◆ 君につなぐ想い 26 ◆


「アキさーん!」

先に街に出ていたスタッフの女性の一人が、通りを歩いていたアキを見つけ声を掛けた。

「瑤子ちゃん! あぁ、ご苦労様、どう?・・これはってのは、見つかった?」

瑤子と呼ばれたその女性スタッフは、バッグからと手帳と写真を取り出す。

「とりあえずですけど、連絡先控えてあるのが二名。これ撮らせて貰った写真です。どうでしょう?」
「ふーん、まあまあな線ね。でも、うーん・・・ちょっとインパクトに欠けるかなぁ〜。・・ま、とりあえず
 キープってところで、押さえておこう。・・・うん、ありがとね。でも、まだまだ終われないわよ。
 もっとイイのを探さなくちゃ。」

その写真の人物を確認しながら、アキは言った。




「ところで、ねぇ、向こうの方に見えるあの人だかり・・・何なの?」
「さぁ・・・何でしょうね?・・・行ってみましょうか?」


二ブロックほど向こうの方で、何やら人だかりが見え、声もしていた。
気になったアキと瑤子は、その場所へと小走りで移動した。








「あの、すみません。・・・何なんですか?この人だかり・・」

息を整えながら、人だかりの外側にいた者にアキが訊ねた。

「あ?・・あぁ・・・どうも、チンピラ連中に若い男女が絡まれてるみたいなんだよ。」
「十人以上もいるし、あんなチンピラ相手じゃ、迂闊に助けにも入れないしねぇ・・・可哀想に・・・」

更に、「まだ警察も来ないみたいだねぇ・・・」・・・と、その野次馬の一人はぼやく・・・


・・・はぁ?・・・チンピラぁ?

知らず、眉を顰めた。

なんだ、チンピラなの?・・・と、アキは思わずがっかりした。

チンピラなんぞ、自分の人生の中で一番興味の持てない分野かもしれない。おおよそ、この世の中でチンピラ
ほどカッコ悪い人種はいないだろうとさえ思えた。瑤子は気になるのかまだ見ていたが・・・、時間のムダムダ、
関わり合いにならない方が得策だと判断したアキは、その場から去ろうとした。

だがその時、人だかりの真ん中の方から怒号が聞こえ、アキは反射的に振り向いてしまう。


・・・振り向いた先、野次馬の切れ目から、話に出ていたその絡まれている人物の姿がチラ・・・と見えた。


間合いを少しずつ詰めながら、汚い言葉を吐いているチンピラ連中。
その中に、ウエストまで髪の伸びている若い女性。
その女性は、傍にいる男性を心配げに見つめている・・・・

そして、彼女の視線の先にいる・・・その男性・・・・


「!」

・・・目を見張った。


確かに男性だ。背が高くて、背の中程までの漆黒の髪・・・
そして、誰が見ても解かる・・・引き締まり、均整の取れたその体躯・・・・
向こう側を向いているので顔は伺えないが、
男たちに対し怯むでもなく、迎え討つ体勢を執っている。

・・・思わず、視線がその姿に釘付けになってしまった。
そして無意識の内に人垣の間に割り込み、掻き分け、野次馬達の前へとアキは進み出た。

「お、おぃ、ちょっとあんた・・・」掻き分けられた野次馬の一人がアキにぼやく。
「ア・・・アキさん?」

アキの挙動に、一緒にいた瑤子も面食らう。
普段の彼女なら絶対に有り得ない行動だったからだ。
「すみません、すみません・・・」と言いながら、瑤子も前に進み出た。




「ぶつぶつと、ガイコクの言葉なんぞ並べるんじゃねぇっ!このっ、食らいやがれっ!」

怒号と共に、一人の男が殴り掛かって来た。

だが、迎え討つ体勢を執っていた男性―― イザーク ――は、表情一つ変えず、素早くその男の
間合いに入り、殴ろうとしていた腕の方を難なく掴み、男の鳩尾に一発拳をお見舞いする。

その間、僅かに数秒あるかないか・・・―――

男は、んぐっっ・・・と呻き、鳩尾を押さえながらその場に崩れた。

野次馬の中から、わーっ!という歓声が上がる。


チンピラ達の表情がにわかに変化した。・・・明らかにその顔には、驚愕の色。

「このやろう・・・細っこい身体のクセに・・・・何処にそんな・・・」

力が・・・・とでも言いたいのだろうか・・・・


だがイザークは全く表情を変えない。それどころか、

『・・・どうした?・・・・もう、おわりか?』・・・と、余裕さえ伺える。



「くそう・・・また訳の解かんねぇ言葉並べやがって・・・・」
「面倒だ!まとめてやっちまえっ!」

残りの男たちが一気に襲い掛かってきた。だが、無駄の無い動きで、彼は巧みに攻撃をかわし、
手刀や拳、足蹴りなどで、男たちの反撃が続かないよう一発で仕留めていく。

艶やかな彼の長い黒髪が、風に靡き、弧を描く・・・―――


周りの野次馬達からは、次々と歓声が湧き起こる。彼らもまたイザークの鮮やかな身のこなしに驚嘆し、
すっかり見入っていたのだ。

だが、あまり事を長引かせると、通行人にまで火花が飛ぶ恐れがある。それは拙い。
更に、あまり目立っては後々面倒なことになりかねない。早々に片付けて退散したい気分だった。

しかし、いつもの彼なら当の昔に仕留めている人数であるのに、今回は少し事情が違っていた。
勿論、相手が強いというのではない。イザークにしてみれば、こんな事など赤子の手をひねるようなものだ。
だが、悪しきは即倒すという理屈が、この世界では通用しない。

更に、【能力者】の存在が認められていないこの世界で、自分の力を見せるのにも限界がある。
目の前のこいつ等も、厄介な者達ではあるが、やたらと怪我はさせられない。
自分の世界とは違うのだという事が、やはり少々ネックとなっていた。

・・・何処まで正当防衛がまかり通るか・・・・・・


それでも、手加減しながらも、男達の三分の二ほどを片付けたその時・・・――――


『あっ、いやっ!』


その声にイザークが振り向く。

振り向いたその先には、男の一人に羽交い絞めにされ、頬にナイフを当てられた典子の姿があった。
その男は、先程ぶつかろうとして無様にすっ転んだ男だ。


・・・イザークの顔色が、変わった・・・――――


「へへへ・・・どうだ、兄ちゃんよぉ。結構強ぇみてぇだがぁ、それ以上動くと兄ちゃんの彼女の顔に
 傷がつくぜぇ?・・・・へへへ・・・いいのかよ?」


――ノリコ・・・!―――


――・・イザーク・・・―――


「さっきの落とし前、きっちりつけさせてもらうぜ?兄ちゃんよぉぉ〜」

残った男たちも、不適な笑いを浮かべていた。

「さあてぇ、どうするかな?こいつらの見てる前で、肌ぁひん剥いてやろうかあ〜?
 見たとこなかなかの上玉だあ、たっぷり楽しまさせて貰うのも、一興だぁなあ〜・・・どうだあ?」




「・・・ちょっと、警察はまだ来ないの?・・・」

瑤子が心配げに呻いた。だがアキは、ずっと黒髪の美丈夫に注目していた。
連れの女性が捕まった事で、彼がこちらを向いた。お陰で顔が拝めた訳だ。
さっきの太刀回りといい、その姿といい・・・


言葉が出ない・・・ 目を逸らせない・・・


ナイフはぴたりと典子の頬に当てられていた。
下手に手を出せば大怪我は免れない状況だと、その場にいた誰もが感じた。


そんな状況のさなか、何故かイザークは、すー―っと上体を起こし、構えていた手もだらりと下げた。
それを、戦意を喪失したとみなしたのか、男は、

「へっ・・なかなか物分りのイイ兄ちゃんじゃねぇかよぉ・・・ひゃっひゃっひゃ・・・・」

と優位に立ったかのように哂う。

だが、イザークの瞳は・・・ 彼の黒曜石の双眼は、妻を羽交い絞めにしているその男を
しっかりと捉えていた。そしてその瞳に一瞬光るものが走る。

「へへへ・・・さっきの礼だぜぇ?・・・まぁず、どこからひん剥いてやろ〜かぁ〜な?・・・」

男が典子を見ながら、卑しく舌舐めずりをし、尚もナイフをひたひたと当てている。
その男に対し、嫌悪感を示すかのように典子は顔を顰める。
そして男の視線を避けるように顔を背け、ぎゅっと目を瞑った。

押さえている男の手が、典子の襟元に掛かろうとした、その時・・・・・・


「・・・かんちがい・・するな・・・この、おおあほうが・・・」


という、地の底から響くような低く鋭い声が、辺りに聞こえた。

男は、むっ?・・・と顔を上げる。


「・・・ノリコに・・・きずひとつでも、つけてみろ・・・・・おまえを・・・ころす・・」


・・・一瞬にして周囲の空気が変わった。

先程までとは、漂う雰囲気が明らかに違う。眉を逆立て、氷のような鋭い視線で射るように男を見据えている。 全身から凄まじいまでの殺気が漲っており、しかも何かオーラのようなものまで、彼の身体から生じている。


ぞくりっ・・・・ その場の気温が一気に下がったかのようだった。


それまで異国の言葉しか話さなかったイザークの口から出てきた日本語に、そしてその物騒な物言いに、男は竦んだ。 残りの男たちもイザークに詰め寄ろうとしたが、同様に鋭い眼光を浴び、射竦められてしまう。イザークの気迫に、 誰もそれ以上動けなかった。

皆の背筋に、冷たいものが走る。



「・・・す・・ごい・・気迫・・・・」

アキは思わずそう呟いていた。瑤子も同様に驚き、目を見張っている。



イザークは男の方に近づいていく。

「よ、寄るな!・・・こ、こいつが目に入らないのかっ!!」

男は典子の頬にナイフをぐっと当て、近づいてくるイザークに凄んで見せた。
だがイザークは歩を止めない。殺気を漲らせたまま、男の眼前まで来る。

・・・・結果、男はイザークを見上げる形になった。

「っう・・・うぅぅ?・・」

目の前で、睨むように自分を見下ろすその鋭い眼光・・・・・
整った顔立ちであるだけに、それが余計に、激しさと凄味を感じさせた。

あまりの事に、男は目を見開いた。・・・そして・・・

「・・・・・!」

不意に、男の動きが止まる。動きを止めたというのではない。
動こうにも、男は全く動けなくなってしまったのだ。
イザークの気迫に怯んだ所為もあるが、それだけではない。
・・・・・・明らかに、何らかの力が、その男にそうさせていた。

まるで、金縛りにでもあったかのように・・・・ピクリとも動けない――――
その為、にわかに男はパニックを起こした。

「っ!・・・はぁあ?!・・・な、何なんだぁ?!・・・あがっ・・・」

そして、更に、何故か口も思うように動かせなくなる・・・・

「あが?・・・・あ、ああ?・・・あ・・・・」

動かない口では言葉も上手く発せられない。自由に口も利けなくなってしまったのだ。

そして男は、自分を睨むイザークの瞳の瞳孔の形が、針のように細くなっているのを見た。
だが、彼の変化はその男にしか見えていない。他の者達は、まだその異変に気付く者はいなかった。

イザークは無言のまま、男の腕を掴む。

「っう!っがああっ!!」

その掴む力は凄まじく、男は顔を歪めて悲鳴を上げた。
ナイフは男の手からするりと落ち、アスファルトの地面に、落ちた際のキィィーン、キィン・・・
・・・という、金属音が響く。

イザークが手を離すと、男は「うあああっっ!」と声を上げながら、後ろに倒れ尻もちをついた。
掴まれてた腕を押さえ、苦しそうに顔を歪めて呻いている。


そして、落ちたナイフを、イザークは拾い上げた・・・・

その直後・・・ 周りで見ていた者達は、信じ難い光景を目にする。

まるで柔らかい物でも扱うかのように、
イザークはいとも簡単に、そのナイフの刃を・・・ぐにゃりと・・・曲げた。

その表情一つ変えずに・・・――――


周囲が、水を打ったように・・・・静まり返る・・・・・


傍で呻いていた男も、その他の男も・・・・その光景を見て目を見開き、
顎が外れたかのように口を開けたまま。

そしてイザークは、ぐにゃりと曲げたそのナイフを、やはりその表情を全く変えずに握り潰す。

その場に居合わせた者達は、野次馬達でさえも、声をあげることが出来なかった。
都会の雑踏であるにも関らず、その光景を見ていた者達には、他の物音は一切耳に入らないかの
ようだった。

・・・パキッ・・パキンッ・・バキバキッ!・・・というナイフの砕ける金属音だけが、周辺に耳障りに響き渡る。
イザークの手からは、砕かれたナイフの成れの果てが、パラパラ・・・と零れ落ちた。
なのに、その掌には傷一つついてはいない。

「こんなもの・・・かおにあてたら・・・あぶないだろうが・・・」

その成れの果てを見つめながら、低く響く声でイザークはゆっくり呟く。
その一言一言に、彼の内に秘める凄味が滲み出ていた。
そしてイザークは再び、ナイフの持ち主に鋭い視線を向けた。
言葉も出ないで竦んでいる男の傍に立ち、身を屈め、その胸ぐらを片手でぐっ!と掴んで引き寄せる。

「・・・ひっ・・・!」

男の顔面が蒼白になる。イザークは、男を睨みつけたままで言葉を続けた。

「・・・おとしまえ、だと?・・・そのことば、そっくりおまえに、かえしてやる・・・」

「あ・・・あぅぁ・・・ぁ?・・あが・・・」

「ノリコとのじかんを・・・おまえたちは、だいなしにした・・・そしておまえは、ノリコに、きょうふを、
 あたえた・・・・ うすぎたないてで、おれのノリコに、さわり・・・はずかしめたな・・・
 おんなに、はじをかかせるとは・・・それも、おれのノリコに・・・」

「・・・ぁ・・・あぁぅ・・ぁ・・」

「もしノリコのからだに、すこしでもきずをつけたら・・・おまえを、やつざきにした・・・」

まるで獣が唸りをあげるかのような低い声に、男はまたもパニックを起こす。

「ひぃぃぃーーー・・・」

イザークの瞳は男の目だけを鋭く捉えている。そして、地面にへたり込んでいる男の胸ぐらを掴んだ状態の
ままですーっと立ち上がり、その男の身体を高々と掲げた。

男は、イザークよりも背は低い。だがそれでも、日本人のその年齢の男子の平均的な身長であり、体格だけを 見るなら、むしろイザークよりも太くがっしりしている。なのに胸ぐらを掴まれたままで、いとも簡単に、 男の身体が持ち上がったのだ。

・・・男の足が・・・ブラン・・・と、情けなく揺れる。

「このおとしまえ・・・おまえ・・・どう、つけるつもりだ?」

長身のイザークよりも更に高い目線まで持ち上げられて、男は完全に竦みあがってしまい、
その身体もガタガタ震えてしまっている。・・・こうなると、もう無様としか言いようがない。

イザークは男を高く掲げたまま振り返り、後ろでやはり竦みあがっている男たちを、ジロリ・・・と睨んだ。

「・・・まだ・・・やるつもりか?」

凄まじいまでの殺気を含んだオーラが、その全身から漲っているのが、誰の目にも見てとれた。
いや、実際イザークの身体からは、そうした光が生じていたのだ。だから、誰もが目を見張り、息を呑んだ。

そしてイザークの問いに、男達は皆、ふるふるっ!と首を左右に振るしか出来なかった。

どの顔も恐怖に歪んだ顔だ。さっきまで彼らがばら撒いていた勢いは何処に・・・・?
と、誰もが思う程の、その男達のテイタラク振りだ。


イザークは再び、掲げている男をゆっくりと見据える。

男は再び縮み上がり、もう声も出せない・・・・

「みかけで、ひとをみると・・・いたいおもいをする・・・・・おまえの、そのむねに、きざんでおけ・・・」

イザークの言葉に、男はただ機械仕掛けの人形のようにカクカクと、首を縦に繰り返し振った。

イザークは、氷の視線のままニヤリと笑う。その口の端に牙が覗いている。
・・・・・哀れなり。イザークの牙まで見てしまったその男は、今にも失神しそうな程だ。

そして、イザークはニヤリと男を見据えたまま、こう言葉を付け足した。

「ノリコをじょうだまと、いったことは、ほめてやる・・・・おまえのしゅみは、いいようだ。・・・だが・・」

言い掛けて、男の身体を、へたり込んでいる連中に向かって放り投げる。
さほど力を入れたようにも見えない彼の仕草であるのに、まるで力いっぱいブン投げたかのように、 その男の身体は勢い良く男達の中に突っ込んだ。

結果、投げ飛ばされた男も、突っ込まれた連中も、双方共に悲鳴を上げる。


男達を一瞥すると、イザークは、

「やりかたが、さいていだ。」

・・・と、残りの言葉を吐き捨てた。


・・・―――

そしてようやく、遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。





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えぇと、アキと共にスタッフの瑤子なる人物も出て来ました。
だから、彼等はナニモノ?(苦笑)

そしてやはり、一回は欲しいお約束のパターン(笑)。
一応ケンカ、でも後半はケンカとは言えないかも。
文中、物騒な言い回しや、お下品な言葉などが出てきて申し訳ないです。
現実との区別は…皆さんつきますよね?…大丈夫ですよね?…
管理人、本物のチンピラに絡まれた事は勿論、見かけた事すらありません。
ですから、その辺の言い回しややり取りは、完璧に妄想です。
昔見たドラマの影響が相当入っているでしょう(笑)。

そしてイザークさんは、やはり愛妻が危ないとぶちキレるようです。
でもやっぱり強いイザークさんってステキだ。
夢霧 拝(06.04.05)
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