◆ 君につなぐ想い 22 ◆


翌朝―――


柔らかな陽の光が降り注ぐ。
生きている全てのものにその恵みを与えているかの如く、清々しい朝だ。


目を覚ましたイザークは、自分の隣に目を遣り、半身を起こした。
隣の場所には、愛しい妻が安らかな寝息を立てていた。
長い睫が愛らしく、その寝顔には安堵の表情さえ伺える・・・
イザークはそんな妻の姿を、穏やかな笑みを浮かべながら見つめた。

そして同時に、心から感謝の気持ちが溢れた・・・

かの世界から突然消えてしまった、ノリコ・・・
何処にどうしているのかも解らない状態だった。
だが彼女は、自分の元の世界の、家族のところにいた・・・・・

よくぞ無事でいてくれた・・・・・と、
そして、よくぞ自分は、彼女の元に辿り着く事が出来た・・・・と、

世界の全てに感謝したい気持ちだった・・・・・

目頭を押さえる。・・・笑みが漏れた・・・


妻を起こさないようにそっとベッドから降り、素早く着替えを済ませると、静かに部屋を出る。

ドアを閉めた後、イザークは一つ深く息を吐き、そしてまた、微笑った。



階下に下り、居間の扉を開けた。
既に典子の家族は皆起きていて、朝の支度に慌しい様子だった。

台所では、典子の母が朝食の用意をしており、居間のソファーでは、典子の父が頭痛を宥めるかの如く頭を 押さえながら、二日酔い覚ましの水を飲んでいる。典子の兄は、大学に行く前に、新聞片手にやや眠たそうに 朝食のパンを齧っていて、イザークを見るなりパンを頬張ったままで朝の挨拶の言葉を掛けた。
そして庭では、祖父が植物に水を撒いている。

「おはようございます・・・」
「お?・・・早いな、イザーク・・・よく眠れたかぃ?」

少々辛そうに苦笑し、頭を掻いている。父の言葉には笑顔で返す。

「えぇ・・・おかげさまで・・・」


「あら、おはようイザークさん。もっとゆっくり寝ていても良かったのに・・・」

台所から母が声を掛けた。イザークはその母にも笑顔を返す。

「おはようございます・・・だいじょぶ・・・ちゃんとやすんだ・・・」



「君は強いんだな・・・ 私はこの通り少々二日酔いだ。昨夜はとんだ醜態を晒してしまったな・・・は〜。」

イザークは苦笑して応える。

「いや・・きにしてない・・・それに、さけは、はやくからのんでたから・・・」
「そうか、そんなに早くから飲んでいるのか?・・・向こうの世界には未成年者飲酒禁止の法律とかは
 無いのかな?・・・ははは。」
「・・・みせいねんしゃ・・・いんしゅ・・きんし?・・・・・」

怪訝な顔で訊ねる。

「・・・んん?解からんか?歳が二十にならないと酒を飲んじゃいかんという、国が作った決まりだ。」

今度は凄く意外な顔をして、父を見た。

「ここは、そんなきまりがあるのか?・・・むこうにはないな・・・ たしかに、こどもには、のませないが、
 それでも、そこはおやがきめる・・・」
「そうか。まあこっちのは、青少年の健全な育成やら保護の意味でな。・・・色々と干渉されてるって訳だ。
 安全の為、非行防止とか言ってな・・・」

イザークは苦笑する。
耳慣れない言葉ばかりだが、言わんとしている事はおおよそ理解出来る。


だいたい自分は十五歳の時に家を出て、ずっと一人でやってきた。
酒を飲むのも自分の稼ぎでやって来たし、伴う責任も全て負って来た。
誰かれに干渉を受ける必要も無かった。成す事全てが己の責任・・・
全ての結果は、自分で尻拭いというというのが当たり前の世界で生きてきた。

ましてや自分は、ノリコと出会うまでは人との関わりを極力避けてきたのだ。
他人に守って貰うなどという考えは、毛頭浮かばなかった。


「でもまぁ・・・それでも法律を守る人間ばかりじゃなくてな・・・。決まりを破る輩というのも出てくる。
 その為に、法律は時として、まったく意味を成さないものになる。」

ニヤリとする父。

イザークもふっ・・と笑う。
なるほど・・・平和な国なんだな・・・と感じた。



「ところで・・・典子は、寝てるのか?・・・」

父の問いに、イザークは頷いた。

「・・・・・きのうのよるはおそかった・・・もすこし、ねかせてやってほしい・・・」

イザークはそう言うと、その顔をやや伏せる。垂れた髪を掻きあげ、一つ小さく息を吐いた。
その仕草が妙に艶めいた感じを匂わせ、それを見て取った父は、思わずニヤリと含み笑いをする。

「・・・どうやら、いい夜だったようだな?」

その台詞に、イザークは少し驚いたような視線を父に向けたが、すぐに、ふっと微笑い返す。
そして窓の外に視線を向けて呟いた。

「えぇ・・・ノリコといるじかんは・・・いつだって、さいこうです・・・」









部屋で典子は目を覚ました。うっすらと目を開ける。
視界が定まらず、頭もまだぼんやりしている。

不意に隣に目を遣る。だが、そこに夫の姿はなかった。
いきなり意識が現実に戻される。


(!・・・・・やだ、イザークいない・・・・・・やっぱり、夢だったの!?)


慌てて、その身を起こそうとするが、


(え・・??)


起きられない。


(うそ・・・起き・・られない・・・なんで?・・・)


身体中を覆う倦怠感で、身体を起こせなかった。

典子は辛うじて、気だるい手で自分の頭を押さえた。
・・・が、押さえている自分の腕に何かがあるのに気付き、


(・・!・・・・・)


すぐに顔が真っ赤になる。
腕にあるいくつものそれに思わず見入ってしまった。

そして、全てを理解した。


部屋の中が妙に明るい事に気付き、窓の外に目を遣る。


(・・・明るい・・・それに、陽がもう高くなってる・・・・今、何時頃なんだろう・・・)


カーテンは開けられていて、明るい陽の光が射し込んでいた。
太陽の位置は、既に早朝ではない事を物語っている。


(・・・つ・・・ぅ・・・)


身体のだるさに、流石にその表情がやや歪む。そっと身体を横にして
机の上に置かれた時計で時間を確かめた。時刻は九時半を少し過ぎていた。


(・・もうこんな時間・・・やだ・・・あたし、寝坊しちゃったんだ・・・)


やっとの思いで身体を起こす。支えるその腕が、微かに震えた。
髪の一房が前に垂れたので、その髪をどうにか掻き上げ、天井を仰ぐ。

纏っていた掛け布が、ふぁさりと落ち、典子の半身が露になる・・・・・・

ふぅ〜・・・と一つ大きく息を吐いた。


暫く惚けたかのように黙っていた。


そして、再び自分の隣のスペースに目を遣り、触れる・・・
そこに人がいたであろうと思われる、シーツの乱れ・・・そして、夫の匂いが微かに残っていた。

ふと典子は自分の腕に目を遣る。いくつもの赤い刻印があって、やはり顔中が真っ赤になる。
胸元にも目をやったら、案の定そこにも印はついていた・・・。


(イザークが隣にいないから、やっぱり夢だったのかもって一瞬焦っちゃったけど・・・
 それに・・・夢だったら嫌だなって、そう思って・・・昨夜は眠るのが恐かったけど・・・・・でも、これじゃ・・・)


大きなため息が出た。


(・・・夢だって思う方が・・・無理があるかも・・・・)


ゆっくりと両足を抱え、膝に額をくっつけて座ると、典子は昨夜の事に思いを馳せた。

夢なら覚めないで欲しいと願った、昨日の・・・夫との再会。
愛しい人の顔を見たら、涙が次から次へと溢れ、止める事など出来なかった。

でもこの涙は、悲しみの涙ではない。

こっちにいきなり戻されて、もう二度と逢えないのではないかと諦めていた。
だが、イザークは自分を探して迎えに来てくれた。
もう何も言うことはない。何も望むことはない。

夢ではないという証・・・昨夜の夫との蜜事を思い出しては、幸福感に満たされる・・・


(・・・夢・・・じゃないんだよね・・・)


顔を上げ、膝に顎をつける。


(・・・何度も、意識が飛びそうになった・・・でも・・・その度に彼に引き戻されて・・・)

(愛している・・・耳元で何度もそう囁かれて・・・嬉しかったな・・・)

(・・・でも、あたし・・・夢中で・・・何かいろいろ口走ってしまったんだよね・・・うーん・・・
 イザーク呆れてないかな・・・何だか・・・凄く恥ずかしいかも・・・)


頭がぼぉ〜っとする。頬も桜色に染まって熱い。また深いため息が出た。


(・・・顔が熱くなってきた・・・ダメだ・・・もう起きなくちゃ・・・)


自分の頬を両手でぺちんっ!と一つ叩く。

着替えを取ろうと、ゆっくりと身体を動かした時、階段を誰かが上がってくる音が聞こえた。
その足音は、自分の部屋の前で止まり、音の主が明るい声で朝の挨拶の言葉を告げる。


「典子ぉ〜、おはよう。もう起きてる〜?」


その声に、典子はギョッ!っとする。声の主は「開けるわよぉ〜」と能天気な声で言い、
扉の取っ手のガチャリという音が響く。

忽ち典子はパニックになった。

「え!?・・・ちょ、ちょっと待ってー!お母さんっ!」

さすがに自分の今のいでたち(つまり全裸で掛け布一枚だけ纏っている姿! )は、恥ずかし過ぎる!!!
急いで着替えをしなくては!・・・と頭では解っているのに、如何せん身体にまだ力が入らず、
もちろんだるい身体は、すぐに言う事なんて聞いてくれそうもない。
あたふたと自分の身体を隠そうと掛け布を抱えた途端、無情にも部屋の扉が開いた。

「おはよう、今日もイイ天気よ!典・・子?・・・」

声の主、つまり典子の母は明るい調子で娘に声を掛けようとしたが、
程なくベッド上の娘が裸のままである事に気付き、固まる。その場に沈黙が流れた・・・・・・。

「〜〜〜〜〜っ!!」

典子は声にならない声をあげ、真っ赤な顔で、掛け布で前を覆った。
髪の毛がまたしどけなく、はらりと前に垂れる・・・。

多分自分は今、とんでもなく情けない顔をしているだろう・・・と、典子は自己嫌悪になる。
母から視線を逸らすように、俯いてしまう。

(だから・・・ちょっと待ってって言ったのにぃぃぃ・・・あーん・・最悪・・・)


「あら・・・まぁまぁ〜・・・」

典子の母は、全てを察したような表情になる。あまりに恥ずかしくて、典子は身を竦めた。
娘のその仕草を何とも微笑ましく感じた母は、笑顔で典子を見た。

「お・・・おはよう・・・お母・・さん・・・あの・・ごめんなさい・・・・・・寝坊して・・・あたし・・・」
「気にしないでいいのよ。イザークさんが、寝かせといてやってくれって、そう言ってたから。」
「あ、あの、・・・イザークは・・・下?・・・」
「ええ、今はお父さんと話をしているわ。・・・結構、話が合うみたいよ〜」

そう言うと、母はクスッと笑う。

「・・・お父さんたらねぇ、案の定二日酔いなのよ〜」
「え・・・二日酔い?・・・お父さん、大丈夫なの?」
「そうねぇ。話が出来るんだから、大丈夫みたいよ。ふふふ。あ、それから、チモちゃんたちの朝ごはんに、
 肉だんごやっといたからね。可愛いわねぇ〜、朝のお散歩してたわよぉ。流石に、外は野良猫もいるだろう
 から出してやれないけどね・・・」
「・・・あ・・・ありがと・・・」

「さぁさ、お洗濯済ませたいから洗い物は出しておいてよ。今日も良い天気だから、洗濯がはかどるわ〜」

典子はちょっと慌てて・・・

「え・・・あの、自分の物は自分で洗うよ・・・。あの・・・シーツとかも洗いたいし・・・」

・・・と言ってから、典子は、しまった!と後悔する。・・・・いかにもいかにもではないかっ!

母はクスッと笑って典子を見た。

「いいわよ。出しておいてくれたら洗うし、あなたもシャワーぐらい浴びたいでしょ?」

多分今の自分の顔は、ゆでだこよりも赤いだろう・・・
この際、身体がだるいなどと、悠長な事は言ってられない・・・。
ふるふるっ!と頭を左右に振る。

「ごめんなさい・・すぐに着替えるから。それに手伝いもするね。いつまでも横になってる訳にはいかないし・・」
「でも典子、何時間も寝てないんでしょ?・・・お疲れモードが顔に出てるわよ?」
「・・・え・・・それは・・・」

確かに寝てないし、身体は疲れている。・・・図星を指されて返す言葉が・・・なかった・・・。


「ふ〜ん・・・」

母は典子の顔をまじまじと見つめる。そんな母に典子はうろたえる。

「な、・・・何?・・・お母さん・・・」

赤くなって恥ずかしがる姿や、掛け布から出ている身体の部分に認められる
いくつもの刻印に目を遣りながら、母は典子の頭に手を置いた。

「・・・ふふ・・・今朝はあなた、とってもイイ顔してるわよ。」
「お・・母さん?・・・」
「良かったわね、典子。・・・彼が迎えに来てくれて。」
「・・・・・・」

典子は、掛け布で顔の下半分まで覆うと、やや暫くしてからコクンと頷いた。

「今朝は食事取れそう?・・・特製のスープがあるんだけど。とっても元気になれるわよ。」
「・・・ぁ・・・うん・・多分大丈夫、食べられると思う・・・少しお腹が空いてきちゃったみたい・・」
「それは良かったわ。じゃ着替えて下りてらっしゃいね。食事が済んでないのは典子だけだから。」
「うん・・・すぐに着替える・・・」

典子は着替えを取ろうと、ベッドの端まで身体をずらし、ゆっくりと足を床につけた。
掛け布を身体に巻きつけたままで立とうとするが、まだ足に力が入らずよろけてしまい、典子は慌てる。

「ぇ・・・あ、あ、やだ・・・!・・・きゃあああ!!・・・」

足がもつれてしまい、おまけに掛け布が足に絡み、典子は床に転倒してしまう。
転倒時の音は階下まで響くほどだった。

「いっ・・・たぁぁぁ・・・」

ぶつけた腰の辺りと肘を典子は押さえた。
なかなか起き上がれず、ようやく四つんばいになろうと身体を支え起こそうとする。
身体の倦怠感が抜けず、打った痛みもあって、顔の表情が歪んだ。

ビックリした母は、典子に駆け寄った。

「ちょっと、大丈夫なの?!典子ったら・・・・・・まぁまぁ〜〜・・・」

顔を少々歪めつつ、やっと「大丈夫・・」と典子は言葉を搾り出す。

「・・・あ、足・・が・・・そんな・・・」
「なに?・・・ひょっとして、力入らないの?」

典子は頷く。ようやく身体を起こし、四つんばいになって大きく息をついた。
髪の毛が身体にしどけなく纏わりついている。

「あらあら・・・身体も辛そうね。・・・典子、あなた昨夜いったい何時まで起きてたの?」
「・・・ぇ・・・それは・・・」

典子はまたも恥ずかしげに顔を赤らめて俯く。更に更に、バツが悪かった・・・。

「・・・空が・・・白んでくるくらい・・・まで・・・」
「まぁぁ・・・だったら、イザークさんもあんまり寝てないんでしょ?
 彼、結構早く起きて来たけど、大丈夫なのかしら?」

典子はさらに恥ずかしそうに下を向いた。

「イザークは・・・あの・・・体力が超人的で、その・・・疲れることって殆どなく・・て・・・あの・・・」

最後の方は声が小さくなる。母、暫し絶句。
慌てて、典子は弁解した。

「あ・・だってね、目が覚めたら、全部夢だったなんて事になるのが嫌で、昨夜はそれで眠るのが恐くて・・
 ずっと起きてて・・それに話もいっぱいしたし・・・それもあって・・寝てないの・・・・だから・・・・・・」

やはり最後の方は声が小さくなる。

母は、そんな典子を見て微笑ってしまった。

 

そのすぐ後、階段を駆け上がる音が聞こえ、部屋の扉が勢い良く開いた。





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すみません。ちょっと典子で遊んじゃいました…(_ _*)>poripori...
それにしても、母の肝っ玉の強さには敬服。やはり母はドーンと構えているものなのでしょうね。
それに、あの母には、典子の気持ちが理解出来ていらっしゃる…
まぁ、何ともお茶目な母さまでございます。

次回は、もっと典子で遊んでます。ノリコちゃんファンのお方…ごめんなさ〜い。
で、また熱いです。注意報は出しませんが、それでもやっぱり熱いです(笑)
夢霧 拝(06.03.28)
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