Celestial Saga - セレスティアル サーガ - |
3 天陽の道筋は、東寄りの中天半ば…――大路には人出もあって、賑わいを見せていた。 行き交う人の波を小路に抜けたアゴルは、路の裾に手頃な石積みがあるのを見つけ、その一つにジーナを座らせた。 「……見えたのか……?」 傍らに屈み、気遣わしげに娘を窺う。 大きな手が小さな手を包む。――頼もしく優しい父の手。軽く握るその所作で、ジーナの手はすっぽり収まってしまう。 漸くその齢十に満つるという、まだ幼気(いたいけ)な少女だ。先の動揺は幾分治まりを見せてはいたが、すぐに多くを語れる訳ではなかった。 若干まだ蒼い面持ちで俯いていたジーナは、父の問いに小さく肯いて見せる。 「あまり、いい見立てではないようだな……大丈夫か?」 「……う…ん……」 手の中には占石――心落ち着けるよう握りしめるそれは、ジーナにとって母の形見でもある。 大切に握るその様を見つめ、アゴルは浅く息を吐いた。 ――厄介なことだ…… 図らずもそんな思考を溢し、往来の喧噪へと幾分斜に視線を戻す。 娘は未来を占(み)る―― 未来に起こるというそれを、端々ではあるが今現在の出来事のように瞳の奧に鮮やかに移す。 外れたことのない予見。過日、現ザーゴ国主即位間際のケミル派による謀略も、見事言い当てた。 才は今も能力を増す。その娘が占たのだから、必ずそれは起きる。 やっと取り戻せた何気ない日常、平和なこの光景…… それが、また脅かされるというのか…―― 「少し休んでから、皆の許に戻ろうな――」 それでも、努めてアゴルは穏やかに微笑った。繕っても娘は掴んでしまうのだから虚しい足掻きとも言えたが、性分なのだから仕方がない。 この事態をなんとかしなければならない、という思いもある。まさにこの為に、世界を廻っている。 いずこでも同じ、大なり小なり悶着はある。先行きの光明を見届けるまでは、真の平安の喜びに沸ける日はやってはこない。 そしてやはり、父のそうした思いをジーナは捉えている。 ジーナもまた、心配をかけぬようにとその顔に漸く、儚げながらも笑みを浮かべた。 ――そうして再び、肯いた。 ◇ 「私の歌は、占者の言葉を基にしています。夢多き部分と、夢多きが為に現実を見据えなければならない部分との二つを成し、人々に伝えようというものです」 「デラキエルとアジールとは……人か」 端正な面差しに幾分笑みを浮かべながら、詩人は頭を振る。 「占者はそこまでは伝えてはいませんね。それは、あなた方も、この国の占者の言葉から既に承知尽くなのではありませんか?」 「――ならば、貴様の歌の『人』とは、貴様の言うところの夢なる部分か」 「ええ……しかしながら、想像を拡げ、期待を込めるという意味で謂わしめるならば……私は是非、真の人であれ、と願いたい……」 「それは、如何ゆえか」 「自らの意志で、光についた――占者は、どの国の者も例外なくそう告げました。何故にその意志を汲み取れたのか、そして当の者達の持つ意向とは何であるか――…ということに始まり、また尽きると、私は思いますが。意を伝える術(すべ)があるなら、その者は少なくとも形成す存在であり、しかも、言葉を操れぬ獣の類とは一線を置く思考を持つ者でもあろう……そのように私は捉えています。――そして、そんなデラキエルを光に導いたアジールには、殊に、夢を重ねます」 「それも、占者の言葉ゆえか」 「……そうですね。光の側に立ったデラキエル……誘(いざな)ったのは、他でもないアジールである。世に蔓延る魔の伝承が浄化されていくようで、私はとても嬉しく感じましたよ」 「何ゆえに、女子(おなご)であると捉える……」 「光と愛とは、その根底において非常に温かなものです。そしてそれは女性に、幾多の象徴を拝むことができる。この町にも美しい女性達がたくさんいらっしゃいます。私の歌を聴いてくれる女性達は皆、素敵な方達です。――ただ……」 言って、僅かにその目を伏せる。 「ただ……? なんだ」 「……いえ、……どの女性も美しい方達であるのですが、その中で特に、柔らかな印象の方が一人。あの方は光に導きし者、『清らかなる乙女』に相応しい雰囲気を持っていると……」 男達は、幾分興味深げに見開いた。合わせてその時、カチリ――と微細な音がする。詩人は僅かに目を上げた。 「そんな者が、この町に存在するのか?」 再び詩人は頭を振る、それは、些か自戒を含ませるような吐息と一緒だ。 「あくまでも、私の主観です。あの方なら……そうあって欲しいという想いもあります。いや……重ねて見ているなど、あちらには迷惑でしかないでしょうが…… ……そう、私の主観は、物事を叙情的に見つめるゆえの実である……ということです」 「些か、抽象的にすぎるな」 顔を上げ、再び詩人は微笑う。ただ、今度のそれは男達に向けたものだ。 「現実のみを求めるなら、私などにものは訊ねないことです。私は、時の夢の語り部にすぎない……物騒な物を下げていらっしゃる方達には、見えない真実でしょう」 男二人の表情が若干険しくなる。一見して解りづらいが、彼らは腰に――上着の内側に巧みに隠していたが――剣を帯びていた。 夏であってもこの時期、大陸の爽やかな風が大地を通る為、上着の着用自体は不自然ではなかったが…… 「貴様……」 「物事を見つめる眼には、二通り……現実を見据える文字通りの眼、そして内面を見る心の眼。 私の言葉が気に障りましたら、謝ります。しかし、あなた方の雰囲気は、些か人を威嚇しすぎのようですね。――それに、剣帯の留め具に柄が触れる音でしょうか。先ほど僅かですが、耳に届きました」 微笑う詩人の言葉に、男達は束の間二の句が継げなかった。 「……質問を変えよう。貴様の言うその女とは、この場所によく来ているのか」 「おいでになってますよ。時には、お連れの方と一緒に」 「連れ、だと?」 「きっと、恋人であるのでしょう。仲睦まじげに見受けました」 男の一人の面に、蔑みと取れる色が浮かび上がる。 「親密な者があって、清らかなる者とどうして言える」 「……これはしたり。――やはり、他の方々とは異なるものを感じたからですよ。……そう、互いへの敬意、とても尊い、そして柔らかい……殊に、男性が女性を大切になさっているのがよく伝わってきます。見受けた限りで言うのですが、常に傍らに附き護るそれは、さながら聖なる騎士のようです。――そして女性の方も、その男性をとても大切になさっているようでした。穏やかな笑顔を為せる方です」 「その者達は、この町の者であるのか」 「そこまでは……私は旅でこちらに来た者ですから。さあ、もう宜しいでしょうか……? 娘さん達が、私の歌を待ちかねておいでだ――」 詩人の視線に倣い見回すと、広場には次の語りを楽しみにやってきたらしい娘達が何人かいた。詩人とずっと話をしている些か場違いな様相の男達へ、心なしか非難めいた眼差しを向けているようにも見える。 「宜しければ、あなた方も聴いていらしてください。心の眼は、全てを柔らかく見つめる力を持っています。もしあなた方が、光を歓迎なさるのでしたら…――」 そうして竪琴に指滑らせた詩人の生む音色が、娘達の表情を柔らかく変えていった。 そして、憮然と些かの困惑とを合わせ割ったような顔で男達は暫しの間留まっていたが――僅かに目線を合わせ頷くと、その場を後にした。 ◇ その夜は、月がなかった。 しんと静まった街の界隈には、酒場から帰る酔い客が多少見られただけだった。 クレアジータ邸の応接間には、イザークとノリコ、そしてバラゴ、アゴルとジーナ、更には、国府から戻ったクレアジータ、彼らと共に戦った灰鳥の元戦士達……ダンジエル、ローリ、ウェイ、カタリナ等が集っていた。 彼等は、昼間ジーナの占たという兆しについて、話し合っていた。 男達などは腕を組む者もあり、皆一様に難しい表情を晒した。そして女達も、気遣わしげな面持ちで成り行きを見守っていた。 思案するように目を伏せていたクレアジータが呟く。 「不穏な陰と人々の逃げ惑う姿……複数の馬の咆哮、砂埃に赤く流れる印、ですか……」 「馬で攻め込むっていうのかよ。それに赤い印ってのは、あれか、流血か何かか。――そのヤバイ奴等ってのは、誰なんだ?」 問いの言葉を発したのは、バラゴだ。 「ジーナに見えたのは、人がたくさん集まっている場所だ。男も女も、年齢関係なく。そこが惨劇の場になる可能性がある」 「……男女、年齢関係なく集まり……賑わう場……」 「イザーク……それってもしかして、祭りの会場?」 アゴルの説明にイザークが呟きを落とすのを、傍らに控え、ずっと考えるようにしていたノリコが見上げた。そして発言に皆の視線が集まる。そんな風に注目されるのはさすがに恥ずかしく、若干ノリコは頬を染めた。 「えぇと……いろんな年齢の男女がいて賑やかな場って言ったら、多分お祭りの会場か、市じゃないかなって思って……」 「なるほど、今度の収穫祭が危ないかもしれない……ということですね」 「んなもん、そいつ等の根城を見つけりゃ済むことじゃないのか? 一網打尽によぉ」 「幾つかめぼしい場所は見えている」 「幾つか?」 「複数だ。それらしい気配をジーナが占た。ただ、どういう訳か、首領格の影が掴めない」 「あ? なんだそれは」 「……詳細は判然としない。だが、首領格ではないというのがジーナの見立てだ。それだけ向こうも用心しているってことなのか。……恐らく根城を押さえていっても、捕まるのは下っ端だけかもしれん」 「……あの……」 父親の傍にいたジーナが口を開いた。 「男の人の叫び声が、聞こえたの。それは、逃げる女の人や子供達の声とは違って、追いかける者の声なの。でも、その声の持ち主は見えてきた根城では姿が結ばれない……そこにはないと、石が伝えているの……」 「一所に落ち着かねぇってことなのか?……確かに用心深いかもしれんが、叫びながら追いかけるなんざ、随分悪趣味な野郎だぜ。――ま、」 俺もかつては悪趣味な野郎に、飼われていたっけな……と、続けざまにぼやいたバラゴのそれには、皆の間からも失笑じみた声が洩れた。 「……それから、あの……」 それを口にして良いのか、幾分躊躇った。そして父親を見上げるように目線を上げた。 「この際だ、ジーナ。見えたこと、聞こえたこと、全て皆に話すといい」 アゴルの口添えもあり、どきどきする胸を押さえながら一呼吸置く。 「あの……その男の人の声が、言っているの。……清らかなる乙女を捕らえろ、殺せ……って」 「清らかなる乙女? なんだ、そりゃ」 「サーガに出てくる文言だ、バラゴ」 サーガぁ――? そうバラゴは目を剥き、イザークとノリコもぴくりと反応した。 同様に灰鳥の元戦士達も、そしてクレアジータも、瞬いた。 「サーガ……って、広場の吟遊詩人のアレか?」 そうだ――と、アゴルは頷き、その後をジーナが継いだ。 「光が戻ってきたことに、誰かが凄く憎しみを持っている。デラキエルに、そしてデラキエルを光の者にしたアジールに……それで、探して…」 待ってください――! と、身を乗り出したのはウェイだ。 「だからといって、それが何故収穫祭を狙うことに繋がるんです? それよりも前に、デラキエルとアジールがいる場所を特定するなんて無茶です。それが何処かの一国……それもこの町に在るなどと、どうして――」 「だよな……知る人間は僅かだ。まして、俺達ですら、それが人であるとは最初は思わなかったんだぜ? なのに、まるで既に目星が付いてるような展開だな」 「いや、本当に解っているかどうかは、怪しい。祭りを照準にするのは、どう考えても無差別的だ」 組んでいた腕を解くと、クレアジータは、たった今呟いたイザークを見据えた。 「――先般、反抗勢掃討の際、捕らえきれなかった者達の存在がまだありました。 闇の勢力が跋扈(ばっこ)していた頃と違い明らかに衰えてはきていますが、やはり逃げ仰せたそれが、少々気掛かりでした…… 光の糧の影響により彼等の意気が自然消沈するなら良し――そう、幾ばくか望みを託していたのですが……どうやら消えることなく自分達の存在を隠し、その期を計っていたのかもしれません」 イザークは頷く。 「祭りは、復興の象徴だ。照準に据えるのには好都合だろう。女や子供までを狙うなら、見せしめの意に近い」 バラゴが舌打ちした。 「姑息な足掻きだぜ。自分等にとっちゃ上等な芸当だと踏んでるんだろうが、やられる方は堪んねえ……」 「無論、人的被害を出すつもりはない。その所在を突き止め、事前に食い止める。仮に最悪の場合となっても、惨劇は防がねばならん」 クレアジータも頷いた。 「町の占者にも首謀者を占わせましょう。他に何か掴めるやもしれません。……それから、ジーナハースさん――」 クレアジータの穏やかな視線を受け、ジーナは若干どきどきしながら、ジーナでいいです、と改まり、クレアジータもそんな健気な少女ににこりと頷いた。 「占者としての才を持っていることで――ですがその為に、まだ年若のあなたに、惨い場面までを見せてしまったようです。町を穏やかに治めるのは、私達大人の責務です。笑顔で暮らせる町を取り戻すと、約束します。ですが――」 言って、その顔が更に気遣わしげに歪む。 「あなたの占の才に頼らねばならない場が、この先にもあるかもしれません。できるならば、辛い思いはさせたくはないのですが……」 「……あ……あの、あたし……大丈夫です。いろんな場面は見えてくるけれど、でも……お父さんや、皆が、他の人が悲しまないように、頑張ってくれてるから……」 「あたしも、います」 声を掛けたのは、ノリコだ。ジーナの肩に両の手をふわりと置く。 「大したことはできないけれど……ジーナを抱きしめたり、慰めたりはできますから」 「――有難う、ノリコ。恩に着る」 そう微笑うアゴルに、ノリコははにかんで見せた。 「有難うございます。皆さんの力を、お借り致します――」 なぁ――と、バラゴはイザークに横目を向けた。 「おまえ達のことが、割れてる訳ではなかろう?」 イザークは、些か思案げに目を伏せる。 「……あり得ん、と思いたいところだが……どういう訳か、探しているらしいな」 「――普通に考えて、この町にいると思うこと自体が不自然です」 遣り取りに、ローリが加わる。ダンジエルやカタリナ、そしてウェイも後方に佇み、頷いた。 「占者の言葉は世界中で伝えられた……しかし、デラキエルとアジールの存在は、まだ人々にとって抽象的な像であるにすぎない。もし探していたとしても、この町に、それも一派の残党が見当をつけられるとは……考えにくいです」 「――んじゃあ、あれだ。やはり逆恨みで見せしめで結局誰でもイイんだってことだ。そうだろ? だから手っ取り早く人出のある祭りを狙うんだろうが。そうじゃないのか?」 苛ついたバラゴの声音の後、イザークは浅く溜息をついた。 「正体が敵に知れているというのは、考えにくい。……だが、確実に奴等は町に潜んでいる」 「祭りを中止、あるいは順延という手段もありますが、その為には人々に事の次第を説明しなければなりません。明らかになっていない敵方にも、それが伝わる恐れがあります」 クレアジータの説明はもっともだ。万歳宜しく、バラゴは天井を仰いだ。 「だよな……しかし腑に落ちねぇ。恨みを持ってそれで探して、どうするつもりなんだ、そいつ等は。捕らえてどうにかしてぇのか?」 「バラゴ……」 「ただ亡き者にしてぇのか、それとも、先の諸々の御国方同様、利用価値があると踏んでるのか。 ――だがな、軍隊出すならいざ知らず、私憤程度でデラキエルをどうにかできると考えるなんざ、余程メデタイ野郎だぜ?」 「……」 「……もはや、敵方にもゆとりがないのでしょう。単なる私憤でしかないそれに自らを貶めても、世の安寧を受け入れることができないのだと……ただやはり、そんな私憤の為に、人々を恐慌に晒す訳にはいかないです」 クレアジータの言葉に、皆はしみじみ頷いた。 「――とにかく」 イザークは一度皆に視線を向ける。 「警戒を怠らんことだ。そして、そいつ等の根城を早い内に叩く、それが優先となるだろう。仮に祭りを中止にできたとして、敵方が消えてなくなる訳でもない。自然消滅を期待できるほど、根は浅くはなさそうだ。ならば、当日迎え撃つ事態も視野に入れる必要がある」 「……でも、それじゃあ」 ノリコの問うような呟きに、イザークは頷く。 「あくまでも最悪の場合を見越して、と言っておこう。それまでに敵方の頭数を減らすことができれば、当日の混乱も抑えられる。――無論、首領格を押さえられるならそれに越したことはない。 そしてもし最悪の事態を迎える場合でも、怪我人は出さない。なんとしても、全員をしとめる――」 「……ね、イザーク……」 各自の部屋に戻った後。――燭台の灯に火を点すイザークに、ノリコが声を掛けた。 振り返ったイザークの問う視線に、なんと切り出して良いか幾分あぐねつつ、彼の懐近くまで歩み寄る。 「……まだ、狙っている人達が……いるのかな……」 それが、自分達に対してであるというのは、言わなくても解ることだった。イザークは浅く息をつく。 「……解らないが……未だ根が絶えていないというのは、確かなようだ。そして、祭りが狙われているというのも、ジーナの見立てから間違いないだろう」 「……関係のない人達を巻き込んでしまうのだけは、避けたいわ……特に……」 子供達は…――と、目を伏せるノリコの肩を、イザークは抱き寄せた。 「そうならないよう、善処する」 「……うん……イザークも」 「……」 再び問う気配の微かな動きに、ノリコは伏せていた視線を上向ける。 やはり、眼差しがノリコを捉えていた。 灯の光が互いの瞳に映えている。気遣わしげな色を纏ったノリコのそれが、僅かに潤みを帯びて、揺れる…―― いつも互いを案じている。もどかしく、切なくなるほど、互いを案じている。 何もない時でさえ当たり前になっている気遣い。良からぬ兆しが見えたならば、尚のこと。 透き通るような細い声で、もう一度――名を、呼んだ。 「――怪我を……しないで」 そして誰も傷つくことのないように、と、願う…―― 誰かが誰かの為に、悲しい思いをする。そんなことなどあって欲しくはないし、それが自分達に起因するなら、身を削がれるに等しかった。 抱いていた肩の右手を、イザークはノリコの頬に移した。 柔らかなそれを軽く覆ってしまえるほどの、大きな手。その指の腹を、次いで掌を、乳白の肌にそっとなぞらえるように添える。 まるで壊れ物を扱うようなその仕草が、気遣う様と共にどれほどの愛情を、震え泣きたくなるほどの想いを伝えているか―― 力だけを見るなら、デラキエルはかすり傷一つ負うまでにも至らないだろう。 たとえ駆り出すそれが軍隊であろうと、彼の着衣にたった一箇所綻びを拵えることも、その髪の一房を掠めることもできないのだ。 だが……その照準にあろうことかアジールまでが、据えられている―― ――過ぎし日、聖地と呼ばれたあの砂漠の岩棚で…… この世界にノリコを留めるに気掛かりであったのが、彼女の保身だ。 世の立て直しにノリコを連れて歩き、その身を危険に晒すような事態にはなるまいか―― 苦渋の中、還しても致し方なしと思えたのは、何よりその身を厭うてのこと。何より、その安寧を願ってのことだ。 物理的な勢力に対峙する術を持たないノリコを危険に晒すのは、断じて許されない。 何としても護りたいのだ、と…… 「――ノリコ……」 嫋やかな肢体は、逞しい腕の中にいとも容易く収まる。離れがたいそれを込めるかのように、ノリコはイザークの背に腕を廻した。 応えるように同じく背に廻される腕。そして、抱擁―― いつも護ってくれる頼もしいそれは、この世界で知り得るどの存在よりも力強いのに、同時に、途方もなく優しくて。髪を伝う指も掌も、額に落とされる唇の温もりも、どれも、この時が永遠であれ――と願わずにはいられないほど…… もっと何かを伝えたかった。その唇は、しかし僅かに開いただけで、込み上がる想いも言葉にならず、ただ、あえかに震えるだけで。 消え入るような声で、イザーク…――と囁いた。それで、精一杯だった。 再び頬に手が掛かり、上向かされ、重ねられた唇―― 惜しむように、大切に――幾度か、啄むようなそれを繰り返す。 そうして伝わってくる、優しい温もり。 抱きしめられ、包まれ、感じた一等の心の安寧に、声を上げて泣きたくなり…―― 堪えるような涙が一筋、頬を伝い降りた。 ◇ 翌日―― 危険回避の為に廟への参拝に同行したイザークだったが、これまた共に行くと告げたイザークにノリコはやんわりとこう告げて、市へのそれを辞した。 「今日だけ……ううん、朝だけはご免なさい。えぇと、そのね……女の子特有の物を、ちょっとだけ、見てきたいの……」 それが女の子しか関心を示さない物であるのか、女の子しか所持を許されない、男にとっては干渉無用の難物であるのか…… イザークのこれまでの人生たかだか二十二年……"女の子特有" を心に描ける数など片手で存分に釣りがくる。 顔を真っ赤にするノリコにイザークもそれ以上は言えず、ましてどういう物かと訊ける筈もなく、渋々ながらも諾と言うしかない。その上、ここで待っていてくれ――と広場まで指定される羽目になっては、もう苦い笑みを醸すしかないだろう。 「だが、気配はずっと追っている。変事には、すぐに駆けつけるから……もし…」 「――何かあれば、すぐに俺を呼べ」 「……ノリコ……」 ……先手を打たれた、そんな感のイザークにノリコははにかんで見せる。 「大丈夫、ちゃんと言われた通りにするよ。有難う」 呼べだの、駆けつけるだの、他の誰かに聞かれたところでさっぱり掴めぬ会話であるから、二人とも間近で小声で話していたのだが、ここで――と、指定されたその広場に立ち、やれやれ、とやはり苦笑いの溜息を洩らしながら、市に駆けていく愛らしい後ろ姿を見送った。 人の集まる場ならば市も危険が及ぶ場であるには違いないのだが、さりとていったい何処でアジールの見当を付けられるのか……という疑念もある。 何もなければ良いが……と一抹の杞憂を浮かべてみたところで、クスッ…と堪らず溢したような笑いが聞こえ―― その主である詩人にイザークはおもむろに視線を向けた。 「今日は、置いていかれましたか」 イザークも苦笑で返す。 「そのようだ。あんたの歌を聴きたい言っていたから、後で共に聴かせて貰おう」 「大変光栄です。どうぞ、存分に。――ところで……」 そこらにまだ乙女達がいないのを見計らい、さっきまで笑顔だった詩人が真顔になる。 「……あまり大きな声では、言えませんが」 ――そう、些か憚るように前置きしたその男に、イザークもまた訝しげに眉根を寄せた。 すみません、大変に遅くなりましてっ(平謝りっ) で、一回のテキスト量を抑えているので、あまり話が進まない……というぼやきは明後日に飛ばしておくとして(苦笑) なんだかんだ言ってもアゴルさんは良き父親してると、個人的には思っている私。 なんだかんだで失言の多いお茶目な彼(でも今回は失言はない(笑))ですが、やっぱり頼もしいお父さんっ♪^^* 灰鳥さん達は、全員に喋らせると誰がだれ?で収拾がつかなくなるので、一部の方だけにセリフを用意しました。 ローリさんとウェイさん。お二人の年齢は如何ほどかしら…と考えてしまいました。いや、若いのには違いないだろうけれど(苦笑)… うんと若ければバーナダム君風に熱血漢まっしぐらなんですけど、そんな感じでもない。割に二人とも落ち着いた感じ? ローリさんはウェイさんよりもウェイ(上)だと思う。←すみませんっ、詰まらんダジャレ…orz で、肝心のお二人様^^* 仲良き良き良き(笑)場面と書くと、照れます。嬉しいんだけど、照れます……何故?どうして? 抱きしめるだけでも、充分熱いのぉ……と思えてしまう。……っていうか、今回の話で、ちゅー出てこないかな?と思ったんですけど(苦笑) しかし、何度書いても、描写難しいです。ちぅ以上ですと手が震える…何故?ど(以下略 なんか、イマイチ設定が甘い部分もあるのですけど(や、甘いとこだらけだ…)、推敲で書き換えなんぞも多い私なので…… イザークさんに遠当て食らいながら、頑張ります(><) 次回も宜しくお付き合いください。 でも………冗談抜きで、最終回年越しそうな気配。やーん(><) まだ最終まで、まだまだまだまだま……やーん(><) 夢霧 拝(10.11.20) Back Side1 Next |