◆ 君につなぐ想い 27 ◆


『ノリコ・・・!』

イザークは振り返り、道にへたり込んでいる典子の元に屈む。

先程まで彼が見せていた凄まじいまでの殺気は、嘘のように消えていた。
そして手を取り、彼女の顔に、その頬に手を添え、心配そうに覗き込む。

『ノリコ、大丈夫か?怪我は無いか?』

典子は、はぁ〜と息を一つ吐くと、イザークを見つめ笑顔で応える。

『・・・うん、大丈夫・・・平気だよ・・』

妻の笑顔に安堵したイザークは、その華奢な身体を掻き抱く。
そして髪に頬を寄せ、尚も愛おしむように抱き締めた。


一方アキと瑤子は、すっかり放心した表情で彼らを見ていた。
アキはさっきまでのイザークの迫力に、まだ心を奪われていたのだ。

「凄い・・・彼よ・・・彼なら・・・」



パトカーの音がすぐ近くまで迫っていた。
周りで見ていた野次馬達も皆、警察の到着に安心したような表情を浮かべている。
一方先程の男達もまた放心した様子で、その場にへたり込んだまま動けずにいた。

パトカーの赤色灯とその音に、イザークが顔を上げる。

『ノリコ・・・あの音のする物は何だ?』

イザークの問いに典子は顔を上げて応える。

『《けいさつのくるま》・・・取締ったり、悪い人を捕まえる人たちよ・・・』
『捕らえに来たという訳か・・・まずいな、これ以上ここにいては・・・』
『イザーク・・・』

典子は心配そうに、夫を見上げた。


先程から、自分達の知らない言語で会話をしているこの二人を、アキはずっと見ていた。
そして、彼らが尚もぼそぼそと話をしているその姿から、目を離せずにいる。

話しかけたい・・・・・・だが、近寄れない。

確かに彼の殺気は消えているのだが、先程の様子がまだ頭から離れず、
迂闊に近付けない雰囲気を感じていた。


『ノリコ、俺にしっかり掴まっていろ。』
『えっ?・・イザーク・・・』

典子は問うように見つめた。
イザークはそれに対し、ニヤリと笑う。

『風を起こす。』
『風・・・?』

イザークは頷く。

『荷物を落とすなよ・・・』

彼の表情は、やや悪戯だった。その瞳に光るものが走る。
夫の自信有りげな様子に、典子の表情が明るくなった。

『うん。』



複数のパトカーが到着し、警官達が次々と降りてくる。
野次馬の中には、警官達に事情を説明したり、誘導する者まで出てきた。


イザークは典子を抱え、立ち上がる。

そして、前方を睨むかのように、その瞳を一瞬見開いた時、



突然・・・風は起きた――――――



「きゃあーー!!」
「うああっ!!」
「何、この風っ!?」

まるで台風並か、それ以上ありそうに思える程の凄まじい風が、渦巻くように
吹き荒れ、それはその場にいた者達全てを翻弄した。

飛ばされぬように、その身を護る者。
そして、埃や風から顔を庇う者。
荷物を押さえる者。更には、悲鳴を上げる者。
中には酷くパニックを起こす者までいた。

アキと瑤子も例外ではなかった。
彼女達も突然の風に驚き、その身を庇う。

・・・が、アキは、気になる彼らがどうなったかと、僅かにその目を開け、
イザークと典子の方を見た。・・・・すると、

「!」

こんなにも凄い風が吹き荒れているというのに、彼らは全く怯んでいない。
それどころか、彼はその顔に笑みさえ浮かべている。何故・・・?
そして、抱き抱えられている彼女は、しっかりと彼の首に掴まり、身を寄せている。

・・・そして、何故だろう・・・・・・
まるで、彼らはこの風の中心にいるように見えた。

風が彼らの髪を靡かせる。


更に風は強くなり、その砂埃にアキは堪らず顔を覆った。


『行くぞ。』

その場の者達が風に翻弄されているのを見定めると、イザークは両の脚に意識を集中し、
彼の内なる力を解き放つ。そしてその場から空中に向かい、典子を抱えたまま一気に跳躍した。

他の者達は皆、強風に気を取られ、イザーク達には気づかない。


アキはもう一度、僅かに目を開けたが、先程まで目の前にいた彼らの姿はない。

「えっ!?」

驚いて、風の中、手をかざしたまま辺りを見回した。
そして、ふと空中に視線を向けた、その時・・・、

「なっ!・・・」

思わず目を見開いた・・・・

・・・信じられない光景だった。
彼らが空中にいる。・・・飛んだ? いや、違う・・・跳んだのだ。

そして一瞬・・・彼の背中に、輝く翼が見えたような・・・気がした・・・―――――

「・・う・・そ・・・・・」

風の中、アキの髪は凄まじく煽られていたが、それでも彼らの動向を、唖然としながら見つめていた。



暫く吹き荒れていたその風も、やがて収まりを見せる。
そして、辺りにもようやく静けさが戻ってきた。
その場に居合わせた者達は、惚けたようにその場に佇んでいた。
何事が起きたのか、誰も理解出来ていないようだった。警察でさえ、首を傾げている。

ただ、チンピラ達は手錠を掛けて連れて行かれる際に、しきりにブツブツ呟いていた。
何か恐いものでも見たような、まるで魂の抜け殻のように放心した様子で、

「・・・恐ろしい・・・あれは・・化け物だ・・・化け物・・・・・」

と、しきりに繰り返し呟いていたので、

「何をさっきからブツブツと、訳の解からん事を言ってるんだ。さっさと歩け!」

と、警官達に叱責される始末だった。


アキは暫く惚けたままだったが、ハッと我に返る。

「やだ、あの人達何処に行ったの!?」

慌てて辺りを見回すが、彼らの姿はそこにはもう無い。


さっきの光景を思い起こす・・・

空高く跳躍するあの姿・・・―――――

まさか、まさか・・・そんなバカな事が有り得るのだろうか・・・?
にわかには信じ難い事だった。

「・・うそよ・・うそでしょう?・・・・何であんな事が可能なの?」
「アキさん、どうしたんですか?さっきから何をブツブツ・・・」

瑤子はずっと頭を庇い、風から身を護っていたので、先程のイザークの起こした奇跡は見ていない。
だから、アキがいったい何の事を言っているのかが解からなかった。

「瑤子ちゃん、追うのよ、彼らを・・・」
「えっ?」
「彼なのよ、彼ほどの逸材はいないのよ・・・ さ、行くわよ!逃がすわけにはいかないわ!」
「アキさん!」

アキは、イザーク達が消えたと思われる方向へ走り出した。
そして瑤子も、訳が解らないなりに、それに倣った。









その頃イザーク達は、先程の喧騒から離れた場所にあるビルの屋上にいた。
地上から跳躍を繰り返し、屋上まで上がったのだ。

『ここまで来れば大丈夫だろう・・・』

そして、イザークは身を屈め、典子をそっと下ろす。
先程ナイフを当てられていた頬の部分を、傷が無いか確かめるように触れた。

『傷は無いようだな・・・良かった・・・』

心から安堵したかのように、その表情が穏やかなものになる。
そして、妻の身体を労わるように、抱き締めた。

『うん・・・大丈夫だよ。・・ありがとう・・イザーク・・』
『すまない・・・恐い思いをさせてしまったな・・・』
『ううん、イザーク、』

典子は顔を上げ、イザークを見つめた。

『全然恐くなかったよ・・・だって、あなたを信じていたもの・・・』
『・・・ノリコ・・』
『もっと恐い目にだって遭ったことがあるんだし、それに比べたらあんなの何でもないよ。・・・だから大丈夫。』

そう告げて、笑顔を見せた。

『そうか・・・』

イザークもまた、優しい笑顔で典子を見つめる。そして、愛おしむようにその唇を重ねた。
触れるだけの口づけを何度か繰り返し、更に名残り惜しむように抱き締めながら、口づけた。


ここは屋上。彼らの邪魔をする者達は、いない・・・――――




・・・――――


『でもね・・・凄ぉ〜く気持ち悪かったの・・・』

唇を離した後、典子はそう呟いた。

『ん?』

妻のそんな物言いに、イザークは不思議そうな顔をして典子を見つめた。

『だってね・・・あの男の人の脂ぎった顔がすぐ傍にあって・・・気持ち悪い事は言うし、
 おまけに息が臭いのよ。・・・あの人、きっとちゃんと歯磨きしてないと思うわ。』

不機嫌な表情でそう話す妻の台詞に、イザークは目を丸くする。

『何だか、触られて嫌だったな・・・もう気色悪いのなんのって・・・』

そう言いながら、典子は手首をさする。

『羽交い絞めにはするわ、やることは最低だわ、もう背中がぞわぞわぁぁ〜っと
 しちゃったわ・・・。同じ男の人なのに、どうしてこんなに違うのかしら・・・?
 イザークにだったら、触れられても平気なのに・・・もう・・・』

顔を若干膨らませて、典子はごちた。さっきの男のやった事に、余程腹が立ったらしい。

『・・・ノリコ・・・』

惚けたような顔をして、ずっと典子の台詞を聴いていたイザークだったが、
その後、ぶっ!と噴出してしまう。そして、典子も共に笑った。

『ごめんね、イザーク・・・。あたし、反って足手纏いになって・・・あなたに力を使わせてしまって・・・』
『・・・何を言ってる・・・』

イザークは謝る典子を、そっとまた抱き寄せる。

『・・理屈の通用しないあいつ等には、あれぐらいで丁度いい。
 それに、俺の力はおまえを護る為にある。・・・だから気にするな・・』
『イザーク・・・』
『おまえの前であの力を使ったのは、久し振りだな・・・恐かったか?』
『・・・え?どうして?・・・凄くカッコ良かったよ?』

顔を上げてそう言うと、典子は笑顔を見せた。

自分を全く恐れない、澄んだ瞳・・・・・・
屈託の無い笑顔で自分を見つめてくれる典子に、イザークは、
やや毒気が抜かれたような表情になり、苦笑した・・・・

いつも無条件で自分を受け入れてくれている典子が愛おしかった。
そしてそんな彼女の存在を、嬉しく・・・そして有難く感じた。


だが、ふと典子の手首にアザのようなものを見つけ、イザークの表情からにわかに笑顔が消える。

典子の手を取り、『・・・なんだ、これは?』と問う。

『あ、これ?・・・さっき力いっぱい握られて引っ張られたの。まだ少し痛くって・・・』

典子は、そう言って手首をさする。
途端にイザークの表情が険しくなり、

『あの大あほうがっ・・・やはり骨の二、三本へし折ってやるべきだったっ!・・くっ!』

と、そう言い放つ。

『・・・イザーク、冗談に聞こえないよ?』

典子がやや噴出しそうな表情でそう言うと、イザークは、

『俺は至って本気だ。』

と、憮然としながら、きっぱり言い放った。





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イザークの奇跡、『風』と『跳躍』でございます。翻弄された通行人の皆さまには申し訳ないです。
イザークさんに代わって、管理人の夢霧が頭を下げます故…お赦し下さいませ<(_ _)>
やはり警察のご厄介になる訳にはいきませぬ故…重ねて重ねて…

あの無様にすっ転んだ男は命拾いしましたね。
ノリコちゃんの手首のアザが見つかっていたら…今頃は…。
語れません、恐ろしくて…ここでは語れません…(||||゜ ∇ ゜ ;)
夢霧 拝(06.04.06)
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