天上より注ぎし至上の光 〜 Love Supreme 〜 2




町に夕刻の時告げし鐘が鳴り渡る時――――

イザークとノリコ達一行は、町長の住まう官邸の正面門前に到着したのだった。

馬の嘶く声を聞きつけ中から出てきたのはカイザックとニーニャ夫妻で、一行は温かく出迎えられた。
ガーヤやアゴルにジーナ、そしてバラゴが夫妻と軽い挨拶を交わしている間、先に馬から降りたイザークが
馬上のノリコに手を差し伸べ、大事そうにその身体を抱えて降ろす。

「ありがとう、イザーク」
「ああ。・・・疲れてはいないか?」
「うん、大丈夫」

全幅の信頼を寄せて見つめるノリコの笑顔が、イザークをもまた笑顔にする。
そして、道中二人を乗せて頑張ってくれた馬の鼻面をノリコは撫でてやり、その労を労ってやった。

「いっぱい歩いたものね、ありがとう馬さん」

馬もノリコに懐いているのか、くるる・・と鼻を鳴らし嬉しそうに目を細めている。


「ノリコっ! イザークっ!」

他のメンバーと挨拶をしていたニーニャが駆け寄り、笑顔いっぱいでノリコをぎゅっと抱きしめた。

「よく来てくれたわノリコ、それにイザーク。知らせを受けてから、この日をずっと待ってたのよっ!」
「ニーニャさん・・」

キャッキャと喜びはしゃぎ一気にそう言いながら、再びニーニャはノリコを抱きしめる。こそばゆく感じるものの、
ここは彼女の好意を有難く受け留めた。
ニーニャはこの花の町の町長の娘で、初めてイザークとノリコがこの町を訪れたあの花祭りの時の出会いから、
夫カイザックと共に、何かと二人を気遣ってくれていた頼もしい存在であった。
ノリコにとっては、ニーニャは言ってみれば姉のように慕える存在でもあったに違いない。

「まあ、ここで立ち話もなんだ。上がってくれ」
「そう、お食事の用意もしてあるのよ。皆お腹が空いたでしょう? 食事をして、それからゆっくりお話しましょう !
 でもその前に、まずは馬を繋いでこなくちゃねっ」


その後、案内されてそれぞれ馬を官邸横にある厩へ繋ぎに行き、水と飼葉を与え一連の世話をする。
イザークは、先に中に入っているようにとノリコに伝えたのだが、一緒に馬の世話をしたいからと、彼女はこれを
天性の柔らかな笑顔をエッセンスにやんわりと断る。

一緒にいさせて欲しいと笑顔で請われ、これを喜ばない男がいようか・・・。

夕暮れの涼しげな外気でその身体が冷えてしまわないかと心配したのだが、そうまで言われて無碍に断るのは
実に男の名折れと言えよう。結局、しょうがないな・・・と苦笑しながらもその実は嬉しさを隠せないイザークと共に、ノリコも馬の世話をさせて貰ったのだった。

仲睦まじげな二人の様子を、他の面々も馬の世話をしつつ微笑ましく見ていたのは言うまでもない。
そんな皆の視線を感じ、ノリコがややその頬を赤らめたのであるが、
馬に水を遣りながらそれをつぶさに見て取ったバラゴに至っては・・・

「おまえ達のイチャイチャは別に今に始まった事じゃない。まあ、俺達の事は気にせずにドンドンやってくれっ」

と、ニヤリとしながら一言付け加えるのを忘れなかった為、更にノリコを真っ赤にさせる事となる。
無論その台詞を聞いてさりげなく背を向けたイザークもまた、苦笑しつつその顔が若干赤くなっていた。
正直なところ、外気で冷えたであろうその身体を抱きしめて温めてやりたい気分なのだが、今ここでそれをやれば、

「・・・過保護だなァ」

との冷やかしが飛んでくるに違いない。己の過保護振りに関しては、バラゴだけではなく以前カイザックにも指摘されている。 その事を思い起こし、どうにかそれは踏み留まった。

ジーナの方は、父アゴルが馬の世話をしている間、少し離れた場所に設えてある木製のベンチに腰掛けていた。 そこからはノリコの姿がよく窺える。ジーナの盲目の瞳にその姿が見える訳では勿論なかったが、声と気配そして首から下げた母の形見の占石のお陰で、ノリコの纏う優しげな雰囲気はイメージとして掴めた。女の子同士で気が合うというのも然りだが、ジーナはやはりノリコの事が大好きなのだ。
・・・ノリコを慕うジーナが男でないという事に、イザークは、実はホッとしているかもしれない。

そして一行は、ニーニャの案内で官邸の中へと入っていった。応接間で談笑をと行きたいところだったが、 先に皆で夕食と相成る。食堂のテーブルの上には心尽くしの料理が並べられ、そろそろ腹の虫が鳴り始める 頃合いだった皆は、その美味しい料理に舌鼓を打ち大いに堪能させて貰ったのだ。




その後は応接間へと場所を移し、よりくつろいだ中での談笑となる。

「いろいろとお世話になる事も多いかと思いますが、よろしくお願いします」

少しはにかんで言うノリコに、カイザック、ニーニャ共ににこりと微笑う。

「もうノリコったら、水臭い事はこの際言いっこなしよ。ねぇ、カイザック」
「ああ、何でも俺達で出来る事はしてやるつもりだぜ。最初にあんた達がこの町に寄った時にはすぐに出て行って
 しまったし、その次は翼竜で派手にお出ましと来たもんだ。かと思えば、去年の時は世界の建て直しに各国を
 回っていると言う。・・・随分と忙しそうだったもんなァ〜」

その言葉には、流石にイザークもノリコも苦笑を漏らした。

「だが、やっとこの町に落ち着いてくれる気になったか・・・ 俺もニーニャも、勿論お義母さんも嬉しいんだぜ」
「カイザックさん・・・」

顔を見合わせて微笑み合うイザークとノリコ。

「本当によく来てくれた、イザーク、ノリコ。今まで忙しかった分、今度こそ幸せになれ。応援するぜ」

言いながら立ち上がり差し出されたカイザックの右手。イザークも立ち上がりがっしりと握り返す。

「ありがとう・・・よろしく頼む」


「しかしあんた達も、もうとっくの昔に一緒になってるんだと思ってたけどなァ。まだだったとはな・・」
「そうね。それに国の建て直しを手伝うだなんて、随分と凄い責任を負わされてるなぁ〜って、感心したのよ」

再び椅子に腰掛けてから、ニヤリとした顔でそう切り出すカイザックに、ニーニャも言葉を繋げる。

「ま、こいつ等の場合はいつでもくっついてるからなァ。公に披露していないというだけで、殆ど夫婦同然だぜ」
「バ、バラゴさん・・・」
「同じ事だろ? ノリコ、ははははっ」

真っ赤になるノリコに、バラゴは豪快に笑って応えた。

イザークがバラゴと二人それぞれの国の建て直し事業に加わっている間、ノリコの傍にはいつもアゴル親子がいてくれていた。勿論アゴルも事業に加わる事もあったが、そんな時はノリコはジーナと行動を共にしており、それ以外の個人的に過ごせる時間は、バラゴが言及した通りイザークとノリコは殆ど一緒に過ごした。とはいえ、互いに想い合い心許せる間柄ではあるが、未だ夫婦という訳ではない。
正式にお披露目をしていないという事も勿論なのだが、二人の関係は未だ清いままだ。
バラゴの台詞は、ともすれば誤解を受けそうな感もありだったが、この際そんな事は大した問題ではなかった。

世界が元凶の影響で荒廃し切り、その建て直しに躍起になっている時、ここバラチナもまたその建て直しには精力的だった。この花の町自体はそれほど酷い荒れ様ではなかったが、首都中央部には依然としてボンクラ官僚達がのさばっていたが為に、長閑な田舎のこの町でさえその悪政の影響、全く心配なしという訳ではなかった。

そして欲深き悪政を裏で仕組んでいた官僚の最たる人物がカーン。中央にのし上がった彼はその後大いに勢力を拡げた。この町出身のスワロが穏健派として頑張っていたが、元凶が滅んだとはいえ、当時はカーンの勢力もまだ衰えを見せてはいなかった。
イザーク達が世直しの目的でこの国を訪れた際にも、まだカーンは中央におり金と権力を欲しいままにしていたのだが、スワロの側と密かに連絡を取り合い、彼等の活躍により遂にはカーンの悪事を全て曝け出させる事に成功する。一国の最高官僚の名まで戴いたかの人は、失脚と無期限の国外追放という哀れな末路を辿る事となる。

人々の間で悪鬼と恐れられたあの【天上鬼】でさえ、荒廃した世界に再び光と希望を見せるが為に自らの意思で光の側に立ったという事が、この国の国専占者によっても伝えられている。その事やカーンの失脚劇、そして今までの失政とを鑑み、王は己の不甲斐なさを恥じ自ら退位を決意した。
最後の引き際は潔しと言えるほど見事で、その潔さが執政にも生かされていたのなら・・・とも悔やまれるが、所詮今更である。

代わって即位した新王、ラルドス・ド・バラチナが現在この国を治めているのだが、スワロ参議を始め、他の新閣僚達と共にこの国を良くしていくべく人々の間にも彼は積極的に姿を見せた。高貴な生まれであるにも関らず庶民的で気さく、そして子どもであっても決して疎んじず優しい言葉を掛けるという誠実さが人々の心を掴んだのか、国民からも絶大な指示を得る事となったのだ。

ちなみにこの新王は、前王の従兄弟にあたる。前王には嫡子が出来ず、異腹子はいるにはいたのだが、まだまだ幼くしかも病弱で、とても即位して政が出来る状態ではなかった。
ならば摂政を立てて代わって統治を・・・と考えそうなものだが、これについては傀儡の恐れは言うに及ばず、前王の二の舞になる事など誰の頭にでも容易に推測出来たが為、結局はご破算へと至るにそう時間を要さなかった。とんだ茶番である。



そうした一連の話をカイザックから聞かされ、イザーク達もやや神妙な面持ちでいた。特に【天上鬼】の名がカイザックの口から出た際には、イザークやガーヤ、アゴル、バラゴこそ、表情一つ変えなかったが、流石にジーナは父アゴルの袖をきゅっと掴み、ノリコも些かドキリとさせられたようだ。決して悪い意味で言及された訳ではないが、彼女は隣りに座っているイザークの袖をそっと掴み、密かに心落ち着けようとした。
そんなノリコの動揺をすぐに察知したイザークは、誰知られる事なく思念で彼女に心配するなと語り掛ける。
僅かな時ではあったが視線を合わせ、その想いを伝え、落ち着かせたのだ。


「カーンが失脚し、ボンクラ官僚達が総入れ替えになった時には、飛び上がって喜んだもんだぜ。これもイザークや
 皆のお陰だな」

暫く黙って話を聞いていたイザークだったが、カイザックのその言葉に、やや俯き加減で言葉を紡いだ。

「・・・いや、俺達がした事は、単にきっかけに過ぎない。人々が立ち上がる勇気を持てた事の方が大きい」
「そうだな・・・ 国を良くしていきたい、物騒な世の中とはオサラバしたいと考えているのは、どの国の民も一緒だ
 ぜ。だが、イザークの貢献はデカイと思うぜ?・・・俺も以前はどうしようもない人生を送ってたけどな、おまえと
 出会った事で俺の人生観がガラリと変わった。その事は今も感謝してるんだぜ?」

「バラゴ・・その話は・・・ 俺は別に・・何もしてはいない・・」

バラゴの台詞にイザークはやや驚いたような表情で繕った。

「まあ、確かに最後は各々の行動だよ。でも、きっかけを与えられるまでが、案外長くて大変なのさ。
 イザークはバラゴにそうしたきっかけを与えたんだよ。その後の人生を大きく変えてしまえるほどにね」
「・・・ガーヤ」
「まあ、それだけあんたは真摯だって事だ。そして影響力もある。なァイザーク・・はははっ」

ガーヤそしてカイザックの言葉に、その場にいた皆がそれぞれの思いがあるのか、頷いた。

「でも、やっとこうして落ち着けるようになったんですものね、ノリコ。旅ばかりじゃ、何かと大変だったでしょう?」
「あ・・・いえ、旅はもう慣れてますから・・・」
「いつもイザークが一緒だからなっ、ノリコは」
「えっ、もうバラゴさんったら、またからかうんだから〜」
「ははははっ! つい、ノリコが真っ赤になるのが可愛くてなぁ〜、ついだ、つい。はっはっはっ!」
「もぉ〜・・・」
「バラゴ、その辺で止めとけ。あまりノリコを困らせると・・・後が、恐いぞ?」
「おっと。いけねぇ、調子に乗りすぎたな。イザーク、悪く思わないでくれよ?」

真っ赤になってしまうノリコ、それに苦笑しながら釘を刺すアゴルの言葉が利いたのか、バラゴは頭を掻きながら
慌てて冷やかすのを止めた。これにはイザークも苦笑を隠せず、周りの皆も大いに笑った。

「これからは、皆で仲良くやっていけるわね。よろしくねっ」


和やかな雰囲気漂う中ではあったが、談笑にも一区切りついたと見て、イザークの表情が先ほどよりやや神妙なものへと変わる。ノリコと顔を見合わせ、それから向き直りおもむろに口を開いた。

「カイザック、それからニーニャ・・・そして町長にも折り入って話しておきたい事がある・・・出来れば・・・」

そこまで言うと扉の方向に目を遣る。そこには、代わり用の茶の入ったポットを持ち入って来た使用人の姿。

「出来れば・・・外部の者が誰も立ち入らない状態で・・・」

その言葉は、先ほどよりもやや低く抑えた声だった。
そしてそれを聞き、カイザックとニーニャの表情もやや真顔になる。

「・・・人払いか? ・・・そりゃまた随分と穏やかじゃないな・・・どうしたんだ?」
「お母さんは今も執務中だから、もっと遅い時間でなら大丈夫よ。離れ奥の茶の間なら家族だけの場所だから
 他の誰も入って来る心配はないわ」

「有難い・・手間を掛けさせてすまない・・・」









執務を終え戻ってきた町長と挨拶を交わし、カイザック、ニーニャ夫妻のプライベートスペースへと場所を移し、 外部の者の気配がない事を確認した上で、イザークは三人に対し先ほど切り出した話の続きをし始めた。
元よりお喋りではない彼の事、一つ一つ言葉を確認するように、それでも毅然とした口調で話していった。

彼の傍にはノリコがついていた。しかし他の四人については、イザークの話したい事が解かっていた為、 町長との挨拶を終えると気を利かせて席を外す。今頃はそれぞれ案内された部屋でくつろいでいる筈だ。


そして、イザークの話を聞いている内に、三人の表情はどれも等しく曇る。
大手を振って喜べる次元の話とは言えなかったからだ。

「・・・それは・・真実なのか?・・・イザーク・・ノリコ・・」

カイザックの問いに、イザークとノリコは頷いた。町長とニーニャは言葉も出せずにいる。

「この事は今日共に来た仲間も、そしてバラチナ新王も知っている・・」

「・・・そう・・か・・・・」

イザークの話にカイザックはやや俯き、頭を掻いた。

「驚いたな・・ 天上鬼が自らの意思で光の側に立ったと・・・そしてそれを導いたのが目覚めであると、そう占者に
 よって伝えられたのは知っていたが・・・、その当事者がまさか、あんた達の事だったとはなァ・・・」


「あの時、急くように町を出て行ったあんた達に、何か事情があるのだろうとは思っていた・・・
 そして、世界を建て直す為の旅にしてもそうだ。何故あんた達が各地を回ろうなんてそんな苦労をしなければ
 ならんのか・・・と、疑問に思っていたが・・・ そうか、そういう事情があったのか・・・」

「隠していてすまなかった。だが、この町に落ち着くにあたり、あなた方には全てを話しておく方が良いと判断した。
 だが、もしも俺達の事で何か迷惑が掛かるようであれば・・・出て行く事も考えていた・・」
「何だって・・・?」
「この町に住む事を望んだのはノリコだ。俺は自分の身を世間から隠す為、一所に落ち着いた事はない。何処に
 住むのでも構わない。・・・それがずっと旅という形でしかなくても・・・」
「イザーク・・・」
「だから、いつでも出て行く覚悟は出来ている・・」
「・・・本気なのか?・・イザーク・・・ノリコも?」

カイザックの問いにノリコはイザークを一度見上げ、そして言葉を繋げる。

「あの時エンナマルナで、光の世界はイザークとあたしを受け入れてくれました。理解を示してくれた方達もたくさん
 います。でも、幾ら光の側に立っているとはいえ、天上鬼と目覚め・・・その言葉に恐れを抱く人が全くいないとは
 言い切れません・・ だから、その事であたし達も迷惑を掛けたくはないんです・・」
「それで旅に出るのも厭わないと、・・・それでいいのか?」
「ノリコ・・・」

カイザックが問い、町長もニーニャも心配げな面持ちで二人を見つめる。
だがイザークとノリコ、二人の表情はむしろさばさばしたような、潔いものだった。

「あたしも旅は慣れてます・・ずっとイザークと旅をしてきました。これからもこの人と一緒ならば何処へでもついて
 行こうと思っています・・」

にこりと答える。


その場に暫し、沈黙の時が流れた・・・――――

・・・―――――

―――



「やれやれ・・・参ったぜ。あんた達にはな・・」

沈黙を破ったのはカイザックだった。深く息を吐き、やはり頭を掻きながら苦笑を漏らす。

「天上鬼に目覚め・・・か。・・・あんた達を見ていると、予言というのも案外当てにならんものだなと思えてくるぜ・・」
「カイザック・・・」
「や、失敬。・・・そんな簡単な言葉で済ませられるほど、あんたに背負わされてた枷は軽くはないわな・・・」

町長も、そしてニーニャも黙って頷く。

「誰もがあれほど恐れをなしたもの・・・ だが、人々を本当に恐怖に陥れていたのは、各々が人の心なのかも
 しれん・・・ 予言の言葉だけが根付き、人の気持ちを攪乱させる。知らぬ間にまだ見ぬものに対して先入観を
 抱き、言葉とそれに対する恐怖だけが人の心を支配する・・・それを覆す間をも与えないほどに・・・」

「あんたも、そしてノリコも、至ってまともな精神の持ち主なのになァ・・・」

そう言いながらニヤリと微笑い、イザークに近づきその肩に手を遣る。

「あんたの能力には一目置いていた・・・ 人の思いとの戦いだけでなく、己の力を制御するのも難儀な事だった
 ろう・・・ あんたはそれをずっと今まで遣ってきたんだな・・・大したもんだぜ・・全く・・」
「カイザック・・・ いや、俺独りの力ではどうしようもなかった。当の昔に闇の力に取り込まれていただろう・・・」
「ああ・・皆まで言わずとも、あんた達二人を見てたら解かるさ・・」

「良かったな・・・いい理解者に巡り会えて・・・」

「・・・ああ」


「あたし達もあなた方の理解者よ。ねぇ、カイザック?」
「ああ、その通りさ。俺と、ニーニャと、それから、」

「ふふふ、あたしもねっ」

町長もにっこり微笑って言葉を繋げた。

「皆さん・・・」

ノリコの瞳の端には涙が滲んでいた。

「なァ、見損なうなよ? イザーク」
「・・・え?」
「俺達があんた等二人を追い出すとでも思っていたのか?・・・だとしたら、心外だぜ」
「カイザック・・・」
「この事は決して他言はしない。安心してくれ・・」
「大丈夫よ、ノリコ・・」
「ニーニャさん・・・」

「だから、この町から出て行こうなんて考えるなよ? あんた達を追い出せる理由なんか一つも無いんだからなっ」
「そうよ。もし何かあったとしても、逆にあたし達があなた達を守るわ。ね、カイザック、お母さん」
「ああ、そうだぜ」
「そうよ・・よく話してくれたわ二人とも・・・今まで本当に大変だったこと・・・ でもこれからは、安寧に暮らして
 いけるように、あたし達も出来るだけの事をさせて貰うわね」

理解ある温かい言葉に、イザークは頭を垂れる。

「・・・ご理解・・・感謝します」

改めてカイザックは右手を差し出す。
差し出されたその手、そしてニヤリと笑うカイザックに、顔を上げたイザークもがっしりと握り返す。
その手の上に、町長、ニーニャ、ノリコもまた、各々が手を重ねた。







「良かったね・・イザーク・・」
「・・・ん?」

かなり遅い刻限になってはいたが、風呂まで使わせて貰い、夜着に着替えを済ませたノリコはホッとしたのか、
ようやくくつろいだ気分でイザークに呟いた。
二人とも、かつて花祭りの折に泊まったのと同じ部屋に通されていた。だがその際、

「まだ夫婦ではないのに、同じ部屋だと拙いかな?」

カイザックにそう冷やかされ、ノリコはやや顔を赤くしたものの、イザークについては、

「いや、・・・構わん」

と、微笑って軽くいなしただけだった。

その台詞を彼がどう解釈したかは定かではないが、何も言わずにニヤリとしながらイザークの肩をパンパンと叩き、互いにおやすみの挨拶の言葉だけを交わし、ニーニャと共にカイザックは自室へと戻って行ったのだ。


「うん・・・町長さん、それにカイザックさんもニーニャさんも、皆理解してくれて・・・凄く嬉しくて・・・」
「そうだな・・」

一言一言確かめるようにゆっくり呟くノリコに、イザークも頷く。その彼もゆったりとした夜着に既に着替えていた。

「ここへ来いノリコ。濡れた髪のままでは、風邪を引く」

布で拭き上げてはいたが、まだノリコの髪はしっとりと湿っている。

「・・・うん」

ベッド脇に腰掛けていたイザークの隣りにちょこんとノリコも腰掛けた。その髪にすーっと手を入れ梳くように撫でる。
ふわりとノリコの髪が浮き上がった。

「イザーク・・・」
「じっとしてろ・・・」

じんわりと髪に心地良い熱が伝わり、その温かさにノリコはうっとりと目を閉じた。

「ん、温かい・・・」

気の力を熱に変え、髪を梳くように撫でながら乾かしていった。
気を力として使えるイザークならではの技かもしれない。


「いいだろう、乾いたようだ」
「ありがとう・・布で拭くよりもずっと早く乾いちゃった。イザークってホントに凄い」

笑顔で礼を言うノリコに、イザークの表情も綻ぶ。

「でも、まだ信じられないくらい・・・この町で本当に結婚式が挙げられるんだね。あたし、イザークのお嫁さんに
 なれるんだ・・・ 本当に、嬉しい・・・」

そう呟きながら、イザークの肩にそっと凭れる。その肩をイザークは包むように抱き、更にまた髪を撫でる。
そして、もう片方の手が彼女の頬に触れ、その後顎に掛かり、その顔をそっと上に向かせた。

優しい眼差しが見下ろしていた。何もかも包み込んでくれる深みのある、藍が混じる黒い・・・
その瞳がノリコを優しげに見つめている。

「・・・イザーク」

頬がほんのり染まっていた。薄紅色の唇が愛らしく・・・
髪を撫でていた手にぐっと力がこもり、彼女の顔に己を近づけ、

「っ・・」

驚いて一瞬見開くが、すぐに悟ったように目を閉じる。イザークの唇がノリコのそれを捉えていた。
重なり合う、唇・・・――――


どのくらいの時間が経ったろうか・・・ その間二人はずっと口づけを交わしていた。

触れ合うだけの口づけ・・・そして深く絡ませあう熱い口づけ・・・
角度を変えながら、何度も重ね合った。


思えばこうして二人きりになれるのも、久々かもしれない。

セレナグゼナを出発した後、ノリコや小さいジーナに道中無理のないようとゆっくり目に来た為、花の町まで到着するのにたっぷり十日間ほどを要してしまった。宿の中でも部屋割りの関係上ノリコはガーヤやジーナと同室だったし、イザークと二人きりになれる時間など殆どなかったと言って良い。敢えて言うなら馬上にいる時だけは二人になれるが、その代わり他の面々も一緒であるから、厳密に二人きりであるとはやはり言い難い。

その夜は、本当に久々に二人きりになれた夜だった。


だが、実はノリコの記憶のカーテンはここまでで閉じられており、これ以降は翌日目覚めるまで全く覚えてない。

久々に二人きりになれたのが幸いだったのかどうなのか、これまた久々にイザークの熱い口づけを受け、自らもそれに応じている間、思考力が徐々に失われてしまうほど、頭の中がぼぉ〜っとなってしまった。
その上、遅い刻限であった事や風呂を使わせて貰い体が温まっていた事、大好きなイザークの傍にいる事、そして更には、町長達の理解を得られ安心したという事もあり・・・ノリコのいつもの癖が出てしまったのだ。

長い口づけの後、吐息と共にとろんとした瞳のままイザークの胸に顔を寄せるように凭れる。そしてそのまま彼に抱きしめられ温かいその鼓動を感じている内に、ノリコの瞳はいつの間にか閉じられるに至る。



暫く抱きしめていたが、凭れたまま動かないノリコにイザークは彼女の顔にそっと触れ、上に向かせた。
彼女の安らかな寝顔、そして規則正しい寝息を感じ、いつもの癖が出たかと、ふっとその表情に笑みが混じる。
くたりとなったノリコを慈しむようにその髪を撫でてやり、それからそっと抱き上げベッドに横たえた。

あの時と同じベッドである。

ただ、あの時と決定的に異なるのは、並べて置いてあるもう片方のベッドにではなく、ノリコを寝かせたその同じベッドにイザークも身体を潜り込ませたという点であろう。ノリコの頭の下に自分の二の腕をそっと入れ、もう片方の腕で彼女の肩を包むように抱き、愛おしげにその額にそっと唇を落とす。

たとえ関係を持たずとも同じベッドで休むあたりは、どう考えてもご夫婦状態とさほど変わりがあるとは思えない。バラゴの先の冷やかし発言は、ある意味的を射ていたと言うべきであろう。

・・・もっとも、

最早誰も立ち入れない二人だけの時間である為、これ以上外野のヤボな発言に邪魔される事も、今夜だけを見る限りはないと言える。

最愛の恋人であり、婚約者である。準備万端整えば、晴れて二人は正式な夫婦としてお披露目される。
万事めでたしめでたしと相成る事相違なかろう。


「おやすみ・・・」

部屋の灯りを消し、夢の中へと行ってしまった眠り姫たる最愛の人にそう呟く・・・
そして、彼女の髪から漂う芳香に心地良い思いを抱きつつ、彼もまた眠りに就いたのだった。






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すみません、今回大変に説明が多い展開となってます。
余りな字の多さに、なんだこりゃ〜!と思われた方も多いことでしょう。
誠に申し訳ない!(><)
バラチナの近況も含めて、ちょいと触れておきたかったんです。
(『ちょいと』の範囲を超えている感も否めない…)
更にキリの良い所まで書いていったら長くなってしまい、 前回より10KBも多い、ナント27KB。。orz
連載の中の一回分としては最長ぉ〜?
…ぉぃぉぃ、これだけで一つの短編も出来てしまいそうだ…(ため息)。

今回はノリコちゃんの回想シーンです。
この町に訪れた半月前の日の事、前回からの引っ張りで思い出してます。
う〜ん、これだけ鮮明に思い起こせるのは大したものです。
まあ、そこは物語の都合の良さという事で一つ…(苦笑)

しかし、イザークさんの過保護振りは……
まあ、触れないでおきましょう(^-^;

夢霧 拝(06.08.12)
--素材提供『空色地図』様--

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