怯える街 --怪訝の言の葉-- 2 


ドサッ!・・・

報酬の入った袋を、イザークはベッド脇の机の上に置いた。外の喧騒はあるのに、離れのように表の通りから奥まった場所に あるこの部屋は、逆に・・しーん・・・と静まり返っていて、変に緊張感が拭えない・・・

「ノリコ」
「は、はいっ・・・」

そんな中イザークに呼ばれて、慌ててあたしは返事をした。
彼の顔は笑っていない。その雰囲気に、あたしは息を飲む。


「今夜一晩でカタが付くかどうか解からんが・・・、俺が戻るまで、この宿からは出るな・・・」
「え・・・・」
「杞憂に終わってくれればそれでいいが・・・宿のおかみの話といい、腑に落ちん面があるのでな」

あたしには、イザークが何を心配しているのか、にわかには解からなかった。でも・・・・

「解かった。・・・あたし、ここに、いる・・・イザークが、戻るまで・・・」

あたしには、否も応もない。イザークの指示には従う。これまでも、そうだったから・・・
だから、あたしはそう伝えた。

そしてあたしのその返事に、イザークは表情を変えずに頷いた。



「・・・あの・・・イザーク?」

何か考え事をしているかのように伏せがちな視線だったイザークは、あたしの呼びかけにこちらを向いた。

「・・?・・・・・どうした?」


――――伝えなければ・・・ そう思った。 ・・・巧く言えるかどうか解からないけど・・・・・・


「あ、・・・あの・・・無事で・・・・・イザーク・・・怪我・・しないで?・・・きっと・・・きっと、無事で・・・・・」

あたしの言葉に、イザークは目を見開いた。

「・・イザーク・・死ぬ、ダメ。死ぬ・・絶対、ダメ・・・無事で・・・無事で・・・戻って?・・・」

「・・・・・ノリコ・・・・」

「イザーク、あたしの命・・・助けて・・くれた、恩人・・・だから、イザーク、死ぬ・・・とても、悲しい・・・あたし・・」

あたしは、多分凄く焦っていたと思う・・・・ろれつも巧く回らなくて・・・・
それでも覚えた言葉を駆使して・・・ そして、ありったけの気持ちを込めて・・・・

・・・・伝えたかった・・・どうしても。伝えずにはいられないよ・・・・

だから、自分が死んで悲しむ者が誰もいないなんて・・・そんな事言わないで・・・・
イザークが死んじゃったら、あたし、凄く悲しいよ、嫌だよ、そんなの。・・・絶対に嫌っ!


「イザーク・・絶対、無事で、戻る。約束して・・・必ず、戻る。・・・お願い・・・」

あたしの顔は・・・多分、相当情けなくて・・・そして悲壮感も漂っていたと思う。
だって、必死だったから・・・


でも、イザークは、そんなあたしの訴えを、じっと聞いていて・・・・そして苦笑しつつ、小さなため息を漏らした。


「俺が、さっきあんなことを言ったからか?」

イザークの問いにあたしは頷く。

「・・・恩人・・・か・・・」

そう漏らしたイザークの表情は、・・・少し寂しげだった。彼は視線を伏せて目を閉じ、暫くじっと黙っていて・・・・・・ それからまた、目を開けた。


「・・・心配するな、ノリコ。・・わざわざ向こうの思惑通りに死んでやるほど・・・俺はお人好しではない・・・」

彼の表情・・・、さっきより少しだけ穏やかだった。
でもその後、横を向いた彼は何かを考えているようだった。 何を考えているのかは、あたしには解からない・・・ だけど、あたしの伝えたい事は、彼に伝わったようだ。

「イザーク・・・」

「必ず戻る。・・・だからあんたも、大人しく待ってろ・・」
「うん・・・」
「それからノリコ・・・・宿のおかみを、決して信用するな・・」
「え?・・・」
「いいな?・・・」

イザークは急に何を言い出すのだろう・・・・・ あたしは訝った。

でも、彼の指示には従うつもりだったから・・・、その時は無言で頷いた。


・・・――――


そして・・・・ それから後、町長との約束の夕の刻を知らせる鐘が、町に聞えてきた・・・―――――









馬で迎えに来た町長と共に、イザークは出かけて行った。


「イザーク、必ず、無事で・・・」
「ああ・・・」

あたしの掛けた言葉にイザークは短くそう答え、そして「エルギアス」や盗賊が出るというその峠に 向けて出発した。二人の姿が見えなくなるまで、あたしは宿の前の通りで見送り、それから宿の中に戻った。

でも、あたしはその時、気がついていなかった。

宿の戸口に戻るあたしをチラと振り返った町長が、口の端をやや持ち上げ気味に、僅かに笑った事を・・・・・


「・・エルギアス退治を引き受けるなんて、ホントに命知らずだよ、まったく。・・なんだろねぇ。あれだけあたしが、
 親切に忠告してやったって言うのにさ・・」

宿の中に戻ったあたしに向かい、おかみは呆れたようにそう言う。

「あのカッコイイのは、あんたのイイ人なんだろ?・・・気の毒に、もう戻ってなんか来やしないさ。・・・どんなに腕
 の立つ奴だって、あいつ等には敵いっこないのさ・・・」


その言葉は、あたしを酷く刺激した。

イザークとはそんな間柄ではないけれど、・・・酷く・・・胸が痛む。心配がない訳じゃない。でも彼は絶対に 戻ってくる、絶対に・・・・ だから、おかみの言うことには頷く事は出来ない。・・・それに・・・


―――・・・宿のおかみを、決して信用するな・・・


・・・イザーク・・・

あたしは、イザークに言われた言葉を思い出した。


「イザークとは、そんなんじゃ・・・違う・・・。それに、絶対・・・戻ってくる・・・凄く、強いから・・・」

帰って来ると信じてる。・・・必ず。だって、約束したもの・・・・


おかみの言葉には適当に答えて、あたしは、急いで部屋への階段を上がった。


ここで待ってろ・・・イザークに言われた通り、あたしは、ここで待ってる。それがあたしの今出来る事だから・・・

部屋に戻ったあたしは、後ろ手に扉を閉めた。


部屋の左側のベッド・・・・ イザークが今日使う筈だった・・・・
 
そして、ベッドの脇に置かれた彼の荷物・・・・


あたしは、その荷物に近づき、そしてその場に座り込んだ。イザークの荷物を抱え込み、うずくまる。

・・・・目を、ぎゅっと閉じた。


「エルギアス」って、どんな奴なんだろう・・・・

そして、盗賊。・・・・それから・・怪物まで・・・


きっと無事で、必ず、無事で・・・・ 「もしも」なんて思いたくない。きっと帰って来るから。


『・・無事で帰ってきて、イザーク。・・・怪我をしないで・・・死なないで。・・・絶対、絶対、帰ってきてね・・・』


その時、あたしの中にイザークに対する尽きることのない想いが、どんどん湧き起こってきていた。


この気持ちは、何だろう・・・ どうして・・・・ 解かんないよ。・・・説明なんて、・・・とても出来っこない。


でも、でも・・・・

イザークがいなくなったら、そしてもし、彼とこのままだったとしたら・・・


言いようのない感情が心の底から込み上げてきて、あたしは愕然とする。


そして、その思いは・・・ これからもずっと、イザークと一緒に・・・旅を続けられたら・・・どんなに・・・・・

そんな気持ちにまで・・・あたしの心を掻き立てた。


『イザーク・・・・』


気がつくと、頬に涙・・・・

伝うその涙に、指先で触れる・・・・


涙の・・・ 感触・・・―――――


・・・その涙が、あたしをまた更に・・・ 激しく・・・ 揺さぶった・・・・





(※これより以降は、三人称表記になります…ご了承願います)



日は既に落ちていた。そして、山道を馬で進んでいた町長とイザークは・・・―――――


「町長、あんたの逃げたというその洞穴とやらは、何処にある?」

「それを聞いて、どうする?・・・よもや、怖気付いたのか?あんたもそこへ逃げ込もうと考えているのか?」

くくく・・・ と町長は哂う。

町長の口調は、それまでのものとは違っていた。この余裕は、いったい何処から来るものなのか・・・

「そうではない。・・依頼主の身の安全は護らねばならんのでな・・」

イザークは、町長の口調の変化にやや訝る表情を示しながらも、淡々と答える。



「この辺だ、前にエルギアスを見たのは・・・」

町長の発言に、イザークは周りを見渡す。だがそれらしいモノの姿も、そしてその気配すら全く感じられない。

「ここで待っていれば、じきにそいつが現れる・・・・そいつ等が・・・・」

・・・町長は妙にそわそわしていた。そしてその顔には、むしろ【それ】の出現を待っているかのような、そんな嬉々とした色さえ伺える。 これにはイザークも疑いの目を向けざるを得なかった。


「・・く・・・くくく・・・くっ・・・・」

「・・・町長・・・あんた・・・・・・・・・・むっ!?・・」

訝しげに町長を見ていたが、なにやら気配が近づくのを、イザークは敏感に察知する。眉を顰める・・・

(何だ・・・大勢の者の気配・・・?)

一体や二体ではない、その気配。

「来たぞ・・来たぞ・・・くくく・・・」

周りの気配に気を配りながらも、イザークは、様子のおかしい町長を怪訝な目で睨む。

そしてその時――――

森や林の中から怒号と共に、大勢の男たちが姿を現した。

「!」

男たちは、皆その手に剣やくさり鎌などの武器を携えている。そして、町長とイザークの乗った馬を取り囲んでせせら笑う。 数にして二〜三十人といったところか・・・


「・・・ほう・・稀な方の盗賊どもが先に出てくるとはな・・」

男たちは皆、嘲笑ともとれる笑いをその顔に浮かべている。どの面も、一目で無頼漢と解かる体格を備え、イザークより もずっと体格の良い者達もごろごろいた。

盗賊どもの一人、首領格の男が、やおら口を開く。

「よぉ〜、若造。・・・てめぇ、渡り戦士なんだってなぁ〜〜、へへへ・・」

首領の男が何か話すごとに、周りの男たちも呼応するかのように、へらへらと笑っている。

そして町長は、馬に跨ったまま、その首領の男の後方に移動した。
その顔が、やはりニヤニヤと笑っている。

「まさか本気で、エルギアスを信じてるのかぃ?もしそうなら、相当めでたい野郎だぜ?あんたはよ」

その言葉で、一瞬イザークの瞳に光るものが走り、口の端の一方がくぃと上がる。

「なるほど・・・・ふっ・・とんだエルギアスだな。全てが、あんた等の仕業か・・・俺がここへ来る事も、既に知ってい
 たという素振りだな・・」
「おうよ・・・解かったら、有り金と身包み、そしてその剣。持ってるものは皆置いてくんだなぁ〜。それとも、俺た
 ちの手に掛かって、あっけなく最期を迎えるか・・・それもまた一興だよなぁ〜〜」
「何故、こんな手の込んだ事をする?」

イザークの問いに、男は、ケッ!と見下すような目つきで、横に唾を吐く。

「そんな事は簡単よ・・・人を襲って身包みを剥ぐのは俺達の仕事だ。それになぁ〜〜・・・俺はあんたみたいな
 渡り戦士っつうんが、でぇ〜きれぇ〜なんだよぉ〜。・・・だからな、たとえ有り金置いてったところで、あんたを見
 逃すつもりなんざ毛頭ねぇ〜がなあ〜・・・」
「・・・なるほど。人を襲うのに理由など関係なしか。結局は誰であろう、容赦はしないという事だな?・・・」

イザークの言葉にも、男はくつくつと笑う。

「俺達は、金と女さえ手に入れば、他のもんの事なんざぁ〜どうだっていいのよ・・・金は裏切らねぇ〜、それに
 女は用済みになれば、始末すれば後腐れもねぇ。まったくもって愉快だぜぇ〜?、恐怖に引き攣った野郎
 や女を、切り刻むのはよぉ〜、ケケケケ・・・その断末魔の叫びといやぁ〜、最高の余興よ・・・」
「なんて事を・・・・正気の沙汰ではないな・・・・・」

イザークは一層眉根を寄せ、今度は町長を睨むように見据える。

「こいつ等に手引きしていたのは、あんたなのか・・・?」
「ふん。・・・私も、実は渡り戦士が嫌いでなぁ〜・・・正義の味方面してたって、やってる事は賞金稼ぎに女漁
 り。所詮は同じよ・・」
「・・・随分と腐った根性だな。町が寂れていくのを懸念していたのではなかったのか?・・こんなことをすれば、
 益々人が寄りつかなくなるぞ!」
「ふん・・・そんな事など、どうだって良い・・」
「・・・っ!?」

訝しげに見るイザークの視線に、町長は嘯く。

「迂回路がある限り、どうだって道は行ける。だが、五日も余計に掛かる。道行きを急ぐ者は、やはりこの峠を
 通りたがるでな・・・ちょっと突いてやれば、大抵の者は峠の道を選ぶ。ふっふっふ・・・その様は、見ていて酷く
 滑稽だ」
「町長、あんたは・・・ 迂回路の安全性を説くのではなくその不便さを強調し、わざわざ峠の方を通るよう
 仕向けているのか?・・・」
「平たく言えば、そういう事だ。それと、護衛を付けるからと嘯いてな・・・もっともその護衛がまともに機能した試
 しはないが・・・くくく・・・」
「・・・町長・・・あんた・・・」
「こやつ等は殺戮が好きでなぁ。金と女に不自由さえしなければ、私に楯突く事もない。実に頼もしいぞ?」

しかし、イザークには、町長がそれだけの理由で、わざわざこんな企みをするとは思えなかった。

(・・・これが、自分の利益になるような事だろうか・・・・・)

(わざわざこいつ等に金をばら撒き、殺戮を楽しむ為に人を襲い金まで奪う。更に、在りもしない「エルギアス」
 まで担ぎ出すなどと・・・)

…・・・・・・

(・・・ん?・・・ばら撒く・・・? まさか・・・)

イザークの脳裏に、ある考えが浮かぶ。

――――・・・

(・・「エルギアス」の名を騙り、こいつ等に人を襲わせる・・・ もしや、わざと人の気をこちらに引き付けているの
 か・・・・? だとしたら・・・何の為に・・・・・・)

「俺達の数の多さに臆したと見えて、言葉も出ないかぁ〜?・・・剣士と言えど、大したことはないな。おまけに
 そんな優男の面構えじゃあ、剣の腕もそれほどじゃねぇんだろう〜!へっへっへっへ!!」

(・・いったい・・・何を・・・・)

男の不敵な台詞にも、イザークは動じない。気になるそのことを考えている。が、ある考えが浮かび、ピクリと、その身体が震える。

「!・・・・そうか・・・そういう事か・・・」


「けっ!・・・何をぶつぶつ抜かしてやがるっ!・・・やっちまえっ!!」

男達は怒号を上げながら、次々とイザークに迫る。

「!」

盗賊どもの迫力に臆した馬が怯え、嘶きながら前足を激しく振り上げた。だがイザークは、素早く馬から飛び降りて すぐさま剣の柄を握り、その刀身を引き抜く。そして矢継ぎ早に攻めて来る男達の剣と交えては、その鮮やかな動きで次々と弾いていく。

「なにっ!?」
「こいつっ!」



「死ねーーーーーっ!!!」

剣を構え奇声を上げながら、男の一人がまたイザークに斬り掛かる。

キィーンッッ!!

イザークはその男とガッチリ刀身を交えた。・・・互いに鋭く睨み合う・・・・・・

「ふん。てめぇ、なかなかやるようだなぁ〜、色男の面構えなんてしてんのによぉ〜・・」
「・・・あんたこそ、見かけで人を判断するな。面の皮の下にあるのは、皆そう大して変わらんのだからな」
「ふーん?・・・大した度胸じゃねぇか。へへへへ・・・」

こんな状況の中でも、男は尚も笑う。その様子にイザークも訝る。

「・・何がおかしい・・・?」

刀身を交えたままで、男はせせら笑いながらイザークに言う。

「・・・へへへ・・冥土のみやげだ、イイこと教えてやるぜ。てめぇ〜の連れてた女。もうすぐ俺達のもんよ・・・」
「・・・なにっ?」

男のいきなりの物言いに、イザークの顔色が変わる。
そして、交えた剣を弾き返す。

弾かれた男も、イザークを取り囲む周りの男たちも、せせら笑いを止めない。

「うりゃー!」
「むんっ!」

向かってきた別な男とも刀身を交えつつ、イザークは問う。

「どういう事だ?・・・・おまえ等、あいつに何を・・・・」

「へへへ・・・・今頃はもう、俺達の仲間の手に落ちてるぜ?・・くくくくっ・・・・」
「・・仲間・・・?」

それを聞き、額に嫌な汗が滲んだ・・・・・・・

「・・・宿に・・・向かわせたのか?・・・・」
「おおよ。それになぁ、宿のおかみも、実は町長の息が掛かってるんだぜ?」
「・・・・!」
「おかみに仲間を手引きさせたからなぁ・・・今頃は・・・へっへっへ・・・ まあ、金と女は有難く貰っといてやるぜ」

「・・くっ!・・・・・」

イザークの眉根は寄り、そしてその歯は噛み締められている。

(なんて事だ。宿のおかみの方には初めから警戒して、ノリコにも気を付けろと言ったが、更に仲間まで仕向け
 ていたとはっ・・・)



―――・・・イザーク・・・死ぬ、ダメ。・・・無事で・・・きっと・・・きっと・・・必ず・・戻って・・・



イザークの脳裏に、ノリコの表情と、彼女が掛けてくれた言葉が浮かぶ・・・・


(・・・ノリコッ・・・―――――!)


イザークの表情が一層険しいものへと変わり、その瞳に光るものが走る。 男の剣を鮮やかに弾き上げると共に、軽い衝撃波を繰り出し、その男を弾き飛ばす。

「うわっ!!」

空中に舞った剣は、遥か後方の地面にドスッ!っと音を立てて突き刺さり、衝撃波を食らった男はその勢いで後ろに吹っ飛んだ。

「!」
「てめぇ・・・」

「これ以上おまえ等の相手をしている暇はない。・・早々にカタを付けさせて貰う・・」

盗賊どもを睨むように見据えながら、イザークは言う。高めた気の力が蒼白く燃える焔のように 彼の身体に漲り、そして包んでいく。更にその瞳の瞳孔は、通常の人間のそれとは明らかに異なっていた。

流石に盗賊どもも、これには度肝を抜かれる。

「・・なに・・・?」
「き、貴様、能力者かっ!?」
「しかも、ハンパじゃねぇ!・・そ、それにその目・・・貴様ぁ・・・化け物かっ!?」
「くそっ!野郎っ!」

再び剣を構えた別の男が襲い掛かる。が、振り下ろしたその剣を避けるように、イザークは上に高く跳び上がり、 弧を描くように後方に一回転して着地する。

「なッ!」

彼の後ろを固めていた男達をも難なく跳び越え、盗賊たち全てをその射程距離内に収めた。

その長い黒髪が鮮やかに舞い、風に揺れる・・・…

「!」

盗賊たちは軒並み驚愕の色をその顔に浮かべる。だが、そんな男達に付け入る隙を与えず、イザークは前方に手を翳し、 気合いを入れた大声と共に、高めた力を一気に放つ。


「はああぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!」


彼の身体から放たれたその力。カッ!!と凄まじい光をほとばしらせ、大きな衝撃波となって繰り出される。
そしてそれは、その場に群がる盗賊どもを一気に襲い、飲み込んだ。


遠当て。イザークの持つ特殊能力の一つ――――

相手を蹴散らすだけではなく、時に殺傷能力も発揮し得るその技。

しかも、イザークのそれは、通常の遠当ての威力を遥かに凌ぐ。


陽は当に沈み、辺りは暗く空には星も見えているにも関らず、その放つ光の為に、昼間のようにその周辺が明るくなる。 そして男達は、誰もイザークの放った気の遠当てに耐え切れず、悲鳴諸共後方へ凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

男達を冷たい視線で見据えたまま、イザークは翳した手を降ろす。

苦しそうにうめき声を上げる者、そして、気絶してしまった者・・・・・・

それでも彼は多少手加減したのだが、遠当てを食らった者達は皆、その身を甚だしく強打しているか骨を折っているかで、 ほんの少しでさえ動く事もままならない状態だった。


「う・・・うぅ・・・」
「その様子では骨の二〜三本は折れているだろう。・・・命までは取らん、動かないで、大人しくしてる
 ことだな・・」




「・・・ひぃぃ・・・まさか・・そ、そんな・・・莫迦な・・・」

その場で事の成り行きを全て見ていた町長は、馬上で顔面蒼白となっている。
多勢に無勢で楽勝だった筈が、たった一人の男にいともあっさりやられてしまうとは。予想外の展開に、すっかり 竦みあがってしまった。

「町長、あんたに訊きたい事がある・・」

イザークの鋭い視線が町長を捉える。

「うわっ・・・わわわわっ・・・私は何も知らんっ・・・私は何も・・・・うわあぁぁぁぁぁーーーーー…!!!」

慌てて何かを否定するように町長は首を振る。そして半狂乱のように叫びながら馬を操り、町と反対の方へ逃げようとした。

「む!逃げるのかッ!?」

イザークは逃げる町長を追う。疾風の如く走り、そして跳躍―――――!
町長の乗る馬の行く手を塞ぐかのように着地する。

いきなり目の前にイザークが現れた為、馬は驚いて前足を振り上げ、その為バランスを崩した町長は落馬してしまう。

「うわっ!・・・うあああーーっ!・・・・くっ・・・たたたた・・・」

尻でも打ったのか、町長は四つんばいになりながら、苦痛に顔を歪め、しきりにそこをさすっている。

ザッ・・・! ――――目の前にイザークの足。

「ひッ!・・・・」

見上げると、イザークの射るように鋭く冷たい視線とかち合った。

「・・・町の財布をいいように操った後の帳尻合わせ・・・大変だったのではないか?・・・」

イザークの言葉に町長は愕然となる。

「な・・・・何故・・・それを・・・・」
「ふん・・・やはり思った通りか。己の相当な使い込みを隠す為に・・・こんな手の込んだ事を・・・」
「・・・貴様・・・カマを・・かけたのか・・・?」
「悪いが、これ以上あんたと問答してる暇はないッ!」

イザークは素早く町長の胸ぐらを掴み、引き寄せると、その鳩尾に一発拳をぶちかます。

「ぐっ!・・・・・」

拳を食らった町長は、目をカッと見開いたまま、その場に崩れ落ちる。そして気絶した。

「・・大人しく、町まで馬に乗っていて貰おう・・」


すぐに町長の身体を落ちないように馬にくくりつけ、もう一頭の馬の手綱も同じくくくりつけると、 町長を乗せた馬に素早く跨り、町へと急いだ。


(・・頼むっ!・・・間に合ってくれっ!・・)


「ハッ!」


掛け声で馬を煽り、イザークは急ぐ。・・・自分を待っているノリコの身に、何かあったら・・・・


―――・・・へっへっへ・・・女は有難く貰っといてやるぜ・・・


盗賊の一人が言った言葉が脳裏に蘇る。


「・・・くそっ!・・・させるかっ!」


それを打ち消すかのように頭を振り、イザークは町へと急いだ。




・・・自分は、彼女と一緒にはいられない・・・――――


本来、会いまみえるべきではなかったノリコ・・・
 
彼女を助けてしまった事で、こうして今も彼女と行動を共にしている。

いつかは離れねばならないと、そう思っていた。
だが、目覚めを狙う各国の手から彼女を守らねばならない・・・、それもまた考えていた。

何も知らない彼女の安全を確保すること・・・ それが、共に旅を続ける上での自分の成すべき事だと、そう思っていたから・・・

長く一緒にいる事は出来ないが、せめて彼女の身の安全を守る。

自分の意思に反してこの世界に飛ばされ、そして勝手に宿命を負わされた彼女へ、せめてそれだけは報いてやらねば・・・と。 そして、彼女の安全が保証される場所へ必ず連れて行く。それまでは、自分が彼女の砦となってやらねばならん・・・と。


この身に課せられた枷は重い。

そして彼女に課せられた宿命もまた、忌まわしく重い・・・


だが、その重荷に苦しむのは・・・苦しむのは・・・

自分だけでいい・・・―――――


・・・・・・…


何故そんな思いを抱くのか・・・… その事に一瞬の戸惑いすら覚えた。

だが、そんな思いに捉われながらも、イザークはただひたすらに馬を急がせる。


(・・・・・・ノリコっ!・・)






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