◆ 君につなぐ想い 20 ◆


部屋着に着替えた二人が居間に戻って来ると、典子の父は、
ソファー前のテーブルに日本酒の一升瓶を置いて、既に一杯やっていた。
祖父はもう自室に下がり、休んでいるようだ。

「・・・お?・・イザークッ、上がってきたか〜?よぉーし!一緒に呑むぞぉ!」

父はすっかり上機嫌になっていた。
イザークに向けて、もう一つの空の杯を差し出すように掲げている。
それを見て典子は面食らい、イザークは苦笑した。

「何なのよ?お父さん・・・既に出来上がっちゃってるし・・・」

半ば呆れたように、頭に手を当てた。


「一緒に呑みたいんだとさ。」

父の酒に付き合いながら、兄がクスっと笑う。
その兄は、どうやら程ほどに付き合っているようだ。

「本当にねぇ、今日はイザークさんもお疲れだろうから、止めといたら?って言ったんだけどね・・・」

母も半分呆れ顔で肩を竦めた。そして典子に、つまみを持って行ってと促す。
ふっ・・・と笑い、イザークは典子の父の方に歩むと、父と斜め向かいのソファーに腰掛ける。
空の杯を持ち、父に向けた。

「・・・つきあいます、おとうさん。」
「よぉーし、よく言ったあっ!男はそうでなくちゃいかん!今夜は呑むぞぉ〜〜!!
 さあ、呑め呑めぇ〜!!」

言いながら、イザークの杯に、とっくとっくと酒を注いでいく。
杯を持ち上げ、目で挨拶すると、イザークはその酒を一気に呷る。
杯を眺めながら「うまい・・・」と呟いた。

「いい呑みっぷりだっ!そうだろ、旨いだろ?・・・さあ、どんどん呑めよぉ!」

持ってきたつまみをテーブルに置きながら、典子は、イザークの杯に酒を注いでいる父に告げる。

「お父さん・・・あまりイザークに無理させないでよ?・・・イザーク、ねぇ大丈夫?・・・」
「・・・ああ、だいじょぶだ・・・しんぱいいらん・・・」

ニッと笑って典子にそう言うと、また杯の酒を呷る。そして、父の杯に酒を注いだ。
それをまた上機嫌で、父は呷る。そして父は典子に向かい、手をしっしっ・・・と、
あっちに行ってろという感じで払った。

「女が男の邪魔をしちゃいかん!男はなあ〜、呑む時には呑むもんなんだっ!!
 さあ、イザークぅぅ、もっと呑めよぉーー!!」

そして、またイザークの杯に酒を注ぐ。

「もぉぉ、お父さんたら・・・」

典子はすっかり呆れてしまった・・・・。




「へぇ・・・ドライヤーの音がしなかったのに、しっかり乾いてるのねぇ・・・」

台所に戻って来た典子の髪に触れつつ、母が微笑って言った。

「あ、・・・うん。」
「しかも、ふんわりサラサラなのね・・・イザークさんって凄いわ。ちょっぴり羨ましくなっちゃうな〜」

母の言葉に照れ笑いが洩れる。

「でも、何だかお父さん・・・嬉しそうね・・・」
「ほんとにねぇ・・・ お兄ちゃんと呑む時もあるけど、やっぱり典子の彼と呑みたかったのね、お父さんは・・・」


「心配・・掛けちゃったよね・・・あたし・・・」

殆ど酔っ払いになっている父の方を見ながら、典子はぽつりと呟く。

「そうねぇ・・・典子がいなくなってから暫くは、家は火が消えたかのようで・・・
 ほら、何しろあなたの行方不明の原因が解からなかったでしょう?
 そんな状態だったから、立ち直るのにも、結構時間が掛かってねぇ・・・」

自分が爆風で飛ばされ向こうの世界に行った最初の頃の事に、想いを馳せる。

「・・・最初・・・夢から覚めてもやっぱり向こうの世界で・・・ああもう帰れないんだって
 絶望的に思ったの。・・でもノートに日記として、向こうでの出来事を書いておけば、
 もしいつか帰って来れた時に、読んで貰えたらいいなと思って、それで書き始めたの。
 ・・・でも、向こうに残りたい理由が出来てしまって・・・・ホントに・・・ごめんなさい・・・」

「ふふ・・・イザークさんの事ね?」
 
典子は頬を染めて、コクリと頷く。

「イザークぅ、さあどんどん呑めぇー!遠慮はいらんぞぉー!酒ならたっぷりあるからなぁぁ!」

父の上機嫌な声。そして、イザークは五杯目の酒を注がれ、苦笑しながらもそれに口をつけている。
その隣では、兄がやれやれといった感じで、やはり苦笑している。その様子を伺いながら典子と
苦笑しつつ、母は言葉を続けた。

「そうねぇ・・・典子の日記は、半分以上がイザークさんの事だものねぇ〜」

またも照れ笑いが生じた。

「うん・・イザークと旅をするのが長かったから、どうしても・・・、それに向こうでの約四年間は、
 彼と過ごした月日と変わらないもの。向こうは命の危険が身近にあった世界だから、一瞬一瞬を
 大事にしたいと思ってた・・・ 本当にこの人を守りたいと・・・そしてずっと一緒にいたいと・・・
 ・・・ふふ、可笑しいかな・・・何の力も持たないあたしなのに、イザークを守りたいだなんて・・・」

「そんな事はないわ。大切な人を守りたいって気持ちは、力のあるなしには関係ないものよ。
 それにイザークさんは、典子の前なら、自分の弱い面でも曝け出せているんじゃない?
 自分の素の部分を見せられるって事は、典子の事を信頼しているからだよね?・・・それだけ、
 イザークさんを支えてあげられる程に、典子は強くなれたんだと・・・お母さんは思うよ?」

その言葉に典子は驚き、目を丸くして母を見つめた。

「あたしが・・・強く?・・・」

そんな典子に、母は笑顔で頷いた。

「そうよ。最初は、帰りたくて泣いて・・という、弱い典子の部分が目立っていた・・・まぁ、無理も無い
 事だと思うわ。そして、狙われる事も多いから、守って貰う事も多かったわよね?でも後にあなたは
 自分の立てた誓いを果たそうと、命の危険を省みずに彼の傍に駆けつけた・・・これを強さと言わず
 何と言う?・・・普通なら怖くなって、逃げてしまっても仕方のない展開だと思うけど?」

「お母さん・・・」

「ねぇ?イザークさんと過ごす事で、典子は精神的にも、彼を支える事が出来るほど強くなれた・・・
 そして、イザークさんは典子と過ごす事で、それまで誰にも見せなかった素の部分、弱い部分も
 曝け出せるようになったのよね? ・・・男の人が、女性の前で自分の弱さを見せるって事は、
 余程その人の事を信頼してないと、有り得ない事なのよ。」

典子は黙ったまま、母の言う事を聞いていた。
母はクスッと微笑い、典子の肩に手を置く。

「典子よりもお母さんの方が、妻としては先輩ですからね?・・・」


「イザークぅぅ、もっと呑めよぉぉぉ!!・・・・それからなぁぁぁぁ・・・・うちの・・典子わぁ、
 可愛い娘なんだぞぉぉぉ!目に入れても痛くないくらいなんだぞぉ!!
 ・・・うぃっく・・・それをだぁぁぁ・・・おまえは、うちの典子を攫ってしまいおってぇぇぇ!!
 けしからんやつだあぁぁ!!解かるかぁ??おまえにこの俺の、気持ちがぁぁぁ!」


その醜態に二人とも若干の沈黙・・・

「お父さんったら・・・」

完全に酔っ払った父がイザークに絡み始めたので、母と典子は驚き、呆れながら見つめる。

「それにしても・・・あそこに約一名、どうしようもない殿方がいるわねぇ・・・。もう、本当に
 男の人って、時々どうしようもなくなるんだから・・・。まったく、子供っぽいというか何というか・・・
 典子も、その辺は気を付けておいた方がいいわよ?」

苦笑しながら言う母に、典子は真っ赤になった。
流石、母は妻業の先輩、その辺は心得ているというか、達観しているというか・・・。
典子は、納得したかのように、コクンと頷いた。


父の傍に行って、典子は背中をさする。

「ねぇお父さん・・・もうその辺で止めよう。呑み過ぎだよ。休んだら?」
「なぁにぃ?俺はまぁだ、呑めるぞぉぉ!」

父は真っ赤な顔で否定した。・・・さらに酔っ払いの言葉は続く。

「だいたいなぁぁぁぁ、典子?・・・お父さんはなぁ、典子が生きててくれてぇぇ、
 どんなに嬉しかったかぁだ!おまえの顔をぉ、見れるとは、思わなかったんだぞぉぉ、
 ・・・嬉しいぞぉ・・・嬉しいぞぉぉーーー!」
「・・・お父さん・・・」
「そうだあ、嬉しいぞぉぉーー!・・・うぅぅ・・・典子ぉぉ、典子ぉぉ・・・のり・・こぉぉ・・・」

そのまま父はソファーに崩れ、いびきを掻き始めた。

「お父さん、こんな所で寝ないで、ちゃんと布団で寝なくちゃ・・・」
「あらあら・・・しょうがないわねぇ、お父さんは・・・。悪いけどお兄ちゃん、お父さん連れて
 行くの手伝ってくれる?寝室まで運ぶから。」

兄は、笑いながら頷くと、母と一緒に父を脇から抱える。
一瞬父が気が付き、目をとろんとさせ、寝言のように言う。

「んんん〜〜?・・・のりこぉぉ〜・・・のりこぉぉ〜・・・まだぁ、呑めるぞぉぉ・・・」
「はぃはぃ・・・解りましたから、もう休みましょうね。」
「父さん、しっかりしてくれよぉ?」

そうして母と兄に抱えられ、父は居間を出て行った。







『ごめんなさいね・・・お父さんたら、醜態晒しちゃって・・・・』

酒瓶やらコップやらを片付け、テーブルを拭きながらため息をつきつつ、典子はイザークに詫びる。
そんな典子を見てイザークは、『いや・・』と否定する。

『・・・気持ちは解るから・・・それに・・』

『それに・・・俺にも娘が出来たら、きっと同じになるんだろうな・・・』

秀麗なる美貌の持ち主は、そう言うと、穏やかな笑みを口元に浮かべた。
典子はドキッ・・・としてしまう。

『・・・イザーク・・・』


心臓の鼓動が速まるのを感じ、落ち着けようと胸に手を当てた。




―――――・・・

娘が出来たら、そういう時も来るのかな・・・

でも・・・・・・

娘が恋人を連れて来て、酒を呑んで醜態を晒すイザークの姿。
あまり想像できない・・・かも。

下手な相手なら・・・遠当てとかで消失させちゃうかも・・・

はっ・・・!

いいえ・・・違う。きっと父親に感じの似た、素晴らしい男性を恋人に選ぶだろう・・・
イザークの遺伝子を受け継いでいるのだから、変な相手を選ぶ筈がない!

ん?・・・あたしは、・・・なんか取り得あったっけ?・・・何も無かったような・・・
それって、自分が変だって事?・・・・・
・・・元はと言えば・・・あたしはイザークに拾われたようなものだし・・・うーん・・・・・・

あ、・・・いかんいかん・・・

・・・なんか、思考が、マイナスになってないか?
いかんいかん・・・




くくくっっ・・・と笑いを噛み殺したような声が横でした。
見ると、イザークがくつくつと笑っている。典子は慌ててしまう。

『イザーク??・・・な、何?』

笑いを噛み殺したまま、彼は言った。

『くくっ・・・ノリコこそ何を考えていた?・・・くくくっ・・・百面相・・・表情がコロコロ変わる・・・面白い・・・』

そう言って、顔の下半分を手で覆っている。


どうやら典子は、

無意識に手にしていた布巾を握り締め、ぐぐぐっ・・・と踏ん張っていたり・・・
額と腰に手を当てて、じっと何かを考えている風な仕草をしたり・・・
眉間に皺を寄せたり・・・
赤くなって天井を仰いだり・・・
ぶんぶんと頭を左右に振ったり・・・・・・・

と、そんな状態になっていたらしい・・・。

いつの間にか、自分がそんな事してたなんてっ!・・・そう思ったら、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。

『もう、イザークったら、笑わないでよぉ!』

イザークの逞しい胸板を両手で叩く。が、その両手首は夫にしっかりと掴まれた。
悪戯っぽい笑顔が典子を見下ろす。

『おまえといると・・・退屈しない・・・』

そう言うと、イザークは典子の頬に唇を寄せた。
典子の顔は、これ以上無い程に赤くなった。







母と兄が居間に戻って来たのが見えた。イザークは、掴んでいた典子の手を離す。


「イザークさん、ありがとうね。お父さんに付き合ってもらった上に、あんな醜態まで晒しちゃって。
 ・・・ホントにもう、しょうがないんだから、お父さんは。・・・ごめんなさいねぇ。」
「いや・・・きにしてない。・・・おとうさん、だいじょぶか?」

イザークは穏やかに微笑って、訊ねる。

「まあ眠ってるから、まず大丈夫でしょう。多分、明日は二日酔いでしょうけどね。
 ・・・ところで、イザークさんは大丈夫なの?結構呑んでたようだけど・・・」
「・・・だいじょぶ・・・しんぱいない・・・」
「イザークは、お酒強いのよ。お母さん。」

典子が半分呆れ顔で、肩を竦めて言うので、イザークは苦笑した。
イザークの顔色が何ともないのを見て、母は安心する。
そして二人に、そろそろ休むようにと促した。

兄は扉の所で微笑っていたが、典子とイザークに「じゃあまた明日な。お休みぃ〜」と
二階の自室に行ってしまった。

そうして典子とイザークは、母に挨拶をしてから二人で居間を出た。




『・・・でも、なんだか不思議な感じがする・・・』

階段を上がりながら、典子はクスクス笑い出す。


『・・・何がだ?』

イザークは怪訝な顔をして典子を見た。それを見て、典子は尚もクスクス笑う。

『だって、イザークとこっちの言葉で会話出来るなんて、思ってもみなくて・・・』
『・・・は!・・・そうだな。』

イザークは納得したように笑う。典子は笑顔でイザークの腕をそっと掴む。

『上手よ。ビックリしちゃった・・・』

イザークの顔を見上げながら、典子は言う。

『そうか?・・・』
『うん、ちゃんと会話になってるもの。凄いなぁ〜、イザークって本当に優秀なんだね。』
『そんな事はない、解からん事だってある・・・』
『そぉお?』
『ノリコだって、言葉覚えるの早かっただろ?』
『え?・・・んー、だって早く言葉を覚えたかったし、あなたと早くまともに会話したかったし・・・』

そう言って、人懐っこい笑顔でイザークを見つめる。

『・・・俺も早く、ノリコと話が出来たらいいと思っていた。』
『へ?ほんと?・・・そう思ってくれてたの?』
『ああ、・・・おまえと話をするのは、楽しいからな・・・』

イザークは微笑う。・・・だがその後、彼は瞳を伏せる。にわかにその表情に翳りが出る。

『・・・だが・・・・・・・・反対の事もまた・・・考えていた・・・』
『え?・・・』

苦笑しながら言葉を続ける。

『あまり早く・・・言葉を覚えてくれるな・・・とな。』

その言葉に典子は、不思議そうな顔でイザークを見つめた。
典子の視線を受け、イザークは、やや困ったような、照れたような表情で話す。

『・・・言葉を・・・おまえに教えながら・・・早くまともな会話が出来ればと思っていたが、
 反対に・・・言葉が解かるようになれば、それだけ離れる日が近くなる・・・と・・・
 あの時は、そんな風にも・・・考えていたから・・・・・・』
『イザーク・・・』

イザークの言葉に、典子は驚いて、その瞳を見開いた。





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やはり日本のお父さんというのは、
娘の彼氏(この場合はもう夫ですが…)と呑みたいものなのでしょうか…
ウチの旦那は呑める人ですが、管理人の実父は呑めない人です。
はて…あの時ってどうだったんだっけ?…(~-~;)ヾ(-_-;) オイオイ...

ノリコのお父さんは間違いなく明日は二日酔い…
でも娘の彼(婿)と呑みたいという念願が叶って良かったかも…くすくす。

…で、すみませんが、次回はまた二人熱いです。
一応注意報をまた掲示しときます。
夢霧 拝(06.03.24)
本文一部改変(06.10.26)
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