◆ 君につなぐ想い 31 ◆


「で、その話・・・受けるのか?」

典子の家族は皆一様に驚き、呆気に取られた顔で、居間で典子とイザークの街での話を聴いていた。

「いや・・・まだ・・・うけるとは・・・」

イザークは、父の質問に応える。典子が話を継いだ。

「その場ではOKはしてないの。考えさせてくれって・・・ でも連絡先、ここの番号は教えたの。
 でないとあの人、帰してくれそうにないから・・・それくらい、しっかりとあたしの腕掴んでしまってて・・・」

典子は、アキに掴まれた腕をさすりながら苦笑した。

「・・・それで、昼間あんな電話が来たのねぇ・・」
「電話?」
「そう、こちらは立木さんのお宅ですか?って。・・・確か・・・藤・・なんとかって言ったかしら?」
「・・藤代・・アキさん・・・」
「そうそう、その藤代さんって方からよ、電話が来たの・・・確認したいからって、それだけ。」

典子とイザークは顔を見合わせてしまった。

「それにしても、チンピラ達との太刀回りといい、モデルのスカウトといい、典子の今までの
 生活なら、おおよそ縁の無さそうな話題ばかりだなぁ〜・・・」

兄が感心したような呆れたような表情で言った。

「ま、それだけ、イザークは目立つと言う事か・・・?」

父もニヤリと微笑った。

「・・・すまない・・・ここにも、めいわく・・かけて・・・」

イザークは、やや顔を赤らめて詫びた。

「なんのなんの、気にするなイザーク。目をつけられるというのは、ある意味とても名誉な事だ。」
「お父さん・・・考えが楽観的過ぎ・・・」

父の物言いに典子はやや呆れ顔になる。

「でも見てみたかったよなぁ、その太刀回りの場面。目の前で見たら迫力満点だろうなぁ。はははっ」
「お兄ちゃん、笑い事じゃないわよ。・・・大変だったんだから・・・」

典子は、兄に視線を向けながらごちた。

「すまん。けど、イザークがちゃんと守ってくれたんだろ?」

兄はニヤニヤしながら、典子の頭をくしゃっと撫でた。

「そういえば・・・速報で出てたわねぇ、その風の事・・・」

母がそう呟いたので、イザークと典子はややギョッとした表情で、母に視線を向けた。

「お母さん、それ本当?」
「えぇ、速報でね、都心の方で、台風並みの強風が突然吹いたと、ね。それから、そのチンピラさん達も
 映像に出てたわよ、確か。」
「へぇ〜、じゃあ、典子達も出てたとか?」

母の言葉に、兄が興味深げに食らいつく。

「いいえ、典子とイザークさんはそれには出てなかったわよ?だから気が付かなかったのね、きっと。」

イザークと典子は、顔を見合わせていたが、母の言葉に、ややホッとしたような表情になる。


腕を組んでいた父がイザークに視線を向けて、おもむろにこう切り出す。

「昨日の風も、イザークなんだろ?」

その質問で、イザークは虚を突かれたように父を見た。
父の口元はニヤリと笑っている。

「昨日の風って、あのひったくりのよね、・・・やっぱりあれもイザークだったの?」

典子もイザークを見つめて訊いた。
二人の視線を受け、イザークは頷いた。

「じょせいのかばん・・なら、そうだ。・・・おれは、けんをもってたから・・・」
「なるほど。確かに銃刀法違反だ。それはマズイよな。」

父はくくくっ・・・と笑う。

「その時って何処にいたの?イザーク・・・」
「せのたかい、たてもののうえにいた。・・・したに、おりるのは・・・まずいから。」
「それで、風を・・・」

母も感心しながら頷いた。

「かぜは、めにみえない。だから、じゆうがきく。・・・それに、おれは、めだつ。したに、おりては・・まずいと・・」

イザークの説明を、皆で感心しながら聴いていた。

「でも、東京でこの時期、あんな台風並みの風は吹かんな。」
「そうねぇ、みんなビックリしちゃうわよねぇ・・・」

尚もくつくつ笑いながら話す父に、母も頷いて言葉を継いだ。

だが、イザークは前屈みに膝の上で両手を組んで、やや考え込む仕草・・・

「・・・でかけないほうが・・・よかったか・・」

そして難しい顔で、ぼそりと呟く。

「そんな事はないぞ、イザーク。確かにここは、君の世界とは勝手も全然違うだろうが、その為に家の中に
 じっとしている道理はないんだ。」
「そうよ、イザークさん。今日だって、あなたがいてくれたから、典子は無事だったんだもの。」
「ははは、チンピラにはいいクスリになったんじゃないか?」

父の言葉に、母も兄も、笑いながら言葉を継いだ。

「まぁ、この世界を引っ掻き回すと言うと極端だが、そのつもりでいたらどうだ?」
「ひっかき・・・まわす・・・?」
「この世界を楽しむ位の余裕を持って行け、と言う事さ。・・・ここにいる間はな。」

イザークは父の話す言葉をじっと聴いていた。
眉根が寄り、瞳にはやや翳りも見える。返答もせず、じっと黙って考えている。
典子はそんなイザークをやはり黙って見つめていた。

「そのモデルの依頼も、受けてみるといい。」

父の提案に、イザークは伏せていた顔を上げる。その顔には、少々驚きの色が見えている。

「いらいを・・・うける・・・?」
「ああ、やってみたらどうだ?ちょっとした有名人だぞ?滅多に経験出来る事ではない。」
「お父さん?」

典子もまた父の言葉に驚いている。確かに、この父は前向きでバイタリティに溢れているのだが・・・・
余りにも安易ではないか?・・・と典子は不安げな表情を隠せない。

「悪いようになるとは限らん。向こうも君の素質を見込んだからこそ、依頼したのではないか?」
「そりゃそうだろうけど・・・でも・・・」

父の言葉は解かるのだが、典子はにわかには頷けなかった。

「それにな・・・、ひょっとしたらおまえ達は、すぐには向こうに帰れないかもしれんぞ?」
「えっ?」

父の突拍子も無いその言葉に、イザークと典子は驚いて父を見つめる。
母が言葉を継ぐ。

「そうそう・・・典子、チモちゃん達だけど・・・ちょっとね、昼過ぎ辺りから様子が変なのよ。」
「様子が変?それって、どういう事?」

典子はその場に立ち上がり、身を乗り出して母に問い詰めた。

「ごめんね・・・あなた達が帰ってきたら、すぐに言うつもりだったんだけど、あなた達のその話に気を取られて
 すっかり忘れてて。・・・こっちに来てくれる?」

そう言うと、母は典子をチモを入れてある巣箱に誘う。イザークも、立ち上がり、後に続いた。



チモの巣箱は廊下に置いてある。巣箱には牧草が寝藁として敷き詰められていた。
その中に二匹のチモが仲良く納まっている。

だが、そのチモたちの様子が、やはりおかしい。

「ね?朝は元気に動いてたんだけど・・・・昼以降ピタッと動かないのよ。病気じゃなければ良いけれど・・・」

典子は、心配げにチモ達を伺った。
確かに、チモは動かない。・・・だが、よく見ると、雌チモの身体に変化がある。

「典子、解かる?」

母が訊ねる。典子は注意深くチモを伺い、そっと撫でる。

チモを育てる事に関しては、ドロスが詳しい。だが、典子はチモを貰い受ける時に、チモの扱い方について
ドロスから詳しく聞いていた。雌チモは大人しく丸まっている。雄の方は、若干警戒心が強くなっているらしく、
歯を剥き出しにしながら、キッキッと鳴き声を上げている。

「よしよし・・・悪いようにはしないからね・・・」

穏やかな表情でそう言いながら、典子は雄のチモの頭にそっと触れた。気が立っていた雄も、典子の掌に
触れられてからは大人しくなる。そうして二匹、巣箱の中で丸くなる。

典子は、今度は雌のチモの身体に触れた。大人しかった雌の方は、キュル・・・と小さく鳴き、また丸くなる。
触れていた典子は、ハッとあることに気づいた。そこを更に注意深く触る・・・・・・
そして、雌のチモを両手でそっと注意深く抱き上げ、屈んでいた自分の膝の上に、静かに乗せた。

「そう・・・そうだったの・・・」

典子が何かを納得したかのように、そう呟く。
イザークは膝の雌チモを伺うようにしながら、典子に訊ねた。

「・・・チモは、どうしたんだ?」

典子はイザークを見つめ、そして母にも視線を向けた。

「うん・・・雌のチモのお腹が、少し大きいの。触ってみた感じ・・多分、」
「まぁ・・・ひょっとして、赤ちゃん?」
「なにっ・・」

典子の言葉に母が言葉を継いだ。典子は頷く。
そして、イザークの表情にも驚きの色が見えていた。


典子は、大切そうに雌チモを巣箱に戻して、また寝かせてやった。今は雄の方も落ち着いている。


イザークはチモ達に視線を向けながら、

「あしどめ・・・されたか・・・」

眉を寄せ、深いため息を漏らし、そう呟いた。


仔が出来ると、チモは子育て期間が終わるまでは『移動の能力』が消える。

イザークと典子は文字通り・・・この世界に足止めされてしまった・・・――――






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「チモがぁぁぁ、チモがぁぁぁ〜〜〜!」 ドロスさんなら、そう言うでしょうか…(笑)
あぁ、これで少なくとも三ヶ月くらいはこっちに足止め…
さて、その三ヶ月間、二人に何をさせましょか…σ(^_^;)

それにしても、ノリコちゃんの家族って、
揃いに揃ってやはり楽観的だ〜♪(笑)
夢霧 拝(06.04.14)
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