◆ 君につなぐ想い 19 ◆
※性的表現注意報発令。苦手な方はお引取り下さい。



『・・・あたしの心も身体も、ずっとイザークだけのもの・・・ あたしの心の中に
 住んでいる人は、イザークだけなの・・・ 他の人はあたしの心には住めないの・・・』

そう言うと、典子はイザークの両の手を取り、自分の頬に、包み込むようにそっと当てる。

イザークは、心臓の鼓動がまた一つ高鳴るのを感じた・・・

『ノリコ・・・』

『・・・この温かくて大きな手が、いつもあたしを守ってくれた。・・・そして・・・
 いつも、あたしを優しく包んでくれた・・・ あたしはどんなにか、この手に
 安心させられたか知れない。・・・あなたを信じて着いて行こうと決意した
 樹海での出会いから、その想いは消えない・・・そして・・・後悔もしていない。

 あたしはあなたでないとダメなの。・・・他の人なんて、考えたくないの。
 だから・・・お父さんとお母さんには申し訳ないけど・・・
 そんな訳でね、あたしはこの先・・・ずっと独りで生きていくって、決めてたのよ。』


典子の柔らかな笑顔は、優しく包み込んで癒すかのような・・・慈愛と光に満ちていた。

俺を・・・光の世界へと誘ってくれた・・・【目覚め】の彼女・・・・
もしも女神というのが存在するのなら、きっと彼女のような温かな、
柔らかい光に満ちたものであろう。彼女は、自分の元に舞い降りた天使にも等しい・・・





『っ!・・・ノリコっ!』

イザークは典子を自分に引き寄せ、抱き締める。湯舟の湯が、大きく音を立てて波打った。

(・・・おまえは、そこまで覚悟が出来ていたのか・・・そこまで、俺の事を・・・・ノリコっ・・!)

抱き締める腕に力がこもる。華奢な身体は、力を入れたら壊れてしまいそうだ。
だが、このままずっと離したくない気にさえなる。

『・・・ノリコ・・・誰にも渡さない・・・おまえは俺のものだ・・・俺だけのものだっ!・・・』
『イザーク・・・』

典子は細い腕をイザークの首に回す。そして優しく包み込むように、夫を両手で抱き締めた。

イザークにしっかりと抱き締められている為に、典子は彼の腰の部分を跨ぐような格好になっていた。
触れ合っている部分が火のように熱く感じられ、伝わってくるその感覚に、頭がくらくらしそうになる。
そして自然と・・・吐息が漏れた・・・

(あなたの気持ちが、どんどんあたしの中に伝わってくる・・・痛いくらいに激しくて、熱い想い・・・
 あなたの悲しむ姿は見たくない・・・あなたの笑顔を失くしたくないの・・・イザーク・・・イザーク・・・)


『イザーク・・・心配しなくていいよ・・・』

典子はイザークの頬に手を添えると、愛しい夫の表情を間近で見つめた。

『あたしは、他の誰のものにも・・・ならない・・・・・』
『ノリコ・・・』

イザークもまた、典子を抱いた状態のままで、愛しい妻の顔をじっと見つめた。







ノリコ・・・


ランプの仄かな灯りとは違い、この世界の作り出す灯りに煌々と照らされ
俺の目には彼女の身体の全てが露になっている。

普段なら明るいと恥ずかしがる彼女が、今は抗う様子もなく
降伏という名の翼を広げ、舞い降りて来たかのように身じろぎ一つしない・・・

そして、抱き寄せた所為で、彼女は今・・・胡坐をかいた俺の上に、跨ぐように座る形になっている。
彼女と触れ合っている部分が熱く・・・俺の理性を崩していく・・・



俺を見つめる彼女の瞳には、この俺の姿が映っている・・・
醜い化け物の姿ではなく・・・人の形をした俺の姿・・・

人として彼女を愛せる事が、嬉しい・・・
彼女が自分の傍にいてくれる事が・・・嬉しくて堪らない・・・


ノリコ・・・


涙に濡れ始めたその瞳も、上気した頬も、俺の名を呼ぶ薄紅色の唇も、その華奢な身体も・・・
彼女の全てが愛おしく、狂おしい程に俺を魅了してやまない・・・


宿命に翻弄されていた頃の俺には、普通の人間が得られるような幸せなど、
無縁の代物だと思っていた。誰かを心の底から愛したいなどと、そんな事を求めるのも、
そんな考えを抱くのも、在り得ない事なのだと・・・・それで当然なのだと思っていた。
だからそんな望みなど、全て意識の外へと葬り去り、忘れてしまっていた。

自分が光の世界で生きていけるなんて、思ってもみなかったんだ・・・・・・
人と関わりを持たず、力を制御しながら、闇の中で孤独に耐えて生きていくしか無いのだと・・・


だが、自分の中にこんなに熱い感情があるなどと・・・
こんな望みがあるなどと・・・彼女と出会うまで気がつかなかった・・・


俺の望み・・・
あの時まで鎖で雁字搦めに縛っていた・・・
その鎖を、彼女は引きちぎってしまった・・・

俺の抑えていた、縛っていた望みを、彼女はいとも簡単に紐解いてしまった・・・
本当に、あの悩んでいたのは何だったのかと、滑稽にさえ思えてくる・・・

希望とは、こんなにも大きくなってくるものなのか・・・

願いとは、こんなにも貪欲になっていくものなのか・・・


俺の中のこの熱く滾る感情と、この想いの全てを、彼女に注ぎ込みたい・・・


『イザーク・・・ありがとう・・・迎えに来てくれて・・・嬉し・・・かった・・・』


彼女の瞳からは涙が溢れている・・・
思い返せば、俺はこいつを泣かせてばかりだった・・・

だが、この涙は、悲しいそれではない事は確かだ・・・


彼女が紡いだこの言葉・・・俺への感謝の気持ちを表す言葉・・・
ありがとう・・・ と何度も告げ・・・
そして、ゆっくりと、彼女はその瞳を閉じた・・・

涙に濡れたその長い睫に、照明の灯りが当たり、キラキラ輝いている・・・
それがまた愛らしく、彼女への愛おしさが膨れ上がる・・・


どうしてこいつは、こんなにも俺を信頼し、慕ってくれるのか・・・

どうして・・・こんなにも俺に安らぎを与え、癒してくれるのか・・・


出会った時から、ただ彼女を化け物から助けたというだけで、
俺を信頼し、俺に己の運命を預けてくれた・・・

時に脆くそして弱くなる俺を、醜い天上鬼の姿を晒してしまった俺を、
この俺の全てを・・・おまえは受け入れてくれた・・・

あれは、俺にとって・・・まさに奇蹟だった・・・・



俺にとって、おまえと過ごす時間が・・・どれ程楽しく・・・そしてどれ程貴重なものか・・・・・・



自分では気が付いてなかった・・・

初めて樹海で出会ったあの日から
おまえの存在が、俺の中で徐々に大きなものになっていったんだ・・・

俺の心はおまえの事でいっぱいになっている・・・



おまえをずっと抱いていたい・・・
ずっとこのまま・・・触れ合っていたい・・・



・・・・・・・・っ!


おまえの身体の奥から溢れてきている・・・・・確かな変化・・・

伝わってくる・・・おまえの想いが・・・この俺に・・・・・

ノリコ・・・




『・・・イザーク・・・・』

その瞳を閉じたまま・・・掠れた声で俺の名を切なげに呼ぶ・・・
俺の名を呼ぶおまえの声を聞く度に、俺は幸福感に満たされていく・・・

おまえの息遣い・・・少しずつ荒くなり、俺に伝わってくる・・・
上気した顔に、その肌に、色と艶が増していく・・・

なんて可愛いんだ・・・こいつは・・・


『・・ぁ・・な・・た・・・』

彼女が小さく呟いた、切なげなその声が、俺の心の琴線を強く弾いた・・・

かつて・・・言葉をまだよく把握出来ていなかった頃の彼女が、間違って俺に使った言葉・・・
特別な関係の男女の間にしか使われない・・・『あなた』という言葉・・・・・・

あの時は、驚いたのと、周りの者達に冷やかされたのとで恥ずかしくなり、
俺も動揺してしまったが、今は、この言葉で呼ばれる事が・・・この上なく嬉しい・・・・・・



俺の中で・・・・抑える事の出来ない感情が膨れ上がってくる・・・

止める事など・・・出来ない・・・




彼女の耳朶に唇を寄せ、絡めるように口づけした。
身体がピクンと震え、乳白色の細い首が露になる・・・

その首筋に何度も口づけし・・・俺の呪縛の印を刻んでいく。
そして胸元にも、腕の内側にも・・・

俺のものだという証を・・・・


浸かっていた湯が、ややぬるめになってきた・・・

互いの身体にぬるくなった湯が纏わる・・・


彼女の腰に手を添え、その身体を浮かせ・・・
そして座らせるように・・・また沈めた・・・
身体が更に震え、仰け反る・・・ 湯が音を立てて波打った。


そして・・・おまえが小さく漏らした甘い悲鳴が・・・俺を・・・より熱く滾らせる・・・


ノリコ・・・・・・愛している・・・・・・!



 



荒くなる息遣いの中、二人は見つめ合い、そして、何度も唇を重ねては、更に求め合う。

水面が波打ち、恍惚感が二人を包む。 お互いの愛を確かめ合う・・・至福の時・・・



切ない吐息と甘い囁きが、止まらない・・・・――――









―――――

――――――――・・・


洗面所の方から明るい声がする。
ドアを開けたり閉めたりする音が、耳障りに響いてきた。

「典子ぉ〜、水入らずなのは良いけど、あんまり長湯してると湯当たりしちゃうわよぉ〜?」




まだ恍惚感が抜けきらず、イザークの逞しい肩に頭をもたげ、典子は呼吸を整えていた・・・

なので、母の声にちょっと慌ててしまう。


「・・・ぁ、・・・はぁーい、今・・・上がります・・・」

整いきらない呼吸の中、そう答えるだけで精一杯だった。
じーんと痺れるような・・・身体の奥の熱の余韻がまだ引かない・・・

イザークに優しく、そしてぎゅっと抱き締められる。

『ぁ・・イザーク・・・?』

イザークの顔を見上げると、彼もまた、優しい笑顔で典子を見つめる。

『・・・そろそろ・・上がるか?・・・』

甘いテノールの囁きに、またドキンとする。

『・・・うん・・・・・ん・・・』

典子の言葉を遮るように、だが優しく、その唇を塞ぐ。
不意打ちに、頬が、また赤く染まる・・・




湯舟から上がった典子が、浴室の扉を顔一つ分だけ開けてそぉっと覗くと、
洗面所には母がいて、タオルを収納しているところだった。


「・・・お母さん・・・いつからそこにいたの?・・・」

典子の顔は赤い。

「え?・・・つい今しがたよ。随分長湯だったわね、顔が真っ赤になってるわよ?
 湯当たりでもしちゃったんじゃないの?」

それ以上追及するでもなく、母はにっこりしている。

「ぅ・・・、だ、大丈夫よ、そんな・・・それに、・・・つ・・・つもる話もあったのよ・・・
 もういいから、お母さん戻ってくれる?・・・もう上がるから・・・」
「あらあら・・・別に恥ずかしがる事ないじゃないの・・・」

その言葉にますます赤くなる。

「お母さん!・・・あたしだけならいいけど、イザークもいるんだからぁ〜、お願い!」
「あ・・・そうだったわね。ごめんなさいね。じゃバスタオルはこれを使ってね〜」

にっこりしてそう言うと、母は洗面所から出て行った。


ふぅー・・・ 思わず大きなため息が洩れる。

背後でイザークが、くくくっ・・・と笑いを噛み殺している。

『イザーク?』
『・・・随分と愉快なお母さんだな、ノリコ』

その台詞に少々バツが悪くなる。

『そうなの・・・あれがあたしの母なのよ・・・』
『おまえの明るさは、母親譲りか』

そう言うと、典子の鼻先を長い指でちょん、と突いた。

『・・・そうみたい、エヘ・・・でもバイタリティのある所は、お父さん譲りなのよ』

照れ笑いで、典子は頭を掻いた。
その仕草を愛おしく眺めながら、イザークは典子を自分に引き寄せると、
典子の髪の間に手を差し入れる・・・・・

『イザーク?・・・』
『じっとしてろ・・・そのまま』

耳元で囁くその声に、典子は瞳を閉じる。

髪の間に差し入れたイザークの手に指に熱が生じる。
そして、その指で何度も髪の間を撫でるように上下させていく。
典子の髪がふんわり・・・風も無いのに浮かび上がる。

温かい・・・ほぉ〜っとする。

『俺の気をやろう、おまえが湯冷めしないように・・・』
『イザーク・・・うん・・・ありがと・・・温かい・・・』





宜しければご感想をお聞かせ下さい→Mailform

えっとですね…最初にこれをメモ帳に書いた時は、
結構つらつらと書いてて、あまり気にならなかったんですが、
なんか改めて読んでみると、え〜と…かなり熱いですねぇ。
引いちゃってませんか?!引いちゃってませんか?!
でも…キス+αしかしてないんですけどね……(  ゜ ▽ ゜ ;)えっ!!
え〜…気になる御方はスルーしちゃってくださいませ。
「イザークく〜ん、ノリコにメロメロだねぇ…」と誰かの台詞が聞こえそうです。
はて…? 誰の台詞でしょう…? はて…?
皆さまの想像にお任せします。

夢霧 拝(06.03.23)
本文一部改変(06.10.26)
Back  Side2 top  Next