◆ 君につなぐ想い 8 ◆


「・・・真実を・・・自分が【目覚め】である事を知らされて、ノリコは俺から離れようとした・・・
 自分の所為で俺が【天上鬼】の姿に変わってしまったと・・・自分の所為で俺を苦しめてしまったと・・・
 涙を流し、何度も謝って・・・ 俺を犠牲にしたくないから・・・と、泣きながら・・・・・・

 だが、俺の気持ちには、もう迷いはなかった。あいつを、離したくはなかった。
 俺もまた、あいつを・・・愛していたんだ・・・」


ガーヤは頷いて、言う。

「あの日、セレナグゼナを離れた日、姉さんがこう言っていたよ。なぜイザークが【天上鬼】で、
 ノリコが【目覚め】なのか、とねぇ。 昔から人々の間に言い伝えられてきた、
 世界を破壊し恐怖と混沌に陥れるという【天上鬼】と、それを目覚めさせるという【目覚め】・・・

 だが、あんたは決して闇の世界に心を向けてなかった。いつだって正しい方向に、その力や
 心を向け、使おうとしていただろう?・・・

 ノリコだって、いつも前向きに頑張っていたし、あの子の笑顔は本当に光に満ちていたよ・・・。
 自分は何の力も無いと、いつも皆の負担になって、申し訳ないと言っていたけど、とんでもないね。
 あの子は人の心の邪気を祓い、癒すという素晴らしい光の力を持っていた。

 そして何よりもイザーク、あんたを愛し、そして癒し、光の世界に導くという大役を果たしたんじゃないか。
 それも、誰からか与えられた使命というのではなく、あの子の元々の資質でね・・・
 解かっていたって、使命として与えられたって、なかなか出来る事ではないさ・・・
 あんたにとってノリコは、最初からあんたに必要な存在として、この世界に導かれたのだろうねぇ・・・」


イザークは頷いた。

「俺はノリコを愛している・・・俺にはノリコが必要なんだ・・・それは今だって変わりない。
 あいつのいない人生など、もう俺には考えられん・・・・

 なぜあいつが、元の世界に戻されたのかなんて解からない。
 だが、これほど人を馬鹿にした話があるか!・・・俺の人生を、あいつの人生を、宿命とやらで弄び、
 あいつを異世界から召喚しておきながら、今度も突然に元の世界に返されるだと?
 ・・・あいつの心を・・・俺の心をどうしてくれるッ!
 今更・・・あいつを知らなかった頃になんて、戻れる訳が無いッ!」


ドンッ!! 

握り締めた両の拳でテーブルを叩いた。



・・・なぜだ・・・いったい何の力が働いた・・・!?

何が俺達を試すんだ・・・?
俺とノリコを引き離して、何が面白い・・・!!



「そうだね・・・あたしだって、ノリコを知らなかった頃に戻る事なんて、出来やしないよ・・・」

ガーヤもまた、呻くように言った。

「・・・ノリコがこの世界に残ると言ってくれた時、俺は嬉しくて堪らなかった。
 だが・・・あいつがこの世界に飛ばされて来た時と同じように、また突然戻されてしまうかもしれない。
 ・・・そうした恐れは俺にもあった。そしてあいつも、元の世界に戻される事を心配していた。
 だから、俺は決めていた。もし、そんな事態になったとしても、あらゆる手段を使って、
 俺が必ず迎えに行くと・・・」

「イザーク・・・あんたそこまで覚悟してたのかぃ?・・・」

「ああ。・・・だが、帰って来れるかどうかは、まだ雲を掴むようなものだ。だからこれは賭けだ・・・」

イザークはガーヤに真剣な目を向ける。

「ガーヤ・・・もし一年を過ぎても、俺とノリコが戻って来なかったら・・・
 その時は、この家を適当に処分して欲しい・・・頼めるか?・・・」

ガーヤの表情が変わった。

「なっ・・・イザーク!?」

「・・は!・・・何しろ、初めての試みだ・・・ 如何に光の力を使えど、耐え切れずに、
 命を落とす事になるかもしれん・・・ 仮に、無事向こうに辿り着けたとしても、
 こっちには戻って来れないかもしれないんだ。異世界への時空を越える・・・何が起こるか
 なんて解からない。・・・大丈夫だという確証など・・・何処にも無い。」

「・・・だが・・・黙ってはいたくない。・・・自分に出来る限りの事を、俺はしようと思う・・・
 その結果であれば、俺は喜んで受け入れる。」

イザークのその目に迷いはない。その表情は清々しいものになっていた。

「・・・俺は生まれて初めて、家族とは温かいものなんだという事を知った。
 そして生きる事の楽しさを感じた。こんな俺でも生きていていいのだと感じる事が出来た。
 それもこれも、全てあいつのお陰だ。
 ・・・こんなにも、俺を揺さぶれる人間が存在するとは思わなかった・・・。
 そうさ、あいつには凄い力がある。【天上鬼】となるべくして生まれたこの俺を、
 ここまで大きく揺さぶり、こんなにも夢中にさせた・・・」

イザークはニヤリと悪戯な笑みを浮かべる。

「・・・なぁ、面白いだろう?・・・ガーヤ・・」

ガーヤもニヤっとして答える。

「・・・そうだねぇ、普段口数の少ないあんたを、ここまで饒舌にさせるとはねぇ。
 ふふふ。ノリコは、まったく本当に凄い子だよ。」

「ふっ・・・そうだな・・・自分でも、こんなにしゃべるとは思わなかった・・・」

額に手を遣り、自嘲気味に笑う。
・・・だがすぐに、その表情は、また真剣なものに変わる。

「俺は後悔していない。俺のこれからの人生は、全てあいつの為にある。あいつのいない世界に、
 何の未練もない。・・・ゼーナが言っていたよな?・・・決まってしまった未来などない、と。
 未来は自分で作るものだ、と。・・・その言葉は、俺のあの時の、ノリコに対する迷いの一切を
 断ち切るきっかけとなった。」

「イザーク・・・」

「だから、俺にもう迷いはない。そして恐れもない。」

ガーヤはゆっくりと頷いた。

「イザーク、ノリコを迎えに行きな。だけどね、これだけは言わせとくれ。必ず帰って来な。
 一年なんて、水くさいことは言いっこなしだ。この家の管理は、あたしが全て引き受けた!
 任せときな!・・・ね!」

「・・・ガーヤ、・・・すまない。・・・ありがとう。」

ガーヤはイザークの肩をバシバシ叩く。

「いいかい?イザーク・・・必ずだよ。必ず帰って来るんだよ。・・・あたしだって、ノリコに
 会えなくなるのは嫌だからね!それにね、これがあんたとの今生の別れになるかもなんて事も、
 考えたくはないんだよ!」


ガーヤは、母のような気持ちで、いつも二人を見守って来た。
その温かい心が、ひしと伝わって来る。

イザークの人懐っこい笑顔が、それに応えた。









ザーゴの国・樹海―――――


その樹海の中、巨大な木の根がアーケードのように取り囲んでいる場所、
金色の苔が生える、金の寝床と呼ばれる所にイザークは立っている。

彼の住む地から、チモを使い、数回シンクロしてここまで来ていたのだった。




出発する際、別れを惜しむ仲間が家の前まで見送りに来てくれた。
ガーヤ、バラゴ、アゴル親子。彼ら以外の住人は、イザークとノリコの正体や、なぜノリコが
いなくなったのかについては知る由も無いので、当然今日のイザークの出立については、
旧知の人間にしか明かされてない秘密なのである。

近所の住人には、二人がノリコの育った所を訪ねる為に、
遥か東方の海の島に行っている・・・という事にでもしておくつもりだ。
決してそれは間違いではない。無論、島の位置や詳細については、
彼ら自身も知らないので、明かす事すら出来やしないが・・・


皆、余計な事は一切言わず、ただ、――― 必ず帰って来い ―――という言葉のみだった。
別れの言葉は、誰も決して口にしない。
これが今生の別れになるかも・・・なんて、誰もが思いたくはないから。

バラゴはイザークに心から同情し、涙と洟水で顔が更に酷い事になっていたし、
アゴルはそれを宥めた。そしてジーナはイザークに言った。

「あのね、イザークのお家の光は消えてないの。・・・ノリコに会える。
 ノリコを必ず連れて帰ってきてね・・・待ってるから・・・」

イザークはジーナの目線に屈み、頭に手をポンと乗せ、頷いた。

「ありがとうジーナハース、心強い言葉だ・・・」

そう言って微笑う。ジーナはにっこりした。

そしてガーヤは、イザークの二の腕をポンと軽く叩く。

「・・・悪いがアレフに、このチモを返しておいてくれ。アレフの所に行っていたから
 ノリコがいなくなった・・・というのでは、洒落にもならんがな・・・」

イザークはやや苦笑しながら、昨日アレフから借り受けた一匹のチモをガーヤに託す。
彼の肩には、ノリコの分と二匹のチモが乗っかっていた。

「ああ、引き受けたよ。せいぜいたっぷりと皮肉を込めて返しておくさね。
 アレフの顔が目に浮かびそうだよ。」

ガーヤはニヤリと笑った。
イザークもふっと微笑い、

「じゃあ、よろしく頼む・・・」

と、軽く手を挙げた後、皆の前からシンクロで瞬時に消えた。・・・―――――




――――――・・・


この日の樹海は穏やかな風が抜け、木々も獣達も穏やかだった。
花虫の姿も見かけなくなって久しく、ここは穏やかな獣と植物の楽園であるかのようだった。



・・・・・・ノリコとの出会いも、全てがここからの始まりだった。

この金の寝床にノリコは現れ、【目覚め】なるものがごく普通の少女である事を知り、
抹殺しようとしていた自分の目的は、見事に覆された。

目の前に現れた花虫に怯えていた彼女を、この手で救い出した瞬間から、俺とノリコの時間は始まった。

・・・考えてみれば、最初の頃の俺は、随分と彼女に無愛想だったな・・・

この世界の色んな事を彼女に教えてやりながらも、自分の抱える宿命への不安と、
彼女への戸惑いから、どこか突き放したような態度でしか接する事が出来なかった。
いくら、愛想や笑顔といったものに無縁の人生を送ってきたとはいえ・・・・

何もノリコに責任があった訳ではないのに・・・――――

ノリコも同じように不安を抱えていたというのに、 何という残酷な事を、俺はしてしまったのか・・・・・・


あいつはいつだって前向きだった・・・
ただひたむきに、一生懸命自分の出来る事を見つけてやっていた。
いつも・・・あいつはあの華奢な身体で、無理して頑張って来たんだ。

確かに、失敗する事も多かったが、恐れず取り組んでいたから、 得られるものの方が多かった。

おまけに、男の俺が傍にいるというのに、俺を信頼してなのか、
安心するとあいつはすぐに眠った。・・・安心すると寝てしまうのは、ノリコのクセだ。

何でこんなにも、こいつは警戒心が無いのだろう・・・と、俺も相当驚いたものだが・・・

・・・苦笑が漏れる。


いつも俺を支えてくれていたノリコ。

ノリコと一緒にいる事で、俺の孤独が癒されていった。
あいつとの旅は楽しかったし、俺の凍てついていた心を、
あいつは解かしていってくれたんだ。

ガーヤの元に預け、あいつと離れてみて・・・初めてその事に気が付くとは・・・・・・
俺も相当の大あほうだな・・・・・・


あいつの言葉が頭に浮かぶ――――

『イザークはいつだって優しかったよ。』

いつも笑顔・・・

『信頼?・・・うーん、何でかなぁ。・・でも、殺そうと思えば、いつでもそれが出来たのに
 イザークはそうしなかった。あたしを見捨てたりしなかったもの。
 それに、あたしが失敗をしても怒らなかったし、文句も言わないで、あたしにいろいろ
 教えてくれたよね?・・・いくら感謝してもし足りないよぉ。ふふふ。』

いつだって、俺に向けるのは笑顔だった・・・

『だから、イザークの傍が一番安心出来たよ。イザークだから、信頼出来たの。
 恐いなってと思ったことは無かったよ。イザークがどんな姿でも、イザークには
 変わりないんだし、どの姿のあなたも、あたしは大好きだもの・・・
 人とは違うとか、そんな事は関係ないの。あなたは、あなただもの。』

『だって、本当に自分が何者なのか・・・なんて、自分でさえ解かりっこないんだもの。
 あたしだって普通の学生だったのに、いつの間にか得体の知れない【目覚め】に
 なってたんだしね、ふふふ。』


『ねぇイザーク?・・・あたしの事・・・まだ恐いと思ってる?』

真面目な瞳でそう訊いて来たおまえ・・・

いや・・・そんな事など、もう有り得ない。
俺はおまえが可愛くて、愛おしくてしょうがない・・・

ノリコ・・・・

いつだっておまえは、見返りを求めず、その愛情を注いでくれていた。
そして、俺の全てを受け入れてくれた。

おまえがこの世界から消えてしまった今、
味わうのは、ただ抉られるような喪失感だけだ・・・

あの日、ここで俺がしようとしていたのは、こんな事だったのか?
自分がどんなに残酷な事をしようとしていたのか・・・今更ながら、思い知らされる。

俺が望んだのは、こんな事だったのか・・・?

違う!・・・そうじゃない!・・・そうじゃないんだ!
おまえがいなくなってしまう事を、俺は望んだんじゃない・・・!

俺はもう、そんな事は望まない・・・・・!


何の力が、おまえを元の世界に返してしまったというんだ・・・・
あの日、おまえがここに現れた時と同じ力なのか?


この世に働き掛ける、そうした全ての力の源よ、頼む・・・・・!

俺にノリコを返してくれ・・・

あの日、俺がノリコとここで出会ったのは、こんな気持ちを味わう為ではなかった筈だ・・・・

頼む・・・・ノリコを・・・この俺に返してくれ・・・・・!





ノリコ・・・

俺は必ず、おまえの元へ辿り着いてみせる―――!

そして、おまえを、再びこの腕で抱き締める――――!


・・・・・――――――――――!






イザークは、瞳をゆっくりと閉じた。

風がさやさやと流れ、彼の艶やかな黒髪を靡かせる。


鳥がさえずり・・・――――


そして顔を上げた時には、彼の表情は、決意と清々しい自信に満ちたものとなっていた。


肩に乗せたチモに視線を落とし、穏やかな表情で撫でる。

「頼むぞチモ・・・ノリコの所まで連れて行ってくれよ・・・」

チモが、チチチ・・・と反応する。


ふっと微笑い、イザークは再び瞳を閉じる。
そして静かに、自分の内なる光の力を解放し始めた。

久々に解放させるこの力だった。
この半年余り、穏やかな暮らしを送ってこれたから、力を解放する必要も無く済んでいたが・・・・・・・・・

意識を集中する。

内側から溢れるその光が、彼の髪を、黒ではなく金色に変化させていく。
そしてその長さは、元のそれよりも長い。
徐々にイザークの身体が、金色と白を混ぜたような柔らかな光に包まれていった。

イザークは瞳を開く。その色は、澄んだ金色に輝いている――――


やがて眩い光がほとばしり、金の寝床全体が、その光に包まれた。

周辺にひとしきりその光を溢れさせた後、
次第にそれは小さくなっていき、消えて元の状態に戻った。


金の寝床には、もうイザークの姿はない。


後には、森の獣達の鳴声がこだまするだけだった・・・





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管理人もこんな風に愛されてみたいですぅ…
でも自分の場合は、多分、金の寝床で瞬殺されるケースだろう。
夢霧 拝(06.03.13)
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