◆ 君につなぐ想い 33 ◆


さて、ひょんな事から、イザークは写真集のモデルを引き受ける事になってしまった・・・。

街に出た時には、まさかこんな事態になるとは思いも寄らなかったイザークと典子だったが、
チモのアクシデントで『移動』が叶わなくなった事や、典子の家族の勧めもあって、この依頼を
引き受ける事にしたのだ。

昨日接触してきた藤代アキに連絡を入れた時、典子には、電話の向こうのアキの声が、
歓喜のあまり大興奮しているのが手に取るように解かり、その迫力に圧倒されそうになる。

そして打ち合わせを兼ねて、指定されたアキの所属するオフィスに立ち寄ったのだが、
喜んだ彼女に、そこで抱きつかれてしまう始末だった。
無論抱きつかれたのはイザークの方だ。・・・が、これまた当然と言えば当然の成り行きであるが、
イザークはその事で、至極不機嫌な表情になる。彼が抱きつかれて嬉しいと感じるのは、
あくまでも妻の典子だけで、このアキの腕を彼が憮然とした顔で早々に解いたのは、言うまでもない。

だが典子は、この事の次第にやや呆気に取られながらも、笑わずにはいられなかった。
このアキという人物は、多少の強引な面も見受けられるが、意外と人懐っこい面や、
茶目っ気などもあるのかもしれない・・・

典子は彼女をそんな風に分析し、憎めない人物だな・・・と感じ、笑みが漏れた。


「本当にありがとう。もう、断られたらどうしようかと思ってたのよ?」

二人に珈琲を振舞いながら、アキは笑顔で話す。・・・・・だが、

『ノリコ、…この黒いのは何だ?人間の飲み物なのか?』

イザークは、腕を組んでソファに腰掛けていたが、目の前に差し出された≪黒い飲み物≫を見て、
怪訝な顔で典子に訊いた。それで典子は、少し微笑いながらイザークに珈琲の事を説明したのだ。

『黒くて変に思うかもしれないけど、お砂糖やミルクを入れると甘くなって、苦手な人でも飲めるわ。』
『そうなのか?・・・不思議な飲み物だな。だが、香りはいいようだ。・・そういえば、昨日おまえとお茶を
 飲んだ所でも、室内に同じ香りがしていたな・・・、あそこでも同じものを出しているのか?』
『ええそうよ。大抵、お茶を飲めるような所では、珈琲も出しているわね。』

二人の会話に、今度はアキが怪訝な顔をした。

「どうしたの?何か拙いことでもあるかしら?」

アキの問いに、典子が微笑いながら応える。

「あ、いえ、・・・この人珈琲を飲んだ事はおろか、見た事もないんです。だから・・・」

典子の答えに、今度はアキの方が面食らってしまった。

「え、何?珈琲を知らないって・・・今どきそんな人がいるの?・・・驚いたわ。
 ・・・じゃあ、珈琲だと良くないかしら?他の飲み物の方が良い?」

「・・・いや、このままで、いい・・・」

すかさずイザークが応える。そして、カップを手にとって一口飲むが・・・

『にがい・・・』

と、憮然とした顔でごちたので、典子は笑ってしまった。
これには、アキも不思議そうな顔をするしかなかった。何せイザークの語る異世界語は、アキには解らない。

「・・ど、どうしたの?」

と彼女が質問しても仕方のない事だった。

アキの問いには、典子が、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、笑いを堪えて応えた。

「苦いんだそうです。ふふふ。」
「あぁ、だったら砂糖とミルク入れて頂戴? それに違う飲み物も用意するから。
 お茶系の方がいいかしら?」
「そうですね、出来れば・・・紅茶でも、ハーブティでも・・・」

典子はまだ可笑しそうだ。涙が出るほど可笑しかったらしい。
そんな典子に、イザークは憮然とした顔を向ける。

『ノリコ・・・』
『ごめんなさい、イザーク・・・でも可笑しくて・・・』

典子のあまりの受けように、イザークは困ったような顔をするしかなかった。


さて、そのオフィスでは他にも女性スタッフがたくさんいるのだが、やはり御多分に漏れず、
今回起用されたイザークに、皆興味深々だった。イケメンというのは、探せば結構街中にも
いるものなのだろうが、この彼程の逸材など、そうそう見つかるものでは無いだろう。
女性達は、皆仕事そっちのけで、アキの見つけて来たこの秀麗なる容貌の主に注目した。

後からハーブティを運んで来たスタッフに至っては、横に典子がいるのにも関らずイザークに
見とれ、完全に浮き足立ってしまう。その為手元が疎かになり、ハーブティを載せたトレイが
傾いてカップが倒れ、もう少しで典子の膝に、そのお茶をこぼしてしまうところだった。

もし典子に火傷など負わせようものなら、このスタッフは、恐らくイザークの氷のような冷たい
視線を浴びる事になっただろう。いや、もしかしたら、それだけでは済まなかったかもしれない・・・。

とにかくイザークの場合、典子に害を成す人間への警戒心を解く事など決してない。
イザークが、典子の身を咄嗟に腕で抱き寄せた為に事無きを得たが、この事で彼の機嫌が
険悪になってしまったのは、一目瞭然だった。

それを見たアキは、依頼を断るとまた言われるのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
慌てて他のスタッフの元にも行き、「重々注意するようにっ!」・・・と、彼女にしては珍しく
殺気立って念を押すほどで、今度はこの彼女の迫力に、逆に周りが呆気に取られるほどだった。


そしてアキは、撮影までの日取りや、手順、場所などを説明していった。

「撮影は、この建物とは別な場所にあるスタジオでさせてもらうわ。それからロケもあるから・・・
 追ってロケの場所も伝えるわね・・・」
「ロケ・・・ですか?」

アキの説明に、ロケまであるのか?・・・と、典子は驚いて、思わず訊いてしまった。
ロケなんて、ドラマの撮影であるとか、有名人の写真集やグラビアなどの海外ロケであるとか、
そんな印象しか持っていなかった典子は、素人のイザークにも??・・・と、その驚きを隠せない。

「勿論、ロケも組ませて頂くわ、彼ならきっとギャラリーもいっぱい来るわよ〜。」

アキは、それが当然というかの如く、話す。・・・典子は、額に汗が滲むのを感じてしまった。

「でも、素人なのに・・・ あの、他の素人さんの時にもロケありだったんですか?」
「そうねぇ、ある時もあれば無い時もあったかしら・・・、でもこの彼なら、ロケで凄く
 いい絵が取れると思うわよ?」

そう言いながらアキは、カメラでイザークを写す仕草を手で形取って見せた。

「はあ・・・」

何だか、事の成り行きに、典子は着いて行くのがやっとだった。段々大げさになっていくような・・・・。
大丈夫なのだろうか?・・・と一抹の不安もチラリ。

が、イザークが憮然とした顔で、

「すまないが、はなしが、わからん。《ろけ》《ぎゃらりぃ》・・とは、なんのことだ?」

と質問したので、今度はアキの方が面食らってしまった。

「ロケを知らないの?ギャラリーも?・・・どちらも英語から来てる言葉なんだけど・・・」

そう言いながら典子に視線を移し、

「イザークさんって、英語解らない人?・・ひょっとして・・・?」

怪訝な顔で、そう振ってみた。

「あぁ〜・・・そうですね・・・自国語と日本語が解かるくらいで、他の言葉はまるっきり・・・」
※本当は、異世界ではそれぞれの国の言葉は統一されているが、まさか『異世界語』とは言えない。

典子がまた少し可笑しそうに話すので、アキはまじまじとイザークの顔を見つめてしまった・・・。

『イザーク、《ろけ》はね、屋外の景観の良い所を選んでそこで撮影したりする事で、
 《ぎゃらりぃ》とは、それを見物に来る人達の事よ?』
『・・・要するに、野次馬という事か・・・』
『そういう事。』

「・・・ホントに、あなた達ってどうやって知り合ったのか、馴れ初めでも伺いたいものだわねぇ・・・」

二人のやり取りに、アキはため息をつきながら、そうごちる。
だが、イザークの視線が、すぐさま上目に変わるのを見るや、慌てて撤回する。

「ごめんごめん、詮索はしない約束だったわね・・・これ以上は訊かない・・」

「それから、撮影に入る前に、まずカメラテストを受けて頂くわ。普段と変わりなく動いて貰って、
 それを撮らせて貰うから。」

アキの言葉にイザークが口を挟む。

「まて。まだいらいを、うけるとは、いってない・・・」
「えっ・・・それってどういう事?・・引き受けてくれるんじゃないの?」

イザークの物言いにアキは困惑する。
その顔には、話がダメになってしまうのではないかという心配が、ありありと見て取れた。

「おれがいう、じょうけん。あんたが、うけるか、うけないか。」
「条件?・・・」

イザークは相変わらず笑ってないその表情を崩さずに、アキの質問に応えていく。

「じょうけんは、いつつ。まず、ひとつ。・・・はなしあい、さつえいには、こいつを、つれていく。」
「典子さんを?」
「そうだ。このくにのことば、ばしょ、まだしらないこと、たくさんある。・・・あんたのいう、
 《しゃしんをとる》、それから、あんたのほうの、しごと、・・・おれは、よくしらん。」
「・・・解かったわ、典子さん同伴で結構よ。」

アキは、写真も知らないとは、いったいどういう国に住んでいるのだろう??・・・
・・・という疑問ありありの目で、イザークを見つめながらも応えた。

「それから、ほうしゅう。・・・あんたのいう、《そうばのごばい》だが・・・」
「・・・え、・・・不満なの?」
「じゅうばい。これより、ひくいなら、いらいはことわる。」
「っ・・十ばっ・・ええっ!?・・」
『イザーク・・・』

これには、アキも、また典子も驚きを隠せなかった。

そもそもこの企画の写真集は、元が雑誌の中で掲載していた企画だったもので、反響が
大きかった為に、単独の写真集化になったものだった。そして、数人のモデルを合わせて
載せるというのが、今までのパターンだったのだが、イザークには、一冊全部を当てようと
いうのが、アキの目論みだったのだ。
だから当然、今までに起用したイケメンモデルよりもページを割く分、報酬も跳ね上がる。
アキの提示した「相場の五倍」という数字は、それを見越した上での金額提示だったので、
決して低い訳ではない。・・・にも関らずの、このイザークの発言だった。


・・・イザークのその言葉にアキは相当面食らい、暫くは二の句が継げなかった。





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先にも書きましたが、『この業界のこういう報酬の相場』これが解かりません(沈)
敢えて調べる事も致しませんで申し訳ないのですが、
アキさんは、写真集の人気、そして一冊分のスペースを充てると言う事、
更には、イザークさんのモデルとしての見栄えに惚れ込んで、
素人としてはかなりな高額を提示したようです。
それが≪相場の五倍≫に相当する額と目安にして戴ければ…(笑)
そして、イザークさんは更にその二倍の報酬、つまり相場の十倍を要求した訳で…
彼のかっちりしている部分というか、計算高いというか、せこ…(以下自主規制)
しっかり者のイザークさんは健在です。

ちなみに、彼は服を購入した時も、値札の価格をノリコちゃんに訊いて、それで
向こうの服の価格に試算して『高いじゃないか…』とすかさず言ったらしく…(^_^;)
リーズナブルな価格のものを選んで購入したそうです。
どうも、向こうの言い値でしか買えない事に、酷くご不満だったらしい…。
(ごにょごにょ…本当は、値切りたかったらしい…)
尚ブランドですが、それを知らない彼には無意味なので、高級なブランド物とかではありません。
堅実な彼の一面がここでも(…管理人もブランドには疎いんです)。
ちなみに、ノリコちゃんはそんな夫に対し、
やはりクスクスと笑いを隠せなかったようです。
夢霧 拝(06.04.21)
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