◆ 君につなぐ想い 17 ◆


食事の時、イザークは慣れない箸で食材を危なっかしく摘みながら
「これはなんだ?」・・・と典子に質問し、そして、口にしては「うまい」を連発し、
典子の母を殊更に喜ばせた。

そして、ことのほか和風の味付けを好んで食べているイザークを見ながら、
典子は、自分よりも余程、味の好みが日本人的だとイザークに言って周囲を笑わせた。
冗談抜きで、醤油を向こうの世界に持って行きたいと感じさせる程、
彼は醤油や出汁の味を気に入ってしまったのだ・・・。


賑やかな食事が終わり、男性人は居間でくつろいでいて、
そして女性二人は食器などの後片付けをしていた。
イザークは、何か手伝おうと申し出たが、典子の母に丁重に断られる・・・。

「ねぇ典子・・・イザークさんって、家事も手伝ってくれたりするの?」

片付けをしながら、母が典子に訊ねた。

「あ、うん。よく手伝ってくれるよ。ってか、頼まなくてもやってくれる事が多いかな。
 イザークは身の周りの事は全部出来る人だし。・・・それに力仕事は、凄く助かってる。・・ね?」

典子はイザークを見る。イザークも、ノリコを見ながら、微笑って応えた。

「へ〜え、まぁ力仕事は勿論の事だけど、家事を手伝ってくれるのって嬉しいわねぇ。
 日本の男どもに、イザークさんの爪の垢でも煎じて飲ませたいものだわ〜。」

《日本の男どもに》・・のくだりからハッキリした口調で言ったので、立木家の男どもは引き攣り笑いをし、
イザークは、「つめのあか?・・・せんじてのませるとはなんだ?」と典子に訊き、彼女を苦笑させた。



そして、イザークの手と肩の上では、二匹のチモがじゃれている。

「しかし、そのチモという動物は面白いなぁ。顔は怖いが性格は大人しい・・・
 しかも空間を瞬間移動出来るとはなぁ・・・」

父が感心して言った。頭を撫でると、雌チモは目をうっとりさせて、典子の父の手に移る。

「随分と人懐っこい動物なんだなぁ〜」
「あなたの事が気に入ったんじゃないの?」

懐かれてご機嫌の典子の父に、台所から母が笑って言う。

「チモのこと、ひとには、いわないでほしい・・・たのむ・・・ 」
「ああ、もちろん言わないさ。まぁ、多分言っても信じちゃあくれないだろうがなぁ、ははは。」


チモの雄と雌がじゃれており、台所仕事を終えた母が、居間に来てチモを撫でる。

「チモちゃん達にも寝床を作ってやらないとね。使ってない木箱があるから
 それに牧草でも買ってきて入れましょうね。・・・でも、ほ〜んと可愛いこと・・・」

チモはキュルキュルと鳴きながら、母の手にもじゃれている。

「ありがとう・・・たすかる・・・」


思い出したように、母が典子に言う。

「あ、そうそう、典子。イザークさんにお風呂に入って頂きなさい。移動して来てお疲れでしょうからね。
 タオルとバスタオルのある所は解かるでしょ?あとシャワーとかの使い方も、教えてあげてね〜」
「・・・あ、うん。じゃあ、今準備するね。」

エプロンを外しながら、典子が居間を出て行こうとした。

「何なら、あなた達一緒に入ってきたら?」

母が凄いことを言うので、典子は振り返る。その顔は真っ赤になっていた。

「え・・・」
「うん、そうね。久々で夫婦水入らずにもなるでしょう?・・・あら、何赤くなってるの?典子。」
「・・・ぅ・・・な、何でもない・・・」

イザークはそれを見てクスリと微笑う。
典子は赤くなったままでイザークを見て・・・・

「・・・お、お風呂の準備してくるから・・・き、着替え持って・・・・・せ、せ、洗面所まで来てね・・・」

照れ隠しでどもりつつも、そう言って居間を出て行った。


「イザークさんもどうぞ、典子と一緒にお風呂に入ってらっしゃいな。
 向こうのお風呂とは違うでしょうけど、典子がちゃんと教えてくれるから。」

典子の母に笑顔でそう勧められ、イザークは、やや照れたような、苦笑めいたような
笑みを一つこぼす。そして、

「じゃあ・・・・そうします・・」

と言って、荷物を持って立ち上がった。
そうして、家族に軽く会釈すると、居間から出て行った。


イザークが出て行った後、典子の父がおもむろにため息を一つついた。

「父さん・・・なんて顔してるんだよ?」

息子にそう突っ込まれて、父は少々頭を掻いた。

「んー・・・なんとなくなぁ、やっぱり複雑でな・・・」

気持ちを敢えて隠さずにそう語る。
それに対し、少々呆れた調子で、息子が言う。

「父さんも諦めが悪いなぁ〜、典子のあの喜び様を見たろう?
 誰が、典子をあんなに笑顔にしてやったと思ってるんだ?」

「いや・・・別に反対しているんじゃないんだ・・・そうじゃない・・・
 ただ、花嫁の父親の心境なだけだよ・・・。それにおまえが余計な事言うから・・・」

と、自分の妻に恨めしさ半分の視線を送る。

「え?・・・なあに?お風呂に二人で入っちゃだめなの?だって、この家で入らなくても、
 もうとっくに向こうでは二人で入ってるでしょうに。・・・どの道、同じことでしょ。」

もう既に心得ているかのような妻の口調・・・息子もそれに畳みかけ・・・

「複雑なのは、父さんだけって事だよ。・・・それにしても、母親ってのは、
 こういう時、肝っ玉が据わってるよな〜」

笑いながら言う。

「娘が幸せなら、何も言う事は無いのよ・・・ふふふ。」

父親は一人また深いため息を吐く。


「だけど・・・典子は、ホントに綺麗になったよなぁ〜。
 ・・・女って、男一つであんなに変わるもんなのか?母さん?」

「そうよ、女性はね、みんなそう。特に典子の場合は、イザークさんが
 大切に想ってくれてるから、尚更ね。」

母親はニコニコしながら、嬉しそうに語る。
妙に感心して納得する、典子の兄・・・。
だが、それを聞き、父親は益々複雑そうな表情・・・・。

「この分だと、長湯は決定だな。何せ約一週間振りの再会だもんなぁ。」

顎に手を当てて、兄がニヤニヤしながら言う。
その言葉に母は苦笑した。

そして、ずっと伏せていた顔を父は上げ、妻に言う。

「すまんが、あれ出しておいてくれ。」
「あ、はぃ。・・・でも、イザークさんお疲れでしょうに、今夜は止めといたら?・・・」
「いいんだ。・・・それから、おまえも付き合え。」
「え?!俺も?・・・俺明日試験なんだけど・・・」
「父さんのため息を増やしてくれたバツだ。付き合え。」

兄は、やれやれという感じで、しぶしぶ承知した。


「・・・・・・確かに・・・典子は綺麗になったよなぁ・・・」

顔を伏せた父が、ぼそりと・・・そう呟いた。




廊下では、扉を閉めようとしていたイザークが、家族のこの話を黙って聴いていた。
その表情は、笑っていない。・・・伏せた顔、その瞳には・・・やや翳りの色が見えた。

そして、扉を静かに閉め、洗面所へと向かった。









洗面所では、典子がタオルを出しているところだった。
イザークを見ると、典子はにこっと笑顔で迎える。
だが、夫の表情に翳りがあるのを目ざとく見つけ、心配そうな顔で訊ねた。

『・・どうしたの?イザーク・・・』

イザークは苦笑しながら、『いや・・・何でもない・・・』と告げた。
それを聞き、典子は再び笑顔になる。


『えっとね、これが《しゃんぷー》で、髪の毛を洗う時に使うもの。
 それで、こっちが《りんす》で、髪を洗った後に仕上げで使うもの。
 後はまたキレイにすすいでね。・・・それから《しゃわー》の使い方だけど・・・』

典子は一通り説明していくが、イザークの言葉に遮られる。

『ノリコ・・・』
『・・・え、何?イザーク・・・』
『・・・一度に説明されても解からん。一緒に風呂に入ってくれ。』

イザークは、典子の顔を覗き込むようにして言う。
その表情は、ちょっとからかうような感じでもある。

典子が固まっていると・・・・・・

『嫌なのか?』と、イザークの表情がちょっと真顔になる。
『あ、・・・あの、や・・じゃない・・よ。イザーク・・・』

典子の頬が赤く染まっている・・・
イザークは、典子のこんな姿も、見ててとても可愛いと思う。
典子の髪をくしゃっと撫でると、

『・・・じゃ、決まりだな。』

上着を脱ぎ始め、ニッと笑いながら

『背中流してくれるよな?・・・』

と、駄目押しの一言を放った。


『う・・・うん・・・』

久々・・・ほぼ一週間振りに夫の上半身裸を見て、典子はドキドキする。


やはり、何度見てもドキドキする。そして、その美貌で見つめられたら・・・
・・・とても慣れる事なんて出来るもんじゃない。その度に心臓が早鐘を打つ。

それにそれに・・・・・・あ〜ん。

向こうの世界のランプの灯りに比べて、こっちの電気のなんとえげつないことよ・・・
こんなに煌々と灯ってたら、自分も相手に丸見えじゃないの・・・

自分一人で入っている時は、電気の明るさなんて、全然気にも留めなかったけど・・・

ああ・・・お母さんったら・・・


・・・と、そんな事を典子が考えていたら、

『・・・何してる、ノリコ。早く入れ。』

イザークの催促を食らってしまった・・・・・・。

『ぁ・・・』


我に返り、頬を手で押さえる。・・・凄く・・・熱かった。

それでも、一つゆっくり呼吸すると、諦めて服を脱ぎ始める。


・・・今自分は一体どんな顔をしているだろう・・・顔が火照る・・・
心臓の鼓動がどんどん早くなる・・・・
きっとあたしの心臓は・・・今夜壊れてしまうに違いない・・・

ああ、ランプの仄かな灯りを恋しく感じてしまうよ・・・





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ちょっとほのぼの…それから家族の、特に父親のぼやき…です。
それにしても母はやはり肝っ玉据わってますね。
母という生き物は、どーんと構えているもんなんでしょうね。
次回、一度は書いてみたかったお風呂シーンでございます。
ランプと違い、電気の灯りは……えげつないです。
夢霧 拝(06.03.21)
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