◆ 君につなぐ想い 25 ◆


「次のイイ素材がなかなか見つからないのよ。折角の企画なのよ。潰してたまるもんですかッ!」

その場にいるスタッフに怒号の如く声を掛ける、一人の女性。

「あなた達も、街へ出てイイ素材を見つけて来てよ!」
「了解〜!ちょっくら行って来ます!」
「私達も、頑張って探して来ますねっ!」

その場のスタッフ達は、それぞれ返事をしながら出て行く。

「いつもながら、歯切れのいい台詞だね、アキさん。」
「あら、台詞だけじゃないのよ。私も出かけてくるわ。」
「え、まさかアキさんまで行くんですか?」
「もちろんよ。イイ素材を見つける為には、労を惜しまずよ。」

そう言ってアキはウインクした。
その男性スタッフはやや呆れ顔で、頑張り屋のこの企画主任を見た。

「まあ、でも、そこがアキさんらしいですけどね。」
「でしょ?・・・じゃあ行って来るから。あとよろしくね!」

そう言うと、アキと呼ばれるこの女性は、部屋を出て行った。
ロビーからビルの外に出る。

「さあて、今日こそ絶対見つけるわよ。」

そう意気込んだ彼女は、颯爽と街の中へと繰り出して行った。









買い物を終えた二人は、通りを歩いているところだった。イザークの手には、先程購入した服の
入った袋がある。結局、典子の両親の好意に甘え、イザークの衣服を購入させて貰う事にした。
だが、今朝の母親とのお金に関するやり取りの話を典子から聞いたイザークは、正直言って内心
穏やかではなかった。そういう事で典子の両親に迷惑を掛けるのは、彼にとって本意ではない。

『あたしも本当は、こんな事で迷惑掛けたくなかったんだけど・・・でも、向こうのゾルは、
 両替も出来ないのよね・・・』

典子がしみじみ言う。イザークも、『そうだな・・・』と苦笑した。

『・・・こっちにいる間に、何かの形でお父さん達に恩返しが出来るといいんだがな・・・』
『うん・・・そうだね・・・』




それにしても・・・・・・

都心まで出かけるのは何年振りだろうか・・・

高校生の時は、友達と都心までショッピングに出かける事もあった。
可愛い服や、女の子らしいアクセサリーをショップで選ぶのは、結構楽しかったものだ。
あの頃は恋人なんていなかったから、男の子とデートなんてしたことは勿論無い。
それが今、恋人を通り越して夫(しかもイザーク!)と、しかも自分の育った世界で、
こうして街に繰り出せるなんて・・・・

典子にはまだ信じられない気分だった。


今日はやや汗ばむ陽気で、街には半袖姿の者もちらほら目立っていた。

イザークは、上着は羽織ってなく、襟の付いた黒のシャツを着ている。袖を捲り、前のボタンを二番目まで
外しているので、少しだけ胸元が見えて、より精悍さが増していた。下は濃紺の細身のズボン。
腰に布は巻いているが、二本のベルトで上手くカモフラージュが出来ているので、さして違和感は感じない。
足元には革製のブーツ。そして無論、剣は典子の実家に置いてきている。
典子はそうした夫の姿に見惚れ、とてもカッコイイと感じていた。


『どうした、ノリコ・・・何ニヤニヤしている・・・?』

不思議そうな顔で、イザークが訊いた。
典子はハッとする。イザークを見つめ、恥ずかしげに弁解する。

『あ・・・ごめん、考え事してたの・・・街を歩くの久し振りで・・・なんかちょっと嬉しくて・・・』
『そうか。』
『それにね、イザークと一緒に東京の街を歩けるなんて・・・あたし夢にも思わなかったから・・・
 だから余計に嬉しくなっちゃったの。ふふふ・・・』

『東京の街を男の人と一緒に歩くのなんて、初めてなのよ。』・・・と、笑顔で話す典子の顔を
見つめながら、イザークも穏やかに微笑う。

『でも、そんなにニヤニヤしてた?あたし・・・』

ちょっとバツの悪い表情になる。イザークは笑いながら、典子の髪をくしゃっと撫でた。

さて一方、典子の服装はと言えば、薄いピンクのやや襟元の開いた半袖のカットソーに、
極薄手で清楚な白い七部袖のカーディガンを羽織っていた。下はカットソーと同色のスカート。
膝より少し長めの丈でフワリと身体に纏わる感じだ。
そして足元には低めの踵の靴。ワンポイントの花の飾りが典子の雰囲気に合っている。

そんな妻の姿に、イザークも見惚れていた。こちらの世界の服装の彼女を見たと言えば、
樹海で出会った時の紺の上下の制服姿ぐらいなものだ。あの時の彼女は、本当に頼りなげで
幼く見えたが、今日の彼女は、その着ている服がとてもよく似合っていて、可憐さと共に
大人っぽさも垣間見られ・・・・・ とても綺麗だ・・・と感じていた。

一瞬、この彼女が本当に自分の妻なのだろうか?・・・と、自信が無くなってくる。
結婚して約七ヶ月・・・彼女は当に自分だけのものになり、何度となくこの腕に抱いたというのに・・・
それが信じられなくなるほど彼女は可憐で、妖精のように華奢で、神々しく、しかも美しさを増している・・・

『どうしたの?イザーク・・・顔が少し赤い・・・』

不意に典子に声を掛けられ、イザークは思考の海から引き戻された。
ハッとして彼女を見ると、微笑みながらも不思議そうに自分の顔を見上げている。

『あ、いや・・・すまん・・・』

少々バツの悪い感じで、イザークも弁解する。

『やっぱり、今日は少し暑いかも・・・しかも向こうと違って湿気も多いから、イザークには気候が
 合わないかもしれないね。・・・過ごし難い?』

顔が赤いのを、気候の所為だと思われたらしい。
イザークは、口元を手で覆う・・・・・。

『いや、違う・・・そうじゃない。・・・その・・・』
『え?』

はっきりしないモノの言い方はあまりしないイザークなのに、・・・と典子はやはり不思議そうに
イザークを見つめていた。無邪気な視線を向けられて、イザークは赤くなった顔と照れくささを
隠せない・・・・

『その・・・おまえのその服装が、よく似合ってると・・・そう思ってな。・・・それで、見惚れていた・・・』
『えっ・・・・』

そんな事を言われ、典子まで赤くなった。

『ひょっとして・・・・からかってる?』
『いや、からかってなどいない。ノリコのこちらの服は、樹海でのあの紺の上下のしか見た事が
 無かったから、昨日や今日のおまえの服装といい、随分と印象が変わるものなのだなと思ってな。』
『ぁ・・・・』

綺麗だと褒められるのは嬉しいが、どうしてこんなに照れくさいのだろう・・・・
典子は照れたまま下を向いてしまう。

『もうすぐ四年になるんだな・・・』

空を仰ぎながら、イザークが呟く。
その言葉に、典子はイザークを見つめた・・・・

元凶を倒すまでに掛かった期間と、荒んだ世界を建て直すお手伝いの旅には、同じくらいの
期間を要したので、彼と結婚してからは、まだ僅か七ヶ月程しか経ってない。だが、彼とは
この四年近くの間、殆どずっと一緒に過ごして来た。離れていた日数は、僅かでしかない。
不安げな気持ちでイザークと接していた時期もあったが、そんな事を全て払拭させてくれる程、
今は彼と幸せな暮らしを送れている。

『・・・考えてみれば、印象が変わるのは当たり前だな。ノリコは本当に綺麗になった・・・』

ふっと微笑いながら、イザークは典子の肩に手を遣る。

『イザーク・・・』

典子の頬は相変わらず赤い。

『嘘じゃない。本当に、時々俺もハッとさせられる程だ・・・』

典子にだけ見せる、イザークの一番穏やかな優しい表情だ。
ふと、本当に・・・こんなに幸せな気分で良いのだろうか・・・と恐くなってくる。
こんなに優しげなイザークの笑顔を自分が貰っても良いのだろうか・・・・
イザークの優しさに甘えても良いのだろうか・・・・

そんな気持ちで典子が視線を伏せた時、イザークの手が典子の頭にふわっと掛かる。
えっ?と想い、典子が顔を上げると、イザークは、やはり穏やかな表情で典子に言う。

『俺も同じだノリコ。・・・本当に、おまえが俺の妻でいてくれるのが信じられなくなるくらい・・・
 時に自信を失くす・・・』
『えっ・・・イザーク・・・?』

意外なイザークの言葉に、ノリコは思わずじっと見つめてしまった。
典子の視線に、やはり照れくさそうに苦笑を漏らしながら、イザークは言葉を続けた。

『・・・もう俺のものにしたのにな・・・あまりにおまえが純粋で、神々しく見えて、
 自分に自信が持てなくなる時がある。・・・俺はおまえに相応しい男なのだろうか、
 ずっとおまえは、俺の妻でいてくれるのだろうか・・・とな・・・』

・・・言葉が、出て来なかった。

イザークがそんな事を思っていたなんて・・・・・っていうか、神々しいーーー?!あたしがっ?!
思い掛けない夫の言葉に典子の頭は、半分パニックを起こす。・・・でも、・・・でも、やっぱり嬉しかった・・・
パニックになった頭の中を整理しながら、典子は言葉を紡いだ。

『・・・約束したよ、・・・ずっと傍にいるって・・・あなたに誓ったもの、あたし・・・』
『ノリコ・・・』
『ありがとう、イザーク・・・こんなあたしで良ければ、いつもあなたの傍にいるよ。』

そう言って典子は、はにかんだ笑顔を見せる。
イザークは、少しホッとしたような感じで微笑うと、

『「こんな」は余計だ、ノリコ。・・・俺は、おまえでなければダメなんだ・・・』

という超赤面モノの殺し文句を妻の耳元で囁き、その頬に口づけした。
こんな道の往来で――――!?と、案の定典子は真っ赤になってしまう。頬に手を当て、
火照った顔を通行人に見られてしまったのではないかと、慌てて周りを見回してしまった。



ところで。

都心には結構人が出ていて、ともすれば、すれ違う者と肩がぶつかりそうになる。
だが、二人は並んで歩いていたが、不思議とそういう事にはならなかった。
というのも、イザークは歩道の車道側を歩いていたのだが、すれ違う者がさぁ〜っと引き、
二人の行く通り道を作っていたのだ。
イザークと典子は、話をしながら歩いていたので、この現象に気付かない。
だが、二人とすれ違う者は皆一様に、絵になるこの二人に見とれてしまっていた。

服を購入したショップでも同様で、御多分に漏れず、イザークにぽぉ〜っとなってしまう
店員が殆どだった。典子は気付いていて、クスクス笑っていたが、それを見てイザークが、
何が可笑しいのか?・・・と不思議そうな顔をする程だった。

『だって、皆あなたに見とれてる。イザークがカッコイイからだよ。』

そう言って典子は、ぷっと吹き出し、イザークはため息と共に苦笑したのだ。


そうして、街を歩いている時だった。
通りの向こうから、何やら、見るからにガラの悪そうな男達が歩いてきた。数にしてざっと
十数人程度。通行人は皆、その男達を遠巻きに避けていく。ただ、イザーク達の時とは違って、
明らかにトラブルを避けたい、関わり合いになりたくないというような雰囲気だった。
そんな訳で、その怪しげな一行は、時々周りにガンを飛ばす。何か文句があるのか?と
言いたげな視線を周りに向け、恐怖心を与えては悦に至っているのだ。


典子は、イザークの方を見つめながら話をして歩いていたので、そんな事に全く気付いていなかったが、
イザークは、その連中の事を気配で敏感に察知していた。
典子に向けていた穏やかな表情が、彼の顔からすっ・・・と消える。妻の腰に手を遣り、自分の方に
やや引き寄せてガードし、その連中を警戒しながら、視線だけはしっかりと前方を見据えていた。

その怪しげな男達は、通行人の中で一際目立っていたイザークと典子に、案の定目をつけた。
その目が更に怪しげな光をたたえたかのようにギラギラし、口の端で何やら笑っている。
そして仲間内にひそひそ話をし、こちらに向かい歩いてきた。だらしなくだぶつかせたズボンの
ポケットに手を突っ込み、やや前かがみで、わざと肩を揺らせて歩くその手合いの特徴的な
行動。そうする事で周りに凄んで見せている。

男の一人が典子に向かってまっすぐ歩いてきて、わざとぶつかって来た。
だが、イザークは典子の身体をさっと自分に引き寄せ、男がぶつかるのを防いだ。

「きゃっ!」

その直前までイザークと話をしていた典子は、急に身体を引き寄せられて驚く。
しかもその勢いで、イザークにもたれ掛かるような格好になってしまい、夫の身体にしがみついた。
勿論バランスを崩した彼女の身体はイザークがしっかりと支えていた為、何ともなかったのは
言うまでもないが。

典子は、何事かとイザークを見上げたが、夫の顔は全く笑っていなかった。
その目は、前方にいる男達を眼光鋭く捉えている。

一方男の方は、ぶつかろうとしたのが、あえなくかわされた為、バランスを崩し肩からそのまま転倒した。
不恰好に転倒した事で、男は酷く驚いている。一緒にいた連中でさえ、半分呆気に取られていた。

通行人の中から、クスクス笑うような声まで聞こえてきて、男の顔がみるみる赤くなる。
転倒した痛みと、周りの者に笑われた恥ずかしさと、恥を掻かされた事への怒りからだった。

典子は驚いた顔で、イザークとその男とを交互に見る。だが、イザークは、そんな男には構わず、
『いくぞ。』と一言典子を促し、その場を離れようとした。


「・・・野郎っ!待ちやがれっ!」

無様に転んだその男は、顔を真っ赤にして口元を拭い、ゆっくりと立ち上がるとイザークを睨みつけた。
通行人は、イザーク達とそのチンピラ達を避けるかのように遠巻きに散り、ちょうど円のような形になる。
男達もイザーク達を取り囲む。皆、へへへ・・・と下品な嘲笑をその顔に浮かべていた。

「よくも俺に恥を掻かせてくれたな・・・この落とし前、どうつけてくれるんだ〜?兄ちゃんよ・・・」

イザークはチラ・・と振り返り、視線だけでその転んだ男を一瞥する。
その表情には感情の温度が全く見られず、氷のような冷たさをたたえていた。
なんら怯まないイザークに、男はややその表情を曇らす。だが、恥を掻かされた手前、
黙ってはいられないのも、こういう手合いの常なる事だった。

『イザーク・・・』

典子は蒼くなった。街を歩いていてこんな事態に巻き込まれるなんて・・・・
確かにイザークは目立つけど・・・こんな言いがかりをつけられるなんて・・・・
心配げに彼女はイザークを見上げる。

『大丈夫だ、ノリコ・・・、』

イザークは、チンピラ達に向けていたのとは違う、優しい穏やかな眼差しで妻を見つめ、言う。

『おまえは、俺が護る。』

その自信に満ちた夫の様子で、典子は安堵する。だが、すぐに男達の怒号が聞こえてきた。

「何ぶつぶつ訳わかんねぇ〜事言ってんだよっ!」
「てめぇ、ガイジンかあ?」
「男のクセに、長い髪しやがって、カッコつけやがってよぉ〜!」
「随分、カワイ子ちゃん連れてるじゃねぇかよ、てめぇのスケかあ?」
「へへへ、そのスケは日本人みたいだがなぁ〜」
「俺たちにも拝ませてくれよぉ〜、てめぇのスケをよぉ〜」

男達は次々に下品な言葉を口から吐いた。
そうしながらも、相変わらず口の端で笑いながら、少しずつ間合いを詰めている。

とんだ言いがかりなのは、誰が見ても明らかだった。だが、そんな理屈を言ってみたところで、
それが通用するような相手ではなさそうだというのも、誰が見ても明らかだった。

彼等の暴言には眉根を寄せ、不機嫌そうにため息を吐き捨てる。

『なるべくなら、騒ぎを起こしたくはなかったが・・・そういう訳にもいかないようだ。
 ・・・それにしても、こういう輩は何処の世界にもいるのだな・・・』

そう言うと、イザークは口の端でニヤリと笑った。





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この回から、オリキャラが出てきます。さて、彼女はいったいどういうお方なのでしょう…。

そんでもって、そんでもって、チンピラに絡まれたイザークと典子。
どうなるんでしょ?どうなるんでしょ?(|||ノ`□´)ノオオオォォォー!!
お約束のパターンになりそうです…(笑)
夢霧 拝(06.04.03)
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