来たら、機械的に年齢を一つ増やすくらいなもので、祝うとか、嬉しいとか
 そういう感覚とはずっと無縁で生きて来たからって・・・・」
「でもよ、おまえは、ちゃんと祝ってやってるんだろ?」
「勿論、そうしてるよ。今年は結婚して初めての彼の誕生日だったから、ちゃんとケーキも焼いて、
 そしてご馳走作って、プレゼントだって用意して・・・・」
「おまえらしいな。なんだか想像出来るよ、イザークは照れくさがってるんじゃないか?」
「うん・・・そうかもしれないね。でも、喜んでくれてるよ。」
「ふ〜ん・・・でもプレゼントとか、そんなもん特別用意しなくても、おまえにリボン掛けて、
 『あたしがプレゼントよ♪はぃ、どうぞ♪』なんて言うだけで、イザーク喜ぶんじゃないか?」

兄がニヤニヤした顔で、典子にそう言ったので、典子は真っ赤になった。

「お兄ちゃんったら!もう何言ってるのよっ!?」

典子の剣幕に兄は笑う。

「お兄ちゃんたら、ふざけ過ぎよ・・・」

母も苦笑しながらたしなめた。・・・父は引き攣って、やや複雑な面持ちでいる。

「あら、でも典子?こっちはまだ六月じゃないけど?・・・・」

母が不思議そうな顔で訊いた。

「多分、向こうとこっちでは、時間や季節の進み方が同じではないのかもしれない・・・よく解からないけど。」
「なるほどね・・・じゃあ典子の誕生日の時はどうだったの?イザークさん、祝ってくれてるの?」
「え・・・・」

典子は少し頬を染めて母の顔を見ると、ゆっくり頷いた。

「去年の時は、東大陸から戻ってくる時で、バラゴさん、アゴルさん、そしてジーナも
 一緒でね・・・お祝いしてくれたよ。」
「今首に下げているものは?・・・それもイザークさんに頂いたものなの?」

典子は、首に下げている護り石の首飾りに触れる。

「これは・・・御守りにもなる、護り石なの。イザークが買ってくれて・・・・
 この色がね、彼の瞳の色と同じなの・・・・黒い瞳なんだけど、時に青に、時に緑に見えて、
 とても綺麗な瞳・・・、これも、濃い蒼で、綺麗で、だからとても好きなの・・・
 でも、誕生日に限らず・・・・、」

そこまで言うと、典子の言葉が急に途切れてしまった。

「典子?・・・どうしたの?」

母が少し心配げな面持ちで典子を見つめる。典子の身体は、微かに震えていた。
護り石を触りながら、その口元も、僅かに震えているようだった。
暫し黙っていたが、典子はようやく口を開く。

「・・・誕生日に・・・限らない・・・・・・いつだって、イザークは・・・・あたしに・・・・」

その声は、やはり震えていた。

「典子・・・・」

母は典子の背に手を掛け、優しくさする。
典子の瞳から、涙が流れる。

「ごめんなさい・・・・あたし・・・やっぱり・・・・」
「典子・・・・いいのよ。あなたの気持ちは、とてもよく解かるから・・・・
 イザークさんは、典子を大事にしてくれてたんだものね。」

ふと兄が呟いた。

「何だか、解かる気がするな。イザークがおまえを手離さなかった理由が・・・・」
「お兄ちゃん・・・・?」
「そうね、お母さんにも解かるわ・・・」
「ああ、お父さんにも解かるよ。」
「儂にも解かるよ、典子・・・」

典子は、皆の顔を見つめた。

「みんな・・・・」
「おまえ一途だし、それに一生懸命だしな。特にイザークに対しては。そうだろ?」
「日記を読んでても、伝わって来たしね。」
「特にイザークみたいな境遇だとさ、おまえにぞっこんになるのも解かるよ。」
「典子は可愛いからのぉ。ほっほ・・・」

父が腕を組んで、おもむろに言う。

「お父さんは、少々複雑だったけどなぁ・・・。突然典子がいなくなり、その後、無事なのが
 解かってホッとしたのもつかの間、今度は向こうに残ると、そして、イザークと一緒になると
 知って、正直気持ちは複雑だった。」

そう言って典子に視線を向けながら、微笑う。

「まぁ、冗談半分でおまえに、早く恋人を連れて来いと言った事はあるけどな。
 一足飛びに伴侶まで決めるとは思わなかった・・・」
「あ・・・・」

典子は、恥ずかしげに頬を染めた。

「でも、典子が向こうに飛ばされたのも、何か役目があっての事だというのも解かったし、
 向こうで知り合う人間を、典子が好きになる可能性だって否定は出来ない・・・・
 イザーク以上に典子の事を大事に思ってくれる者が、こっちの世界にいるのか、いないのか・・・・
 おまえの日記でしか解からない事だが、・・・いないのかもな・・・という方に、頷ける気がする。」
「お父さん・・・・」
「典子の、あの取り乱し様を見てたらなぁ・・・・」

そう言って父はニヤリとする。

「ご、ごめんなさい・・・・」
「あら、何も典子が謝らなくてもいいじゃない?・・・別に、謝る事じゃないんだから。」
「まぁ、事後報告みたいなもんだよな、典子〜?」
「じ・・事後・・・・」

またも典子は真っ赤になる。兄はまたもニヤニヤしていた。

「だ、だって、結婚しますって言っても、許しの得ようが無いじゃない・・・・だから・・・」
「出会った傍から、おまえ、無防備だったみたいだからなぁ〜・・・」

友達にも突っ込まれた話題だ。典子は、真っ赤になりながらも兄を恨めしそうに見た。

「・・・あたしはイザークを信頼してたの。それに言っときますけど、イザークは紳士なの。
 結婚するまでは、あたしに手を出した事なんて無いんだからね。・・・・・・・って・・・
 何でこんな事言わせるのよぉ・・・もう・・・」

典子は深く息をついた。

「そうなのか?・・・・イザークって、今どき珍しく天然記念物並の男だな・・・・」
「て・・・天然って・・・・お兄ちゃん・・・」
「それだけ、典子を大事に思ってくれてたって事でしょ?やたらと手を出す人より、
 お母さんは好感持てるけどね・・・ふふふ。」
「ひょっとして、女として見られてなかったとか?ちゃんと年言ってたのか?・・おまえ童顔だ・・・・・」

最後まで言い終わらないうちに、典子にきつく睨まれ、父にはゲンコツを食らう。

「痛ってぇ〜・・・」
「お兄ちゃんの彼女に同情しちゃうわ・・・・」
「お?言ってくれるなぁ、・・・でもまあ自慢じゃないが、俺も彼女には手を出してないよ。」

その台詞に、家族中の視線を浴びてしまう。

「・・・だってよ、やっぱり、その、・・・・大事な彼女だから・・・な・・・」
「お兄ちゃん・・・イザークの事言えないじゃない・・・」

典子は半分呆れ気味に言う。

「お兄ちゃんはね、結婚を考えているのよ。今の彼女とね。」

母の言葉に、典子は驚く。

「え、そうなの?」
「ああ、でもまだ学生だし、卒業したらな・・・って何で俺の話になるんだ〜?」

少々照れ気味に兄は言う。

「でも、お兄ちゃんおめでとう・・・彼女を泣かしちゃダメだよ?・・・今度あたしにも紹介してね?」
「ははは、めでたいといっても、まだまだ当分は先の話だよ。でもまあ、その内に会わせてやるよ。」
「綺麗な人?」
「イザーク並にとはいかないけどな、可愛い子だよ。」

兄は、少し赤くなりながら頭を掻く。

「あなたに感じが少し似てるのよ、典子?」
「え、ほんと?・・・お兄ちゃん、あたしに似てるの?・・・」
「・・・少しな、特におとぼけもんのところがな。」
「おとぼけ・・・・もう、お兄ちゃんったら、酷ぉ〜い・・・」
「ぼやくな、ぼやくな・・・それだけ可愛いって事だよ。イザークだって、おまえの
 そういうところもひっくるめて、全部が可愛いと思ってるんだろ?」

そう言うと、典子の髪をわしゃわしゃと撫でた。

「ところで、そろそろ腹減ったなぁ・・・母さん、飯まだ?」
「え?・・・あら、いけない、もうこんな時間。あらあら・・・・」

慌てて母は台所に向かった。それを見て、兄がぼやく。

「まぁ、俺ものんびり屋だけど、母さんもかなりのんびり屋だよな。
 おまえの場合、父さん譲りでバイタリティがあるけど、おとぼけもんのところは一緒だしな・・・」
「お兄ちゃん、それって褒めてるの?」
「褒めてるんだよ。イザークに拾われたお陰で、売れ残らないで済んだんだからな、おまえは。」

ニヤリとしながら、典子を見る。

「何だか褒められてる感じがしない・・・・、それに、拾われたって言い方・・・」
「まぁな、言葉はあまり良くないが、おまえが書いてたんだぜ?拾われた猫や犬みたいなもんだってさ。」
「そりゃ、そうだけど・・・・」
「それにしても、おまえもタイミング悪く飛ばされたもんだよな・・・よりによってイザークが不在の時によ、」
「・・・え・・・・・う・・ん・・・・」
「さっきおまえ、俺に彼女を泣かせるなって言ったけどよ、俺に言わせれば、イザークだって充分
 おまえを泣かせていると思うけどな・・・・こっちに来てから、おまえ泣きっぱなしだもんな。」
「・・・でも、それはイザークが悪いんじゃないよ・・・あの人の所為じゃないもの・・・・」

典子の髪をくしゃっと撫でながら、言葉を続ける。

「心配なんだよ・・・・この先のおまえがさ・・・・」

典子は押し黙り、そして俯いた。
これからどうするか・・・・まだ頭の中が混乱していて、整理がつかなかった。

「まあ、とりあえずはだ、明日の映画だな。」

典子を見つめ、兄はにっこり笑う。
典子も、兄を見る。そして、苦笑しながら頷いた。


俯いて典子はふと呟いた。

「ターナ・・・風の月・・・」


(・・・・イザーク・・・・逢いたいよ・・・・)



夕暮れの薄闇がその色を徐々に濃くしていく――――





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文中に出てくる月の名前は、勿論、管理人の妄想です。
原作には人物の誕生日などの詳しい記載が無かったので、管理人が勝手に解釈して考えました。
月の名前も意味も、全部管理人の勝手な解釈ですので、予めご了承くださいませ。
でも何故、イザークの誕生月を6番目の月にしたかというと…
それは、ごにょごにょ…原作中に、セレナグゼナでの話がありましたよね?
『その時点で、既にイザークは20歳になってて、ノリコはもうすぐ18歳』というような記載が柱にあったので
しかも、グゼナでの服装(花畑の時とか…)が夏ものだったので、何となく目星をつけて(笑)考えました。
同様の理由から、典子の誕生月はイザークよりも後だな…と、これまた判断しました。
正確な日付まで予想しなかったのは、出来なかったからです。ただそれだけです。
でも考えてると凄く楽しいです。
夢霧 拝(06.03.17)
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