◆ 君につなぐ想い 5 ◆


高校生の頃・・・・

風呂に入る度に鏡で自分の身体を見ては、よくため息をついたものだ。

背は低いし痩せっぽちだし・・・。そりゃ華奢と言えば、聞こえは良いけど・・・
大してくびれもないし、胸だって貧弱だったし。

もうちょっと、メリハリ欲しいよなぁ〜とか、
もうちょっと年齢がいけば、それなりになってくれるかなぁ・・・と
淡い期待も持ってみたりして・・・


これって、あたしなりのプラス思考だったのかな・・・


そう思い返して、自嘲する。



以前、グゼナ国境近くで、悪霊に襲われてあたしが大怪我をした時・・・
応急手当をしてくれたのがイザークだった。

てっきりガーヤおばさんが、応急手当てをしてくれたんだと思い込んでいたから・・・、
後になってガーヤおばさんにその事を聞いて、酷く狼狽してしまった事を思い出す・・・・・

ちなみに、あの時のあたしの狼狽した顔は、
その後もガーヤおばさんの語り草になってしまっていて・・・
今でも時々、引き合いに出されては・・・からかわれてしまう・・・


・・・また苦笑い。



怪我の酷かったのは肩と脚だったが、傷や打ち身で痛む他の部分にも
きちんと薬や薬草のシップが当てられ、裂いた布が包帯代わりに巻かれていた。

身体、見られちゃってたよね・・・と考えたら、恥ずかしさで顔が歪んだ。
そして自己嫌悪にさらに拍車が掛かった。


あたしは彼に『好きだ』という一大告白をしてしまった後で、おまけに怪我による身体の痛みで
意識を失ってしまったので、それ以降の事は、その晩意識が戻るまで全然記憶にない。
彼の姿がいつ元に戻ったのかも、いつ応急手当をされたのかも・・・


・・・・・

きっと・・・呆れてしまっただろうな・・・と、後になってから、更に更に落ち込んだ。
必死な気持ちで、好きだと・・・あの時告白したのに・・・
自分が童顔なのと、ナイスバディでないという事を、あの時程悔やんだ事はない・・・かも・・・しれない。



でもそんな事で悩んでいる暇など無くなってしまった。
政治の内乱や、失脚して行方不明になっている各国の要人達を探す事、
・・・あたし自身も攫われて生贄にされかかったり・・・と、それどころではない状況で・・・

そして、【天上鬼】と【目覚め】の正体を知ってしまったから・・・――――――

・・・幸いな事に、彼とはその後・・・両想いになれた。
でも、これって殆ど奇蹟に近い・・・な。


運命を変える方法を探す事、光の翼の探求、そして、元凶を倒す事・・・
懸命にその日を生きるという毎日・・・
さらに元凶を倒して、世界の平穏が戻ってきた後も、荒廃してしまったこの世界を
立て直すお手伝いの為に、各国への旅でさらに月日を要し・・・・・・

自分の事を気に掛けてる暇なんて無かった。だから、その事はずっと心の奥に仕舞っていた。
彼の抱えていた苦しみに比べたら、あたしのそれは、ほんの小さな事に過ぎないから。


それから後・・・、失脚していたそれぞれの国の要人の復帰や、国の復興の手助けをし、
情勢が明るい方向に向かって行くのを見届けて・・・・ 世直しのお手伝いの旅も、一区切りつくな・・・
これで少しは肩の荷も下ろせるな・・・・・と安堵の気持ちでいっぱいになった。

そんな時に、イザークが言ってくれた・・・・
『・・・俺の家族として、これからずっと、傍にいてくれるか?・・・』と・・・・

『どこかに・・・落ち着ける場所を作らないとな・・・』そう言って、彼は微笑った。


普段無口な彼からのプロポーズ。・・・夢を・・・見てるようだった・・・


あの世界に残る事を決めてからは、彼の傍にずっといるのは、
言ってみれば暗黙の了解のような感じで・・・・・・ 彼の口からはっきりと、
今後の事について言われた事は、それまでは無かったような気がする。

それでも、傍にいられれば、それで良かった・・・・・・

だから、凄く嬉しかった。これからは、彼の一番傍の場所にいられるんだ・・・・
そう思ったら、嬉しくて嬉しくて涙がぼろぼろ出てきて、イザークをうろたえさせてしまった。


そして、後日ようやくというか・・・、
心の奥に仕舞っていたあの時の事を、恐る恐る訊いてみたら・・・

案の定・・・びっくりされてしまった。

・・・あぁ、やっぱりマヌケな質問だったか――――
質問してしまってから、やや後悔。

『あ・・・マヌケな質問だったね。ゴメン・・忘れてね・・』

慌てて取り繕ったあたし。


だけど、彼の表情はあたしが想像していたものではなかった。
そして彼の口から出てきた言葉は・・・

『・・・なんで・・・呆れたと言うんだ?』

そう言われて、逆にこっちが拍子抜けしてしまい、 思わず『えっ?!』・・・と彼を見つめてしまった・・・。

『あの時は、とにかく怪我が心配で・・・しのごの言ってられる状況ではなかった。
 なるべく見ないようにはしたが、その、手当ての関係上、止むを得なくて・・・すまない・・・』

彼はその時の状況を、少し恥ずかしそうに頭に手を遣りながら話してくれた。

『だが、呆れたりはしていない。・・・むしろ、その・・・きれい・・・だと・・・』

・・・あたしもかなり顔が赤かったと思う。

『・・・えっ・・・もしかしてまた、あたしの事からかおうとしてない?・・・』

思わず、訊き返してしまった。

『・・そんな事はない。・・・・あの時のおまえは、俺には・・・光を纏って・・・輝いて見えた・・・
 後ろめたい気はしたが・・・それでも目を・・逸らせなくて・・・』

そう言うと、彼はあたしを抱き締めた。彼から伝わって来る鼓動が早かった。

『おまえに、あんな醜い姿になった俺を・・・見せたくはなかった。
 だから・・・あの時の俺は・・・酷く、動揺していたかもしれん。
 おまえを守り切れずに、あんな大怪我をさせてしまって・・・すまない・・・』


・・・・・そうだ・・・

・・・あの時の彼は、あたしを助けるために力を使い過ぎてしまい、
それで天上鬼の姿に身体が変わってしまっていた。
彼は、なりたくない姿に変わってしまった事で、あたしから離れようとしていた。
まだお互いの想いが通じ合ってはいなかった時の事だ。

それでも、怪我の痛みで気を失ったあたしの事を最優先してくれた。

彼はそういう人なのだ。いつだって、自分の事よりも
他の人の事を心配する・・・優しい人なのだ。



あたしの目はその時、涙に濡れていたかもしれない。
そしてやっぱり・・・マヌケな質問だったな・・・と、思った。

でも彼の気持ちが解かって・・・嬉しかった・・・



愛している・・・という声が聞こえた・・・

いや、もしかしたら彼の心の声だったのかもしれない・・・


愛されているんだ・・・という実感がじんわりと湧いて来た。
嬉しかった。
恐いくらい幸せだった。

そして、彼の妻になれるのが、何よりも嬉しかった・・・。


それまでは、・・・傍にいられるだけで良い、と、
それ以上は望んじゃいけないのだ・・・と、自分に言い聞かせていたから・・・

過酷な運命に翻弄されて、彼は辛かったはずだから・・・
彼の望みを叶えて上げられたら、そして、その瞬間瞬間を彼と共にいられたら
それで充分だからと、必死で自分に言い聞かせてきたから・・・

だから・・・もう自分の気持ちを抑えなくて良いのだと・・・
イザークにいっぱい甘えても・・・そして、彼にもっと触れても良いのだと・・・

これからは天上鬼も目覚めも関係なく・・・・


それが解かって・・・

それがとても嬉しくて・・・



何よりも、彼に幸せになって欲しかった。
苦しみに耐えてきたあの人に、誰よりも幸せになって欲しかった。

温かい家庭を彼の為に作ってあげたかった・・・

そして二人で一緒に幸せになりたかった・・・




イザークは、あたしの顔を上に向かせた。
優しい笑顔がそこにあった。彼はいつもあたしに・・・笑顔を・・・くれた・・・

あたしは、泣き笑いしか出来ず・・・

それでも彼に、愛してると・・・伝えた・・・

彼は、あたしの唇に・・・優しく口づけしてくれた・・・


それまでにも何度も口づけを交わして来たけど、今までのとは違う気がした・・・
何処が違うのか、何が違うのか・・・そこまでは考えられなかった・・・
でも、それはとても深く、とても熱く、そしてとても甘美で

あたしはその甘さに、ただ、酔いしれていった・・・・――――――――









鏡にそっと手を伸ばす。

鏡の中の自分の裸身・・・
変わった・・・と、・・・そう思った・・・

優しい、女性らしい曲線が映っている。


身体は相変わらず華奢だけど、胸は以前よりも大きくなったし
ウエストにもくびれが出来ている。
頬にかけてのラインも、高校生の時よりも幾分すっきりだし・・・


以前より・・・大人っぽくなったのだろうか・・・


食事はあまりたくさん量を食べないし、向こうの食事はこっちと違い、
高カロリーのものはあんまり無いし、ジャンクフードなんてもちろん無い。
何より、消費カロリーの方が大きいから・・・太る心配などは無かった。

もっとも、イザークには『もっと食べろ』とよく言われたが・・・

『ノリコは、食が細過ぎる。もう少しふっくらしててもいいくらいだぞ・・・』

・・・と穏やかに微笑いながら・・・



ふと、高校時代のクラスメートの言葉が浮かんだ。

『恋は女の子をキレイにするのよ〜』

『そうそう、だから典子も恋をすれば〜・・・ね。』

『あ、でも典子はオクテだから、まだ恋人を作るのは無理かしら?』

『そうねぇ、ネンネの典子にはまだ早いかもしれないわねぇ〜。キャハハ! 』


クラスメートの間でも、そういう話題が結構あがった。

中には進んでいる子もいたりして、恋人と夏休みに何処そこでデートしただの、中には初体験をしただの・・・
自分とは無縁の世界の、そういう凄い話題が出る事もあり、
あたしはひたすら赤面しながら、適当にうんうん・・・と聞いていた。

恋人のいなかったあたしは、もっぱら聞き役。
すぐに赤面しちゃうあたしを見て、皆によく、ネンネよねぇ〜と、からかわれた。



でも・・・今は違う・・・。

イザークの恋人となり、そして妻となった・・・
お互いの魂に誓い合い、心から愛する人と結ばれた・・・

彼とだけ共有出来る・・・至福のとき・・・
夜毎、彼の愛情をこの身に受け、身も心も・・・彼と一つに・・・溶け合って・・・



・・・恋をすれば・・・女の子はキレイになれる・・・か。

一世一代の恋だよね・・・ 一人の人をあんなに好きになって、愛した事はない・・・
何よりも大切な、そして命を掛けて守りたいと思った人・・・
ずっと傍にいたいと、そして、傍にいて欲しい・・・と思った、ただ一人の人・・・


あなたの代わりは何処にもいない・・・

あなた以上に誰かを好きになる事なんて・・・出来ない・・よ・・・




イザーク・・・

イ・・ザーク・・・

どうしてあたし・・・こんな所にいるの?・・・・



『・・・おまえを守り切れずに、あんな大怪我させてしまって・・・すまない・・・
 あの頃の俺は、天上鬼という自分の運命を恐れ・・・
 おまえを受け入れる事が恐かった・・・
 自分が・・・変わってしまうのが恐かった・・・

 おまえの気持ちが嬉しかったのに、自分の気持ちに正直になれずに・・・
 俺はおまえを傷つけてばかりだった・・・

 ・・・今なら決して・・・そんな事はしないのに・・・』



あぁイザーク・・・
違う、違うよ・・・あなたが悪いんじゃない・・・


辛かったのは・・・あなたの方なのに・・・

重い宿命を一人で抱え、ずっと・・・小さな時から・・・
孤独で・・・誰にも相談出来ず・・・ずっと悩み苦しんできたのに・・・

人と関わる事で傷ついて来たから、人との深い関わり避け、
自分の感情を奥に閉じ込め、幸せを求める事さえ全て諦めて・・・

誰にだって、幸せになる権利があるのに・・・
あなただって、それは変わりない筈なのに・・・


そして、目覚めだと解っていながら・・・それでもあなたは
あたしを樹海で殺さずに助けてくれた・・・
でもそれが余計に・・・あなたを苦しめる事となってしまった・・・

それなのに、あたしをいつだって守ってくれてたじゃない・・・



平和な世界で生きてても、人を恨み世を恨む人間はいっぱいいる。
ましてや親に愛されずに育って、心が壊れてしまう人だっているのに、

あなたは、決してそうではなかった・・・

誰も理解者のいない・・・そんな孤独に耐えて、ずっと一人で・・・頑張ってきて・・・
なのに・・・世の中を決して恨んだりせず・・・決して悪に心を奪われず・・・

いつも矢面に立ち・・・自分の身を犠牲にして戦って・・・―――


それに比べたら・・・あたしのあの時の辛さなんて、
そんなの、辛さの内には入らない・・・


あなたの為なら・・・あなたが望む事なら・・・あたしは何だってしてあげたい・・・
・・・あなたの孤独を癒せるのなら・・・あなたの苦しみを取り除けるのなら・・・
あたしは何だってする・・・

一生、あなたの傍で・・・あなたの役に立ちたかったのに・・・


どうして・・・どうして・・・・・・

どうしてあたしは今・・・こんな所にいるの・・・・・・・・・



イザーク・・・


涙で鏡が歪んで・・・見えない・・・

涙・・・が・・・・止・・・ま・・・ら・・・な・・・い・・・よ・・・

イ・・・ザークゥ・・・・う・・・う・・・




典子は、自分の身体をギュッと抱き締めた。


「イザーク・・・逢いたい・・・傍にいたぃよ・・・イザーク・・・・」


涙が流れ、腿にぽたぽた落ちる。


「イザーク・・・あなたの声が聴きたい・・・・あなたに触れたい・・・
 ・・・もう一度抱き締めてイザーク・・・イザーク・・・うぅ・・・」


・・・イザーーークゥゥゥーーーー!!!




・・・・・・―――――



心の中で典子は叫んだ。

いや、叫んだのはノリコだ。

立木典子ではなく、
・・・ノリコ・キア・タージの叫び――――



典子はシャワーの湯を全開にした。

自分の叫び声が家族に届かないように
シャワーの音でカモフラージュする為に・・・

勢いのあるシャワーの音が浴室内に響く。


ドンッ!


俯いたまま、壁に両手をつき、両の拳で叩く。
涙が止まらない。

壁を叩き続ける。


ドンッ!ドンッ!ドンッ!・・・・



「・・・う・・・うぅぅぅ・・・イザーク・・・イザークゥゥ・・・―――
 イザークゥゥゥーーーーーーッ!!!・・・・わぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」


シャワーの湯が典子の身体を濡らす。

顔や、首、そして胸から下肢へと流れていく。

「う・・ぅぅぅ・・・・」


泣きながら、その場に力なく崩れ落ちた。





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切ないなぁ。書いてても切ない…ノリコちゃんごめん。
ってか、ネタバレばかり…おまけに、脚色…いや、ただの捏造か。
んー、あの応急手当ってど〜んな感じだったのかな…と、またも妄想。(ぉぃ)

夢霧 拝 (06.03.12)
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