◆ 君につなぐ想い 6 ◆


「典子ー、入るわよぉ、いい?」


洗面所に母が入って来た。

典子は既に風呂から上がり、濡れた髪の毛をタオルで拭いていた。

泣いていた為、典子の目は赤くなっている。
それを見られないように目元にタオルを当て、母の視線を避けた。


「さっぱりした?・・・着替え、ここに置いておくわね。典子の服とか、全部きれいに
 取っておいたけれど、やっぱりちょっと流行遅れになってしまったかしらねぇ・・・」
「・・・ううん、そんな事ないよ。・・・ありがと・・・お母さん・・・」
「ドライヤー使うの久し振りなんじゃない?・・・髪も長いから、早く乾かさないとね。」


典子は苦笑する。
タオルを下ろしながら、呟く。

「・・・ドライヤーの熱は嫌いだな・・・人工的だから・・・」

やや伏せがちになる視線、典子の長い睫が揺れた。

典子の言葉に、母は不思議そうな顔をした。

「髪の毛ね・・・いつもイザークが乾かしてくれたの。こうやって、手を髪の間に入れていって・・・」

そして、やや寂しく微笑いながら、典子は母の髪の間に手を入れ、身振りしてみせる。

「手の周りに気を高めるの、そしたら、あの人の手や指が熱くなって・・・身体までもね、
 ほわぁ〜っと温かくなる・・・ 凄く・・・心地良くて・・・だからね、すぐに乾いちゃうの。
 ドライヤーより早いよ・・・ふふ。」
「典子・・・・」
「凄いでしょ?・・・・イザークね、色んな事が出来て、とっても優しいの・・・
 そして誰よりも・・・心が綺麗な人・・・」

典子の目から、涙がツツゥーーーーー・・・と一筋、流れ落ちる。

「あたしには・・・勿体無いくらい・・・・・」

「典子・・・!」

慌てて典子の肩に手を遣る。

「典子、そんな事言わないで。典子だから、彼は大事にしてくれたんでしょ?・・・
 他の人にも同じ事する?・・・しないんだよね?・・・典子にだけなんだよね?・・・
 解かるよ、お母さんにはね。・・・だって、あなたはとっても綺麗になったもの・・・・」

虚を突かれたかのように典子は母を見る。・・・頬が少し赤くなる。

「お母さん・・・?」

笑顔で母は言葉を続ける。

「本当にねぇ、典子、とても綺麗になったわ。・・・まだまだ子どもだと思っていたのに、
 すっかり女らしくなっちゃって・・・ 考えてみたら、もう二十歳になってるんだものねぇ・・・
 お母さんの頭の中の典子は、高校生の姿のままの印象が強かったから、すっかり
 見違えちゃったわ。ふふふ。それにあなたはオクテだったから、余計にそう感じるのかな。
 典子の場合は、愛されて磨きが掛かるタイプの典型と言えるかもね。」

それを聞いて、典子はますます赤くなった。
目が赤く、腫れぼったいのを恥ずかしく感じる・・・

「お母さん、あたし・・・」
「ふふふ。お母さんも嬉しいのよ。・・・自分の娘を、ここまで大事に思ってくれる人が
 いるなんてね。母親冥利に尽きるわ。典子だって、女冥利に尽きるんじゃないの?」
「お母さん・・・も、からかわないでよ・・・あたし・・・そんな・・・」
「からかってない、からかってない。さ、湯冷めしないうちに着替えてね。」


典子の背中をぽんぽんと優しく叩きながら笑顔でそう言うと、
母は洗面所から出て行った。









「典子ー、ホットミルク入れたわよ。こっち来て飲みなさい。」

寝間着に着替えた典子が洗面所から廊下に出ると、母の声が聞こえてきた。
居間の扉を開けると、家族全員がそこに集っていた。


「典子、さっぱりしたか?」

父の言葉に、典子は黙って頷いた。

「少しでも食べられると良いんだけど、無理してもいけないしねぇ・・・
 食べられるようになったら、典子の好きなもの、何でも作ってあげるわよ。」

母は笑顔でそう言う。

「・・・ありがと、お母さん。心配掛けて・・・ごめんなさい・・・」
「そうよぉ。だって、こっちに来たから身体壊したって事になったら、イザークさんに
 申し訳ないじゃない?・・・お母さん達、なんて言って言い訳したら良いの?」
「お母さん・・・」
「希望は捨てちゃいけないわ。だから元気にならなくちゃ、ね?」
「そうだぜ、典子。まぁそれ飲めよ。何なら酒もあるぜ。もう未成年じゃないだろ?」

ノリコはちょっと躊躇うように兄を見る。

「お兄ちゃん、お酒って・・・あたしダメだよ。ほんのちょっとでも・・・酔っちゃうから・・・」
「ほぉ〜お、って事は、飲んだ事があるって訳か。・・・誰に飲まされたんだ?」

妹が酔っ払ったことがある・・・このことに興味津々で質問して来た兄の視線に
やや押されつつ、典子は言葉を続ける。

「別に、飲まされたって訳じゃないけど、日記を送るのに樹海に行って、その帰りの
 旅の途中で、お酒が特産の町を通ったの。・・・それで、お店の前で眺めていたら・・・
 イザークが、興味があるのならって言って、買ってくれて・・・・・・それで・・・・・・」




ああ、思い出す・・・
初めてあの世界のお酒を飲んだ・・・あの日。

でも、果物のお酒で、そんなに強いお酒ではなかったのよね・・・
それなのに、あたし酔ってしまったんだ・・・・


果物のお酒が特産の地だった。

どんな味なのかな・・・って興味持って、それで、お店に並んでいたキレイな陶器の瓶のを眺めてた。

そしたら――――

イザークが、興味があるなら・・・って、小さなものを一つ買ってくれた・・・・
綺麗な模様が入った、ステキなデザインの小瓶。


宿に戻ってから、お風呂上りに頂いてみた。

喉が渇いてて、お水を貰いに行こうとしたら・・・
『せっかくだから飲んでみるか?』って・・・・初めてのお酒だったから、コップに少し・・・

旅の疲れも取れるかもしれないから・・・って・・・
それで、ドキドキしながら少しだけ口にしてみた。

琥珀色のそれは、とても甘い香りがして・・・
そして一口・・・そしたら、口当たりが凄く良くて・・・びっくり。
果物のお酒って、こんなに甘くって美味しかったんだ・・・・って。

それでつい油断してしまって、コップのをいっぺんに飲んでしまった・・・・・

案の定、あたしは耳まで真っ赤になってしまって・・・・・


・・・・あたしらしいと言えば、そうなのかな・・・・・


『はれぇ〜(あれぇ〜)、なんらか(なんだか)ふわふわ・・・
 いざぁくぅ・・・なんれぇ〜(なんでぇ〜)?』


そうだ・・・イザークもびっくりしてた・・・


『・・・その酒の所為だ。すまん・・・ここまで弱いとは思わなかった・・・』



バラチナ国の花の町郊外に拠点を定め、二人のお家も構えて、少し落ち着いてきた頃。
日記を届ける為に樹海に行ったその帰り、のんびりと縁の地を廻っての旅の途中、
そのお酒の一件は・・・そんな中での出来事――――



『いざぁーくぅ・・・あついぃ・・・はふ・・・』


とろんとした目で真っ赤な顔で、部屋着の胸元をかなりはだけて、風をパタパタと送り・・・・

う〜ん、その時のあたしは相当しどけない格好になっていた・・・・と思う。


実はその時の記憶は、あまり鮮明じゃない。

でもどうやら、その後あたしは自分で服を脱いでしまったらしいのだ。


『・・・本当に、何も覚えてないのか?』

と、翌朝イザークがくすくす笑っていた。


・・・我ながら・・・・何て大胆な事を・・・あたしったら・・・


思い起こせば、イザークとのファーストキスも・・・

あたしからだった・・・


ああ、あたしったら・・・  ・・・は、激しく自己嫌悪に陥りそう・・・


覚えてない、覚えてない・・・

何も・・・覚えてない・・・・・・


・・・・・・ため息。


はぁ〜、も、それにしても、何であたしの身体・・・こんなにアルコールに弱いの・・・?


お酒に強いイザークが本当に羨ましい・・・と、あの時、思った・・・





「典子・・・顔が赤いわよ?」

はっ・・・・

「え?・・・」
「湯当たりでもしちゃった?」
「ぁ・・・・・・」

首を横に振った・・・・・・・

・・・そうじゃない。
けど・・・・思い出してしまった。彼との思い出・・・。


気分が優れない。
なんだか・・・・酷く、疲れを感じた・・・


「お母さん・・・ご馳走様。美味しかったよ・・・ごめんなさい、あたし・・・そろそろ休むね・・・」

そうしてカップを台所に持って行った。

「あ、いいわ典子。お母さんが洗っておくから。・・・ゆっくり休みなさいね。」
「う・・ん、ありがとう・・・おやすみなさい・・・」

お父さんやお兄ちゃん、そしておじいちゃんにも「おやすみなさい」と言った・・・・


そしてそのまま、居間を出た。





あの時・・・・・気になって訊いてみても、イザークは笑ってるだけで・・・

『おまえのあんな可愛い姿は、俺だけの秘密にしておこう・・・くくくっ・・・』

そう言ってからも仰向けになって、くつくつと笑ってた・・・


『はぃ?・・・可愛い姿?・・・何?それ・・・』

あたしは眉を顰め、限りなく複雑な顔になっていたと思う。


・・・教えてはくれなかった・・・・『内緒だ。』と、そう言って・・・

でも・・・その朝の彼はベッドで裸でいて
あたしはすぐ隣で目が覚めて・・・・
で、あたしもやっぱり何も身に纏ってなくて・・・


そんなシチュエーションで

考えられる事って・・・・


はぁぁぁぁ〜〜〜〜・・・・ため息。




状況から察するに・・・あたしはきっと

とても言えないような、相当恥ずかしいマネを・・・してしまったんだろう・・・な・・・


いったい何をしてしまったのか・・・と言ってみたところで、

真実を確かめる事は、もう出来ないけれど・・・









二階の自室に入り、後ろ手に扉を閉めた。

窓を開けて、夜空を仰ぐ。
空には雲一つなく、月明かりが夜空を淡く照らしている。

夜風がそよそよと入ってきて、気持ちが良かった。

典子の長い髪をふわり・・・と靡かせる。





この空・・・・あなたの所まで続いてるのかな・・・

ねぇ・・イザーク・・・

あなたにも、この星・・・見えてる?

月は向こうの世界の方が大きかったな・・・
こっちの月は、あんなに遠くて、小さい。



懐かしいあちらの家の様子が思い出されるように感じて、
静かに目を瞑る・・・


あ。また涙。・・・あたし泣いてばっかりだな。


その涙を寝間着の袖で拭う。

窓を閉めてからベッドに上がり、横になる。


・・・が、何となく着ている寝間着に違和感・・・・

どうして?

なぜ違和感を感じるんだろう?・・・・と少し考えてから、
ああ、そうか。・・・と妙に納得した。

・・・そういえば、寝る時に寝間着なんて・・・ほとんど着てなかったんだよな・・・
着るのは・・・せいぜいイザークが家を空ける時ぐらい・・・・



そんな思いが心を掠め、くつりと微笑いが浮かぶ。

そして、ベッドに半身を起こした。

ボタンをゆっくり外し・・・着ていた寝間着も下着も脱ぎ、一糸纏わぬ姿となった。

「・・・・・」

急にその表情が翳りを帯びる。
身体を抱き締め、下唇をキュッと噛み締めた。


窓から射し込む月の明かりが、典子の身体を白く浮かび上がらせている。
音もない、静けさだけが寂しげなその心情を裏打ちするかのように・・・


やがて顔を上げ、一つ小さく息を吐くと、 そっと夜具に身体を潜り込ませた。
俯せに身体を横たえ、頭の下にした枕を掴みながら瞳を閉じる。

また・・・涙が、一筋頬を伝い枕を濡らした。


夜の帳。

月の光が優しく照らす――――





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多少ではありますが、大人的な表現も出てきます。
この時点で二人は夫婦という設定なので、
どうしても削れないシチュエーションの場合は書いてます。
こういうの苦手…という方は、遠慮なくサヨナラしてくださいませ。

夢霧 拝(06.03.13)
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