天上より注ぎし至上の光 〜 Love Supreme 〜 3




「ノリコったら・・・ 顔が赤いわよ?」
「え・・・っ・・ 」

我に返ると、目の前にはニーニャの顔。彼女はニヤニヤしながらノリコの顔を覗き込んでいた。
補正も終わり、後は本縫いに入るからと衣装を脱いだ直後だった。促されるままに衣装を脱ぐ時も生返事で、
ノリコはずっと考え事をしていたのだ。口数も減り、頬を赤らめているところをすかさず突っ込まれた訳で・・・

「さては、愛しい人の事でも考えていたかなァ〜?・・ふふふ」
「ぇ・・・ぁ、・・ぃぇ、あの、そんな・・・ この町に皆で来た時の事を・・・ちょっと・・・」

・・・図星である。

その日の事を思い出していたとはいえ、眠ってしまうその瞬間まで彼が傍にいたのであり、それもまた 思い出していた事には変わりがない。そしてそれは、翌日の朝にも。温もりに目が覚めたら、彼の腕の中だった。

・・・一瞬、夢を見ているのかと思えてしまったほどだ。

前夜の記憶がうろ覚えで、いったい何処までが本当で何処からが夢であったのか、それすら定かじゃないというのも情けないが、彼の腕に抱かれて眠っていたのは確かで、妙にジタバタしてしまった自分が更に情けなかったものだ。
長旅で多少の疲れが出ていたとはいえ・・・前夜のあのシチュエーションで寝てしまったのは、やはりイザークに悪かっただろうか・・・と、つくづく自分の癖が忌々しく思えた訳で・・・・・・

「・・・くっ・・くくく・・」

その時、既に目覚めていたイザークが、腕の中で真っ赤になって慌てるノリコを見て一瞬目を丸くし、程なく笑ったのも・・・無理なき事かもしれない。

しかもその後はすぐに、家を決めたり修繕や婚礼衣装の打ち合わせに掛からねばならなかったりと、非常にめまぐるしくなってしまい、夜はといえば、一足先に拠点を即決してしまったガーヤの自宅に単身泊まる事もあったりで、あの晩のようなムードある状況には、実はあの日以来成り得ていない。

・・・これは、そうした方面に疎いノリコにとっても、思わずため息を催してしまうほどであった。

更にはその僅かな日数で招待状も出したりと時間は割かれ、のんびり構えていられる暇など皆無に等しく。
憐れなり・・・ 挙式当日までイザークとまともにデートを楽しむ時間さえ殆どない、その暇を作り出すのにも苦労する有様だ。

もっとも、招待するとはいえこの世界にノリコの肉親を呼べる訳では勿論ない。それはイザークも似たようなもので・・・彼の両親も既にこの世になく、タージの一族が存在しているかどうかすら与り知らぬ事だ。だから、招待状は双方共通の友人縁者に限られていて、その数といっても知れている。
だが実は、ノリコにはその他に是非呼びたいと思っている者達がいた。多忙な人物である為来られぬ事も充分に考えられたのだが、それでも招待状を出さずにはいられなかった。
イザークに訊ねたら、出してみるといいと快諾を得たので、ノリコはその者達にも招待状を送っていたのだ。




「今日はこの後、イザークが迎えに来てくれるんでしょ?」
「ぁ、ええ。お昼を一緒に取って買い物をしてから、家の方に・・・」

自分の衣類に袖を通しながらノリコは応える。

「修繕はどう? このところ見に行けなかったけど、結構進んでる?」
「ええ、補強工事の方にまだ掛かってて・・・ 建物の土台はしっかりしてるんですけど、永く住めるようにって・・・
 修繕に妥協はしたくないとかで」
「なるほど、イザークらしいわね」
「あたしも昨日見に行ってきたけどね、なかなか大したものだよ。あれを一から作ろうとするのは難しいね。
 元がしっかりしているあの家を選んで正解だったね、ノリコ」

ガーヤの言葉にもノリコは微笑う。

「町長さんがいろいろ家を紹介してくれたお陰よ、おばさん。・・・あ、でも流石に式の日までには間に合いそうに
 ないかも・・・ まだ、細かい修繕や、家具とかもあるから・・・」
「あら、うちはいつまででも泊まってってくれて大歓迎よ?・・・でも、せっかくの初日に自分の家じゃないのは、
 あなた達にとっては残念な事かしら?」
「え・・・っ。いえ、そんな・・・すみません、何から何までお世話になりっぱなしで・・・」
「ま〜たノリコは水臭い事ばっかり、何も気にしなくていいのよ。こっちはむしろ嬉しいくらいなんだから、
 安心して頼って頂戴っ。・・・そ・れ・と・も、水臭いのはノリコの国の人達の習性なのかしら?」

ニーニャの少々おどけた、しかし気遣いある突っ込みに、ノリコは赤くなってはにかんだ。


初日を自分たちの家で迎えたい――――

そうした思いは勿論あるのだが、やはり永く住みたい我が家である。ノリコ自身も妥協したくはなかった。その為に
イザークも頑張ってくれているのであり、バラゴやアゴル達も労を惜しまず手伝ってくれているのだ。



その後、ユニカは衣装を大事に持って他の針子達と一階に下がって行き、ニーニャ達もノリコが着替えを終えた後、一階店舗側に下りて来た。イザークが来るまで、ノリコはここで待つ事になる。

「じゃあ、よろしく頼むわね〜」

と、またも自分が注文したものであるかのような口調でニーニャはユニカに言い、ユニカも笑いながら快諾した。勿論ノリコもガーヤもそれには笑った。ニーニャとしては、ノリコの婚礼衣装を良い物に仕上げて欲しいという気持ちで、それはガーヤも、そしてユニカも同じであった。

「勿論ですとも。せっかくのお衣装ですからね、完璧に仕上げさせて戴きますよ。お任せくださいな、お嬢様」 「ぁ・・・どうぞ、よろしくお願いします・・」

ペコリと頭を下げる。

「じゃあたしはこれで。明日は一番陽の高い刻限に間に合うように出かけるから、準備しておいてねノリコ」
「ぁ、はぃ。・・・ガイアスの泉ですね?」
「ガイアスの泉かぃ・・・いよいよだねぇ〜。明日は朝から修繕の手伝いだろ? 昼までにはうちにおいでよ、あたし
 の家で待ってるといいさ」

ガーヤにも言われ、ノリコははにかみながらコクリと頷いた。


ガイアスの泉――――

それは男子禁制の場所で、何人たりとも男はこれに近付く事を許されていない。
挙式を間近に控えた乙女は泉の水にその身を沈めこれを清める。日に一度、そしてこれを七度繰り返す。

これが二つ目のしきたりだった。

衣装の仕上げには後一週間の日数が予定されていた。こちらの衣装ならば後四日もあれば仕上がるのだが、何せ初めて扱う型のものだ。万全を期したいという意図が店側にもあるのだ。
挙式の二日前には仕上がるので、その日に泉での七日目の禊の日を合わせ、二日前に全てを終わらせておく。
この、《二日前に全てを終わらせる》というのにも曰くがあり、それは三つ目、最後のしきたりへと掛かっていたのだった。


そして、このガイアスの泉での禊の第一日目が明日に予定されている。

挙式前の乙女を泉へと案内するのは、この町の町長の娘ニーニャの役割だった。男子禁制の場所である為、男であるカイザックは元より問題外で、女性といっても町長は執務並びに挙式の会場の打ち合わせなどもあり、とても忙しくて身が空かない。

明日の午前中ノリコは家の修繕を手伝い、ニーニャはニーニャで用があり午後になるまでは会えない。
今日はニーニャ宅にイザークと泊まるのだが、明日の約束を今から取り付けておく・・・と、そういう事だ。
やはりなかなかに忙しいスケジュールと言える。

それにしても、何故こんなに忙しい日程になってしまったのか・・・・

この町で挙式する他のカップルが全て、こんなめまぐるしい日程になるなどという事は勿論あり得ない。多少のめまぐるしさはあっても、大抵はもっとじっくり計画を進めていくものである。
・・・子が出来たというならば、いざ知らずだが。

しかしイザークとノリコの場合は特別だ。全ては町長以下--自称親切な友人達--の策略によるところの理由が大半を占めている。
二人の背負っていた宿命、そしてこれまでの苦労を思い知っている彼らだからこそ、二人を早く正式な夫婦にしてやりたいという気持ちからであり、それは男達も勿論そうなのだが・・・、挙式や婚礼衣装に対する町長を始めとする女達の夢、それは大いなる夢であるが・・・――――実のところ、そっちの方に理由の大半以上を占められている・・・かもしれない。

イザークにしてみれば、勿論有難くはあったが、自分の知らないところで殆どが根回しされているというのには正直閉口してしまった。本来なら、もっと時間を掛けてじっくり進めていきたかったのだが・・・それを愚痴ってみたところで、今となってはもうどうしようもない。結婚式とはそもそも当人達のものである筈なのに、蓋を開ければ如何に外野の影響を受ける催しであるかと、こうして改めて思い知らされた次第だ。

以前の彼なら、こんな慶事など多分一番の無縁事であると感じていただろうに・・・
時と人との巡り会いとは、たとえ頑なな者であっても変えてしまえる可能性を大いに秘めているという訳で。
イザークにとっては、これは良い方向への変化であると言えるに違いない。

【まな板の鯉】―――この世界にそんな例えが存在するかは定かではないが、ノリコにしてもイザークにしても、似たような心境だった。もっとも、婚礼衣装に夢があるのは女性であるノリコも同じで・・・忙しさに目が回る思いではあっても、衣装の打ち合わせや挙式までの日を指折り数え、心をときめかせていた。そしてイザークも、この状況に苦笑はしつつもノリコと一日も早く一緒になりたい気持ちには変わりがない。自分との挙式を心待ちにしているノリコの様子は彼にとっても嬉しく、だからこそ家の修繕にも力が入るというものだ。
結局、何だかんだ言ってもこの二人なりに【まな板の鯉】状態を楽しんでいるのかもしれない。

万事終わり良ければ、全て好し。・・・そう結論付けても良いだろう。
最後に笑うのは誰なのか・・・それを考えてみるのもまた一興かもしれない。




ガーヤとニーニャを見送り、ノリコは店の一階で応接用の椅子に身を預け、ユニカが出してくれたお茶を頂きながら、イザークが来てくれるのを待っていた。午前中彼はバラゴやアゴルと共に家の修繕に掛かっていた。そしてこの後はノリコと昼食を取り、買い物をしてから再び家の方に向かう事になっていたのだ。ノリコもまた家の中の片付けなど手伝う予定だ。

店の中には、色とりどりの綺麗な布地が幾つも置かれており、それを眺めているだけでも楽しいものだ。

特別な衣装に関してはこうした店で仕立てを頼む事が多いが、普段の衣類については自前で仕立てたり、既製服で補う住民が多い。だが、自前で仕立てる方がやはり安く上がる。古着を扱う店で買うのも勿論ありだが、それは旅をしていたからこそ出来た事で、これからは自分で仕立てられるようになりたいとノリコは考えていた。

自分の服はイザークが買ってくれる事が多かったが、ちょっとした身の回りの物や、彼の服もいずれきちんと仕立てられるようになったら、どんなに良いだろうか・・・と、布地を手に取って見ながらノリコは思いを馳せる。
旅をしていた頃には、簡単な裁縫は自分でも施していた。いつでもすぐに繕い物が出来るようにと、一揃いの物は持ち歩いていたので、大いに役立ったものだ。

・・・勿論上手下手については、この際別な次元の話になるが・・・。

実際、よく針で指を刺した。どうした? とイザークに訊かれ、慌てて指先を隠して取り繕ったり、それでも見つかってしまい、大丈夫か? と心配されたりという事もあった・・・
今となってはそれも思い出だ。・・・そんな事を思い出しながら、自然と顔が笑顔になる。

「ふふ・・・」

「どうされました? お嬢様・・」
「・・・・ぁ、」

奥から出てきたユニカに訊かれ、ノリコは頬を染める。

「ぃぇ・・、あの、自分でも上手に仕立てられたらいいなと、そう思ってて・・・ ステキな布地がいっぱいあるので・・」
「そうでしたか。女性は皆裁縫を心得てお嫁様になられますからねぇ・・・ご自分の物を仕立てられるのですか?」
「ええ、それに、彼の物も・・・出来たらいいなと・・・」
「それは良い事ですね。旦那様の物を仕立てるのも、皆様やっておられますよ。私共の方でも、仕立てを教えて
 差し上げる事もあるのですよ」
「本当ですか? ユニカさん・・」
「はぃ。・・と申しましても、今回のような特別なご衣裳の依頼をお受けした時には、なかなかお時間も取れません
 がね・・・ こちらも針子を抱えておりますのでね、その子達に教えながら、やっておりますもので・・・」
「そうですか・・」

「でも、今回のこのお仕事は、針子達も大いに張り切っているんですよ。勿論私もですけどね、ふふふ」
「本当に、お世話になってます」

そして、ノリコは綿更紗の布地を手に取る。

「母に、裁縫を教えて貰った事も・・・あったんですけどね・・・」

ぽつりと、そう漏らす。

「それは宜しかったですねぇ。で、お母様はご健在で?」
「・・・あ。・・・・・いいえ、あの・・・」
「 ? 」
「・・・・もう、母には会えないんです。父にも、そして兄にも・・・祖父にも・・・・・・」

やや俯いたその顔には、笑顔ではあるものの若干寂しげな様子が窺えた。
それを見たユニカはにわかに表情を曇らせ、口に手を当てた。

「これは・・・気の利かない事で大変失礼致しました。てっきり、皆さまご健勝とばかり思っておりましたので・・」
「ぁ・・・いえ、いいんです。もう慣れましたから。それに今は寂しくないんです。とても大切な人を得ました・・・
 そして心優しい人達に恵まれました。いろんな人に助けられて、今までやってこられて・・・今はとても幸せ
 なんです。だから、もう寂しくはないんです」

そう言って、ノリコは穏やかな笑顔を見せた。

「・・・・・・」

これは―――――・・・、ユニカはノリコの笑顔を見てそう感じた。

妙齢の女性ではあるが、まだ歳も若いのに、こんな柔らかな表情が出来るとは・・・
ただ、愛らしいだけではない、計り知れない魅力を彼女はノリコの中に見出し、その表情に見入ってしまった。




不意に、よく見知る気配をノリコは感じ、顔を上げる。

店の扉がギッと音を立てて開いた。途端にノリコの顔が明るくなる。

「イザークっ・・」

そこに現れたのはイザークだった。店の中に風が僅かに通り抜け、髪が一筋、流れるように靡く。

「ノリコ・・・待たせたな、すまない・・」
「イザーク・・ぁ・・」

笑顔で彼に近付き、その胸に顔を寄せる。愛おしげに髪を撫でながらふんわりと抱き留めた。

「これはこれは、イザーク様いらっしゃいませ。ずっとお待ちでいらしたんですよ、ふふふ・・」

「世話を掛けた・・・ そうか・・急いで来たつもりだったが・・・そんなに待ったのか? ノリコ・・」
「ううん、そんな事ない。ついさっき、仮縫いの合わせが終わったばかりなの・・・ お茶も頂いてたし、ユニカさんと
 お裁縫のお話もしていたから・・」
「そうか・・・ じゃあ、そろそろ行くか?」
「うん・・」

「ノリコが世話になった。じゃあ・・」
「ユニカさん、どうもご馳走様でした。衣装宜しくお願いします」

ユニカに向き直り、ノリコは頭をぺこりと下げる。

「はぃ、お任せください。完璧にお仕上げ致します。お幸せなお二人に良いお式になりますように・・」

笑顔で言いながら、ユニカもまた深々と頭を下げた。
イザークも無言で軽く頭を下げ、こうして二人はバリスの店を後にした。









イザークは修繕中の家から馬で来ていたのだが、街中までは余程の事でない限りは馬で乗りつけたりはしない。通りには人の往来もあるので、通行の邪魔にならないように馬は町外れの厩に一時預けてある。そこから店まで彼は徒歩で来た。
そうかと言って、決して表通りが狭い訳ではない。馬で荷を運んだり馬車が通っていても、人が往来可能な充分な道幅はあるのだが、その辺は各人の配慮というか、礼儀の問題だった。言うなれば暗黙のマナー。人として当たり前の事をしているに過ぎない。と言ってしまえば何であるが、元より二人は街中で昼を取り、その後簡単な買い物をする程度である。わざわざ馬で乗りつける必要がなかったという・・・ただそれだけの話だ。
馬や馬車で街中を通る者も、通行人に充分配慮して通る。それは何処の国も同じである。

・・・で、ある筈なのだが・・・、どうやらその日は少々事情が違っていたようだ。
向こうから聞こえてきた馬車の音。やや喧しげなその音から、速度を上げている様子が窺えた。

イザークとノリコは話をしながら通りを歩いていたのだが、バリスの店から程近いその場所で、かの馬車とあわや接触という事態になる。

「っ!・・・ノリコっ!」
「・・・きゃあっ!」

咄嗟の判断でノリコの身体を抱き寄せ、庇いながらイザークは道の端へと跳んで避けた。ノリコに傷が付かぬようにと自らが下になる格好でその馬車を避ける事が出来たが、危うくノリコは轢かれるところだった。喧しい馬車の音とノリコの悲鳴に、界隈からも人々が出て来た。そしてユニカも何事かと店の扉を開け、外に出て来たのだ。

だが、その馬車はユニカのいる店の前で停まる。ブルルッ・・・と鼻を鳴らし、脚を踏み鳴らしながら馬は立ち止まる。それは誰が見ても乱暴なものと取れた。
しかしながら、町の人間の表情はあまり変わり映えしない。その表情には、ああまたいつもの・・・といった色が浮かんでいる。ユニカもまた、通りの端で転んでいるイザークとノリコの様子で尋常でない事が起こったのを悟り、心配げな様子で二人をチラチラ気にしているのだが、馬車の主が誰であるかを解していたのでその場から動けなかった。

「けっ、ぼやぼや歩くなっ」

舌打ちしながらその馬車の従者が降りた。そして、馬車の後ろの扉を開け、馬車の主へと恭しく頭を下げる。
すぐにユニカも頭を下げた。


「・・・・・・・・」

イザークは表情を曇らせながらも、ずっと無言でその様子を窺っていた。
そして、馬車から降りてきたのは、一人の若い女性。

「これはこれは、ウィズリーン様・・・わざわざのお出まし、光栄に存じます」

その女性―――名をウィズリーンと言う―――は、チラと辺りを窺う。

一瞬、イザークと目が合った。だがイザークは眉を顰め、すぐに目を逸らし腕の中のノリコを見つめる。

「・・・大丈夫か?・・ノリコ」

じっと腕の中に抱かれ、護られる格好になっていたノリコは、顔を上げイザークを見つめると

「・・・・イザーク・・・う・・ん・・大丈夫よ・・ちょっとビックリしただけ・・ありがとう。イザークは大丈夫?」
「ああ、俺は平気だ・・」
「ぁ・・・良かったぁ」

彼に怪我のない事を喜び、笑顔で応える。



「何かあったの?」

暫くイザークを見ていたウィズリーンだったが、傍らで頭を下げている従者の男に視線を遣り、問う。

「へぇ。この馬車の前に出た間抜けな奴等がいただけでございます」
「また・・・ ジルヴァスったら馬車の扱いが乱暴なんだから・・・街中は静かに走るものよ。馬車の前に出る危ない
 者達もいるんだからね・・・」
「へぇ。申し訳ありません・・つい・・」

ジルヴァスと呼ばれたその男は、にへへと少々不気味な顔で頭を掻きながら取り繕う。

「ふん・・・しょうがないわね」


「ウィズリーン様、さ、どうぞ中へ・・」

恭しく、ユニカは案内した。

そしてウィズリーンは中へ入り、それを確認した後ジルヴァスは再び御者台に上がる。そして、おおよそこの世のモノの全てに対し文句でも付けたそうな表情をその痘痕のある顔に浮かべ、足を台の際に投げ出して組んだ。
馬車は往来をやや塞ぐように停まっていたが、主が戻るまでその場から動く気配は全く窺えず、界隈の者達は、やれやれという呆れた表情をその顔に滲ませ、各々が家や店へと散って行った。

ウィズリーンが中に入ったのを確認した後、ユニカはチラとイザーク達の方を見つめると、申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を下げたのだが、

「ちょっと、何してるの?」
「あ、はぃっ、ただ今・・・」

店の中からのウィズリーンの鋭い声に慌ててユニカも店の中に入っていき、そして扉は閉められた。



「なァ、あんた達大丈夫かぃ?」

ちょうどイザーク達が倒れたすぐ傍の店の者が、声を潜めながら話し掛けて来た。

「ああ、大丈夫だ・・」
「災難だったなぁ、あんた達も悪い時に出くわしたもんだ」

その者も、露骨に厭そうな色をその顔に浮かべながら馬車を睨む。
ノリコを庇いながらイザークは立ち上がり、二人とも埃を払うと、その者の話を聞いた。

「よく来るのか?」
「まあ、それほど頻繁ではないがね、来る時はいつもあんな感じさ。金持ちだからって威張り腐っててな・・・
 あのお嬢さんも典型的な我侭な娘さ。ま、中央の人間ってのはあんな感じのが多いのさ。新王になってから国の
 体制も良い状態に向かっているってのに・・・ああいう類の人間がまだ威勢を張っているんだからなァ・・・」
「中央の・・・ この町の者ではないのか・・」
「そうさ。この町に別荘があるとかで、ここを利用してるようなんだがね、父親が中央で貿易関連の商売をしている
 大商人で、その一人娘があのお嬢さんでさ。バリスの店が仕立てる服と町の特産の化粧品がお気に入りだとか
 で、ああやって自分から来るのさ。金持ちは大抵店の者を呼びつけるもんだが、あのお嬢さんの場合は逆でね。
 馬車で乗り付けるのはいいが、お高くとまってるわ、馬車の走りも乱暴だわ、従者も態度が横柄だわで・・・
 感じ悪いぜ、全く・・・」

男の話を聞いていたイザークは、再び馬車を見据えた。

「イザーク・・・」

ノリコも馬車の方を見、それから心配そうにイザークを見つめる。

「何にしても、あんた達怪我がなくて良かったよ。あっちが悪いと言っても、なかなか口に出来ない雰囲気だしな」

やれやれという仕草をしながら、その男も精一杯馬車とその主を皮肉って見せた。

「手間を取らせたな・・・」
「なぁに。ああいうのには係わらない方が利口さ、くわばらくわばらだよ。じゃあな」
「ありがとうございました・・」

そして男は二人に手を挙げ挨拶の仕草を取り、店の中へと戻っていった。
馬車の方からは、従者が鼻歌でも歌っているのか、耳障りな旋律が聞こえて来る。


「すっかり気分を害してしまったな・・・行くぞ、ノリコ」
「ぁ・・うん・・・」

「ね、イザーク?」
「・・・ん?」
「あたしは大丈夫よ」
「・・・そうか」

にこりと笑顔でイザークに話し掛け、その表情に彼も釣られて笑顔を取り戻す。
その後も話をしながら二人は町の中へと消えていった。





「衣装を作って欲しいの。大至急よ」


「はぃ、如何様にもお望みのものをお作り致しますよ」

花香茶を振る舞いながら、ユニカはにこやかに快諾する。

「これはこれは、ウィズリーン様。わざわざのお越し、ありがとうございます」

店の奥から出て来たのは、その店の主バリス・ガルニだ。恭しく頭を下げながら挨拶をした。
だが、ウィズリーンは椅子に座ろうともせず、腕を組みながらジロリと主を見据える。

「そんな挨拶なんかもういいわ。来月お城で開かれる舞踏会に着ていく衣装が欲しいの。そうね・・・出来るだけ
 目立つ煌びやかなものがいいわ。あと普段着用にも衣装をお願いね」

「はい、それはもう・・」

ウィズリーンの言葉に、両手を擦り合わせながらバリスは愛想笑いをした。


応接用の椅子に腰掛け、花香茶を一口含む。だが、ふと視線を上げた時、店の奥の方で人型に着せてある衣装が彼女の目に留まった。

「あれは・・・何?」

ウィズリーンの問いにユニカは後ろを振り向き、ああと納得したような表情で再び彼女に向き直る。

「あれはお客様よりご注文の入っている婚礼衣装でございますよ、ウィズリーン様」
「婚礼衣装ですって?・・・あれが?」

言いながら立ち上がり、彼女はその衣装に近付いた。
純白が映えるその衣装。よく見ると布地に光沢があり、とても上等な物に思えた。

しかし、こんな形の婚礼衣装は見た事がない。大抵はこの国の民族衣装の型を使うのだが・・・

衣装をしげしげと見つめながら触り、調べていく。手触りもとても良い。
そしてたっぷりと贅沢に使われている布地の量。更に、薄く透けている長い布地・・・

「これは何?」
「ああ、それは頭に被るもので、面紗でございます。お客様の国では【ヴェール】というのだとか・・・」
「ヴェール? これを頭に被ると言うの? こんな長いのを帽子みたいに?」
「さようでございますよ。花をあしらいこれを被るんです。誓いの言葉の後にこれの短い方を上げるんですよ。
 光にきらきら透けて、輝きを増します。とても綺麗でございましょう?」

ユニカは自慢げにそう話す。

「特注品よね、勿論・・・こんな上品な光沢のある布地をたっぷり使った婚礼衣装なんて初めて見るわ。外国の
 ものかしら? でもいろんな国を訪れたけど、こんなのは見覚えがないわ。余程のお金持ちか貴族のお方なの
 かしら?」

「いえいえ、ごく普通のお方たちですよ。あ、でもお嫁様になられるお方は、確か遙か遠い東方の島からの移民
 なのだとおっしゃっていましたわ」

「・・・島からの・・・移民ですって?」

ウィズリーンのその物言い、そして表情には明らかに意外だという色が窺えた。

「はぃ、先ほどそのお二人を見かけられてますよ、ウィズリーン様」
「え?」
「先ほど、店先で馬車を避けられて・・・ 若いお二人がいらっしゃいましたでしょう?」


ビクンッ――――・・・

彼女の身体が僅かに震える。


「さっきの・・・あの二人・・・」

ウィズリーンの脳裏に先ほどの光景が蘇る。そしてそこにいた男性・・・
印象的な黒い瞳。そして漆黒の髪。何より端整なその顔・・・
険しい表情を見せていたが、その中に何か優美さを感じさせる雰囲気もあった。
この辺では見かけた事がない面立ちだと思ったが・・・

・・傍にいた女性?・・・後姿しか見れなかったが、確か、長い薄茶の髪で・・・

「あの者達・・・ この町の者ではないの?」
「なんでも、十日ほど前にグゼナから移っていらしたそうですよ。この町に住まわれるとかで。婚礼もこの町で
 お挙げになるそうです。私共も初めて扱う衣装なので、つい身が入ってしまいましてね・・」

それを聞いて、暫く彼女は黙っていた。眉根が不愉快そうに寄る。

・・・大陸への移民。・・・たかだか島出身の移民ごときが、何故こんな高価な布地で衣装を頼めるの・・・?


「面白いわね・・・決めたわ。これと同じ型で衣装を作って頂戴っ」
「え・・・これと同じものをでございますか?・・・しかし、布地の手配に些かのお時間を戴きますが・・・
 それから、縫製の方にも・・・」
「そんな事は解かってるわ。これよりももっと上等な布地でお願い。でも出来るだけ急いでね・・・ それと・・・」


「面白そうだから、ねぇ・・・もっと詳しく聞かせてくれないこと?・・・さっきのその二人の話を・・・」

その口元の一方がくぃっと、上がる――――





宜しければ足跡代わりに押してください→ web拍手
長いご感想などの場合にはこちらもご利用頂けます→Mailform



どなたですか〜?彼女は(笑) …すみません、オリキャラです。
性格はなんとなく解かって頂けるでしょうか?・・・どうも大変に我侭なお方のようです。
島出身の移民を、かなり見下していらっしゃるご様子…
のっけからイザークの印象悪し(某連載の「A女史」と言い…こんなパターンばっか…汗)

さて、このウィズリーン嬢。髪は金髪のストレートロングヘアー。
腰の辺りまで伸びている髪が、ツヤツヤです。
金に物を言わせ、髪にも良いものを使っているものと思われ…
瞳はコバルトブルーな感じ。御歳は大体ノリコと同じくらいです
(このお話の時点では、ノリコは二十歳)。
ただの通行人程度であれば名無しの「あの女」扱いなのですが、
後々この方がいろいろと…いろいろで…
なもんで、名前を付けてます。
管理人にとっては、好きなタイプの女性ではないです。
まあ、ノリコとは正反対の…と申しましょうか。
この彼女がこの話の中でどういう位置にあるかについては、
まだ内緒です。ごめんなさい。

しきたり、今回二つ目のしきたりの内容が出ました。禊は次回以降かな…
七という数字に関しては、縁起の良い数字という事で…と
単に管理人が勝手に思っているだけです(^^;
三つ目(最後ですが…)のしきたりについては、次回以降でお願いしますだ♪

そして…うーん、今回も長いぞ。結構一気に書き上げたのに、
イザーク達がお昼ご飯食べられなかった…orz
次回に繰越…あぅぅ(><)

夢霧 拝(06.08.27)
--素材提供『空色地図』様--

一部分文章を修正(06.08.30)


Back  Side1 top  Next