天上より注ぎし至上の光 〜 Love Supreme 〜 9 |
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オオオオオォォォォォーーーーーゥゥゥーーー・・・ 真昼を思わせる瞬間の煌き・・・ 更に、続く轟きは地をも揺さぶるかのようだ。 降り頻る雨の中、かの森は怒りに満ちていた。 ガイアスの泉の水は波打ち、水と壁の蒼とは妖しき光を放つ。 我を欺き、何食わぬ様でこの森を抜け、逃げ遂せし先の男達に対し・・・ そしてそんな人間達に対し・・・森は怒りを顕にしていた。 嘆く―――― 弱き立場のかの乙女を護れなかったと嘆く。 そして尚も苦しみ呻く精霊達の声は止まない。 森は怒りを顕にする。 もはや何人たりとも、森に近付く事は叶わぬ。 かの森に近付きし者は、断罪の刃を味わう事になるであろう。 森は・・・ 怒りに満ちている・・・――――― ◇ 「・・・流石だな」 男はイザークを見据え、そう洩らした。 自嘲の笑みを浮かべるだけで、抵抗する素振りを見せることもなく・・・ アレフとカイザックは僅かに身構えたが、男はそれ以上喋らず、両腕を揃え差し出しただけだった。 ―――あたかも、縛ってくれと言わんばかりのその仕草・・・ 「あらら・・・随分と素直だね、この御仁は・・・」 男の挙動はアレフを拍子抜けさせ、イザークやカイザックの眉を曇らせた。だが三人とも警戒は解かずにいた。 酒場の店主だけが、落ち着かぬ様子でこちらを窺っている。 「あぁ騒がせてすまんな、タナン。この男にちょいと野暮用なんだ。悪いが、今度またゆっくり飲ませてくれ」 カイザックにそう言われ、店主のタナン・ルダは呆然としたまま頷いた。 彼等の纏う徒ならぬ雰囲気に圧された。特にイザークから感じるそれ。 許婚の娘が傍にいる時には感じる事がない・・・その視線だけでも射竦められてしまうほどの鋭さに。 何があったのかは解せないが、店主は頷くしかなかった。 「悪いが、ここからは縛らせて貰うぜ?」 カイザックがそう告げたのは、タナンの店が見えなくなった辺りでだった。 男は無言で頷き、カイザックとアレフに両手身体共縛られるに任せた。 イザークだけが尚も厳しい視線を崩さない。 訊きたい事は山ほどある。今すぐにでも詰問したい。 正直に言えば、こいつを八つ裂きにしてやりたいほどだ。 静かな殺気を感じてか、男は再びイザークを見据える。 「さ、行くぞ」 カイザックに促され、男は合わせていた視線を僅かに逸らす。そして彼等は町長宅へと向かった。 しかし、もう一方の男は―――― 「うあぁぁぁぁ! いてぇぇぇっ!――」 取り繕う間もなく無様に転倒。肩を押さえながら身を起こすと、 「・・ひっ・・た、頼む、助けてくれっ、この通りだ・・・」 泣きそうな顔で土下座。そしてひたすら懇願した。 アルヴィスタ家に仕える御者の男、ジルヴァス――― 普段は乱暴に馬車を操り、街の者の彼への評判はすこぶる悪い。虎の威を借る何とやら。主の傍で威張り散らすのはお得意だが、今は一人。 流石に一人ではその威勢も萎えるのか店の端で大人しく、それでも手にした報酬で彼は機嫌良く酔っていた。 だがそのお楽しみも、バラゴ、アゴル、バーナダムが登場するに至り一変する。不意に囲まれた彼は怪訝な顔で返すも、バラゴには凄まれ、アゴルとバーナダムにがっしりと掴まれ、有無を言わさず引き摺り出されてしまう。 唖然とした店の主人アルベザガルナに、バラゴが告げた言葉は・・・ 「ちょいとこいつを借りていくぜ」・・・だ。 「こいつ」とは無論ジルヴァスの事。そして、ここでも店主は口をあんぐりと開け、頷くしかなかった。 バラゴには睨み一発懐から財布を抜き取られ、慌てふためくと今度はアゴルに無言のまま顔を押さえつけられ、更にバーナダムには 後ろ手に腕をがっしり捕捉され・・・ バラゴが店主に勘定を支払っている間、男は一切身動き出来ずにいた。だがそれが済むと、財布はちゃんと懐に戻された。 その間の三人の表情は何れも憮然として変わらず。それでいて、打ち合わせされた訳でもないのに、連携プレイの如く鮮やかで無駄がない。 ・・・流石だ。 己の財布が懐に戻された時に男が浮かべた安堵の面たるや・・・情けない男の代名詞のようで滑稽以外の何物でもない。 だが、当然ホッとする間もなく土砂降りの中彼は連れて来られ、部屋に入るなり背中を勢い良く押されたのだ。 痛みに肩を押さえ顔を上げれば、そこには己をズラリと取り囲む冷ややかな視線のずぶ濡れの男達――バラゴ、アゴル、バーナダム、 そしてロンタルナにコーリキ。同じ部屋には彼等に拭き布を配るニーニャ、そしてガーヤとジーナも控えており、事の成り行きを 見守っている。周囲を見回し、その顔ぶれにジルヴァスは竦み上がる。 そして目の前にぬっとバラゴの顔。 「ひっ・・・」 「てめぇが包み隠さず全て吐けば、命だけは助けてやる。俺達が何を訊きたいか、解かってるな?」 「・・・ぅ・・」 バラゴの台詞とその表情には迫力がある。上背も人間の幅も深さも違い過ぎる。ジルヴァスのいつもの空威張りでは、とても太刀打ち 出来るものではない。 「お、おおお、俺は・・・何も知らんっ」 「おまえっ、しらばっくれる気かっ!?」 拳を握り締め、怒り心頭のバーナダムが叫ぶ。 「ほ、本当だっ、俺は、俺は・・・何も知らないんだっ」 腕を組み、ため息を洩らしたのはロンタルナだ。そして弟のコーリキも兄に続く。 「全部吐いちゃった方が身の為なのにな、あんた・・」 「そうそう。俺達はまだいいさ・・だけど、おまえなんか一瞬で始末出来る男が、もうすぐ戻ってくるんだぜ?」 相次ぐ皆の尋問に流石に怯んだのか、男は後ずさりした。 「お、俺は・・ただ、運べと、そう言われただけだ・・・だから馬車で・・・ そ、その後は知らん、本当だ」 睨みつける面々を前に、ジルヴァスは蒼白になって答える。 「む、娘の居場所を知っているのは、ギスカズールとザインなんだよ〜。俺は、それ以上は何も知らないんだっ、 頼む、助けてくれ」 「ギスカズールと・・ザインだと?」 「ひょっとして、黒髪と銀髪の男か?」 バラゴとアゴルに二人の髪の事を当てられ、ジルヴァスはギョッとし、再度周囲を見回した。 「な、何で髪の事を・・・?」 「天はいつでも、正しい者の味方なんですよ」 声のする方を見れば、出入り口の扉に髪を掻揚げニヤリと笑うアレフ。やはりずぶ濡れだ。 「よぉアレフ、戻ってきたか」 「や、皆さん、待たせたね」 アレフと共にカイザック、そしてすぐ後ろには、縛られた状態の黒髪の男を連れイザークが姿を見せた。 「入れ」 「・・・・」 イザークに促され、男は無言のまま入る。部屋に入ると、情けない顔のジルヴァス、他に数人の男達、 そしてやはり女性数人と子どもが自分をじっと見ている。男は表情を変えず、その視線をやや伏せた。 「抵抗しても無駄だよ。皆兵揃いだからね」 「・・・抵抗するつもりはない」 アレフの言葉に、再び自嘲の笑みを洩らした。 反対に、狐にでもつままれたかのような顔を見せたのはジルヴァスだ。 「ギ・・ギスカズール・・・何であんたまで・・・」 この男がこれほどあっさり捕まるのが信じられなかった。事が済めば身を隠す手筈だったのだ。これまでしくじった事などなかったのに、 いったいどうした訳であるのか・・・ だが、ジルヴァスを一瞥しただけで、男は静かに告げる。 「そいつは小物だ。尋問しても無駄だろう・・・」 「らしいな・・・運び屋以外の仕事は遣らされてないようだ・・」 腕を組みながら、バラゴが皮肉を込めた。 「だが、同犯だ。囚人城行きは免れんだろう」 「・・・囚人城?」 続くアゴルの言葉に、ジルヴァスはまたも泣きそうな顔になった。 「当然だろが」 バラゴの止めの睨みはジルヴァスを震え上がらせ、以降の言葉を全て奪った。 「・・・ノリコを何処にやった」 皆の監視の下、椅子に座らされた男にイザークが真っ先に問い質した。静かな口調ではあるが、拳は握り締められている。 その男・・・ギスカズールはゆっくり顔を上げ、イザークを見据えた。ノリコという名に馬車に乗り込む前のその姿が思い出され・・・ 「ノリコ・・」 ・・・目を細め呟いた。 「あんたが連れて行ったのだろう?」 「・・・ああ、そうだ・・・ 俺が誘い出し、こいつの操る馬車に乗せ連れて行った・・・」 「何処だ。ノリコは今何処にいる?」 「・・・場所は言う。だが、おまえには・・・行けない」 「 ? 」 ギスカズールの答えに、イザークの眉が曇る。 「おぃ、行けないたぁ、どういう事だ?」 バラゴも思わず身を乗り出す。 「・・・おまえだけではない・・・ここにいる男の誰も辿り着けない。無論、暗闇とこの天候の下では女も無理だ・・・ あの娘が自力で下りて来る以外には・・・」 男の説明は的を射ないものだった。その場にいる誰もが、疑問を拭えぬ表情でギスカズールを見つめる。 夜や悪天候であろうと策を講じれない訳ではあるまい。なのに行けない場所とは如何なる事であるのか・・・ だがカイザックとニーニャだけはある事を懸念し、咄嗟に顔を見合わせた。そして次にギスカズールの発した言葉は、その懸念を疑念へと変えた。 「・・・貴様・・・あいつをいったい何処に・・?」 「・・・レイズ山の奥所にある・・山小屋だ・・」 「な・・・!」 男の言葉は、案の定カイザックとニーニャの表情を凍りつかせた。 「レイズ山・・・」 「まさか・・・嘘よ・・」 ニーニャは口元を両手で覆う。そしてこの二人の反応に、イザークも怪訝な顔で見つめた。 「カイザック・・何処だ、そこは」 「・・・そんな筈があるかッ、デタラメを言っているのかッ!?」 イザークに問われ、カイザックは声を荒げギスカズールに詰め寄るが、男は表情を変えず否と言うだけだ。 「・・・そんな・・」 口を押さえたまま、ニーニャは呻いた。 アゴルも堪らず口を出す。 「何処なんだ、そのレイズ山とは・・・遠いのか?」 「いや・・・この花の町と隣町との境にある・・・大きな山だ・・・・・だが・・・」 「隣町の方から入るなんて不可能よ・・・回り込んでも三日は掛かるわ・・・でも・・・信じられないわ・・」 二人とも言葉はたどたどしく、その顔も蒼白だ。 「じれってぇ〜な、いったいその山がどうしたってんだッ!?」 「手前に拡がる森を通る・・・・・・ガイアスの森だ」 「な・・に・・!?」 ギスカズールが洩らしたその言葉に、皆の注目が集まる。カイザックとニーニャは呻くような表情を隠せない。 その森を知るバラゴもアゴルも、そしてイザークも、目を見開き男を見つめた。 「ガイアスの・・・森・・だと・・・?」 「そうだ」 「莫迦な・・・どうやってあの森を通った?」 「・・・覚醒の石を・・・使った・・・」 「・・・ん? 覚醒の、石だって?」 何かを得心したようにアレフの表情が変わる。顎に手を当てる。 イザークも問う。 「知っているのか? アレフ・・」 「んー・・以前に聞いた事があるね・・・だけど、あれは・・・」 「・・・香の石はザーゴの特産・・・中でも覚醒の石は稀少中の稀少・・・手に入れるのは至難の業だ・・」 「ああ。まあ、知る人ぞ知る手段を使えば、手に入らん事もないよ。だが法外な値で取引される・・・あの石に ついてのいい噂は殆ど聞かないよ。しかしそんな物を手に入れられるとは、あんた相当裏に通じてるな」 ギスカズールの説明の後を、言葉を選びつつアレフも継ぐ。自国の特産物なら大抵の事は見知るロンタルナと コーリキでさえ、 覚醒の石については初耳だったらしく、二人とも驚きの表情を隠せない。 バラゴは呆れた声を上げた。 「そんなモンがザーゴにあるのか?」 「そ、あるという話。・・・しかし、覚醒の石を使わなければ通れないような森なのかぃ?」 「あの森は、ガイアスの森と言って・・・婚礼前の乙女達の為の禊の泉がある森よ。女性を守る実り豊かな森 で・・・男性が足を踏み入れると必ず迷わされて、まともな状態では出て来れない・・・ それで男子禁制の森として昔から言い伝えられているの・・・ ノリコの禊の時に立ち会ったけど・・・森の意思、 そして精霊たちの声が・・あたしにも聞こえたわ」 深刻な面持ちでのニーニャの説明に、ザーゴ組の男達はギョッとした。かつての白霧の森での出来事がまだ記憶にある為か、特に ロンタルナ、コーリキ、バーナダムについてはその顔が引き攣る有様だ。アレフは額を掻いた。 「へぇ・・そりゃ、凄い森だ・・」 「覚醒の石は、意識を活性化そして保つ作用を持ち、同時にあの森が最も嫌う匂いを放つ・・・ 精神を攪乱 されずにあの森を通るには、石が必要だった・・ だが、もうあの石はない」 「森が嫌う匂いとはな・・」 「厄介な事だな・・そりゃ・・」 「ああ・・厄介だね・・」 「何故、貴様がノリコを狙った・・・あいつに何の恨みがある?」 「・・・ノリコ・タチキに恨みはない。依頼を受けた。それだけだ・・」 「依頼? ・・・アルヴィスタの者のか」 イザークの鋭い視線での問い。それには少しの間を置き、頷いて示す。 「得心が行かん。大して面識もない相手に、何故こんな扱いを受けねばならん?」 「・・・お嬢は・・・・・・・・あんたに好意を抱いた」 「 !? 」 「な・・なにぃ??」 思い掛けぬ台詞に驚いたのはイザークだけに限らない。皆、目を剥いた。 そして誰もが、やや暫く呆気に取られていたが、 「・・・ん、まあ・・おまえを慕う女は、この街にも多いけどよぉ」 「ああ。それにおまえは目立つしな。放っとく女はいないだろう・・」 額に手を置きバラゴが呆れて呻く。腕を組みアゴルもそれに続く。イザークは思わず二人を見据えた。 ・・・寝耳に水だ。自分の意識外のところでそんな風に思われている事に対しては、戸惑いと困惑しかない。 が、無論それが怒りを和らげる理由になる訳がない。 「・・・冗談じゃないぞっ、だからといって何故こんな事になるっ」 「・・・もう一つ。お嬢は・・・移民を極端に嫌っている・・」 「あ?」 素っ頓狂な声を上げ、イザークとギスカズールを除く皆が顔を見合わせた。 「移・・民・・」 愕然となる。島からの移民――あくまでも便宜上であるが、ノリコの立場を島の娘としていたのはイザークの判断だ。それがこんな事になろうとは・・・ 「バリスの店の前で、お嬢はあんたを見掛け好意を持ったようだ。だが、既にノリコ・タチキという許婚がいる事も 知った。そしてそれが移民の娘であるという事も・・・」 「・・・だから何だっ・・・そんなくだらない事の為に、あいつに悪心を向けたというのかっ」 見下ろすその視線は鋭い。 「連れ去った目的は・・・?」 「・・・明日の・・おまえ達の婚礼を、潰す為に」 「潰す・・・?」 「花嫁が式に出て来なければ、あんたは愛想を尽かすだろうとお嬢は考えた・・・どうやらお嬢は、あんたを相当の 家柄の出であると判断したようだ・・・それで、あんたに相応しい場を・・・ そして同じくノリコ・タチキにも、島の 民としての相応しい場を与えようと・・・」 「相応しい・・場だと・・?」 「この国に来た移民は、殆どが定職にも就けず成功出来る者は少ない。ある者は悲惨な末路を辿る。お嬢は そんな移民を毛嫌いしている・・ そしてその姿に、ノリコ・タチキを重ねた・・・島の移民如きが身の程を知らぬと」 「呆れた女だ。とんでもねぇ〜逆恨みじゃねぇか・・・」 「そうだ! 出身なんて関係ないじゃないかっ、ノリコは頑張ってたんだぞ!? 皆だってその事はよく知っている。その辺の 奴等と一緒にするなよっ!」 バラゴの呆れ声に続き、バーナダムも叫んだ。皆も頷いている。ギスカズールは視線を伏せた。 「それで、そいつの依頼を貴様が引き受けたという訳か・・」 「そうだ・・・ この国のしきたりによりあんたの目が届かなくなる婚礼の前日を選び、依頼を実行に移した・・・ ガーヤ・イル・ビスカの目が離れたのは、こちらとしては正に好都合だった・・・」 自分の名が出てガーヤは眉を顰めた。不覚だった。姉の宿を訪ねる為にノリコから離れた事で、まさかこんな事態になるとは・・・ イザークに知らせる前、彼女はノリコを探しながら自分をも責めたのだ。その心中たるや想像に容易い。 それはイザークも同様だ。ノリコの身を案じながらも、傍にいる事が許されなかった。今度の事で一番歯がゆかったのはそこだ。・・・だが、 「く・・・っ!」 怒りが込み上げてくる・・・ノリコを連れ去った男、そしてそれを依頼したという女に対し。その身が震えた・・・ 「・・・貴様等が、何処まで俺達の事を調べたかは知らんが、随分と見縊られたものだ・・・たった一度会ったという だけで、いったい何が解かる・・」 男の胸ぐらをぐっと掴み引き寄せる。 「貴様等に俺達の何が解かるっ!?・・出会ってから今日までの俺とノリコの歩みを、そんな安っぽい台詞で片付け られて堪るかっ!! 愛想を尽かすだと? ノリコは理由もなく俺の前から消える事などないっ、莫迦にするなっ!!」 「ぅ・・・」 「それであいつを騙して連れて行ったのかっ、貴様の言葉を信じたあいつをっ!」 「・・・・・」 ギスカズールの脳裏にその時のノリコの笑顔が甦り、苦しげに眉を顰めた。 「あいつは無事でいるのかっ、まさか傷つけたりはしてないだろうなっ!」 「・・・今は・・・薬で眠っている」 「薬・・・?」 薬と聞いて得心が行った。やはりノリコは眠らされていたのだ・・・ならば思念での呼び掛けに応答がなかったのも 無理はない。・・・だが、別な意味で更にその身が震える。 「何の薬だ・・・?」 脳裏に甦る厭な記憶・・・ 以前に、盗賊の男達にキナジスを嗅がされた時のノリコを・・・ 薬の副作用に彼女は酷く苦しめられた。 男の胸ぐらを更に強く掴んで引き寄せる。噛みつきそうなほどに男を睨みつけた。 「何の薬だ! まさかキナジスではないだろうな!?」 「・・キナジス?・・・ち、違う・・・ムサルナガルに緑根草を混ぜた・・」 「ムサルナガル・・緑根草・・・」 ムサルナガル―――キナジス同様睡眠導入に使われる。キナジスほどの酷い副作用はないが、目覚めた後に頭痛と倦怠感が残る。 そして緑根草は一時的な視力障害を起こさせる。以前自分にも仕掛けられた事があった。どちらにしても苦痛に見舞われるのは 変わらない。ノリコの身にどれほどの影響があるか・・・その懸念が頭の中を駆け巡る。 「よくも・・あいつにそんなものを・・・貴様・・・」 「ぐ・・・ 明日いっぱいは・・・娘の意識が戻っては困る・・と・・ だから・・・」 胸を掴まれている為、説明する声は苦しげだ。 「だが・・・じきに意識は戻る・・筈だ・・・」 「何?」 「覚醒の石を・・・最後の石を、燃やして・・傍に置いてきた・・・・・だから・・・数時で、意識が戻る・・・」 「数時・・・」 ・・・掴んでいた手から力が抜ける。 ノリコの意識が早く戻るに越した事はないのだ。なのに、今はそれを単純には喜べない。 外では今も雷鳴と土砂降りの雨・・・ ノリコの意識が戻ったとして、懸念はまだ拭えない。 「よりによって・・・こんな日に・・・」 過去ノリコは旅の途中雷に恐怖した事があった。薬の影響が及ぼす苦痛がどの程度なのか・・・ 暗闇であろう山小屋で意識を取り戻したとして、そんな状況下にノリコが耐えられるのか・・・!? 「・・・・銀髪の男は何処にいる?」 不意のカイザックの問いに、ギスカズールは顔を上げた。 「ザインの事まで解かっているのか・・・?」 「質問してるのはこっちだ」 「・・・あいつには、金を渡して・・・逃がした」 「逃がした?」 「ああ。隣町を目指せと・・・この街へは戻るなと・・・」 「何故だ」 「・・・ザインは・・・奴は、金と女に目がない・・」 ドクンッ・・・!! 男の言葉に、弾かれたように身が震えた。それは、他の皆も同様だ。 「奴は、娘をもその手に掛けようとしていた・・・だから・・・、」 「・・・貴様・・っ!」 爪が食い込むほどに拳が握り締められ、イザークは再び男の胸ぐらを掴んでいた。 「それでノリコに手を出したのかっ!? 貴様っっ!! 殺してやるっ!!!」 「ぐっ・・・」 「その銀髪の男もだっ!! 必ず見つけ出して殺すっ!!!」 「イザークっ!」 「待て、早まるなっ!」 イザークの右手拳が男を捉えようとした刹那、バラゴとアゴルにがっしりと掴まれる。 「おまえの気持ちは解かるがな・・・明日の主役のおまえに今手を汚させる訳にはいかないんだ」 「そうだぜ。何かあれば制裁は俺達が下す・・・すまんが、今は耐えてくれ」 「くっ・・」 ようやくイザークの手が離れ、男はその場に崩れ落ち酷く咽た。苦しげに喉を押さえ弁解する。 「む・・娘には、手は出していない・・」 「 !? 」 「奴には・・俺の報酬も共に渡した・・・依頼主に知れたら、報酬どころではなくなると奴を納得させた・・・ 娘は、無事だ・・・」 「・・・・・・・・その言葉・・・偽りはないか・・・もし違えていたら、貴様っ・・・」 掴まれながらも、男を睨み問う。 「天に誓うっ! これが全てだ。山にいる獣の存在、そして眼下に広がる森の危険・・・それを説明して奴に 報酬を受け取った後そのまま逃げろと勧めた・・・そうしなければ・・・!」 「・・・そうしなければ、娘を救えなかった・・・」 眉を顰め、辛そうに説明するその口調には、覇気が感じられない。 「何・・・?」 「救うだとぉ?」 その場にいる皆が怪訝な表情で見つめる。 「てめぇ〜、言ってる事と遣ってることが噛み合ってないじゃねぇか!」 「両方を納得させる為だ・・・こうするしか、あの時は方法がなかった・・・ザインは・・奴も、腕のいい殺し屋・・・ 下手に遣り合っては、娘の命の保証もなかった・・・」 「・・・・・・・・覚醒の石をノリコの傍に置いたのも、助ける為か・・・?」 男はイザークを見上げた。 「あぁ・・せめてもの・・償いのつもりに・・・」 「貴様・・・」 「・・・虫のいい話かもしれん・・・ しかし・・・あの時は、あれが精一杯だった・・」 「山には未だ獣もいる・・下山後は様子を窺う事すら叶わん・・・今あの娘がどうなのかは、俺にも解からない・・」 「・・・・・」 「・・・すまない・・」 力なく項垂れる男を前に、沈黙が流れる。 「バラゴ、アゴル・・・離してくれ」 暫く男を睨んでいたイザークだったが、自分を掴んでいる二人に静かに言う。 だがイザークの肩から力が抜けたとはいえ、二人ともまだその手を離すのを躊躇っている。 「イザーク・・・」 「大丈夫だ・・・この男には手は出さん」 ノリコの無事は未だ確認されていない。山に巣くう獣、そしてその手前に存在するガイアスの森・・・ 懸念は残っている・・・皆ノリコを救いに行きたい気持ちは山々だが、打開案が見つからず声すら出せない。 その場に漂う重苦しい空気は、変わらない。 「本当か?」 「すまない・・・だが、大丈夫だ・・こいつには何もしない。・・・安心してくれ・・・」 イザークのその言葉でようやくバラゴとアゴルは手を離した。が、その途端イザークは身を翻し扉に向かう。 「お、おぃ!」 「イザークっ!」 「何処へ行くんだっ!? まさかおまえ・・」 呼び止める声にピクリと止まるが、すぐに答える。 「決まってる、レイズ山だ」 「莫迦なっ! 手前に森があるんだぞ? どうするつもりだっ!」 「くっ!・・俺の邪魔をするなっ!!」 振り向き様に叫ぶ。その顔は、やはりカイザックを睨んでいた。いや、彼を呼び止めた者全てに対してかもしれない。 「もうたくさんだ」 「イザーク・・」 「そいつ等や依頼した女にも腹は立つ。だが今回の事で、俺は自分に一番腹を立てている。あいつを護って やれなかった俺自身に・・・ こんな思いをするのはもうたくさんだ」 「しかしイザーク、あの森を侮るな。覚醒の石の所為で森は怒っている筈だ・・・おまえにも何を仕掛けてくるかっ」 「・・・・俺を・・・誰だと思ってる・・カイザック・・」 イザークの声は低く、しかも重々しい響きを含んだ。彼を知る仲間でさえも呑まれる程の気迫。カイザックは息を飲んだ。 「上等だ」 「な・・に?」 「全身傷だらけにでもなれば、精神を攪乱されず反って都合がいい」 「イザーク・・・おまえ・・」 「イザーク、待てよっ!」 呼び止めたのは今度はバーナダムだった。 「イザーク・・・おまえ、もし怒りに任せ・・・あの時みたいになったら・・・!」 「バーナダム・・」 同じくノリコを救いに向かったかつての占者の館での事が思い出され、眉を顰める。が、ふ・・と微笑い、 「・・・俺はもう、心を失わない」 それだけ答え、再度扉に向かう。 「おぃイザークっ、馬を!」 「要らんっ、反って邪魔だ!」 「な・・・」 「そいつの監視をしっかり頼む。訊きたい事がまだあるが、今は時間が惜しい」 それだけ告げ、今度こそ彼は風の如く部屋を後にした。 「・・・あいつは馬よりも速く走れるからな・・・だけどあいつ・・・一人で行っちまいやがって・・・」 バラゴの呻き。 「しかし、俺達であの森を抜けるのは無理だ・・・入ったはいいが、出られないんじゃ・・」 「まぁな・・・化物が相手ならともかく、森全体が俺等の敵になるんだ・・尋常じゃないぜ・・」 「せめて、森が怒りを鎮めてくれればいいが・・・」 皆が呻く中・・・ 「なんて奴だ・・・ あんなに激しい気迫は・・初めてだ・・」 惚けたように呟いたのは、ギスカズールだ。ジルヴァスの方は白目を剥いたように、既に何も言えなくなっている。 「何故あそこまで・・・己も無事では済まされないというのに・・」 「・・・ギスカズールと言ったか・・・ あんた、命拾いしたんだぜ?」 「 ? 」 バラゴに言われ、ギスカズールは怪訝な顔を見せる。 「あいつ・・イザークって男はよ、ノリコの事となるとてんで見境がなくなる。命を懸けても惜しくないってくらいにな」 「・・・命を・・懸ける・・」 「あいつもな、闇の中で苦しみもがいていた・・・それを救ったのが、ノリコなんだよ」 「え・・・」 「だから、イザークにとってノリコって女はかけがえのない存在だ。そのあいつからあんたはノリコを奪い連れ去った。 ・・・あいつにしちゃよく辛抱したと思うぜ。これで銀髪野郎がノリコに手を出していたとなったら・・・あんたも銀髪 野郎も間違いなく生きちゃいられねぇだろな。それにあんたの依頼主もな。 あいつは滅多な事じゃ女に刃を向けたりはしねぇが・・・今度ばかりは事情が異なる。銀髪野郎にしても、何処 へ逃げようとあいつは必ず見つけ出すぜ? イザークってのは、ノリコの為ならそれが出来る奴なんだ」 「・・・・・」 「あんたの事情とは全く異なるがな・・・あいつにもよ、背負っている相当な物があったんだ。それを全部ひっくるめて 受け入れ、奴の心を癒したのがノリコだ」 「・・・癒・・す・・・・・ぁ・・・」 ―――・・・有難うございます・・・ 「・・・あぁ・・・解かる・・・解かるよ・・」 改めてその意味を噛み締めるように、頷いた。 「それにしても、あんた、何であんなにあっさり捕まったんだ? あんたなら、抵抗出来ないとも思えんのだが・・」 カイザックに問われる。 「それに、あの酒場にいたってのもなァ、最初から捕まるつもりだったとしか思えんのだが?」 暫く黙っていたが、ギスカズールは苦笑一つ洩らした。 「・・・・・・有難う・・と・・・そう言ったんだ」 「有難う?」 「何の話だ?」 「・・・馬車に乗る前・・・ノリコ・タチキが、俺に告げた言葉だ・・・有難う・・と」 ギスカズールの思い掛けない告白。その場の誰もが、目を見開いた。 「ノリコが?」 「・・・馬車まで案内した俺に・・・道案内してくれて有難う・・・と、何の疑いもなく・・・笑顔で・・」 「そうだったのか・・・ノリコが・・」 「まあ、そこがノリコのノリコたる所以だがな」 「・・・あの笑顔と言葉で、何かが弾けた・・・何かは解からん・・・何故かも解からん・・・だが、確実に俺の中で 何かが弾けた・・・ 今まで俺が遣ってきた事も何もかも・・・このままではいかん・・と」 「あんたの心も癒しちまったのか、ノリコは・・・」 「しかも、自分では自覚なしにな。ノリコらしいよ・・」 「そういう女の子だよ、ノリコは・・・その場にいる皆が幸せを感じるようなさ・・そんな雰囲気を持ってるんだ・・」 ギスカズールの告白に、皆は頷きながらそれぞれの思いを語った。 「――――昔は・・・あんな御方ではなかったんだ・・」 暫し黙っていたが、再びギスカズールが口を開いた。 「誰の事だよ・・」 「お嬢だ・・・ 昔は、人を憎む方ではなかった・・・本当に優しい、そして可愛らしい御方だったのさ・・・ あの御方は、俺にも優しくしてくれた」 「あんた、昔からアルヴィスタの家に出入りしてたのか?」 「・・・身寄りのない俺を屋敷に引き取ってくれたのが、お嬢のお父上だ。対外的には屋敷の使用人として・・・」 「あんた・・身寄りがないって・・」 「・・・俺も・・島の出身なんだ・・・ 大陸への移住後、両親と妹が病に倒れ、俺一人が残った・・・十二の時だ」 「あんた移民だったのか・・・」 「ああ。寝床と食料をやるから、自分の為に働けと・・・お父上に言われ、色々と仕込まれた。だがその仕事は・・・ 闇の仕事だった・・・」 「そしていつの頃からか・・・お嬢の顔から笑顔が消えた・・・丁度お父上の商いの規模が大きくなった頃だったか・・・ 数年後、お嬢も、カンズの町の家に一人で住まうようになった・・・」 黙って話を聞いていたカイザックだったが、不意にある事を訊ねた。 「・・・なあギスカズール、ザキライ・ルド・アルヴィスタが大勢の移民をボロ布になるまで使い潰していたってのは・・・ 事実なのか?」 「・・・!!」 ギクリと男の身が震え、言葉に詰まる。 「それは・・・」 「あんたも島の出だという。まあ、あんたの場合は闇の仕事で成り立っていたようだが、あくどい事でアルヴィスタは 豪商にのし上がったという噂がついて回っている・・・確かにザキライが遣り手なのは認めるが。どうなんだ?」 「・・・・・」 「一時期、王都に大量の移民が溢れた。仕事も根城も持てず、食料さえまともに得られない。少なからぬ者が それが原因の病で命を落とした。その殆どが、アルヴィスタの下で雇われ、地方の労働者として働かされていたと いう話も出ているが?」 「・・・・・」 「最盛期より数は落ちたが、今でも大陸に渡る移民はいる。謂わば替えは幾らでもある。潰れるまで遣う事だって 可能・・・だよな? 移民に対し、人としての尊厳を抱いていないならばだが?」 眉が顰められ、視線を伏せた。 「潰れた後の労働者はどうした? ごみのように捨てたか? ならば街にも溢れ、ウィズリーンがそれを目にする事も 少なくなかろう・・・ザキライは、自分の遣ってきた事が娘に知れるのを嫌った。だから移民への悪い感情を煽り、 結果、娘の移民に対する印象は最悪のものとなった。移民から遠ざけるのは成功だったようだがな・・・違うか?」 「・・・・・」 「さしずめ、露見を恐れたが為に、娘をカンズの町に住まわせたってとこだろうな。豪商とはいえ、ザキライは今、 非常に不安定な位置で成り立っている。・・・風が吹けば崩れる、脆い砂城だ」 伏せているギスカズールの顔は、蒼白になっていた。厭な汗が流れた。 「さっきあんたが言っていた、このままではいかんというのは、そういう事も含まれているのではないか?」 「カイザック、おまえそんな事まで・・」 「言っただろう? アゴル・・・ザキライについてのいい噂は聞かないと」 そう嘯いて、カイザックは微笑った。 「・・・・・・あんたの、見立ての通りだ」 黙っていたギスカズールだったが、ふと呟いた。視線は伏せたままで、その顔には何処か憔悴の色さえ窺える。 「ノリコ・タチキには、とんだとばっちりだった・・・本当にすまないと思っている・・・ お嬢は、己を不幸だといつも 感じていた。なのに、移民のノリコ・タチキが婚礼を前に幸せそうなのを許せなかったのだ・・・ お嬢の心にも・・・療治が必要だ」 「己を不幸に思うのはそいつの勝手だけどよぉ、他人を逆恨みするのは建設的じゃねぇぜ」 「そこで止まったまんまだからな・・自分から幸福を手離しているようなものだ・・」 「そうさ・・幸せは自分で掴むものだ。誰に頼まれるものでもない、そして誰に頼むものでもないんだ」 「ああ、イザークとノリコだって、苦労しながら自分達の今を築き上げた。誰の力にも頼らずにな・・ そしてあいつら はどんなに辛い目にあっても、それを他人の所為にしようとはしなかったぞ?」 「・・・・・」 「頑張っていると、自然と周りが助けてくれる。いや、頑張っているのを見ると、助けたいと思えてくる。そういう もんじゃないか?」 「・・・そう・・だな・・・その通りだ・・」 自嘲めいた微笑い。 「大体よぉ、それをどうしておまえのお嬢に教育してやれなかったんだ? おまえの方が年上なんだろうがっ」 バラゴの問いに、ギスカズールは苦笑を洩らした。 「雇われ人で出来る事は限られている・・・残念ながら俺にその権限はない・・」 「んなの関係ないだろ。ガキだって、正しい事ぐらい知っているぜ?」 「心から悩みを打ち明けられる友がそのウィズリーンにもいたら、もっと違ってただろうさ。人を憎んで生きるなんて ・・人生損だよ、詰まらないよ」 「・・・・・」 バーナダムの呟きにギスカズールは目を閉じ、苦しげに顔を歪めた。その肩が震えている。 「・・・すまない・・・頼みたい事がある・・・」 「なんだよ」 「明日、お嬢は会場に姿を見せる・・・花嫁にとって代わるつもりだ。だが・・・・お嬢を、捕えないで欲しい・・・」 ギスカズールの申し出に、皆の表情が変わる。 「何虫のいい事言ってるんだよ・・・」 「そんな事頼むのがおかしいぞっ!」 「厚かましい願いだというのは重々承知している。俺は囚人城に送ってくれて構わない。いや、今ここで俺を 殺してくれてもいい。その代わりにお嬢は・・・お嬢だけは・・・」 座っていた椅子から降り、ギスカズールはその場に土下座し、頭を床に付けるまで下げた。 「お、おぃ・・」 皆が仰天する中、ギスカズールは尚も続ける。 「頼むっ、身勝手だと怒るのも尤もだ。イザークという男にもノリコ・タチキにも申し訳ないと思っている。だが・・・ お嬢は、お嬢は・・・本当に・・・」 「おまえ・・・」 「こんな俺にも、移民だという俺にも、お嬢は親切にしてくれた・・・お嬢の心にも救いが必要なんだ・・・ だが、 俺にはその資格がない。時も残されていない・・・」 「ギスカズール・・・」 「頼む・・・この通りだ・・・」 皆は呆気に取られた顔で見ていたが、ふとカイザックが口を開く。 「ギスカズール・・・あんた・・・ひょっとして、ウィズリーンに惚れてるのか?」 「 ! 」 予想もしない問いに咄嗟に顔を上げた。その顔がやや赤い。 「なっ・・・」 「図星か・・あんたにも大事だと思える女がいたんだな・・」 「ち、違うっ! 俺は、そんな・・・お嬢は、俺がどうこう出来る御方ではないっ・・・」 手首はまだ縛られている為、ギスカズールは腕で顔の口元を何とか隠した。 「ふーん。ノリコの事でからかった時のイザークにそっくりだぜ? あんた」 「!?・・な・・」 「ああ、そういえば・・」 「ホントだ」 顔の赤みが取れない。大の三十男が皆に冷やかされ、それ以上何も言えなくなった。 「奴もノリコの事となると、一生懸命だ」 「ああ、見ててからかい甲斐があるってもんだぜ」 「・・・だが、まだ笑う訳にはいかないぞ。ノリコとイザークがまだ戻っていない。ノリコの安否も未だ不明だしな・・・ それに、あんたとこの男を囚人城に送らない訳にもいかない。あんたの依頼主にしても、生い立ちについては 事情も汲んでやれるが、拉致は立派な犯罪・・・然るべき罰則は必要だ・・」 カイザックの言葉に皆が頷く。 「明日のあいつ等の婚礼も無事に挙げてやりたいしな」 「ああ、やっと漕ぎ着けたんだもんな」 「そして俺達は、ここで安穏とイザーク達の帰りを待っている訳にもいかない。そうだろ?」 「当然だ。森には入れないが・・・な」 その場にいる仲間達で、顔を見合わせる。ニヤリと笑みも出る。 「なるべく短い時間で最善の方法を出すぞ。皆、協力してくれるか? イザーク達にも余計な気を遣わせたくない」 「それはいい考えだ。実は俺もそれは思っていた」 「よぉーし、これから明日の打ち合わせだ。後の事は全て俺達でカタをつける!」 「おおっ」 「・・・・お、ぃ・・」 皆の勢いに圧されたのか、ギスカズールもまた呆気に取られている。 「ギスカズール。あんたがした事は赦されないがその改心は捨て難い。だからちゃんと考えるぜ。最善の方法って 奴をなァ」 カイザックにそう言われるが、惚けたまま頷く事も声を出す事も出来なかった。そんなギスカズールを蚊帳の外に置き、男達は明日の打ち合わせを始めた。 一方女達の方は、執務を終えて戻ってきた町長にニーニャが素早く状況を伝え、ノリコの手当てが出来るようにとその準備を始めた。 身体を清められるように、湯と、そして温かい毛布も・・・ ――――― ――― 「いいか? そういう事で、明日は皆頼むぞ?」 「任せとけ。皆もいいな?」 「おもしれぇな〜、楽しみだぜ」 面をつき合わせた男達の打ち合わせは、どうやら上手く纏まったようだ。 そして彼等は素早く次の行動へと移る。 ――――・・・そして、 激しい雷雨の中、疾走する男の姿があった。 脇目も振らず、唯それだけを目指し彼は走る。 己の力全てをその脚に込め、常人のそれを遥かに凌ぐ速さで、 彼はこの道の先に拡がる森を目指す。 怒りに猛るかの森、そしてその向こうにそびえる山を。 ――― ノリコっ!! ――― 唯一無二のその存在を、取り戻す為に――――
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えぇとですね、最初に考えていた大まかな構想よりも、 話が、話が、話が、うーんと広がっております。 なので、プロローグの場面と…ちょっと… 繋げるのに…アワワ(~▽~;))))... ...((((;~O~)ドウシヨ プロローグなんて書くもんじゃないぞ…と今頃になって痛感。←あほ。 変な場面は笑ってスルーで、ごめんなさいデス。 それなりにお読みになって戴けましたら、もうそれだけで…ありがたや〜(合掌)。 …さて、あと何回で終われるのだろう… 年越し、宜しゅうです。。| 柱 |_-;))))コソコソ 夢霧 拝(06.12.30) --素材提供『W:END』様-- |
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