Celestial Saga - セレスティアル サーガ - |
6 「さっきから聴いてりゃ、てめえ……いったいどっちの味方だあ!?」 吠える男の傍らで、頬に傷のある男――ゼフ――は杯の中の液体を僅かばかり揺らめかしては、くつくつと笑っている。 「っ、笑うんじゃねえ、ガーラ……」 「愉快だから、笑ってるんだ」 悪びれもせず呟いた後、杯を卓上に戻した。相変わらず失笑に欠かない男だ――そう思ったが口には出さず、片側の口角を軽く上げる。 「占者殿が、困っているだろう」 「気に食わねえんだよ、さっきから聴いてりゃこの爺ぃは、忠告ばっかりじゃねえか!」 「占者とは、そんなものだ。……なあ?」 「吉凶を申し伝えるのですから、そのような時もありましょう……」 「けっ、胸くそ悪いぜ……」 呟くと、乱暴気味に酒を注いで一気に呷った。派手な音を立てて卓上に戻し、奥歯をきつく噛み締める。 「重臣にまでなった親父は罷免だ……兄貴だってステニーの役所分室長を降ろされたんだぜ。横領だ横流しだと難癖つけられてなあ! 今じゃ二人とも、モーズクとの国境の荒地で夫役だぜ! くっそおおお……」 「……ふ、難癖か」 そこは裏打ちあっての罷免なのだから、無論、難癖などではない。それでも、こうした文句は、吠える輩に普遍であるということだろう。 「あんたは、逃げたんだったな……くくく」 「やってられっかよ!……ったく、泥まみれの夫役なんてよお!」 吐き捨てるのと同時に、男は背凭れに勢い身を預ける。 「ドロレフの名では、拙いのか?」 「格好悪いじゃねえか、親父と兄貴が夫役なんだぞ!」 「だが……あんたも、ステニーじゃいい目を見たんだろうに」 「だーから、捕まる前に逃げたんだ! 暗闇に乗じてってヤツだ……だが、まだ足りねえええ……」 都合良い解説のつもりなのだろうが、ゼフには失笑しか湧いてこない。身内を見捨てての夜逃げ。挙げ句、まだ悦楽が足りぬとほざいている。 「まあ、いい。――で、なんと呼べばいい?……頭殿」 「あ?……ン、そうだな〜……」 上になっている足の先をゆさゆさと揺さぶりながら暫く天井を眺め、考える。そして閃いたのか、その目をかっと見開いてから、鼻息も荒く身を乗り出してきた。 「レフロウドってのは、どうよ?」 「……」 一瞬、ゼフは固まり――占者の男は、唖然といった態を晒した。 「……レフロウド……殿、ですか?」 「おおよ、いいじゃねえか、格好いい名だぜ。頭らしいだろ? はっはっはー!」 「……く……なるほど」 無表情から一転、喉を鳴らすような笑いを禁じ得ずにいるゼフに目をやり、占者は浅く溜息を洩らす。 「で……頭としては、この事態にどう出ていくのかな?」 「あ?」 「現状ではこちらに分が良いとは言えぬようだ……頭として何か良い案があるなら、呈示願いたいものだが?」 自称レフロウドは一瞬真顔を晒す。その後、困惑めいたそれを気取られぬよう憮然とした面構えで今度は静かに酒を注いでから、杯を傾けた。 「その為に占者がいるんだろうが、あ? そうだろよ、爺ぃ」 「…………レフロウド殿」 「爺ぃと……おお、それからガーラ、おまえとで考えろ、な? それに、ほら、なんつったか……ああグスタだ、あのトーヘンボク野郎もいたよな? へへ」 「あんたは、考えないのか?」 「頭はふんぞり返ってりゃイイんだぜ。おまえ等の監督……そうだ、そうだぜ、監督だ! おう、巧い案を出せよ、かっはーっ!」 一人納得したように頷きながら、男は杯に残った最後の酒を干す。そして、気分良く凭れながら、とびきり大きな欠伸を洩らした。 「……眠いぜ……くそ」 そうして、呟きながら立ち上がる。 「俺は寝るぜ。後は任せたぞガーラ」 ニヤリと歯を見せた後どかどかと部屋を出ていったドロレフの弟を、黙視のみで見送り…―― ゼフは、静かに杯を手にした。 「ゼフ殿……」 「ガーラでいい。あんたとは、旧知だ。……ふ、……頭か……ふっふっふ」 喉をくつくつ鳴らす笑いが治まらない。男は暫く笑い続け、不意にその笑みを止めた。 「誰が、無能だ……」 ――居合わせる者に戦慄を覚えさせるような響きを帯びた、声音。 加えて、鋭く眼が光る。 「何もできん甲斐性なしが……」 「ガーラ殿……」 「奴の首をへし折るのは、簡単だと思わないか……?」 「軍隊にいらっしゃったあなたには、造作もないことでしょう」 「軍か……ふっ、軍といえども大したものではないな。ほぼ前線だ……所詮は傭兵と変わらん」 「大将の地位も、遠いものではなかったでしょうに……」 「階級に執着はない。……だが、奴は気に入らん。父親の地位に乗じて他を見下すのが常だった。そのくせ都合が悪くなれば、逃げる……意気地なしが」 些かのやるせなき色を垣間見せ、占者の男は嘆息の息を僅かにつく。推して量るに、難くはなかった―― ドロレフ兄弟の父親は、中央で大臣の職にまで成り上がった。数年前のことだ。 武闘派のガーラ・ゼフは軍に、そして彼の父親は軍の中枢位にあった。しかし、大臣職である兄弟達の父親の方が若干地位は高かった為、それが彼等兄弟をのぼせ上がらせることとなった。 階級など幾らの差でもなかったろうに、その "些かな部分" にドロレフの弟はしがみつき、権力を誇示した。 兄の方はと言えば、これも父親の権力を傘にいい目を見てはいたが、影の権力争いにはそれほどの頓着を示さなかった。こちらは、楽なぬるま湯を好む傾向が強かったと言える。……だが、双方共に今や、である―― ドロレフの父親は兄弟の上の方と共に夫役に下り、失脚の際に道連れにされたガーラ・ゼフの父親は、現在も収監中だ。 兄弟達の父親の失脚には、イザーク達によるクレアジータ救出の顛末も一枚噛んでいる。もっとも、ゼフもこの占者の男も、その委細――関わった人物等――までは知らなかった。 「では、何故にあの方をお仲間に……?」 「穏健派を潰すとカマを掛けたら、すぐに乗ってきた。弱いくせに吠えるのは好きらしい。奴はそして金も持っていたな。財産没収の前に家からどっさり持ち出したと、俺に自慢したのさ。だから、少々煽ててやったまでだ」 「……お立てになるのですか……あの方を……」 「そう見えるか」 「少なくとも、占いにはそう出……あなたは、それをなさろうとしている」 「くくく……そうだな、頭と名乗るからには、起(た)って貰わねばならんだろう……奴が望んだ地位だ、相応しい場だろうが」 「……ガーラ殿」 「既に事は動いている。もはや穀潰しにしかならん奴に、価値はない」 告げたゼフの笑みが消えていた。 「奴のあの面を、再びこの町で拝む羽目になった時の俺の心境が解るか……俺は、デラキエルとアジールも気に入らんが……ザリエは、それ以上だ」 「……恐ろしい御方だ、あなたは……」 ゼフは軽く見開いた目をし、改めて占者を見据える。 「ふ、最高の褒め言葉だな。……で、カッザよ」 「……はい」 「腹を割った話だ。どうなんだ……?」 今宵初めて、男は占者の名を口にした。そして、男の問いに、占者は苦悶にも似た色味を漂わせる。 「何を訊きたいのか、解っているのだろう……?」 「……申し上げて宜しいのですか」 「勿論だ」 占者は、何度目かの深い息を吐く。 「芳しい実では、ありませぬ……」 男は感情の篭もらない目で暫し占者を見据えた後、――ほう、と……感嘆にも似た声を発し、僅かに苦笑してみせる。 「相当の切れ者が、向こうにはいるらしいな」 再び喉をくつくつ鳴らして笑い、それは暫くの間続いた。 一頻りそうした後、男は上着の懐から小さな紙包みを取り出して開き、中の粉を自分の飲んでいた杯に投じ――軽く全体を揺らめかした後、一息に飲み干した。 そうして再び、薄く笑う。 「あんたの薬はよく効く。……少しばかりの昏睡と、そして、精神の攪乱と……さすがの俺にも、解毒が必要だ」 占者の眉根が、再び顰められた。それを見遣り、再びゼフはほくそ笑む。 「楽しみだな――」 静かな部屋に、その声だけが響く。 自称レフロウドのささやかな天下は、続くことはなかった。 ◇ 夜明け時に、些かの事態の変化は訪れた。 「イザーク」 朝―― 階下に降りたイザークは呼び止められ、呼んだ主の方をちらと見遣った。食堂からバラゴが出てきていた。 「――済ませたのか」 「ああ、旨かったぜ。――アゴルは先に出た、行き先は役所だ」 イザークは頷いた。 「聞いたか? 今朝のことだ」 バラゴの問いにイザークは束の間置き、再び頷いた。 「なんかよ、俺はよく知らないんだけどな、このメルアよりかなり北の……ステニーって町の奴だそうだ」 「……らしいな」 「夜明け間際に、軍の連中がご丁寧に早馬でやってきたらしいぜ。ぎゃあぎゃあ喚きながら連れて行かれたんだってよ、そいつ……ああ、なんていったかな、ド……ドォ…」 「……ドロレフだ」 イザークの言葉に、ああそんな名だったと、バラゴが継いだ。バラゴは笑っているが、イザークは依然表情を硬くしたままだ。 先ほど、ダンジエルが来ていた。昨日依頼した件の首尾と今朝方のそれを告げていった。 昨日の依頼に関してはともかく、今朝の捕り物のそれはダンジエルにも寝耳に水であったようだ。 「頭が、捕まった?」 「軍の早馬により十数名の兵士が今朝方。頭と思しき人物を一名、そして手の者数名を共に連行していったようだ」 イザークにも、ダンジエルの報告は寝耳に水だった。 「ドロレフという姓に、覚えはあるか?」 「ドロレフ……」 よくある名ではない。だが、そもそもが人の名にそれほどの関心を示さないイザークだ。言われなければ忘却の彼方。あまつさえ関心の薄い分野など、比較にも上らない。 なのに、音にしてみて気付いた。――初めて耳にしたという気がしない。 印象はすこぶる薄い。が、なんというのだろう……実害を及ぼすものを本能が敢えて弾くような……あまり関わりたくない次元の名に思え、軽く眉を顰めた。 傍にはノリコもいて、彼女もまた、なんとなく聞き覚えのあるその名を暫く反芻し、あっと目を瞠った。 「イザーク……ドロレフって、確か……」 「……ああ、思い出した」 「ふむ……ステニーの町で、クレアジータ様救出の折、時間稼ぎをして貰ったことがあるな……その館でまみえた住人の一人、兄弟の弟の方だな」 「えーー……っ」 嘘…――とノリコが上ずった声を洩らした。イザークも好反応ではない。不愉快そうに、更に眉根を寄せた。 共にステニーでまみえた男。ドロレフ兄弟の弟といえば、虚勢を張るのが得意の、だが大したことのない男という印象しか二人にはない。もっとも、どんな強い男であれ、イザークに掛かれば皆大したこともない――になってしまうのだが。 ノリコなどは、"大切なイザークに唾を飛ばした酷い奴" という記憶まで蘇った。愛らしい眉がぐぐっと寄り、すっかりおかんむりである。 「……妙だな」 考えるように、イザークは若干目を伏せた。 奴は、あのドロレフの弟は、とてもそんな器の男とは思えなかった。奴がアジールを捜しているというのだろうか。 仮に頭であったとして――では何故、そうと特定できたのか。 誰がそれを為したのか。逆に、何故これまでそれが為せなかったのか。 「特定の経緯は?」 「……告示だ。国専占者殿より告示があって、軍の一部を寄越したようだ」 「国専占者……」 「今回の内々の対応は元々は王の勅命のようなものだからな……しかし、密告があったらしい」 「密告?」 怪訝な顔をしたイザークに、ダンジエルは頷く。 「実は奴には手配書が出ていた。だが上手く隠れておったようで、なかなか姿を見せん。まあ、向こうの勢力も弱まったわ、後援のない身では大した影響もなさんだろうとみなされてな。手配書も、ほぼ形だけという按配だった。そんなところに来ての此度の密告だ。これに関しても誰がというのまでは解ってはいないんだが……クレアジータ様も驚いていなすった……」 「……」 「それと、だ……もう一つ妙なことが報告されている」 「妙なこと……?」 「捕らえられた時のその男の様子が、どうもおかしいというのだ」 「……おかしい、とは?」 「なにやら、相当に暴れたようだの。それだけならよくあることだが、己が頭だと叫び続けたかと思えば異様な目つきで唸り続け、にわかに大人しくなってからは、意味不明の言葉を呟いてばかり…… 一部の者からは、焦点の合わん目だったという証言まで出ている」 息を呑んだノリコが口を両手で覆う。イザークも、釈然としない面持ちでいた。 「……昨日依頼した件については、何か解ったことはあったのだろうか?」 「うむ……昨夜分、地上からはローリに、そして上からはウェイに探って貰ったんだが……」 ダンジエルは硬い表情を崩せない。 「深夜、自宅のある館の方にはおらなんだ。そして、南のある建物に入ってゆくのを見届けた。その建物というのが……今回の、頭を捕捉したという場だ」 「…………明日の祭りは?」 「中止の意向はないようだ。町長などは、今回のことで頭を捕らえられたと喜んでいる」 「……このことは、クレアジータ殿は知っているのか?」 「ドロレフの件のみだ」 そうして、おもむろに息をつく。 「……あの御仁が絡んでいるというのであれば、事は少々……いや、かなり複雑になるな……」 「…………」 終いに呟いたダンジエルの言葉を、イザークは倦怠じみた思いで聴いた。同時に感じた微かな違和感。忌々しい何かを伴った……とも言えるだろうか。 釈然としなかった要素に開けてきた一つの道。抱いた疑いは、どうやらその通りになりそうだった。 無論、推量の域を出た訳ではない。その上に新たな疑念まで生じている。覚えた違和感は、その所為でもあった。 しかし、双方に関わりがあるというのは、もはや繕いようもないだろう。 ならば、事は急がねばなるまい。 「役所に向かうぞ、バラゴ」 「ん? おまえ、朝飯はどうすんだ?」 「――ノリコと先に済ませた」 そうなのか――と拍子抜けにぼやくバラゴには構わず、イザークは屋敷の外、まだ早い朝の光へと身を躍らせた。 「此度のこと、真に宜しいことでございました」 男の言葉に、クレアジータは若干の笑みを見せた。 「急な成り行きで、実は些か戸惑ってもいるんです。しかし、あなたも今度のことでは、同様の見立てをなされたようだ」 占者の男は、謙遜めいた笑みを溢した。 「気になっていることは、まだあるにはあるのですが……まずは、明日の収穫祭が無事に開催されれば何よりですよ――」 あなたには、また暫く見立てを願わねばならないですが、と続けてクレアジータは微笑んだ。 「何なりと申しつけください。その為に、私はここにおります、クレアジータ様」 「助かります、カッザ殿――」 微笑みを絶やさないクレアジータに、占者はおもむろに口を開いた。 「……クレアジータ様……その……」 「? はい」 クレアジータが問うた時、部屋の扉が叩かれた。もっとも既に扉は開け放たれており、開いている扉を叩き、来訪の意を示したのがイザークだった。 「ああ、来ましたね。――どうぞ」 私の客人達です――そうにこりとしてクレアジータが告げ、イザークに続き、後の二人――バラゴとアゴルも入ってきた。 その為、機を逸した占者は続けるのを止め、場を辞するつもりで頭を下げた。 「……では、私はこれにて」 「行かれるのですか? 先ほど何か言い掛けたのでは……?」 「いいえ、大事ではないのです……では」 そうして占者は今やってきた三人の青年にも会釈をしたが――頭を下げたまま、ピクリと軽く弾かれたように目を瞠った。それから、ゆっくりと顔を上げた。 依然目は見開かれ、視線の先には、クレアジータと相対しているイザーク達の横顔があった。 「――ああ待ってください……行かれる前に。――町専属の占者で、カッザ殿です。カッザ殿……彼がイザーク殿、そしてバラゴ殿、その隣がアゴル殿です。三人共に西大陸からの客人で、私の友人でもあります」 「そんな大したモンじゃないぜ……イザークやアゴルは別としてよ」 友人と紹介されたのがこそばゆいのか、バラゴが照れ隠しで微笑う。アゴルも微笑った。 「俺も大したモンじゃないよ。イザークは別としてな」 「…………」 何故そうなる……そんな面持ちでイザークは二人を見遣ってから、占者の男に視線を移した。 束の間、イザークと占者の視線が絡む。 「カッザ殿にも今度のことではいろいろと占って頂きました。アゴル殿のところの小さな占者殿にも共に助けて頂きましたよ。お陰で明日の祭りはなんとか開催に持ち込めそうです、有難うございます…………どうしました? カッザ殿」 「っ……いいえ……」 些か所在なさげな態を晒してしまい、占者は慌てて取り繕う。日頃は至極冷静な男のそんな不自然な変化に、クレアジータは怪訝気味に若干首を傾げた。 「……申し訳ありません、火急の用を思い出しましたゆえ、やはりこれにて……」 些か残念そうな吐息と共に、クレアジータは笑みを見せた。 「そうですか……こちらこそ、お引き留めしてしまいました。すみません――」 占者は先ほどよりも深く頭を下げ、部屋を後にした。 ――後に、その顔に複雑な色を宿す…… 占者ゆえの業か、様々な物を観る。――人もまた然り。 しかしながら、目の前にしなければ、占えない。どんな占者であれ、手掛かりのないものは占えないのだ。そうして今日、初めて目にした三人の若者を前に、その彼等を占(み)た。 例えるなら、結界―― こんなことなど、恐らくは初めてだろう。 彼等の中に、まるで掴めない者がいた。 「……莫迦な……そんなことなど、そうそうあるものではない」 畏れをなす人物など限られている。 なのに、先のあの驚愕は…… 屈強な若者達であると。既に聞き及んではいた、しかし、目にするまでは漠然とした像であった。 なのに、あの若者達は。否、あの青年は、鉄壁にも等しい結界を持っている…… 珍しいことだ。そう、読めなかったことなど、後にも先にも一度きり………… 「……一度……」 ――一度きり……確かに、一度きり……その一度とは…… 試みれば、それは常に乱れた像であった。象徴的な力をもって為す、人とは別のものであると、当然のように…… 「もしや……いや、そんなことは……」 荒唐無稽も甚だしい、そうゼフの思惑を断じた。在る筈がない、その筈がない、と。 仮に、そうであったとして、同空間に在るという事実。彼等の、どう見ても仲間のとしか思えぬあの行動。共に行動を為すそれが、あり得るのか。 夢見高い詩人様の理想か、奴等は人だという。そして、町にそれらしげな人物がいるという―― 天上鬼は、自らの意思で光の側に立つことを選んだ―― 自らの意思で光の側に―― 自らの意思で…―― 暫く、立ち尽くした。 違う。この恐ろしい "仮定" を前に動けなかった、というのが正しいかもしれない。 凄まじい破壊力をもって他の追随を許さない、世を震撼させる闇の力の凝集……その力たるや……そしてその姿たるや、如何ばかりか。 「…………」 否――と、首を振る。 それでも―― それらを抜きにしたとしても、あの強固なまでの結界を持てる人物であるなら。 そう、或いは、あの青年ならば…… 止めてくださるのではなかろうか。 あの方を―― 静かに天を仰ぎ見、深い呼吸と共に占者は目を閉じた。 何処か、縋るような心境にそれは似ていた。 そして、それもまた、これまでにはない感覚だった。 「頭が捕らえられたそうですね」 切り出したアゴルに、クレアジータは戸惑いを隠せぬ表情で微笑った。 「ジーナハースさ……娘さんも、やはり同じくでしたか……?」 「いや……それが」 今度は、アゴルが困ったように表情を曇らす。 「解らなくなってきた、と言うのです」 「解ら……ない?」 「――堅い囲いは、取り去られていないのに、と……」 「堅い囲い……? それは、頭が捕捉されたということではないのですか?」 「その辺が、私にもよく……何かが変だというばかりで。……すみません」 「いいえ。そうですか……いや、今日は準備等で一日こちらなので、何か解りましたらまた教えてください」 「……堅い囲い――」 おもむろにイザークは、その言葉を呟いた。 「どしたよイザーク、また何か解ったのか?」 「……いや。……クレアジータ殿、さっきの占者は以前からこの町の専属なのだろうか」 「カッザ殿ですか? そうです。ただ、こちらと中央を行き来する機会も多く大変多忙な人間ですけどね。ここ数日、漸く落ち着いていますよ……彼がどうか?」 「昨夜の、占者の動向に関しては……把握は」 昨夜、とクレアジータは少々怪訝な面持ちで呟いた。 「昨日は、夕刻にこちらを出て、自宅に戻られたと思ってましたが……」 「……おい、イザーク……おまえ」 バラゴの言葉に軽く頷いて、イザークは続けた。 「クレアジータ殿、一つ頼みたいことがある。……できれば、だが」 「……頼み、ですか?」 「明日の収穫祭……もし敢行するのであれば、街の人間を速やかに避難させられるに適した人材を揃えて欲しい」 「イザーク殿?」 「軍の人間でも何でもいい。戦えない人間が同じ場に在れば、被害が拡大する恐れがある。もうあまり時の猶予はない」 クレアジータも、そしてバラゴとアゴルも暫し唖然とした。 「イザーク……おまえ、何を考えてるんだよ」 問うバラゴに、イザークはおもむろに口を開いた。 「今回捕まった男――ドロレフには少々覚えがある。奴は、頭という立場に適う人物であるとはとても思えなかった。或いは、奴が真に頭だというなら、組織としてはそれほどではないのかとも考えた。だが、それならば、ジーナに占(み)られないというのがおかしい」 「イザーク……」 「これまで、霞に包まれるかのようにその存在は隠されていた。それに足る人物だということ……奴の人となりに加え、捕捉された時の尋常ではない様子……俺は、本来の先導者は、他に存在すると思う」 「頭が、他にいる……」 半ば呆然としたクレアジータの呟きにも、イザークは肯く。 「ジーナの見立てにあった、堅い囲いだ」 言われてアゴルは、あっ、と声を上げた。 「取り去られていない堅い囲い、それは、頭は未だ護られているということだろう。今回のことは密告だという。恐らくドロレフは捨て駒だ。だが本人は恐らく、己が駒にされたとは思っていない」 「……囮、か……?」 「頑丈に囲われている存在があるなら、それが本来の頭だ。ならば、明日の収穫祭はやはり狙われると考えていいだろう。消えない叫び、恐慌の程度が、気になるところだが……」 「なんだよ、ドロレフの件は罠かよ……」 忌々しげに、バラゴが呻く。 「それだけじゃないな。正気をなくし意味不明の言葉を吐く……もしかしたら、何か含まされていた可能性もある」 「何かって……薬、か」 「恐らくな。……奴がどれくらいで正気に戻るか……それによっては、或いは、薬物についても判るかもしれんが」 溜息混じりに、アゴルは腕を組んだ。 「そこまで見通していたのか、おまえは」 「……あっけないと思えたからだ」 「あっけない……だと?」 今度はバラゴの言葉に、イザークは頷いた。 「あんなに掴めなかった頭が、こうもあっさりと軍隊の連中に捕捉されたということ。なのに、ジーナの見立ては変わらない。もしドロレフが真の頭だとしたら、そもそもジーナはとっくに見破っている」 「確かに……な」 「頭が護られている、というのは……何か強い者に護られているということでしょうか?」 「味方に占者がいるようだ。そしてその人物はこちらの事情にも詳しい、占者であるという以上に。……恐らくは、内通だ」 「……内通……」 「頭らしき者と話す占者の出で立ちをした者の姿が、ジーナには見えたという。……奴等にも占者がついているのかもしれんと最初は考えた。だが、そもそも街に占者はどれだけいるのか」 「……まさか……彼が……」 「推量の域を出た訳ではない。が、本人に質したとしても、首を縦に振りはしないだろう。だから昨日、ダンジエル殿に占者の動向を調べて貰った」 「な……おい、ひょっとして昨日のぼやいたアレか」 「――ああ。昨夜、深夜に及んでも占者は自宅に戻っていなかったという。そして、今回捕捉されたドロレフのいた建物の中に入っていくのを、ローリとウェイが見届けたそうだ。知人を訊ねるというならもっともらしいとも言えるが、時が時だ。そして、町専属を自負するほどであれば、ドロレフの存在などとうに把握しているのではないか? 昨日今日の話ではない筈だ」 あまりのことに言葉が出てこない。クレアジータは若干目を伏せると、深く息をついた。 「祭りでの人々の叫び……これはまだ消えていないと仰ってましたね……」 「勿論、被害を抑える為にこちらも全力で迎え撃つつもりでいる。だが、どんなに用心したとしても、不測の事態は起こり得る。更に、誘導する者が恐慌に陥っては何にもならん」 「だから、軍隊の連中か……しかし、充てになるのかよ……」 「おまえでもいいぞ、バラゴ」 「あ、俺か?」 「見物人を、できる限り安全に避難させられるならな」 「うーん……おまえの面で却って怖がる人間がでてくるかもな」 「……アゴル、おめぇ、失礼なことをほざいているという自覚はないのか?」 暫く黙っていたクレアジータは、組んでいた腕を静かに解き、目を上げた。 「解りました……急いで手配しましょう」 心なしかその顔には、力ない笑みが浮かんでいる。 「皆さんには余計なご苦労を掛けずに済むかもしれないと思ったのですが、どうやら、甘かったようです……カッザ殿のことは、こちらでなんとか致しましょう。――申し訳ありませんが……明日は、どうか宜しくお願いします」 「……しかし、恐慌を起こさないってのは、なかなか大儀だぜ。民間人は状況を知らんからなあ…」 建物の外に出たところで、バラゴがぼやいた。 「敵の出方にもよる。四方八方から攻めてこられたら敵わんが」 イザークらしくない科白だ、バラゴもアゴルも一瞬呻きそうになった。こいつは真顔で軽口を言う――そういう意の唖然も含んでいる。 「最悪、他の人間に危害が及びそうになったら……二人は避難誘導に回ってくれ」 「おまえ一人で遣るのか? まあおまえなら、できない業でもないだろうけどよ……」 「いや、奴等を仕留めるのに、人や物を壊さずに済めばいいのだが、生憎そこまで器用じゃない」 「イザーク……」 「んな、そこまで気ぃ遣ってられっかよ、餓鬼の遊びじゃねえんだ……人はともかく、物の面倒まで見てられねえぜ。ついでに言うなら、奴等の保全とやらもな。なんで攻めてくる気違い野郎相手に義理立てが要る?」 天を仰ぐ態でバラゴはぼやき、アゴルも苦笑した。 「物は最悪作り直しが利くが、人はそうはいかんからな。奴等も遊びじゃない。こちらも、謂わば命懸けだ。全員生け捕りはまさに理想だが、もしもの場合は……許されるよな?」 最悪、敵に怪我をさせたとしても許してくれ――そんな意味合いでアゴルは言った。少々人の悪い笑みを浮かべている。 この辺は、二人共に実戦経験でものを言っている。些か物騒な発言をしているが、好んで殺傷するつもりはバラゴもアゴルも無論ない。 「――悪くない」 イザークは、真顔で応えた。 こちらもまた、投げやりなのではなかった。 絶対的な方法などありはしない。実際、その時になれば、人だ物だと悠長なことは言ってられなくなるだろう。敵もそれを覚悟で仕掛けてくるのだ。命を取って構わんとは思わないが、身動きできぬ程度に痛めつける流れは致し方ないところだ。 正直、ザーゴの反乱軍掃討の時よりはまだ遣りようもある。イザークは、そう思っていた。反乱軍の方が、余程数が多かった。徒党の程がどうであっても、たかが知れている。 なのに、何処か治まらないもどかしさがあった。これはいったい何であるのか…… あっさりと祭りを中止に持ち込めば、事態は単純だったか。そうとも思えない。自分とノリコの正体を明かす訳にもいかない。だが、奴等をおびき寄せるには、何某かの餌が必要だった。 最初は、恐慌を防ぎたいという思いがあった。だが、こうなってくると、明かさなかったのは吉なのか凶なのか……まるで、彼等自身を餌にしているような後味の悪さすら覚える。 町の占者が深く関わっていたのは、ある意味では想定外だった。 そして、ドロレフが駒にされた件にしても、奴等の間で何か起きているのかもしれない。 「――しかし、援軍になるならともかく、足を引っ張られるのだけはゴメンだぜ」 皮肉を込めて、バラゴは苦笑した。自分達に比べたら、頼りになる頭数など知れている。 「……ああは言ったが、期待はしていない」 素っ気ない物言いだが、いざという時こちらの思惑通りに事が運んでくれないことなどザラだ。そんな状況で期待など無謀に近い。それに、要請はしたが、間に合うかどうかも解らない。だから、できれば、と付け加えたのだ。 実際、無謀な要求だと、イザーク自身も思っている。ドロレフという男と占者のことを伝えることで、大方の目的は果たせたと言っていいだろう。 「だろうな、おまえにしては珍しいことだと思っていたんだぜ? ……まあ、どんな助っ人かは知らんが、どうせなら気心の知れた奴の方が有難いよな。気兼ねなく暴れたいもんだぜ」 「暴れすぎて捕まるなよ、バラゴ」 「……アゴル、どういう意味だそりゃ。おまえも一緒に暴れろ、一皮剥けるぞっ」 「心配するな。ほどほどに、全力で行くさ」 苦笑を交わす二人に、イザークが声を掛ける。 「明日の算段をつけよう――行くぞ」 ◇ 「……どうしよう……」 作りかけの帯を前にして、ノリコは心底途方に暮れていた。 ――飾りの部分を間違えて、随分糸を無駄にしちゃったから…… あともう少しで完成となる筈だったのに、間際で糸が足りなくなっていた。 綴りの周りの部分の装飾をやり直した所為だ。しかし、失敗作など贈り物にはできない。そして、糸が足らなかったからといって、そこで終える訳にはいかないのだ。 ――どうしよう、と、同じ言葉が再度口を衝いて出る。 正直、このままではお手上げだ。だがイザークからは、屋敷の外に出るなと言われている。 「うーん……」 部屋のあっちとこっちを行ったり来たり……しかし、無から糸が生まれる訳もなく、当然、帯もできあがる訳もなく…… 「……あと……もう少しなのに……」 布を持ち上げて、呟いた。普段滅多なことで泣き言を言わないノリコだったが、今度ばかりは、本当に泣きたくなった。 よりにもよってどうして最後の最後で。こんなことならもっと糸を買っておくんだった……と―― やるせない気持ちで、窓の外に目を遣った。――時間ばかりが悪戯に過ぎていく。今日中に完成させなくては、明日に間に合わせられない。 「……買いに行っちゃおうか……糸……」 うーんと唸る。言いつけに逆らうのは嫌だった。しかし、しかし、しかし………… 「ううう……そうよ、ササッと行って、糸だけ買って……そうして、パッと帰ってくれば……」 ――それなら、大丈夫だよね。……うん、きっと。だって、このままじゃ、完成させられないもの――! そうと決めたら、さっさと済ませてしまおう。鞄の中から小さな財布を取り出し、よし!――と気合いを入れると、ノリコは部屋を出て行った。 「あれ……」 庭にいたジーナが気配に気付き、門扉の方角に眼を向けた。ふわりと門の影に消える衣服の端――ノリコがまさに出て行ったのだった。 「今の気配……ノリコに似ていた……」 祭りの準備に沸き立つ人で、少しずつだが街の中も賑わってきていた。広場にも、天幕を組み立てる者、中には余興めかして歌ったり踊ったりする者までいた。気の早いことだ。 朝の市とはまた違った空気が漂う。だが、ワクワク感は変わらない。そして、少し奥まった場に吟遊詩人の姿も見えた。 「…………」 そういえば、この数日サーガを聴いていない。誘惑に駆られそうになったが……我慢した。 黙って出てきてしまったのだ、糸を買ったらすぐに戻らねば―― 残念だが、今回のこと……全てが解決した後には、また聴かせて貰えるだろう。 「お嬢さんは運がいい。その色は、それで終いなのさ」 「え……」 店で糸を手にしながら、ノリコはぽかんとした。 「そうなんですか? わ……良かったあ……」 ほっとしたように相好を崩す。やっぱり来てみて良かった。 「足りるかい?」 「ええ。あともう少しで完成なんです。間違えて、それで直したら……糸が足りなくなってしまって……」 「ほう、もしかして遣い用かい?」 「贈り物なんです。今日中に仕上げないといけないの、すぐに戻って続きをしなくちゃ……」 頬を染め、嬉しそうに説明した。 「そうかい、そりゃあ急がないとね。ふふ、良いできばえになることを。――これは、ほんのおまけだ」 「わ……これも、素敵な色……でも、あの……」 「あんた用にも何か拵えるといいさ。――似合いそうな色だ」 「ぁ……有難うございます……」 店主が笑顔でくれたそれは、薄紅と橙を合わせたような綺麗な色をしていた。しかも、上品な光沢まである。 普段なら遠慮してしまうノリコだが、今日は時間もない。厚意に甘えることにした。 「明日は祭り用に違う染め物も出そうと思ってるのさ。良かったら、見にきておくれ」 「はい。――有難うございます!」 代金を渡しながら、ノリコは店主の言葉に笑顔で応えていた。 ――急いで戻らなくちゃ…… 胸に大切に抱えた袋に目を遣り、ノリコは道を急いでいた。――が、顔を上げた途端。 「きゃ!」 「――おっと」 ぼすんっ! という音と共に目の前の何かにぶつかり、咄嗟に目を瞑る。何がなんだか解らぬままよろめき、鼻を押さえた。少々豪快に当たってしまったようだ。 「大丈夫か」 「え……っ……」 男の人の声に、目を開けた。そしてまた驚く。 精悍な躯をした男だった。体格で言うなら、バラゴくらいか。 糸に心が行き、急いでいたのに、前方をよく見ていなかった。その所為で通りの男と接触してしまったのだ。それも、少々強面な。しかも、少々豪快に。 慌てて、声が裏返る。 「ご……ご免なさいっ、あの……怪我は、ありませんか?」 ノリコが訊ねると、男は微笑った。頬の傷が、口角の動きに僅かに倣う。 「女とぶつかって怪我をするほど、柔じゃない。大丈夫だ」 「あ……」 心底ほっとしたように、ノリコは胸を撫で下ろした。 「良かった……前をよく見ていなくて、あたし……本当に、すみませんでした」 「気にしなくていい。それより、何か落としたようだが?」 「え……? あっ!! いけない……」 弾みで持っていた袋が落ちてしまっていた。慌てて拾い上げ、しかし安堵する。中に入れて貰った糸は幸い出ていない。袋に付いた土埃を慎重に払った。 「有難うございます。うっかりしてて……やだ、あたしったら……」 「俺よりも、あんたの鼻だ。ぶつかった所為で少し赤くなっている。痛くはないのか?」 「え……?」 目を見開き、慌てて鼻を押さえる。なんという失態――! 恥ずかしさで、ノリコの顔が一気に真っ赤になった。 広場の少々奧の場で、吟遊詩人は、竪琴の音の具合を確かめながら手入れをしていた。 今日もいい音色を奏でている―― 祭りの準備の所為か、いつもより人の出は多い。その分雑音も多くなるが、それも仕方がない。 この数日、あの人は来てはいない。ここでサーガを奏でていたなら日に一度は見掛けたものだが、それもない。もしかしたら、外出もしていないのかもしれない。 祭りは明日に迫る。もし明日がその日だというなら、用心の為にも出歩くのは避けた方がいいということだろう。 今も、かの懸念が全て杞憂で終わってくれたらと願っている。 アジール。――あの女性。 試し弾きの弦の音が一拍、不自然に飛んではっと指を止めた。思わず苦笑する。――いかんいかん。 気を取り直し、ふとその顔を上げた時――詩人の思考は止まった。 「……な……」 ――広場の向こうの大路。 遠目にも解る、彼女であると。しかし、その前にいる男は…… 「……駄目だ……その男は……」 先日とは違う出で立ちだが、その風体を見間違える筈もない。 サーガを、そしてデラキエルやアジールのことを訊ねてきた、あの男だった。 二人は何かを話している。だが、詩人のいる場からは、その中身までは解らなかった。 照れ隠しに自分の頭をとんとんと小突き、ノリコは微笑ってみせた。 「大丈夫です。本当に、自分がうっかりしていたから……でも、あなたに怪我がなくて良かった」 ――よく微笑う娘だ。 ノリコにそんな印象を持ち、男は苦笑する。しかし不快ではなかったので、目の前の娘になんとはなしに見入ってしまった。 「――あ……いけない……ご免なさい、あの、急いで帰らなくてはならないんです。――それじゃあ」 ご迷惑を掛けました、そう笑顔で男に頭を下げたノリコは、ふわりと身を翻し走っていった。 不思議な雰囲気の娘だ――走っていくノリコの後ろ姿を、流れのまま見送った。 そんなことは、これまでの男にはない。どちらかと言えば興味の外、もっと言うなら、厄介だと疎んじていた部類だ。 もっとも軍の中にいれば男ばかりの世界。女は酒場のそれか、男相手を生業とする派手な輩しか知らないのだから、無理もない。 態度も仕草も、そんな女達とはまるで違うな。 なんとなくそんな思いを巡らし、そんな風に興味を引かれた自分にも奇妙に近い感触を覚えた。無論、すぐに苦笑した。 気まぐれにも程がある。街に出てきたのも、気まぐれだった。 そうして視線の先を変えた時――広場の奧の詩人と、目が合った。 「…………」 視線がかち合っていたのは僅かな間。すぐに詩人は男から目を逸らしたが。 刹那の後、何を考えたか、男はさっきノリコが走り去った道の先を見据え、そうして、再度ゆっくりと詩人に視線を移した。 どうしてだか、男のその顔には、仄暗い笑みが浮かんでいた。 大変にお待たせしてしまいました……え、誰も待ってない?(苦笑) 話の筋は決めてあるのに、言葉がなかなか出てこない。今回も随分直した直した…なのに、うーんと唸りばかりが出てくるのは、まだ書きようがあるんじゃないかと迷っているからで… なんなの、この優柔不断…。 今回の最後の部分、「視点を誰に置くか」も迷った。双方の視点で書いてみて、ああくどい…orz 消し消し消し。 いいや、これでいこう。詳しい説明は次回で書こう。うんっ。 という訳で、サーガ六話です。 夢霧 拝(11.06.03) Back Side1 Next |