◆ 君につなぐ想い 32 ◆
※このページ後半、若干の注意報発令。苦手な方は避けてください…


「じゃあ何か?・・・チモに赤ん坊が出来たっていうのか?」

妙に感心したような表情の兄。
その兄の質問に典子は頷く。

「ほぉぉ、赤ん坊ねぇ・・・」

そして父も微笑いながら、言葉を繋いだ。

「典子、移動の能力が無くなるって、どの位の間なの?」
「うーん・・子育て期間が終わるまで・・・、お腹の中にいる期間がだいたい一ヶ月弱くらいで、生まれてからも
 二ヶ月は親離れ出来ないから、その間、少なくても三ヶ月くらいは掛かるかも・・・」
「そう・・・でも、チモちゃんたちにとっても環境が変わってしまってるし、向こうのようには行かないかも
 しれないわねぇ・・・」
「ごめんなさい、お父さん達には迷惑掛けちゃうかもしれない・・・」

妙にしんみりしてしまった典子に、父が笑いながら、合いの手を入れた。

「何も迷惑だとは思ってないぞ?典子。」
「そうよ、こっちは、いつまでだっていてくれて構わないんだから。ね?」
「そう言ってくれるのは、嬉しいけど・・・」

「それにね、あまり早く帰って貰っては困るのよねぇ〜・・・」
「え?・・・どういう事?お母さん・・・」

母がにんまりしながら意味ありげな言い方をするので、典子は怪訝な顔をした。

「いろいろとね、私達にも楽しませて貰いたいのよ。ふふふ。でも今は内緒♪」
「お母さん・・・いったい何を考えているんだか・・・」

母の物言いに、典子は半分呆れたかのような顔になる。
父も母も顔を見合わせて、にんまりしていた。



「まあ、こうなってしまった以上、ジタバタしても仕方がない。イザーク、その依頼やってみなさい。」

ニヤリとしながらの父の物言いにも、イザークは神妙な顔つきを崩せない。

「不安か?」

その言葉に、イザークは顔を上げる。

「ふあんがないとは、いえない・・・あまりじぶんが、おもてに、でるのも・・・どうかとおもう・・・」
「・・・イザークの存在が表沙汰になると、弊害が出てくるんじゃないかって・・・それが気になるの。」

イザークの言葉を典子が継いだ。

「なるほどな。・・・だが、先程も言ったが、世の中の反応なんぞ気にしていては、それこそ手足を
 もがれたようなものだ。それを気にして、小さくなっている必要はないと思うぞ?・・・何でもチャレンジ
 してみればいい。それで生じた結果なら、それはそれで仕方ないじゃないか?・・まあ、何処からか
 嗅ぎつける輩がいれば、その時は雲隠れでも何でもすればいいし、いざとなれば向こうへ帰れば
 済む事だ。そうは思わんか?」
「でも、それじゃ、お父さん達に迷惑が掛かっちゃうよ?イザークとあたしは向こうへ逃げられるけど、
 お父さんたちは・・・・・・」

「・・・典子・・」

父は、先程とは違う静かな口調・・・
その様子に何かを感じ取り、典子は改まる。

「なぁ典子・・・私達は、一度おまえを失った・・・」

娘の瞳をしっかりと見据えながら、典子の父は、静かに語り始めた。

「え・・・」

典子もまた、父の瞳を見つめた。

「不思議なものだよなぁ・・・私達には、もう恐い物が無い・・・何故だろうなぁ・・・?」

微笑いながら、父はそう語る。

「お父さん・・・」
「典子も、もう恐い物なんて無い筈よ?」
「お母さん?」

父と母の言葉に、典子は目を見開いて、注目した。

「典子だって、チンピラさん達とやりあった時、恐いと思っていなかったのでしょう?それは何故?」
「え、・・・それは・・・イザークがいたから・・・」

父と母は頷く。兄も言葉を繋いだ。

「イザークがいれば、恐いものナシなんだよな?典子は。」
「何だかこう、何でも出来てしまうんじゃないか・・・って、そんな気がするのよ。」
「お兄ちゃん・・・お母さん・・・」

「・・・失ったと思った典子が、生きていた。だからもう、恐い事は何もない・・・イザークはどうだ?」
「え・・・・?」
「典子を得て、君は強くなったか?・・・それとも弱くなったか?」

父の言葉に、イザークの表情が変わる・・・

「それは・・・」

俯いた状態で、暫くイザークは考え込んでいた。
その質問は、以前に自分自身にした質問だったからだ。

あの時は、元凶との戦いに臨む前だった。彼女を失うのではないかという恐れに、動揺したのは確かだ。

「つよくなったところ・・・・それから・・・よわくなったところ・・・りょうほう、ある・・・」

父は、その答えに頷いた。

「そうだな、その通りだろう。では、何処が弱くなった?」

イザークの表情は、依然硬い・・・

「ノリコを・・・はなしたくない・・・なくすことが、こわい・・・ ひどく・・・きがみだれる・・・」

一言一言、イザークは話す。・・・だが、それは彼にとって、考えるのも、そして口にするのも苦しい。
彼の表情には、それが如実に表れていた。

「イザーク・・・」

典子は夫の腕に手を添え、心配そうに見つめた。

イザークの言葉を聴きながら、父は繰り返し頷く。

「そうだな、男が愛すべき者を手に入れた時、誰もがそう感じる・・・それは当たり前の感情だ。
 守りたいと思う者が出来た時の、正しい感情だな。・・・失う事を恐れるのは仕方ない。
 だがな、その失くしたくない者がいるからこそ、強くもなれるんだぞ?・・・人は、守りたい
 者の為に、自分が考える以上の力を発揮し強くなる事が出来る・・・そういう生き物だと思う。」
「・・・おとうさん・・」
「自分の弱さを自覚しない人間は、強くはなれん。力の根源を知るのは、まず己を知る事だ。
 君は、愛する事の大切さを知り、そして、自分の弱さもちゃんと自覚する事が出来ている。
 それはいろんな力の源と成り得る・・・私はそう思うが、どうだね?」

イザークは、父の言う事をじっと聴いていた。

「君には力がある。その力で典子を守って来たんだよな。だが時に、力は自分自身にも刃を向ける。
 そして心だって、脆くもなれば、疲れや不安を感じるだろう。だが、人間ならば、それは必ず
 経験する事だ。そして、その脆くなった心を癒すには、それを支える者が必要になる・・・・
 そこで典子が、君の役に立つ訳だな。」
「・・お父さん・・」

「イザーク、君は典子に支えられてきたのだろう?」

父の瞳をじっと見据え、イザークは頷いた。

「はい。・・・ノリコはいつも、おれを、ささえてくれた・・・だから、ここまで、やってこれた・・・」

イザークの答えに、父は満足げに頷いた。

「やってみなさい、イザーク。君たち二人で力を合わせて。そうすれば、恐いものなど何もない。」
「お父さん・・・」
「あなた達は、もっと危険な状況の中でも助け合ってやって来たのでしょう?だったら、こっちの世界の
 ものなど、何も恐いものはないと思うわよ?」
「ぁ・・・」
「それに、もし私達の所に、誰が何かを訊こうして訪ねて来ようと、元が有り得ない話のオンパレード
 なんだから、何とでもなるわよ、きっとね。」

父と母の言葉で、イザークと典子はお互いに顔を見合わる。
先程までの神妙な面持ちに、少しだけ穏やかな笑顔が戻ってきた。
イザークは父と母を見据え、一つ頷いた。

「・・・いらい・・・うけてみます・・」
「イザーク・・・」

イザークは典子を見つめて言葉を続ける。

「・・おまえもいっしょに、いってくれるか?・・・このせかい、なれないことが、おおいから・・・」
「イザーク・・・ うん、解かった。着いていくよ・・」

典子も笑顔で応えた。


「だが、・・・あのおんな、きにいらん・・・すこし、じょうけんを、つけてやる・・」

急にイザークが真顔で言ったので、家族は皆面食らってしまう。

「そんなに嫌なヤツだったのか?」

兄の質問には典子が応えた。

「う〜ん・・・多少強引な感じがあったのは、否めないけど・・・」
「たしょうじゃない。じいしきかじょうだ。ああいうのは、きらいだ。」

憮然とした表情のイザーク。その表情と台詞がどこか少年ぽい感じを匂わせ、家族の笑いを誘った。
そんな家族の笑いに対し、

「おれ、おかしいこと・・・いったか?」

尚も真顔で、そうイザークが訊ねたので、それが余計に皆の笑いを助長した。
一段と笑い声が大きくなる中、イザーク一人が不思議そうな顔をする。


ひとしきり笑った後、典子は、イザークにこう言うのを忘れなかった。

「イザーク、あなたのそういうところも、凄くステキよ?」

そう言って、また典子は笑った。


・・・・だが、典子の母の方がもっと上手だったかもしれない。

「だけどねぇ、典子?あなた、チモちゃん達に先を越されてどうするの?・・・あなた達にも可愛い孫の顔を、
 早く見せて欲しいものだわねぇ。」

「えっ・・・・・・」

母の鋭い突っ込みに、典子は笑顔のまま固まり、そして瞬時に真っ赤になってしまった。
イザークの方を見ると、彼もまた少し顔が赤い・・・・。
そして父も兄も、ニヤニヤしながら、イザークと典子を見ている。

「そうだな。チモに先を越されるのはなぁ〜」
「お兄ちゃんったら・・・」
「本当に。儂の元気なうちに、典子の赤ん坊を見せて欲しいのう。」
「おじいちゃんまで・・・」

祖父にまでそんな事を言われ、典子は益々真っ赤になる。

「え、・・・えと・・・だってほら、赤ちゃんは、その・・・授かりものだから・・・ね・・・」
「そうねぇ、確かに授かりものだけど、あなた達次第でしょ?若いんだから、がんばりなさいね?典子。」

凄い台詞にも関らず、母はにっこり微笑っていた。

「が、・・がんば・・・・・・お・・母さん・・・」


・・・・・典子は、暫く二の句が継げなかった。




その晩お風呂に入った時、湯に浸かりながら、典子はイザークに話す。

『お母さん達の気持ちは、凄く解かるんだけど・・・でもね、もしこっちで赤ちゃん出来たら
 少なくとも一年・・・ううん、『移動』に耐えられるくらいに育つまでを考えたらそれ以上の期間・・・
 間違いなく向こうには帰れなくなっちゃうのよね・・・ それに・・・ 』
『それに?・・・どうした・・』

イザークの問いに、典子は赤くなってしまう。

『・・・うん・・やっぱり、こっちで産むと、いろいろ現実問題として、ややこしくなってしまう気がして・・・
 お医者さんの事とか、あと生まれた時に役所に届け出る書類とか・・・ あたしだって、こっちではまだ
 行方不明扱いのままだし・・・だから・・・もし知れてしまったら、いろいろ訊きに来たり、調べられたり・・・
 で、やっぱりマズイかなぁ〜って・・・』
『そうか・・・』

イザークも妙に感心したような、神妙な面持ちになった。

『だが、こっちの方が医療の設備も整っているんだろ?・・・そういうところで、ノリコに子どもを産ませて
 やりたいという気も、しないではないがな・・・』
『えっ・・・・』

イザークの言葉で、典子は益々赤くなった。・・・頬を手で押さえてしまう。
そんな典子を見つめ、イザークは微笑う。


『いろいろと制約があるか。・・・住んでいる世界が違うという事の影響は・・・やはり大きいな・・・』

言葉を選ぶかのように、ゆっくりと話すイザークの言葉に、典子も頷いた。
向こうにいる時には考えなくても良かった事が、こちらにいるだけで、どうしてこんなにネックになって
しまうのだろう・・・。典子は、知らず、深いため息を漏らした・・・・。

『疲れたか?』
『え・・・、』
『今日一日で、いろんな事があったからな・・・』
『うん・・・そうだね。・・・でも疲れてはいないよ、大丈夫。・・・反ってワクワクしたかも。』
『え?・・・』

典子の言葉に、イザークは面食らう。

『あれがワクワクしたと言うのか?』

苦笑しながら、そう漏らす。

『結果としてね。こっちにいた時には経験出来なかった事ばかりだもの。』
『そうか・・・』

クスクス微笑いながら話す典子の言葉に、イザークも釣られて微笑う。
そして、湯の中の典子の手首を、そっと持ち上げる。

『イザーク?』
『・・ここはもう痛くはないか?』

典子の手首は細い・・・
昼間男に掴まれたその部分に、ゆっくりと触れながら問う・・・

『うん・・・もう平気。心配してくれてありがと・・・』

夫の気遣いが嬉しく、典子は顔を赤らめ・・にっこり微笑う。
そして、夫の肩に両手を廻し、その肩にそっと頬を寄せる。

『ノリコ・・・』

肩にもたれ掛かりながら、典子は微笑う。そして、夫を見上げて、呟いた。

『・・・イザーク・・・凄く強くて、カッコ良かったよ。ふふ・・・ 』
『そうか?』
『うん。』

典子の言葉に、イザークも微笑う。

『・・騎士は王女を、護らなくてはならんからな・・・』

そう言うと、廻していた彼女の腕をそっと解き、妻の先程の手首の部分に口づけする。
夫のそんな仕草に、典子はドキドキしてしまう・・・

『ノリコ・・・あの男に触れられたところは、俺が全て・・きれいに清めてやる・・・』
『・・イザーク・・・』
その言葉に、典子は頬を染めて、夫の顔を見つめた。
彼女のそんな様子を見ながら、イザークは悪戯に微笑う・・・

妻の額に唇を寄せ・・・抱き締めた・・・・


男に触れられた部分に落とされる口づけ・・・ そして、それは他の箇所へと・・・静かに及ぶ・・・

湯舟の湯が、また波打ち・・・水音が響く・・・


触れられたところ以外も、優しく清められ・・・・

甘い・・密やかな声が、また・・・漏れる・・・・・


・・・――――





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すみません、お風呂はもう無いと以前書いておきながら、
このページのノリコママの突っ込みを書いてたら、
手が勝手に、先へ先へ先へとキーボードを叩いてしまってました…orz
いや、その時は、もうお風呂シーンは無しのつもりでいたんです…。
本当に本当です…(滝汗)
「典子は、暫く二の句が継げなかった」で、この回は終わりの筈だったんです。
それなのに、何故こうなる?どうしてこうなる?
申し訳ありません m(。_。;))m ペコペコ…

「…えっ、イザーク?そんなとこ触れられてない…けど…」
「…あ、そこも…触れられてないよ? …え、そこも。 …やだ、そこも… えっ?… 」
「いいんだ…俺が触れたいだけだ。平気なんだろ?…俺が触れても…(27話参照)」
「ぁ…」ボンッ!(←赤面)
その後の展開は、ご想像にお任せします…ぉぃ。
え、清めるって、石鹸じゃないの?え…
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…
そして思考の無限地獄に突入していく管理人…(すみません)
夢霧 拝 (06.04.16)
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