◆ 君につなぐ想い 30 ◆


「モデル・・・?」

典子は、目を見開き、驚きを隠せない。
イザークは、表情を変えず、アキの方に視線を遣りつつも黙っていた。


「そう。・・・でも、ここでは何だから、あちらで話をさせて頂けるかしら?」

そう言うと、アキは先程までイザークと典子がいたカフェを指差した。





「私達の事務所では、モデルやタレントの発掘や、企画を主に手がけているの。私はモデルの方の
 担当なのだけど・・・」

そう言いながら、アキは自分たちの用件を説明していく。

皆は、先程のカフェの一角にいた。典子は、この余りにも唐突な展開に、唯ただ呆気に取られたような
表情でアキの話を聞いていた。イザークもやはり黙ったままで、椅子の背もたれに背を預け、腕と脚を
組んでいる。だが彼は、アキに対し警戒心を解かず、その表情にも笑みは無い。


「これを見て欲しいのだけど・・・」

そう言いながら、アキは一冊の写真集を出して広げて見せた。
そこには、男性がたくさん載っていた。皆、いわゆるイケメンと呼んで良さげな類の男性ばかりだ。
それを見た典子は、目が点になりそうだった・・・・。

一方、イザークにとっては、写真集はおろか、写真でさえ初めて目にするものだ。
こんな風に、目で見たままの人の姿が紙の上で表現されているのを見るのは、彼の人生の中では
初めての事だろう。

イザークは、腕を組んだまま訝しげにそれを眺め、『ノリコ・・・これは何だ?』と典子に視線を向け、訊いた。

『これは、その・・・《しゃしんしゅう》と言って、人を《かめら》という箱のような機械を通して見て、紙に
 こんな風に表す事が出来るの。目で見たままの姿でね。それをまとめて、本にしたのがこういう《しゃしん》
 ばかりの本なの。ちょっと解かりづらいかもしれないけど・・・』

と、指で四角い形を作り、カメラの形を身振りで表しながら、説明していく。
自分では当然のように解かっているカメラや写真集の事を、こんな風に具体的に説明するというのは、
案外難しいものだ・・・と典子は感じた。

『≪しゃしんしゅう≫?・・・人物がこんな風に記録されるというのか・・・』
『うん。・・でね、このアキ・フジシロという人のところでの企画で、あなたをこの本のモデルとして
 起用したい・・・という事らしいの・・・』
『・・・いつぞや、おまえと一緒に絵に描いて貰った時のようだな・・・』
『あぁ、そうかも。でもあれはじっとしてなくちゃならなかったけど、これはそうではないわね。』
『そうか・・・、だが、まるでこれは、アレフが喜びそうな企みだ・・・』

そう言ってイザークは、くつりと哂う。

『あ、そうね・・・そうかも・・・』

イザークの言葉に、典子はアレフの顔を思い浮かべ、妙に納得してしまう。

『で、これを作ってどうすると言うのだ?』
『本を売るお店でね、これを置いて、それで、欲しい人がお金を出して買って行くの。行商人みたいに
 売り歩く訳ではないのよ。それで、売り上げの中から、店と手掛けた関係者に、その売り上げが行く
 ようになっているの。』
『・・・では、見世物になっているこの本人に対しては?』
『うーん。モデル料とかの報酬はあると思うけど・・・』

典子にも、その業界の事はよく解からなかった。だが、依頼があるというのなら、当然報酬もあるだろう・・・
と想像するしかない・・・。


二人のやり取りを見ていたアキが、不意に言葉を挟む。

「ねぇ?その言葉ってどちらの国の言葉?良かったら教えて頂ける?」

アキの急な質問に、典子は面食らう。

「えっ・・・」

なんて説明すれば良いのだろう・・・・・・答えが出ない。・・・知らず、嫌な汗も滲む。

「英語とも違うようだし、フランス語、ドイツ語、イタリア、・・・どれとも違うような気もするのだけど、
 この彼ってどちらの国の方なの?」
「え・・・えと・・・多分説明しても解らないと・・思います。小さな国だし・・多分地図にも・・
 載ってないくらいの・・・」

(え・・・と・・・地図に無いというのは・・・嘘じゃないもんね・・・うん・・・)

「そうなの?・・・そんな国あったかなぁ〜・・・」

アキは考え込むような仕草をした。

典子は、不安げにイザークの方を見つめる。
イザークは相変わらず難しい表情をしていたが、典子に視線を合わせた。


―――・・・この女に、あまり詮索されるようなら・・・ここを出るぞ、ノリコ・・・―――


イザークの思念を受け取り、典子は小さく頷いた。
思念でやり取り出来る事を、この時ほど有難いと思ったことはないだろう・・・。

「それからね、これも訊いてみたいのだけど、彼って、日本語話せるんじゃないの?」
「え・・・どうして、そんなことを?」
「だって、さっきの現場で、彼日本語話してたじゃない?」

その言葉に、典子の顔色はにわかに変わり、イザークはやや伏せていた目線を上目に向ける。

「さっきの・・・現場・・・?」

典子は訝しげに訊き返す。
アキは、ややニヤリとした表情で言葉を続けた。

「そう。あなた達、さっき絡まれていたでしょう?チンピラ達に。」

典子は言葉に詰まってしまった。だが、この状態で、彼女の質問に『驚くべきではない』というのは
直感的に判断出来た。典子は、再びイザークを見つめた。

・・・彼の表情は相変わらず厳しく、アキを見据えている眼光は鋭い。

「彼の迫力、凄かったわよ。あんな事出来る人なんて、恐らくこの国にはいないんじゃないかしら?
 びっくりしたわ。ナイフを握りつぶしちゃうなんて。そして彼、日本語話していたわよね?」

あの現場を見ていたのか・・・・
厄介な事だ・・・と、イザークは、眉根を寄せた。

「それから、その後の凄い風、あれって何だったのかしら・・・それにあんなに凄い風だったのに
 あなた達は全く動じている様子ではなかったけど、あれはどうして?・・・それから・・・・」

アキがそこまで言うと、イザークは、一瞬瞳を固く閉じる。
だがすぐにその瞳を見開き、その場でいきなり立ち上がった。

座っていた椅子が、ガタンッ!と耳障りな音を立てる。

「え・・・!?」

突然のその挙動に、アキは虚を突かれたようにイザークを見上げた。
典子もまた彼を見上げる。

イザークは、睨むようにアキを見下ろし、そして、口を開いた・・・――――

「たしかに、こちらのことば・・・すこし、はなせる・・・だが・・・これいじょう、せんさく
 するなら・・・あんたと、はなすことは、なにもない。」

静かな口調ではあるが、問答無用のその言葉は重々しく響き、アキは呆気に取られてしまう。

「かえるぞ、ノリコ。」

イザークは、ノリコに短くそう言うと、踵を返し席を離れる。
典子も慌てて席を立つ。それを見て、アキは、驚き、慌てた。

「ちょ、ちょっと!」

出て行こうとするイザークと典子の前にアキは立ちはだかる。

「ねぇ、ちょっと待って頂戴。私の質問があなた達の気に障ったのかしら・・・だったら謝るわ、
 ごめんなさいっ。最後まで話を聞いて欲しいのよ。それに、この依頼も是非受けて頂きたいの。
 お願いよ。」

イザークは、変わらずアキを睨みつけ、

「もう、はなすことは、ない・・・、その《いらい》とやらは、ことわる。」

そう冷たく言い放った。
アキは血相を変えた状態で、典子にも訴える。

「ね、あなたにもお願いよ。彼を起用したいの。この彼以上の逸材は他にはいないのよっ」

言いながら、アキは掌まで合わせる。

「報酬だって弾むわ。彼なら絶対にヒットする筈なのよ。私の勘は外れた事がないの、お願いっ!」
「でも・・・・」
「詮索はしないわ。約束する。だから、もう少し話を聴いて欲しいの。」

アキは必死だった。彼を逃したら、これ以上の素材など見付かる筈も無い。
今この機を逃したら、間違いなく後悔する。だから、アキは必死に食い下がった。

そして彼女は、その場で土下座までした。その行動に、今度は典子が面食らう。

「あ、あの・・・止めてください、そんな・・・」
『ノリコ、構うな。行くぞ・・・』
『えっ・・・イザーク・・・』

イザークは、チラと一瞥しただけで、構わず行こうとしたので、典子は慌てて後に続こうとする。
だが、立ち上がったアキに腕を掴まれ、阻止されてしまう。

「え・・きゃっ!」

典子は驚いてアキを見、そして妻の悲鳴にイザークも振り返った。

「どうしても話をさせて頂きたいのよ。それに依頼も受けて頂きたいの。絶対に悪いようには
 しないわ。お願い・・」

アキは両の手で、しっかり典子の腕を抱え込むように掴んでいる。
さっきのチンピラのように典子を害するつもりではないというのは、感じ取れるのだが、
地べたにしっかり足を踏ん張り、てこでも動かないという気構えが見て取れる。

彼女にしっかり掴まれてしまった為、流石に典子は身動きが取れない。

『イザーク・・・』

典子は途方に暮れたような声を出した・・・・。

・・・・イザークは、毒気を抜かれたような表情でアキを見る。

そして、頭に手を遣り、

『・・・なんで・・・こうなるんだ・・・』

・・・深いため息と共に、そう一言ごちた。






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さて、何が難しいと言って、自分ではすんなり解かっている物を
解らない人に説明するのって、骨の折れる作業だと思いませんか?
カメラ、写真、当たり前のように知っている。でもイザークさんは解らない。
苦労しますぅぅ。言葉に書くのも、あぁ…orz
それに、カフェにいるくせに、その場の状況を全く無視した話の進め方です。
これだけ、声を荒げたり、必死で縋りついたりしてれば、周りの注目も凄いだろうなぁ〜とか
変な話、警察だって呼ばれないか?とか、書いてて思ってしまいました。
その辺もご都合主義的表現で…申し訳ありません。ううぅ、テンパってます、管理人。

そしてそして、その業界の事も、全然解からんチンな管理人です。
だから、報酬の相場がどうだの、そういう業界でどのように
そういう仕事を進めていくのかだの…まったく解かりません。
全然威張れる事じゃありゃしない(冷笑)
夢霧 拝(06.04.11)
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