◆ 君につなぐ想い 24 ◆


庭の一角の物干し場では、典子の母が洗濯物を干していた。
父はソファーに座って、時折頭に手をやり考え事をしながら、何やら手帳に書き付けている。
祖父は相変わらず庭弄りに余念が無く、兄は既に外出した後で、そこにもう姿は無かった。

典子とイザークが居間に入ってきたのに気付き、父が声を掛ける。

「あぁ起きたのか、典子。・・・転んだんだってなぁ。」

言いながら、ニヤッと笑う。典子も少し照れながら微笑い返した。

「おはよう、お父さん。・・・うん、ドジっちゃって・・・」
「そうか。・・・それにしても、イザークは凄いな。おまえが転んだ事をすぐに察知して、飛んで行ったぞ。
 透視が出来るんだってな?ビックリしたよ。」
「ぇ・・えぇ・・まぁ・・・」

典子はさっきの事を思い出して、赤くなって、イザークと顔を見合わせた。
イザークは苦笑しながら、典子をソファーに座らせ、自分も隣に腰掛ける。

「・・・ところで、お父さんは大丈夫なの?二日酔い・・」
「ああ、治まってきたよ。さっきよりはいい感じだ。おかげで書き物も出来るってやつさ。」


洗濯物の籠を抱えた母が、庭から戻って来て、典子に声を掛けた。

「あら典子、下りてきてたのね。お腹空いたでしょ?すぐに用意出来るからね。」
「あ、いいよお母さん、あたし自分でするから・・・」

典子は少し慌てて立つと、台所に向かった。
棚から器を出しながら、「何だか、凄くお腹が空いて来ちゃった・・・」と、恥ずかしげに微笑う。

「ふふふ。そうでしょう?・・・でもあなたに食欲が出てきて良かったわ〜」

温め直したスープを手際良く器に盛り付けて典子に手渡すと、やや悪戯な瞳で、諭すように言った。

「でも一度に食べるとお腹がビックリするから、ゆっくりよぉ〜く噛んで食べるのよ。」
「はぁーい、解かってます。・・・もう、皆して子ども扱いするんだからぁ・・」

典子は苦笑しながら、肩を竦める。そして、運んだスープをテーブルに置き、籠に盛ったパンを母から受け取ると、 食卓の椅子に座った。そして、両手を合わせてから、食事を始める。

「お腹ぺこぺこ・・・頂きまぁーす。」

スープを一口食べた典子は、その味に目を見張る。

「ん!?・・・これ・・・」

驚いている典子を笑みを浮かべて見ながら、イザークは向かい側の椅子に座った。
「ガレンのみ・・・ほして、こなにしたものを、いれた・・・いにやさしい、げんきがでる・・」
「やっぱりガレンの実?・・・持ってきてくれたの?」
「ああ、やくにたつと、おもって、な・・・」

そう言うと、穏やかな笑顔を典子に向ける。台所から母が感心して言った。

「ほんとにこれ、凄く元気が出るスープよ〜。私達も頂いたんだけど、朝から元気いっぱいなのよね。
 お父さんの二日酔いも回復が早くて助かるわぁ〜」

イザークは片手で頬杖をつきながら典子をじっと見つめ、言葉を続ける。

「さあ、たべろ・・・ゆっくりでいいから、ぜんぶだ」
「ふふ、イザークはやっぱり見張り役?」
「まぁな。さあ、さめないうちに、たべろ」
「うん、ありがとイザーク・・・」

典子は、一口ずつ、噛み締めるように口にしていく。

「・・おいし・・・とても、優しい味・・・身体にすぅーっと染み込んでいく感じ・・・」

ほぉ〜っと息を吐く。
イザークも優しい笑みを浮かべた。

そんな二人のやり取りを、典子の父も母も微笑ましく眺めていた。









「さあ、終わったー。洗濯物を干すの手伝ってくれてありがとう、助かったわ。」

庭で残りの洗濯物を干し終わって、典子の母は腰に手をやり、くっ、と一つ身体を伸ばして一息ついた。
典子は笑顔で応える。

「身体はどう?・・・もう大丈夫?」
「うん。ガレンの実には即効性があるから・・・」
「そう、良かったわ。だったら、イザークさんと街にでも出かけてみたら?」
「え?・・・街に?」
「ほら・・・イザークさんの着ているもの、向こうの世界の服でしょ?もしすぐに帰るんでなければ、
 こっちの服なんかもあった方が良いと思うのよ?」

母は視線を空に向け、額に指を当てながら言葉を続ける。

「・・・お兄ちゃんの服を借りても良いんだけどね、ちょっと丈がねぇ・・・イザークさんには、少ぉ〜し短いかも・・
 彼、脚が長いでしょ?」

「やぁだ、もうお母さんたら、お兄ちゃんが聞いたら怒るわよぉ?」

二人ともクスクス笑った。

「それにね、あなた達も街でデートと洒落ても、いいんじゃないかと思うのよ?」
「え・・・デート?」

母の言葉に、典子はドキドキしてしまう。

「折角こっちに来ているのだから、イザークさんを、いろいろと案内してあげたら?
 ・・・ずっと家にいるだけじゃあ、退屈でしょう?」
「うん・・・そりゃあ、イザークとこっちの街を歩けたらいいなぁ〜とは、思っていたけど・・・でも・・・」

典子は下を向き、考え込んでしまう。

「でも・・・向こうのお金はこっちでは使えないし、こっちのお金も持ってないし・・買い物すると言っても・・」
「あら何、そんなこと?・・・だけど、あなたも・・・現実的ねぇ・・・・」

少し呆れ顔で、母が言う。

「だって、こっちにいると、いろいろ現実的な問題と面と向かわなくちゃならなくて・・・あたしって、まだ
 行方不明のままなんでしょ?・・その・・警察とかには・・・」
「ああ、そう言えばそうねぇ。警察には届けてなかったわ。」
「お母さん・・・・」

典子は苦笑する。

「でもねぇ、説明のしようがないのよねぇ。典子、説明出来る?異世界の事や、イザークさんの事・・・」

典子はぶんぶん首を横に振る。

「でしょうねぇ。やっぱり、あなたが向こうで暮らすのと、こっちのそれとじゃ、だいぶ勝手が違うのよね。
 こっちはいろいろややこしいから・・・」
「うん・・・イザークの場合、はっきり言って、不法入国みたいなものだし・・・」
「典子だって、不法出国に不法再入国じゃない?それに、イザークさんもパスポートって
 訳にもいかないしねぇ・・・」
「作りようがないよぉ。外国人といっても、世界が違うし・・・・移動だって、テレポーテーション・・・」

そこまで言って、母と娘、揃って頭を抱えた。
だが、のんびり屋の母は、能天気にも気持ちの切り替えが早かった。にこにこしながら、典子に言う。

「まあ・・・あまり深く考えるのは止しましょう。ね、典子?考えても仕方ないじゃない?
 有り得ない事のオンパレードなんだから。」
「・・・う・・ん・・・・」


「さっきの話に戻るけど。その現実的な話題の一つとして、お金の事だけどね。大丈夫よ典子、
 何の心配も要らないから。こっちへいらっしゃいな・・・」

やや深刻気味だった典子に対し、意味ありげな笑顔で母がそう言ったので、典子は怪訝な顔で
母を見つめた。部屋に上がると母は和室に典子を誘い、箪笥の引き出しから一冊の預金通帳を
取り出して典子に見せる。

「お母さん、これは・・・?」

典子の母は、してやったりという表情で、典子に言う。

「これはねぇ、典子の進学の為にと積み立てたお金、それから、保険の解約金が入っているのよ。」

それを聞き、典子は、驚きと怪訝の表情で母を見返した。

「え・・・お母さん?」

そんな典子に、母は、少しずつ説明していった。

「あなたが大学に進学しても良いようにと、毎月少しずつ積み立てていたのよ。進学用に充てる為に
 保険にも入ったんだけど、それでも、もし使わなかったら、それはそれで、あなたがお嫁に行く時にでも
 充てればいいかなって、そう気楽に考えてたの。保険の方はね、あなたが行方不明になってから
 一年後に、解約したものよ・・・」
「・・え・・・・」
「・・・何となく使えなくてね、そのまま定期にしておいたのだけど、こうして典子にまた会えたわ。
 だから、これはあなた達が使って良いお金なのよ。」
「でも、でも・・・申し訳なくてそんな・・・とても使えないよ・・お母さん。」

母は笑顔で首を左右に振った。

「気にしなくて良いのよ。どっちにしても、あなたがお嫁に行く時には、いろいろと支度して
 やろうと思っていたの。でもイザークさんとの結婚の時には、結局何もしてやれなかったでしょ?
 ・・・だからせめて、あなた達がこっちにいる間だけでも、何かしてやりたいのよ。」
「お母さん・・・」
「だから、これはあなた達の良いように使ってね。でも、無くなってしまったら、それで、お・し・ま・い。」

母はそう言って、少し悪戯な笑みを浮かべた。

「でもお母さん、お兄ちゃんがいるわ。・・・大学の学費だって、いっぱい掛かってるでしょ?
 だからこれはお兄ちゃんの為に使ってよ。」

典子の申し出に、母は穏やかな笑みを浮かべて言った。

「典子。お兄ちゃんの分はね、ちゃあんと用意してあるのよ。だから、あなたが心配しなくてもいいの。
 大丈夫なのよ。」
「お母さん・・・」

典子の瞳には涙が滲んでいる。

「・・・あらあら〜、泣かないで典子。イザークさんに心配掛けちゃうわよ?」

母はポケットからハンカチを取り出して、典子に渡す。
典子は、それを受け取った。

「・・・ねぇ典子、あなたが無事だと知った時は、本当に嬉しかったわ・・・たとえ会えないと
 解かっててもね。・・・でも・・・あなたが幸せなら、お母さん達は何も言う事はないのよ。
 そうね、こっちのお金は向こうでは使えないでしょうから、送ってやる事も出来ないけれど、
 今はこうしてあなた達が、こっちに来れてる訳だし。・・・だから、ね。」

母は、典子の肩に手を掛けながら、そう言って慰めた。

その時、和室の襖に手を掛け、入ってくる人物がいた。立っていたのは、イザークだった。
気配に聡い彼は、典子の泣いている気配を察知し、心配して来たのだ。

「ノリコ?・・・」
「あ、イザーク・・・」

典子は振り返り、慌てて涙を拭う。
イザークは典子の肩に手を掛けると、心配げに顔を覗き込んだ。

「どうした?・・・なぜないている?」
「あらあら、・・・ほらご覧なさい、イザークさんを心配させちゃったじゃない?」
「あ・・・ごめんなさい、あのね、何でもないの、イザーク、大丈夫だから・・・」

典子が慌てて、照れながら笑顔で説明する。

「イザークさん、典子と一緒に、街まで出かけていらっしゃいな。こちらの世界での
 デートなんて初めてでしょう?いろいろ見たり、買い物とかもしてくるといいわ。」
「?・・・でーと?」

耳慣れない言葉に、首を傾げながらやや怪訝な顔をして、母と典子とを見た。

「まあ、あなた達はもう夫婦だから、デートという言葉は少し違うかしらねぇ。ふふふ。
 デートっていうのはね、好き合った男女が、一緒に買い物したり、外で食事したり
 それから・・・映画・・・は、そっちには無いか・・・ええと、お芝居だったらあるかしら?・・・
 まあ、そんな感じで、二人で一緒に出かけて楽しんでくる事を言うのよ。」
「・・・はぁ・・」

解かったような解からないような、イザークはそんな感じの表情を見せる。
典子は頬を染めて、黙っていた。

「あら・・・でも考えてみたら、あなた達は向こうでも殆どいつも一緒にいるんだったわねぇ。」

典子の母は微笑いながら、促すように二人の肩に手を掛けた。

「さぁさ、出かけてらっしゃい。チモちゃん達の世話はお母さん達が見とくから。」





宜しければご感想をお聞かせ下さい→Mailform

ガレンの実…管理人が考えた薬草の実です。滋養と元気がつきます。
病中病後の体力回復に使われる事が多いです。でも非常に高価です。
第五番目の月、ガレン(意味は『活力』、これについては「小さき悋気」でも出てくる予定)と名前が同じ。
なぜ、イザークさんがこれを持っているかというと、彼は薬草に長けてますんで、
稀少な薬草でも探し出せちゃう。彼の能力はこんな所でも役立ってます。

最初このページは、ボツにしようかと考えてたんです。
余りにも…なんだかなぁ〜なので…。
つい、現実的な問題を考えてしまい書いたのがこのページ。
まずイザークさんの世界と典子ちゃんの世界は違います。
異世界とは、現次元世界と別にある世界なのか、単なる想像でしかない世界なのか…
となると、イザークさんとは存在するのか否であるのか…
と…何だか、考えたくない問題まで浮かんできて…
それで、異世界は現次元世界とは別にある次元の地球の事だと、管理人的に勝手に解釈しながら進めているのですが
イザークさんが、この世界に来る時点で色んな問題点というの、実際(?)に出てくるんですよ。
それこそ色々…。じゃあ、典子はすんなり帰れるのか?というと、それも≪?≫なんですよね。
彼女は警察にはどういう扱いになってるのか?もし彼女が現代に戻ったら、どういう届出に
なったりするのか…行方不明になってた間の事をどう説明するのか?説明できるのか?どうなのか?…
それこそ頭の痛い問題になりそうです。あとはお金、ゾルは両替不可能。こっちのお金も持ってない。
まるで、アイビスクの村に行く前の話みたいに、金がない。
買い物は?どうすんの?…とあれこれ考えたら、出口が見つからなくなってしまいました。
考え過ぎでしょうか…(~-~;)ヾ(-_-;) オイオイ...
お金が無いと、何も買えません。もし、典子の世界に留まるとしたら、お金は、家は、職は…
あぁ、頭の痛い問題です。出口がありません…orz(←アホかぃ)
で、結局ナニが言いたいのか?
架空の物語にそこまで考えるか!?…と突っ込まれ…あぁ…
結局、何処かを完璧に無視した進め方で、やっていく事になる…
なんだか、不完全燃焼です。でも、架空の話を書いてる上での壁というヤツですね。

で、一応次から少々違った展開が出てくる予定…何だか冗長的な面も否めないです。
でもちょいと変わるという事で、一応一区切り。…でも中途半端な感じも否めないぞ(汗)。
夢霧 拝(06.03.30)
Back  Side2 top  Next